令和4年明治祭を斎行いたしました。

令和4年11月3日

去る11月3日明治祭を斎行いたしました。

11月3日は現在「文化の日」として国民の休日に定められています。昭和の前期に明治天皇の遺徳をしのび、明治時代を追慕する目的で制定されました。また、戦前は四大節として定められ、1月1日(四方節)、2月11日(紀元節)、4月29日(天長設)、そして11月3日(明治節)として官庁や学校で祝典が行われておりました。その後、昭和23年(1948)に「自由と平和を愛し、文化をすすめる」という趣旨に基づいて文化の日として制定されました。

当日は天気にも恵まれ、休日ということもあり、大勢の参拝者の方々が祭典を見学していました。

秋晴れの境内です 祭員 修祓
浦安の舞 奉奏 祭典終了後、明治天皇御陵である伏見桃山陵を遥拝しました

明治天皇は近代国家確立を目指し、様々なことを成した人物ですが、その中でも有名なのが御製(和歌)です。生涯で数多く読まれ、その数は9万3千余首であります。和歌は古くから日本の文化として親しまれていました。現代の日本の歌の中にも和歌の手法は多く使われております。

「文化の日」ということで境内を散策しながら日本の文化である和歌を詠まれてみてはいかがでしょうか。

祭儀課 浅見

令和4年11月 月首祭を斎行致しました。

令和4年11月1日

当日は穏やかな秋晴れの下、霜月1日に月首祭は斎行されました。

旧暦においては11月を「霜月」とも呼びます。一説によるとかつて「十一月しもつき霜しきりに降るゆえに霜降月しもふりつきといふをあやまれり(奥義抄)」(“霜がたくさん降る月“が言い誤って霜月となった)とも書かれるほど、当時は寒冷な月であったとされております。

月次祭の初めには、ご神前にお供え物を献じる「献饌」があります。献饌の最後に神前へと供えられる黒の三方の上には月参りの御幣束が並べられており、月参りの御幣束は10月の「月草(白、水)」から変わり「黄紅葉(黄、赤)」になりました。その色は晩秋の木々の色づきを模したものとされております。

献饌、祝詞奏上の後には御神楽「萬代の舞」が奉奏され、奏楽に於いては職員が太鼓、笙、篳篥、龍笛を用いて奉仕しました。

御神楽の後には玉串の拝礼がございます。祭員に続き、当日ご参列頂きました3名の氏子崇敬者が玉串拝礼を行いました。

今月7日の立冬を持ちまして、宮司以下祭員らは衣替えを行います。来る11月15日の月次祭並びに七五三祈請祭からは冬の装束となるため、これら夏の装束は暫くの間見納めとなります。四季に合わせて変化する八幡宮をこの「鳩子の部屋」を通し、これからも皆様にお伝えしてまいります。

庶務課 浪打