年越大祓式を斎行いたしました
令和7年12月31日
境内をふいに抜ける風も日増しに冷たさを増し、年の瀬を迎える令和7年12月31日年越大祓式が行われました。
大祓式とは日常生活を送る中で知らず知らずのうちに身についてしまった罪や穢れを祓い清める行事であり、この行事は半年に1回行われ6月30日の水無月大祓式、そして12月31日の年越大祓式であります。
当日は250人以上の方々に参列いただき、行事の中では神職、参列者と声を合わせ、「大祓詞」を奏上いたしました。境内に響く「大祓詞」奏上中に切麻(きりぬさ)で祓い清める姿は1年の終わりにふさわしく厳粛かつ清浄なひと時でした。
![]() |
![]() |
また、参列者への方には今回より「茅の輪守」を頒布しておりました。
「茅の輪」とは蘇民将来の説話に由来するもので持っていると疫病退散の御利益があるとされております。

巳年から午年へと移り変わるこの節目に皆様と共に心身を祓い清められたことを喜ばしく存じます。祓い清められた真っ白な心で本年が天満の如く飛躍する一年になりますよう、心よりお祈り申し上げます。
祭儀課 浅見
煤払式を行いました
令和7年12月13日
令和7年12月13日、煤払式を執り行いました。この行事は今年一年の御社殿の煤(埃、塵)を払う大掃除を隅から隅まで行い、清々しく次の年を迎える行事で、早朝より当宮職員総出で行われました。全国的に12月13日に行われることが多く、まもなく新年を迎えることから、併せて大掃除を行うことも多い年の瀬の行事で、テレビや新聞などでその様子が伝えられる年末の風物詩です。
今回は寒波の影響により、刺すような寒さの中での煤払式となりました。

煤払式は社殿内が見えないようにして行います
煤払のことを、正月迎え、ことはじめ、ええことはじめ、まつならし等と呼ぶ地域もあり、掃除とともにお正月に年神さまをお迎えする、お正月準備のはじめとも言われています。この日に、正月飾りの松を山から切り出す松迎え行事などをする地域などもあります。煤払いが終わった晩には、煤払い祝いといって、煤払いもちや団子などを食べる風習もあるそうです。
近年、ご家庭では大掃除を年末に行うことが多くなりました。しかし、12月13日に、神棚だけでも煤払いをしてみてはいかがでしょうか。お正月に年神様を迎える気持ちが一段と高まり、清々しい新年を迎えることが出来ることでしょう。
祭儀課 浅香
令和7年 新嘗祭を斎行致しました
令和7年11月23日
去る令和7年11月23日午前10時より新嘗祭を斎行致しました。
「新嘗祭」の「新」は新穀、「嘗」はお召し上がりいただくことを意味し、「新嘗祭」は新穀感謝・国家安泰、国民の繁栄を祈念する祭典です。また、この祭典の対となるような祭典が例年2月17日に斎行され、春の耕作をはじめるにあたって五穀豊穣を祈る「祈年祭」です。
現在、宮中をはじめ全国各地の神社で神前に今年とれた農作物をお供えして斎行される新嘗祭ですが、特に宮中においては天皇陛下自ら育てられた新穀を奉り、天皇陛下御自身もその新穀をお召し上がりになります。
当宮においても境内にて稲作を行い、収穫を致しました稲は「荒稲(あらしね)」の神饌として御神前へ奉るとともに奉献者や参列者の方々の撤下品の御幣にもつけられました。
![]() |
![]() |
| 収穫の様子 | 神饌の最初にお供えされた荒稲 |
今回の祭典は大祭という区分にあたる祭典の為、祭員は衣冠、舞人は浦安の舞の本装束を身に付けてのご奉仕となりました。
![]() |
![]() |
| 献撰 荒稲をはじめ10台の神饌を奉りました |
祝詞奏上 |
![]() |
|
| 御神楽奉奏「浦安の舞」 |
また、祭典当日は役員・総代はじめ奉献者の計13名がご参列くださり、玉串拝礼を行っていただきました。
![]() |
![]() |
| 参列者玉串拝礼 | |
本年度も氏子崇敬者の皆様に様々な品を奉献いただきました。
| 令和7年新嘗祭奉献者一覧(50音順) | |
|---|---|
| 熱日髙彦神社 殿 | (株)阿部和工務店 殿 |
| 五十嵐 隆 殿 | (一社)海と山と人のみらい 殿 |
| 及川 一樹 殿 | (有)大國物流 殿 |
| 太田 みよの 殿 | (株)男山本店 殿 |
| 小野 紘一 殿 | 学校法人角川学園 殿 |
| (資)亀兵商店 殿 | (有)木匠 殿 |
| 木村 知敬 殿 | (株)くじらもなか本舗 殿 |
| 小林 親一 殿 | 近藤 喜一 殿 |
| 今野 政宏 殿 | 今野 裕太 殿 |
| (株)佐浦 殿 | (有)佐藤商店 殿 |
| 佐藤 孝年 殿 | (株)塩浜工業 殿 |
| 仙台伊澤家勝山酒造(株) 殿 | 仙台味噌醤油(株) 殿 |
| 竹村 英作 殿 | 遠山 景一 殿 |
| 中村 慎吾 殿 | 萩野酒造(株) 殿 |
| 福原 仙授 殿 | 宮崎 太郎 殿 |
| 宮城県農業高等学校 殿 | 宮城 康國 殿 |
| 谷津田 智之 殿 | 山口 将吾 殿 |
| ヤマカノ醸造(株) 殿 | |
![]() |
![]() |
| 外拝殿前の奉献の様子 | |
皆様の心からの御奉献、職員一同深く御礼申し上げます。
祭儀課 佐藤
談山神社例祭に参列して参りました
令和7年11月17日

