65号 「息長鈴」について

八幡さま便り表紙

当宮の御祭神は応神天皇おうじんてんのう神功皇后じんぐうこうごう仲哀天皇ちゅうあいてんのうの三柱の神様がお祀りされております。

神功皇后は別名を息長帯日売命おきながたらしひめのみことと言います。当宮の「息長鈴おきながすず」はこの御名から取られておりまして、初宮詣の御祈願、1月1日の歳旦祭、2月3日の節分祭に「振り鈴の儀」を執り行います。初宮詣では祝い子の成長を願い、歳旦祭、節分祭では氏子崇敬者の皆様の一年間のご多幸を祈念して鈴を振ります。

今回は表紙の「息長鈴」の由来となった神宮皇后についてお話していきます。神宮皇后は第14代天皇である仲哀天皇の奥様であり、第15代天皇の応神天皇のお母様とされています。神功皇后は自ら軍を率いて戦い、遠征を成し遂げ、記紀(古事記、日本書紀)には英雄的な描かれ方をされています。

そんな神功皇后は武勇、安産の神として有名であり、由来として新羅しらぎ遠征(三韓征伐)の話があります。神功皇后の夫である仲哀天皇は新羅遠征(三韓征伐)の前九州地方に居たとされる熊襲くまその戦いの際、崩御されました。神功皇后はその後軍勢を整え、新羅の国へ向かったと伝えられています。その時、応神天皇を懐妊していましたが、腹帯に石(鎮懐石ちんかいせき)を巻き付け、出産を遅らせ新羅の国を治められました。無事に帰られた後、応神天皇がお生まれになり、武勇、安産の神として後世に伝えられております。

神功皇后はその伝説より高い知性と強い意志を持つ「武の女神」として崇敬されており、源氏をはじめとする武士たちは武運長久を願い氏神としたため、全国的に八幡信仰は広まっていきました。現在では必勝の御利益があるとされ、当宮でも仙台を拠点とするスポーツチームの方々から篤い崇敬を受けております。

また、身ごもりながらの偉業を成し遂げ、出産したことから「母神」としての性格も強く、子宝や安産、子育ての御利益があるとされ、安産祈願を受けられる方が多いことも八幡社の特徴の一つです。

神功皇后は明治14年に日本で初の肖像画としても紙幣に描かれており、近代国家として日本がより強く豊かな国になるようにと採用されたと言われています。

皆様にとって令和8年がご健康、ご多幸で過ごせるよう、心よりご祈念申し上げます。


Q八幡神社は全国で何社くらいあるのですか?

A約4万社あるとされ、 全国の八幡神社の総本宮は大分県にある宇佐神宮であります。

Q八幡神社と鳩って何か関係があるのですか?

A八幡神社の神使(神様の使いとされる動物)が「鳩」であるとされております。神使となった理由は諸説ありますが、八幡神(応神天皇)を道案内したのが鳩と言われております。起源はわかってはおりませんが宇佐神宮から京都の石清水八幡宮へと勧請した際に現れ、道案内をしたといわれております。また、鳩はつがいで飛び、向いあって止まると「八」の字に見えるからなどの説もあります