66号 「神饌」について

皆様は日頃どのような「お菓子」を口にしているでしょうか。和菓子?洋菓子?我々が普段口にするお菓子は古来より日本の神々と結びつきがあるのです。
神道の祭祀において神様がお召し上がりいただくお食事を「神饌」と言い、「神饌」はお米やお酒、魚や野鳥などがお食事として並ぶ中、甘いお菓子も神様に喜んでいただくものとして「神饌」にお供えされます。ではその「お菓子」の起源はいつからになるのでしょうか。
『古事記』「日本書紀」には垂仁天皇の命を受け、田道間守という人物が登場します。彼は理想郷と言われる「常世の国」へと「非時香果」を探しに行きます。
この「非時香果」は不老不死の効果があると言われていた木の実であり、田道間守は長い時間をかけ旅をし、田道間守が戻った際には垂仁天皇は崩御しており、彼はその「非時香果」を墓前に捧げて泣き崩れたと伝えられております。
この時、持ち帰ったものは柑橘類の一種である「橘」と言われており、古代においては「菓子」とは元々果物を表した言葉でありました。
これが現代において「菓子」と「果物」は区別されるようになりました。このことが由来となり田道間守はお菓子の神様としてお祀りされております。
時は流れ、神社の周辺に門前仲町が形成されると、参拝者を癒す名物として、その土地の神話や伝承に結び付いた御菓子が作られるようになりました。そこではお菓子の役割は神様と人との距離を縮める役割を担ってきました。

当宮の扁額最中もその一つです。扁額とは建物の内外や神社の鳥居など高いところに掲げられる額であり、書かれている文字は建物や神社名が多い傾向にあります。
当宮の鳥居に掲げられている扁額は仙台藩五代藩主伊達吉村公が執筆した「八幡宮」という文字が刻まれております。この八の字は向かい合った鳩の姿となっており、「親子」「兄弟」「恋人同士」見方は人によって様々です。
この扁額を模して当宮の撤下品の最中は作られており、扁額最中は餅米から作られた豊かな風味と中のあんこの上品な甘さから根強い人気があります。
現在を生きる私たちが、神社をお参りした際にふと甘いものを食べたくなるのは決して偶然ではないのかもしれません。それは神話の時代から続く神様との記憶が私たちの文化の奥底に根付いているからと言えるでしょう。
御祈願の折に受けられた最中の甘みがより豊かで神聖なものに感じられるはずです。
Q神前にお供えされるものはどういった種類のものがあるの?
A祭典の大きさによって変わりますが、当宮の例祭では米・酒・餅・海魚・川魚・海菜・野菜・果物・菓子・塩水がお供えされ、当宮の祭典ではキジや赤飯、豆などがお供えされる祭典もございます。
変則的なものでは「ぶと」と呼ばれる米粉の生地で餡を包み、胡麻油で揚げたお菓子や神葬祭などでは故人の好きだったものをお供えしたりもします。
Q神社で御祈願を受けた際に撤下品として食べ物が入っていたんだけどこれは食べてもいいの?
Aどの神社でも撤下品として頂くものは一度神様がお召し上がりいただいたものでございまして、それを私たちが食する事を「神人共食」と言った言葉を用います。 神様のご加護を体の中に取り込むことによってより一層授かろうといった行為でございます。