重要文化財に指定されている十三重塔
去る令和7年11月17日、奈良県桜井市多武峰に鎮座する旧別格官幣社の談山神社にて例祭が斎行され、職員が参列の為に出向致しました。
談山神社は奈良県桜井市多武峰に鎮座し、藤原鎌足公を主祭神としてお祀りする旧別格官幣社で、現在は神社本庁の別表神社に列しています。
談山神社の由緒は古く、飛鳥の法興寺で行われた蹴鞠会において、中大兄皇子 (後の天智天皇)と中臣鎌子(後の藤原鎌足)が、談山神社の本殿裏山での極秘の談合により、皇極天皇4(645)年に飛鳥板蓋宮で蘇我入鹿を討つ「乙巳の変」が起こり、中央統一国家・文治政治の完成である「大化の改新」を成し遂げられたことに由来します。このことから多武峰は、談峯・談い山・談所が森と呼ばれるようになり、社号に繋がりました。
談山神社の主祭神である藤原鎌足公は、天智天皇8(669)年10月に天智天皇より大織冠内大臣の位と藤原の姓が与えられました。鎌足公の没後、御墓は摂津国 阿威山(現在の大阪府高槻市)に造られましたが、白鳳7(678)年に唐より帰国した長男・定慧和尚が、鎌足公の遺骨の一部を多武峯山頂に改葬し、十三重塔と講堂を建立して妙楽寺と称し、大宝元(701)年には方三丈の神殿を建て、鎌足公の御神像が安置されました。
談山神社の長い歴史の中では、天正16(1588)年4月、当時の大和郡山城主の豊臣秀長の病気回復祈願の為、大織冠尊像が郡山に遷座させられたそうです。しかしながら郡山遷宮後、秀長の体調悪化や郡山城中での鳴動など奇怪な出来事が起こるようになり、大織冠の祟りであるとして天正18(1590)年12月28日に大織冠の霊像はもとの多武峯に帰座するという出来事もあったようです。
1869(明治2)年2月の神仏分離令により、廃仏毀釈が行われて妙楽寺は廃されました。神仏分離により妙楽寺境内にあった仏堂等は改称あるいは破却され、6月30日には談山神社と改称しています。
現在では桜と紅葉の名所として「関西の日光」と言われるほどの絶景で知られています。
本年の例祭は乙巳の変から1380年の節目にあたり、例年より早く色づいた紅葉に見守られる中で斎行されました。参列者は談山神社の責任役員・総代・氏子崇敬者を始め、神社界・経済界・関係諸団体の約70名ほどでした。祭典は午前10時30分に始まり、高坏に盛られた10台の神饌や発掘調査の記録写真より復元された鎌足公の枕の奉納、南都楽所による舞楽「抜頭」の奉奏がありました。祭典の結びには宮司挨拶があり、神社界や談山神社の今後に関する話が所々に笑いを添えて話がされました。直会は談山神社向かいの多武峰観光ホテルで行われ、紅葉に囲まれる本殿や十三重塔を眼前に様々な話に花が咲いておりました。
![]() |
![]() |
| 祓所の舗設一つにも一社の故実を感じます | 例祭前の本殿前の様子 |
談山神社の宮司である金子清作氏は、当宮の宮司の國學院大學専攻科の同級生という事もあり、日頃より大変お世話になっている御仁であり、昨年の当宮の例祭献饌式等にも御参列を賜っております。金子宮司が談山神社の宮司に就任してより7年の月日が流れたそうですが、様々な境内管理事業に邁進され、歴史ある神社の護持と発展に努めていらっしゃるお姿を拝見しつつ、機知に富んだ楽しいお話もお伺いし、大変に学びの多い例祭参列でございました。
他の神社、ましてや県外の別表神社の例祭に参列できる機会はそう多くはございません。この貴重な機会で学んだ事を社務に反映していけるよう、精進して参りたいと存じます。
祭儀課 浅香
霜月月次祭並びに七五三祈請祭が斎行されました
令和7年11月15日

祭典の結びに記念写真を撮影しました
令和7年11月15日午前10時より月次祭並びに七五三祈請祭を御社殿にて斎行致しました。
月次祭は、月ごとの決まった日に行われるお祭りで、神恩感謝と皇室の弥栄、国家の隆昌、氏子崇敬者の益々の繁栄を祈るお祭りで、小祭にあたります。当宮では、毎月1日の月首祭と八幡様の御縁日である15日に月次祭を斎行しております。
この度の15日の月次祭は七五三の日としても広く親しまれております。その為、恒例の月次祭に併せ、七五三祈請祭も斎行致しました。
また、月次祭では、月々に大神様の御加護を賜われますよう、月参りのお印として御幣束を御頒かちしております。御幣束は大神様への捧げものでもあり、御神霊の依代ともなるものでございます。当宮の御幣束は、古来より伝わる「襲ね色目」を取り入れ、四季の移ろいを月毎の植物の色にて表現しております。当月は黄紅葉を表す赤色と黄色の御幣束でございます。
今回の祭典には氏子崇敬者2名、七五三詣の3組12名、合計14名の参列があり、玉串拝礼をして頂きました。また、七五三祈願のお子様方が健やかに成長されます事を祝詞に添えて大神様に祈願いたしました。
![]() |
![]() |
| 献饌の際に、七五三祈願の祝い袋もお供えしました | 参列者玉串拝礼の様子 |
月首・月次祭はどなたでもご参列頂けます。祭典斎行15分前までに御社殿右側にあります祭儀棟の祈願受付までお申し出下さい。朝の清々しさの中でご神前に参拝することで、ますます大神様のご加護をお受け頂ければと存じます。皆様のご参列を心よりお待ち致しております。
祭儀課 浅香
小笠原流「蟇目の儀・百々手式」奉納式が斎行されました
令和7年11月9日

31世小笠原清忠氏と当宮宮司を中心に記念写真を撮影しました
去る令和7年11月9日午後2時より、当宮馬場に於いて小笠原流「蟇目の儀・百々手式」奉納式が斎行されました。
小笠原流とは、武家故実(弓馬故実)、軍陣故実、弓術、馬術、礼法(礼儀作法)の流派で、原型となったのは小笠原氏家伝の故実であり、室町時代中期以降、小笠原氏が武家社会における故実の指導的存在となったことから、同家の故実が武家全体に重んじられたとされます。初代長清に始まる清和源氏の家系で、初代長清は源頼朝の糾方師範として仕官したことに始まり、江戸幕府においても将軍家の師範として礼法・弓術・弓馬術を伝えてこられました。現在は31世小笠原清忠氏が道統を継承し、行事の執行や伝統文化の普及に努められています。
当宮では本年、県内にある小笠原流弓馬術教場の宮城菱友会殿のお申し出により、馬場にて「蟇目の儀・百々手式」奉納式を斎行する運びとなりました。
「蟇目の儀・百々手式」は、地上で弓を引くことから、弓術あるいは歩射に分類され、小笠原流の歩射は鎌倉時代に公家文化を参考に質実剛健の要素を加えて武家式として考案されたものだそうです。
蟇目の儀は矢の先につけた鏑が飛ぶ際に音を発し、その音によって魔性を退散させる祓いの儀式であり、祓いの蟇目・屋越の蟇目・誕生蟇目の3種類あるようです。
百々手式は祭壇などを飾り執り行う祈願の儀式で、本式で行うと丸一日を要するとされます。10人の射手が2組、10手(20本)ずつ合計百射、射る事から来ているそうですが、現在は二矢のみ射るようになっています。右側から五月雨式に射かけ、流れるような情景が印象的です。
![]() |
![]() |
| 習礼では本番と同じように進行し、遺漏が無いか確認します | |
奉納式当日は早朝から、宮城菱友会会員や小笠原流弓馬術教場の門人の方々によって斎場が舗設されました。
舗設が終了すると、奉納式奉仕者全員による習礼を行いました。当宮からは総代の澁谷雄一殿が日記奉行としてご奉仕申し上げました。
定刻、古式に則った装束を着装し、社務所大玄関にて手水をとり、御社殿にて、奉納奉告祭を斎行致しました。その後、記念写真を撮影し、馬場の斎場に向かいました。
![]() |
![]() |
| 参進の様子 | 奉納奉告祭では小笠原清基氏に玉串拝礼をして頂きました |
馬場の斎場では、中世の武家絵巻が広げられたかの如く、色とりどりの装束に身を包んだ射手が並び、大変壮観でございました。31世小笠原清忠氏の嫡男である清基氏による「蟇目の儀」により、斎場が祓われ、百々手式に移りました。
![]() |
![]() |
| 蟇目の儀の様子 | 行事の由来の解説や実況をして頂きました |
百々手式は5人の射手が2組という内容でしたが、男性と女性という装束や作法に少しずつ差があり、その差も拝見できるという仕様だった為、拝観者を飽きさせない工夫も微かに感じました。
![]() |
![]() |
| 日記奉行の掛け声にて百々手式は始まります | 間近で作法が拝見できる機会はそうありません |
![]() |
![]() |
| 百々手式の様子 | |
百々手式途中より天候が思わしくなく、大変気を揉みましたが、常時60名程、通算100名以上の拝観者に見守られ、小笠原流31世小笠原清忠氏を始め皆様の御協力もあり、無事斎行することが出来ました。

奉納式終了後のほっとした奉仕者の顔が印象的です
この小笠原流「蟇目の儀・百々手式」奉納式は来年以降も継続して斎行を予定しております。来年の令和8年は10月の第一日曜日を予定しております。晩夏から初秋に移り変わる心地良い季節に、古式ゆかしい弓術を拝見し、日本の伝統文化の継承に思いを寄せるひと時はいかがでしょうか。
祭儀課 浅香
境内社 鹿島社例祭を斎行致しました
令和7年10月6日
去る10月6日、境内社 鹿島社例祭を斎行致しました。
鹿島社は鎮座した詳しい年月日や由緒は不明ですが、常陸国(現在の茨城県)一之宮の鹿島神宮より分祀されたと伝えられており、御祭神は武道の祖神、決断力の神として仰がれる「武甕槌神(たけみかづちのかみ)」です。
また、鹿島神宮の例祭日は9月1日ですが、当宮の鹿島社は天皇陛下即位御大典記念事業の一環として令和元年より御社殿の造改築を行い、令和2年10月6日に旧社殿より新社殿に御霊をお遷しする「遷座祭」を斎行したことから10月6日を例祭日と定めて令和3年より毎年斎行しております。
当日は斎主一拝から始まり、開扉、献撰、斎主による祝詞奏上、仕女による御神楽「浦安の舞」の奉奏、玉串拝礼と続き、滞りなく斎行致しました。
![]() |
![]() |
| 斎主祝詞奏上 | 御神楽奉奏「浦安の舞」 |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| 玉串拝礼 | 祭典終了後に記念写真を撮影致しました |
当宮には様々な末社がございます。ご参拝の折にはぜひ境内社もお参りください。
祭儀課 佐藤
仙台89ersの必勝祈願を斎行致しました
令和7年9月25日
去る9月25日に仙台89ersの必勝祈願を斎行致しました。チームメンバーの他に関係者の方々合わせて50名ほどが来社されました。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
| 一之鳥居から参進し、祈願控所へ進んでいきました。 | |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
| 大絵馬にはサインと今年の決意を一言揮毫していただきました。 | |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| ご社殿にて必勝祈願を行いました。 | |

玉串拝礼にて今シーズンに対する思いを祈りました。
前シーズンでは、悔しい結果となってしまいました。しかし、その悔しさをバネに新シーズンでは、良い結果を残せるよう日々の練習だけでなく、チームメンバーとのコミュニケーションも大切だ、と答えていました。
新しいチームメンバーも迎え入れ、ダン・タシュニ―HCがおっしゃっていた、だんだん良くなるように、一歩ずつ勝利に近づくことができるようにお祈り申し上げます。
大絵馬は神楽殿に飾ってありますので、ぜひご覧ください。
祭儀課 後藤
令和7年 例祭を斎行致しました
令和7年9月15日

祭典終了後に外拝殿舞台上にて記念写真を撮影しました
令和7年9月15日午前11時より例祭が斎行されました。
例祭は恒例によって1年に1回斎行される最も重要な祭祀です。多くは御祭神または神社にとって縁の深い日を以てあてられており、濫りにその日時を変更する事は許されておりません。当宮では9月15日が例祭日と定められており、秋晴れの中、粛々と祭典が斎行されました。
例祭においては、神社を包括する宗教法人である神社本庁から幣帛料として本庁幣が御神前にお供えされます。本庁幣は唐櫃に納められ、2人の唐櫃所役が捧持します。本年の唐櫃所役は、國學院大學指定神社実習Ⅱで実習中の女子大学生2名にご奉仕頂きました。
![]() |
![]() |
| 大玄関前に列立し、時刻を待ちます | 祓所にてお祓いを受けてから御社殿に向かいます |
その本庁幣を献じるために献幣使と随員が参向されます。本年は献幣使として宮城県神社庁理事・中田神社宮司の懈良武殿、その随員として宮城県神社庁参事・藤田神社宮司の宮澤高志殿に参向頂きました。本庁幣は白木の雲脚台で献じられます。
因みに「幣帛(へいはく)」とはまた古来より由来深いものですが、昔は布などを指すこともあったそうです。また、全国の神社に幣帛料が供進されるのは、各神社の御祭神に捧げられる神の依り代として、浄めの力が配られることの意味もあると言われます。
献幣使は本庁幣を献じた後、祭詞を奏上します。祝詞や祭詞の奏上が1度の祭典中に2回行われるのは例祭のみとなります。
![]() |
![]() |
| 仕女の最たる奉務内容はこの御神楽奉仕でございます | |
御神楽は浦安の舞が奉奏されました。浦安の舞は巫女舞の中で最も格の高いものとして位置づけられております。今回は例祭であり重要な祭典である事から十二単を模して考案された本装束を着装した当宮仕女2名が奉仕申し上げました。
例祭は当宮の責任役員・総代の参列があり、玉串拝礼をして頂きました。祭典当日は三連休の最終日ということもあり、境内には例祭を参観される方が多くいらっしゃいました。
本年の例大祭におきましても、責任役員・総代・世話人・氏子崇敬者の方々の多大なるお力添えにより例大祭関連行事が滞りなく斎行する事が出来ました。職員一同深謝申し上げると共に、八幡様と皆様の懸け橋として日々のご奉仕に邁進して参ります。
祭儀課 浅香
神幸祭を斎行致しました
令和7年9月14日
去る令和7年9月14日、神幸祭を斎行致しました。
![]() |
![]() |
「出御祭」では八幡様の御分霊を神輿に遷します。
本殿の御扉を開け、御分霊を遷し終えるまでは社殿内が見えないようにしています。
神幸祭奉仕者をお祓いし、召したてを行った後に神輿が出発しました。
神輿は社殿前を出発した後、9月1日の鳥居祭で斎戒の縄が張られた三之鳥居前まで進み、出幣式を行います。三之鳥居前でのお祓いの後に先達の抜刀により縄が断ち切られました。大麻、御塩、御幣での大石段のお祓いが行われた後、神輿が鳥居をくぐり一之鳥居前を出発致しました。
![]() |
![]() |
| 鳥居祭の様子 | |
鳥居祭とは例大祭を行うにあたって外部からの罪穢れを防ぐために結界を張ることで無事の斎行を祈念する当宮における特殊神事です
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| 出幣式の様子 | |
![]() |
![]() |
| 通常時、社殿内にある威儀物(いぎのもの)も御神輿と共に氏子地域内を周ります | |
一之鳥居前を出発した神輿の行列は北五番丁公園にて御旅所祭を斎行致しました。
![]() |
![]() |
2回の休憩の後に神輿の行列は境内ですずめ踊りを舞う仙台雀踊り連盟の皆様に迎えられながら八幡宮へ戻りました。
![]() |
![]() |
大神様の御分霊を内陣へと遷す「還御祭」を執り行いました。
![]() |
|
| 「出御祭」同様、御分霊を遷し終えるまでは社殿内が見えないようにしています。 | |
![]() |
![]() |
| 騎射子として奉仕したお子様は社務所大玄関前、子供神輿を担いだ お子様は社殿前で各奉行と記念写真を撮影いたしました。 |
|
昨年は活発な秋雨前線の影響による豪雨のため、急遽中止の決断を余儀なくされましたが、本年は天候に恵まれ、また、責任役員・総代・世話人・氏子崇敬者の皆様の多大なるお力添えにより滞りなく斎行できましたこと、職員一同深謝申し上げます。
祭儀課 佐藤
令和7年例大祭流鏑馬神事を斎行致しました
令和7年9月14日

本年より、馬場石積上に特別拝観席をご用意しました
令和7年9月14日午後3時30分より流鏑馬神事が斎行されました。昨年は生憎の悪天候により、神事斎行30分前に泣く泣く中止とさせて頂きましたが、本年は秋を感じる爽やかな風を受けながら、無事流鏑馬神事の斎行となりました。
流鏑馬の語源は、馬を馳せながら矢を射るところから「 矢馳せ馬(やばせうま) 」と呼ばれ、時代が下るにつれて「やぶさめ」と言われるようになったとされます。
その起源は古代、中世にあり、弓馬礼法は寛平8(896)年に宇多天皇が源能有に命じて制定され、実践的弓術の一つとして平安時代から存在していました。『吾妻鏡』には源頼朝が西行に流鏑馬の教えを受け復活させたと記されており、武士の嗜みとしてまた恒例行事として、盛んになることもあれば、何度か廃れた行事でもありました。
当宮の流鏑馬は遠田郡八幡村に鎮座していたころより9月15日の例祭に執り行われていたと記録されており、創建と同時に、伊達政宗公により再び復活されましたこの例祭祭礼における当宮の流鏑馬奉納神事は、これを奉納する射手は近年まで岩出山出身の者に限られていたそうです。
また古くから流鏑馬行事の後には、その的の奪い合いがあったとも伝えられ、その様子は、仙台市博物館に展示されている『大崎八幡宮来由記』所載の「御神事之流鏑馬」の図に細やかに描かれております。
![]() |
![]() |
| 殿内での出陣式の様子 | 馬場末にてお祓いの様子 |
神事は、先ず安全祈願を本殿にて斎行し、出陣式を執り行って、その後馬場末において神職が馬を大麻と塩で祓い清め、次に4騎の馬に馬場祓役と射手達が乗り、先ず馬場祓役が祓串を片手に「オーッ」という掛け声とともに馬場を疾走し、馬場元より馬場末までの罪穢を祓い清めます。
![]() |
![]() |
| 馬場祓役のお祓いの様子 | 見事、的中しました |
当宮の馬場は距離が短く、的場間が近いところから、射手にとっては大変難しいとされています。
流鏑馬は伝統行事ですので、的を奉製し、馬場を整備し、馬具の確認などから準備が始まります。本年も50本の的を御奉賛下さりました氏子崇敬者の皆様にこの場をお借りして御礼申し上げます。以下、ご奉賛者ご芳名でございます。
| (株)阿部コンクリート工業 殿 | 岩崎石材店 殿 | (株)岩沼インテリアサービス 殿 |
| (有)いわま亭 殿 | (株)植耕 殿 | (有)うなぎ割烹いとう 殿 |
| 遠藤 道夫 殿 | 司法書士大江章夫事務所 殿 | 大平 常元 殿 |
| (株)OttO 殿 | 加賀 康一 殿 | 柏葉 祐志 殿 |
| 桂 重樹 殿 | (有)菅武エンジニアリング 殿 | 菅野 武信 殿 |
| 木村 陽子 殿 | (株)くじらもなか本舗 殿 | (有)国見土木 殿 |
| (有)ケイ・テック 殿 | 小林 友和 殿 | (医)五葉萌芽会 殿 |
| (株)斎テント 殿 | (株)佐勘金物店 殿 | (株)櫻井防災 殿 |
| (有)佐忠電業 殿 | 佐藤 幸二 殿 | 佐藤 順一 殿 |
| (株)澁一建設 殿 | (株)シマムラ 殿 | (有)センエイコーポレーション 殿 |
| (株)草新舎 殿 | 竹内 正邦 殿 | 千田 文彦 殿 |
| (株)東北永愛友商事 殿 | 東北グレーダー(株) 殿 | (株)東北プリント 殿 |
| 富谷 正雄 殿 | とんかつ石亭八幡支店 殿 | (株)八幡不動産 殿 |
| 早坂 進 殿 | 板東 寛朗 殿 | 美術表装 般若堂 殿 |
| 福興電気(株) 殿 | 平和交通(株) 殿 | (株)北栄工業所 殿 |
| 星山 己知郎 殿 | (有)ホズミ 殿 | (株)マルエス技研工業所 殿 |
| みちのくコンサルタント(株) 殿 | (株)モリキュウ 殿 |

9月1日から流鏑馬神事斎行当日の朝まで、一之鳥居付近に的が掲示されます
人類にとって、馬は古来より、現在の車社会になる以前、長距離を移動するための大切な馴染み深い動物でして、戦においても常に重要な役割でした。平和な世にあっても武家の嗜みを忘れず、神事として斎行されることには多くの意義があり、それが400年続いておりますので今後とも引き続き末永く後世に繋がれてほしい祭事でございます。
祭儀課 浅香
令和7年例大祭神賑行事
令和7年9月13日・14日
令和7年9月1日の鳥居祭から15日の例祭までの例大祭期間のうち、13日と14日の土日には、多くの神賑行事が行われました。
【ちびっこまつり】
9月13日午前9時から11時まで、境内の広場にて幼稚園から小学生までのお子様を対象とする定例のちびっこまつりが行われました。
ちびっこまつりは、当宮の祭典委員会の会員と国見パパス・東北福祉大学まごのてくらぶの学生と共に運営しております。また、翌日の神幸祭の子ども神輿に参加するお子様に御来社頂き、半纏を渡す機会としての側面もございます。
![]() |
![]() |
| 様々なゲームを一通り楽しめるように内部の配置も工夫されています | |
お子様方に様々なゲームを楽しんでいただきつつ、神社のお祭りや日本の伝統行事に興味を持つきっかけとなれば幸いです。
【国旗のある自由画】
毎年、宮城県神社庁において宮城県神社庁関係者及び専門家を交え審査する『国旗のある自由画コンクール』を開催しており、そのコンクールに出品する作品を当宮では募っております。本年は地区内の保育園や幼稚園、小学校などから58点の作品をいただきました。 ご応募いただいた団体は下記の通りです。ご応募頂きました諸団体の皆様に感謝申し上げます。
| 聖ドミニコ学院 殿 | 仙台市立八幡小学校 殿 | 仙台市立国見小学校 殿 |
| 福聚幼稚園 殿 | こぶたの城保育園 殿 |
尚、ご応募いただいた作品は本殿西側の建物内部に9月1日から15日まで掲示し、参拝にいらっしゃった方にご覧いただきました。
また、本年より新たな試みとして、当宮独自の「国旗のある自由画コンクール」を開催致しました。審査は当宮宮司と、イラストレーターとして活躍されている佐々木ひとみ殿、栗城みちの殿が行い、7点の入賞作品が選出されました。
![]() |
![]() |
| 残暑厳しい日でしたが、真剣かつ温かな審査をして下さった先生方 | |
入賞作品は以下の通りです。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
そして、入賞者には9月14日に「国旗のある自由画コンクール表彰式」を広場舞台にて開催しました。入賞者一人一人に、賞状・メダル・水彩絵の具セットを贈呈し、陪席頂いた佐々木ひとみ殿に講評を述べていただきました。
![]() |
![]() |
| 表彰式の様子 | 佐々木ひとみ殿の講評の様子 |
当宮に持参いただきました作品は、ご社頭で掲示した後、宮城県神社庁の審査会に出品され、例年多くの子供達の絵が表彰されてまいりました。
来年以降も継続して行う予定でございますので、是非とも御参加賜れればと思います。
【演芸大会】

仙台市立第一中学校吹奏楽部の演奏の様子
9月14日午後6時頃より当宮広場において神賑演芸大会が開催されました。
一昨年まではアマチュアバンドの演奏や漫談を披露していただいておりましたが、昨年より、地域の子どもたちの活動の発表の場として広く利用頂くよう変更を加えました。
今年は、仙台市立第一中学校吹奏楽部、(株)ライブスポーツ 国見スイミングクラブ キッズダンス教室、Top rock city SENDAIの3団体の方々にご参加頂きました。会場には多くの参拝者が集まり、自然と拍手や手拍子、アンコールが起こるなど、最初から最後まで大変な賑わいとなりました。
【福物抽選会】
9月14日午後6時30分より、広場特設舞台にて例大祭の締めくくりとなる福物抽選会が行われました。
BOXティッシュや食料品など様々な福物の奉納を頂き、今年の福物は大人142本と子ども50本とで分けて用意し、幅広い年代の方に喜んで頂けるように致しました。
この度の特賞は、大人が仙台市博物館の特別展「徳川十五代将軍展―国宝・久能山東照宮の名宝―」のペア招待券、子どもはハンディファンでした。

國學院大學指定神社実習で来社中の大学生が大活躍でした
以下御奉納頂いた方一覧でございます。沢山のご奉納、心より御礼申し上げます。
| (株)秋江 殿 | アッドシステム(株) 殿 | 熱日髙彦神社 殿 |
| (株)阿部 殿 | (株)阿部コンクリート工業 殿 | (株)新本エージェンシー 殿 |
| 五十嵐隆 殿 | 岩崎石材店 殿 | (株)植耕 殿 |
| (株)角星 殿 | (資)亀兵商店 殿 | 北村醤油店 殿 |
| 麹屋近野商店 殿 | (株)晃和ディスプレイ 殿 | (株)小西美術工藝社 殿 |
| (株)佐浦 殿 | (株)佐勘金物店 殿 | (株)櫻井防災 殿 |
| (有)佐藤商店 殿 | (株)三愛工芸 殿 | (株)三宝社 殿 |
| (株)七十七銀行八幡町支店兼国見支店 殿 | 清水建設(株)東北支店 殿 | (株)庄子屋醤油店 殿 |
| セブンイレブン仙台国見一丁目店 殿 | 仙台伊達家勝山酒造(株) 殿 | 仙台トヨペット(株)仙台中央店 殿 |
| 髙橋電気管理事務所 殿 | (学)角川学園 殿 | (株)東北永愛友商事 殿 |
| 東和奉産(株) 殿 | (株)ネクストパートナーズ 殿 | 萩野酒造(株) 殿 |
| 板東久訓 殿 | (株)深松組 殿 | 福興電気(株) 殿 |
| (有)ホズミ 殿 | 本郷だるま屋 殿 | (株)丸井紙店 殿 |
| (株)湊 殿 | 杜の都信用金庫八幡町支店 殿 | 八巻隆次 殿 |
福物と共に大神様の御加護が皆様に届きますようお祈り申し上げます。
本年の例大祭におきましても、責任役員・総代・世話人・氏子崇敬者の皆様、ご協力頂きましたすべての方々の多大なるお力添えにより、例大祭関連行事が滞りなく執り行う事が出来ました。職員一同深謝申し上げます。
祭儀課 浅香
令和7年 能神楽奉奏がありました
令和7年9月13日
毎年、献饌式の夜には神楽殿にて当宮で大崎八幡宮の能神楽が奉奏されます。大崎八幡宮の能神楽は宮城県の無形民俗文化財に指定されており、古代より代々継承されてきた舞と楽の調べは、秋の夜空の下、神楽をご覧になられる方々を神話の世界へと誘います。
奉納演目はかつて十八番を数えたと伝えられておりますが、現在ではそのうち十番が廃絶し、「神拝」「龍天」「摩応」「小弓遊び」「三天」「将足」「四天」「獅子取り舞」の八番が演じられております。特徴は足を摺るように静かに舞う所にあり、「能」の所作に良く似ている為、「能神楽」と呼ばれております。
![]() |
![]() |
| 神拝 | 龍天 |
![]() |
![]() |
| 摩応 | 小弓遊び |
![]() |
![]() |
| 三天 | 将足 |
![]() |
![]() |
| 四天 | 獅子取り舞 |
能御神楽保存会の皆様の研鑽とご覧になる皆様の篤い思いによって、これからも大崎八幡宮の能神楽は受け継がれていきます。
ぜひ来年も幽玄な時間の中で舞い手が織りなす神話の世界にご注目頂ければ幸いです。
祭儀課 浅見
例大祭献饌式を斎行致しました
令和7年9月13日

祭典の結びに記念写真を撮影しました
令和7年9月13日午後3時より、年間の祭典行事の中でも特に重要な祭典のひとつである例大祭献饌式が斎行されました。本年の献饌式は生憎の天候ではございましたが、天から水の恵みを与えて頂いているようにも思われる祭典となったように存じます。
献饌式とは、「御膳上げ」と呼ばれ海川山野の種々な食物をお供えして日々の神恩に感謝し、皇室の安寧と我が国の繁栄・世界平和、また9月15日の例祭が恙なく斎行されます事を願う為の祭典でございます。
食物は自然の恵みであり、神様からの賜り物です。民族の命を繋ぐ食物を先ず神様にお供えし感謝の誠を捧げ、益々のご加護を祈りました。この事は私達の社会生活においても、お客様に様々な御馳走を出しておもてなしするのと同じ考え方であり、日本人の社会生活と密接に結びついております。
当宮の例大祭献饌式は夕刻に近い午後3時より斎行されますが、参列者共々、お祝いをうけられた八幡様にお食事(御膳)を召し上がって頂き、夕刻より始まる能神楽の演舞を御覧頂くという現代に通じる形を踏襲しているとされています。
献饌式では、3座の神様に10台ずつ計30台の神饌を供しました。10台の神饌は、米、酒、餅、海魚、川魚、赤飯、海菜、野菜、果物、菓子・塩・水で構成されており、その中で桐の葉に盛り付けられた赤飯をお供えする故実があります。赤飯は戦の際中の兵糧として用いられ、桐は「切り取って名を上げる」という意味があるそうです。
また、海魚・川魚・野菜・果物は、鰹や鮎、茄子、葡萄などの旬の物が取り揃えられお供えされました。そして氏子地域の皆様から初穂料として御奉賛頂きました氏子幣をお供えしました。
![]() |
![]() |
| 氏子幣は塗の雲脚台に載せて奉げられます | 御神楽奉奏「浦安の舞」 |
祭典には、当宮の責任役員や総代を始め、神社関係者、職方、氏子崇敬者の68名の方々が参列下さいました。宮司の祝詞奏上後、本装束を身にまとった仕女による「浦安の舞」の奉奏、次に宮司、役員総代他参列者が玉串を神前に捧げ、今年も例大祭の諸行事が盛大に行われるよう祈念致しました。
![]() |
![]() |
| 当宮責任役員の玉串拝礼 | 志波彦神社鹽竈神社の大瀧宮司の玉串拝礼 |
![]() |
![]() |
| 直会での千田祭典委員長の挨拶 | 佐藤道昭県議会議員の発声で乾杯となりました |
今後も八幡様への祈りを捧げつつ、氏子崇敬者の皆様に寄り添った神社を目指して参ります。
当宮にて実習を行った学生が神社界に進み、斯界の発展に寄与される事を願っております。
祭儀課 浅香
國學院大學指定神社実習Ⅱが当宮にて行われました
令和7年9月11日~17日

開講奉告祭で記念写真を撮影しました
去る令和7年9月11日から17日までの間、東京の渋谷にある國學院大學にて神職資格の取得を目指す学生の指定神社実習Ⅱが当宮で行われました。当宮では令和2年度より学生の受け入れ要請があり、本年は5名の学生が6泊7日の実習に参加しました。
実習初日、本殿にて開講奉告祭を斎行し、実習生1人ずつ玉串拝礼を行いました。開講奉告祭の後は、社務所大広間にて宮司講話となり、当宮の由緒のみならず、神職としての心構え等の貴重なお話を頂きました。
![]() |
![]() |
| 宮司講話の様子 | 資料を参照しつつ、熱心に耳を傾けていました |
実習期間中は例大祭に向けて神幸祭の装束準備と片付け、各種神饌の調製、境内各所の清掃等、多岐に渡る内容のカリキュラムを行いました。これらの実習内容の多くは大学の座学では学ぶことの難しいものであり、実習だからこそ見聞きし得られる貴重な経験になったことと思われます。
また、9月13日午後3時に斎行された献饌式や同日午後6時30分に奉奏された能神楽奉奏、そして9月15日の例祭の祭典見学の機会、また14日の神幸祭では若神輿の奉舁の機械を設けました。祭典がどのようにして作られていくのかという流れを学ぶこと、参列者や参加者の目線で祭典を見学・体験することもいい経験になったのではないでしょうか。
![]() |
![]() |
| 氏子崇敬者と過ごす時間は貴重なものです | 15日の例祭では唐櫃捧持の大役も担いました |
そして最終日には最後のカリキュラムとして、閉講奉告祭を実習生のみで奉仕をしてもらいました。
昨年より始めた試みでしたが、限られた習礼の時間の中で、協力して作法や流れの確認を行っている姿が印象的でした。また、國學院大學神道文化学部学部長の黒﨑浩行教授と当宮宮司の参列がありました。上の人に作法を見ていただく機会は学生のうちにそうある事ではありません。従って、大変緊張したと学生たちは口々に漏らしておりましたが、自身の作法を見直す良いきっかけとなることを願います。
![]() |
![]() |
| 斎主 祝詞奏上 | 参列者 玉串拝礼 |
![]() |
|
| 最後に記念写真を撮影しました |
当宮にて実習を行った学生が神社界に進み、斯界の発展に寄与される事を願っております。
祭儀課 浅香
一万人のお宮奉仕の方々の清掃奉仕がありました
令和7年9月9日

記念写真の合言葉は「弥栄」でした
令和7年9月9日午前10時30分より午後3時30分まで、一万人のお宮奉仕の7名の来社がありました。
一万人のお宮奉仕とは、「和」の文化と精神を継承していくため発足された「和合友の会 和の道」の事業の一つで、全国の神社で清掃奉仕をされています。当宮においても一昨年に清掃奉仕に来社頂いた経緯があります。
この度も、一昨年の受け入れ時と同じく、当宮の御垣内の清掃をお願いすることにしました。大崎八幡大神様のすぐ近くである御垣内は、職員のみ立ち入ることのできる場所ではありますが、他社でも熱心に活動されている方々のご奉仕という事もあり、特別に御垣内での奉仕となりました。当日は雨上がりで土が柔らかく草むしりに適した環境という事あり、約90分の清掃奉仕で御垣内の草むしりを行って頂きました。
![]() |
![]() |
| 正式参拝の様子 | 草むしりの様子 |
清掃の前には、御社殿にて正式参拝を斎行しました。清掃終了後は昼食休憩を挟み、境内や御社殿の説明を当宮権禰宜より行い、内職作業をお手伝い頂きました。
一万人のお宮奉仕の方々の活動は、清掃奉仕を通して、神社や日本の文化を肌で感じることのできるものだと思います。このような活動によって、斯界に新たな風が吹き、私共職員におきましても、より良い神明奉仕に励んでいけたらと存じます。
祭儀課 浅香
境内社金刀比羅社例祭が斎行されました
令和7年9月8日

境内社の例祭は職員でご奉仕しております
令和7年9月8日午前10時より、境内社の金刀比羅社にて金刀比羅社例祭を斎行致しました。早朝から降り続く雨により、金刀比羅社の社殿前での斎行が危ぶまれる事態もございましたが、祭典斎行時間直前には青空となり、無事斎行となりました。
当宮の境内社である金刀比羅社は、讃岐国一之宮金刀比羅宮より分祀され、大物主神と崇徳天皇が御祭神として祀られています。讃岐国一之宮の金刀比羅宮は「こんぴらさん」と呼ばれ、江戸時代には「こんぴら参り」が一世を風靡しました。当時、庶民の旅行は禁じられていましたが、社寺への参拝の旅は許されていました。大流行したお伊勢参りと並び、こんぴらさんは「一生に一度はお参りしたい場所」として、庶民の憧れの旅行先だったそうです。
当宮の金刀比羅社は特別崇敬者の方から寄進を受けお祀りしております。その特別崇敬者の方の御誕生日を例祭日と定め、1年に1度、例祭を斎行しております。
昨年は、例大祭の神賑行事の一つである「どんとロード八幡雀踊り」と日程が被ってしまったこともあり、宮司参列の下、職員奉仕での例祭となりましたが、本年は当宮宮司・責任役員・総代・氏子崇敬者の方々の御参列を頂き、例祭を斎行する運びとなりました。
![]() |
![]() |
| 斎主 祝詞奏上 | 御神楽奉奏「浦安の舞」 |
![]() |
![]() |
| 当宮宮司 玉串拝礼 | 参列者 玉串拝礼 |
当宮には、国宝の御社殿以外にも様々な境内社がございます。ご参拝の折には、境内社にも参拝頂き、様々な御利益のある神様とのご縁を結ばれて行かれてはいかがでしょうか。
祭儀課 浅香
第20回どんとロード八幡雀踊りが開催されました
令和7年9月7日

広場テントでの開会式の様子
去る令和7年9月7日、例大祭の神振行事の一つである「どんとロード八幡雀踊り」が開催されました。
仙台の伝統舞踊である雀踊りですが、その発祥は当宮の氏子地域にある石切町(現仙台市青葉区八幡2丁目)に住んでいた石工達が、仙台城(青葉城)石垣竣工の宴の席で藩祖伊達政宗公の前にて即興で躍ったことだとされています。
大崎八幡宮では御鎮座四百年記念として八幡すずめ踊りが始まり、今回で20回目となり、仙台市内外から総勢27団体が参加しました。参加された方や事務局の方々には当宮にて祈念した首掛け守りを授与いたしました。
また、本年は20回目の開催を記念して、どんとロード八幡雀踊り用の扇子を調製しました。この扇子は、沿道や境内でご覧になっている方々が、雀踊りに参加するきっかけとして、そして八幡町の地域振興を目的として、調製が決められ準備を進めて参りました。
扇子の絵は仙台市青葉区熊ヶ根にて「パンりんご亭」を営みつつ、イラストレーターとしてもご活躍されている栗城みちの殿に描いていただきました。栗城殿は、事前に何度も御来社され、どんとロード八幡雀踊りの起源や八幡宮の由緒等念入りに調べられ、当宮の境内と雀踊りを踊る子供たちを天から見守る雀という、仙台らしさに溢れた大変素敵な絵を描いて下さりました。この場をお借りして感謝申し上げます。
![]() |
![]() |
| 完成した扇子 (左)表面 (右)裏面 | |
![]() |
![]() |
| 地域の文教団体に扇子を贈呈しました | 原画と扇子は長床に飾ってあります |
当日は午前10時より外拝殿にて昇殿参拝を斎行し、外拝殿前にて口上・総踊りを奉納しました。
![]() |
![]() |
| 年番総代の口上の様子 | 外拝殿前での総踊りの様子 |
![]() |
![]() |
| 修祓・玉串拝礼の様子 | 奉納演舞の様子 |
その後は一団体ずつ外拝殿前奉納演舞、広場中央舞台演舞、一之鳥居演舞、境内流し踊りを行いました。大変賑やかな光景に参拝者から大きな拍手が送られていました。
![]() |
![]() |
| 境内各所での演舞の様子 | |
また、20回目を記念した催しとして「雀神輿」が県道の流し踊りの魁として町内を練り歩きました。雀神輿は当宮に隣接する仙台市立第一中学校の生徒の有志と、当宮の神幸祭にて若神輿を長年仕切ってくださっている世話人の方と有志の皆様にて担がれ、(株)七十七銀行八幡町支店まで巡幸しました。
![]() |
![]() |
| この雀神輿は東日本大震災の復興支援として東京の下谷神社から譲り受けたものです | |
![]() |
![]() |
| 地域の小・中学生も元気に雀踊りを踊ってくれました | |
政宗公によって開府された仙台・創建された大崎八幡宮・仙台城を築いた石工等が舞い始めた雀踊りのつながりは伝統となり、これからも仙台の街に賑いをもたらしてくれることでしょう。
祭儀課 浅香
兼務社春日神社例祭を斎行致しました
令和7年9月6日
令和7年9月6日午前11時より当宮宮司が兼ねて宮司を務める春日神社の例祭を斎行致しました。
春日神社では奈良県奈良市春日大社の御分霊であり「家門繁栄・不老長寿」などの御利益がある天児屋根命(あめのこやねのみこと)、「五穀豊穣・殖産興業・壽福開運」などの御利益がある倉稲魂命(うかのみたまのみこと)(稲荷大神)の2柱の神様が祀られています。
当日は覚性院丁町内会の皆様をはじめ多くの方が参列され、滞りなく祭典は終了いたしました。
![]() |
![]() |
![]() |
|
| 祭典の様子 | |

祭典後、参列者の皆様と記念写真を撮影いたしました
春日神社は小さなお宮ではありますが、承応2(1654)年に「覚性院(かくしょういん)」と共に遷座され、現在に至るまで地域の方々と協力して大切に護られております。毎月9日には月次祭も斎行しており、何方でもご参列いただけます。当宮に御参拝の折には、春日神社へも足をのばしてみてはいかがでしょうか。
祭儀課 佐藤
令和七年鈴の緒奉納式を斎行いたしました
令和7年9月4日
夏が過ぎ実りの秋を迎え、当宮で一番大きな神事である例大祭が斎行される季節となりました。
例大祭に先立ち、御社殿の前には新しい「鈴の緒」が奉納されます。赤、青、黄、白、紫の5色の布に「御祈願名」「ご氏名」を浄書後、有志の方々のご協力により、奉製された鈴の緒が御社殿前に吊るされます。
![]() |
![]() |
| 一枚一枚、丁寧に重ねていきます | 力を込め綯い上げていきます |
鈴の緒は古くより人々の願いを叶えることから「かなお」とも呼ばれ、多くの御参拝の皆様の思いを受け止めて、その思いを神様へお伝えする大事な役目があります
![]() |
![]() |
| 御神前へと奉納されお祓いを受けます | 出来上がった鈴の緒の前で記念撮影 |
今年は13名の有志の方々にお集まりいただきました。氏子崇敬者の方々が皆様の願いが浄書された布を丁寧に畳み、一つ一つ力を込めて綯い上げてゆく様子は大神様へお力になるものだと感じました。

奉製された緒は御神前に奉納され、御社殿へと新たに掛けられました。
例大祭の折々に、新しい鈴の緒を付け替えることは単に緒を新しくするだけでなく、その音で参拝者の皆様の穢れを祓い、より清らかにより力強く、願いは八幡様へと届くことと存じます。
皆様の変わらぬ御参拝を心よりお待ちしております。
祭儀課 浅見
令和7年 例大祭 鳥居祭が斎行されました
令和7年9月1日

三之鳥居前の斎場の様子
令和7年9月1日午後4時より、三之鳥居前にて鳥居祭を斎行致しました。鳥居祭とは当宮における特殊神事でございます。9月13日・14日に最も重要な祭典「例大祭」を行うにあたり、外部からの罪穢れを防ぐために結界を張ることで、無事の斎行を祈念する祭典です。
特に鳥居祭斎場となる大石段上の三之鳥居は、最も御神前に近い鳥居として縄(結界)が張られ罪穢れを避ける斎戒期間に入ります。この縄は9月14日の神幸祭出幣式の際に裃姿の先達の抜刀によって切断された後、初めて参拝者の通行が許されます。
鳥居祭では通常とは異なる神饌が供えられます。神饌は神酒・鰹の生節・梅の酢漬・茄子の漬物の4種で、これらは伊達家の兵糧と言われており、例大祭までお供えするのが本儀とされているので日持ちの良い物がお供えされています。祭典終了後、社務所前の杉の木の根元と北参道鳥居にもお祓いをして、同じ神饌が奉られます。
![]() |
![]() |
| 酒・なまり節・茄子・梅の順にお供えをします | この神饌は翌朝までお供えされます |
この度の鳥居祭には当宮の責任役員・総代・世話人・八幡町商店街ファンコミュニティ・伝播八幡井組雀踊り保存会から18名の参列があり、玉串拝礼をして頂きました。
![]() |
![]() |
| 八幡町商店街ファンコミュニティの星会長の玉串拝礼 | 奉納演舞の様子 |
伝播八幡井組雀踊り保存会は、かつて八幡町の石工達が当宮の祭典に奉納していた演舞の形式を継承した由緒ある雀踊り団体で、鳥居祭の後に毎年奉納演舞をして頂いております。
祭典終了後の直会では、4種の神饌が参列者に振る舞われます。神人共食の文化の継承を強く感じられる瞬間でもあります。
最も重要な祭典である例大祭が滞りなく斎行できるよう努めて参ります。
祭儀課 浅香
大阪府敬神婦人連合会の皆様の正式参拝がありました
令和7年8月28日

最後に記念写真を撮影しました
令和7年8月28日午前9時30分より大阪府敬神婦人連合会の14名の方々の正式参拝が斎行されました。
「敬神婦人会」は、主に各地の神社に属する成人女性の団体で、神社の祭事の奉仕や社会福祉活動、そして会員の親睦と教養の向上を目的として構成されています。組織は神社ごとに設けられていることが多く、上には県ごとの「敬神婦人会連合会」、さらにその上には「全国敬神婦人連合会(敬婦連)」があります。
この度は残暑厳しい中、東北地方に研修旅行に見えられ、国宝指定を受けている御社殿での正式参拝の後、安土桃山時代の匠の技と仙台藩祖伊達政宗公の粋が凝縮した御社殿の見学を内外より行いました。
![]() |
![]() |
| 祭典は何事もお祓いから始まります | 妻屋副会長の玉串拝礼 |
![]() |
![]() |
| 当宮宮司より当宮の由緒や社殿の説明を申し上げました | |
国宝の御社殿で参拝しつつ、貴重な文化財を鑑賞できる正式参拝は随時行っております。例祭期間や正月等お受けできない時期もございますが、ご希望の場合は当宮までメールかお電話にてお問い合わせいただければと思います。
祭儀課 浅香
令和7年御鎮座記念祭を斎行致しました
令和7年8月12日

雨に濡れた石畳と篝火の対比が美しい祭典中の境内
令和7年8月12日午後6時半より、御鎮座記念祭が斎行されました。8月12日は慶長12(1607)年に造営後遷座された日と伝えられております。残念ながら生憎の空模様とはなってしまいましたが、本年の斎行で30回目の節目を迎えることができました。祭典は神事の斎行の後、浄闇の中で「雅楽の夕べ」が行われます。
国内外より119名の多くの方が御参列くださり、参列者を代表して当宮責任役員の早坂進殿に玉串拝礼をして頂きました。
![]() |
![]() |
| 宮司 祝詞奏上 | 早坂責任役員の玉串拝礼 |
雅楽の夕べでは、伶楽舎の方々と当宮職員により、今様「白薄様」、神前神楽「青葉の舞」、管絃「平調音取」「三台塩急」、御神楽「其駒 人長舞」、神前神楽「浦安の舞」、退出音声「長慶子」が奉奏されました。
この度は令和元年以来7年ぶりに舞人4人による大祭用の「青葉の舞」を奉奏しました。 「青葉の舞」は、当宮宮司が平成18(2006)年の御鎮座四百年記念事業の一環として制作した神前神楽舞です。伊達政宗公の詠んだ「入りそめて 国ゆたかなる みきりとや 千代とかきらし せんたいのまつ」という和歌を歌詞に、作曲は故 芝 祐靖殿、作舞は宮田 まゆみ氏が行いました。
平成20(2008)年の御鎮座記念祭にて初めて奉納されて以降、大崎八幡宮オリジナルの神前神楽として職員により継承されています。
本年5月21日に東京・渋谷にて公演された「伶楽舎雅楽コンサートno.43伶楽舎創立40周年記念 芝祐靖作品演奏会その5 伶倫楽遊」において、初めて境内外で上演を行いました。今回はこの際に猛稽古に励んだ当宮仕女2名と伶楽舎2名の舞人4名による奉奏で、大神様に5月の公演成就の奉告も兼ねておりました。
青葉の舞は「音取・破・間奏・道行・急・退出音声」から成ります。従来の神前神楽はゆったりとしたものが定説でしたが、歌詠者である伊達政宗公が武将であることから、青葉の舞の破は荘重に、間奏・道行・急は躍動感ある曲調や舞振となっております。装束は萌黄色の金蘭縁裲襠装束で飛鶴紋が刺繡されており、天冠の挿頭は竜胆、執物は破が榊、急が竜胆となっています。
![]() |
![]() |
続いての御神楽「其駒 人長舞」は、宮中の御神楽の中に「其駒」という曲があり、神楽人の長が舞うので「人長舞」と言われるようになったと伝えられているものです。
舞人は葦に千鳥模様を青摺にした小忌衣をつけ、手には御鏡を模した白い輪のついている榊を持ち1人で舞います。舞振りは上代的な幽玄さがあり、いわれもめでたい歌舞として尊重されています。
また人長舞の中では舞人の口上に合わせて、司人が庭燎に火を灯します。今回の司人は、当宮の宮司と総代の御令孫が務められました。
![]() |
![]() |
そして神前神楽「浦安の舞」が奉奏されました。「浦安の舞」も皇紀2600年記念の奉祝祭で作舞された奉祝舞の1つです。「浦安の舞」は舞人が女子であるので、平安朝形式のもの(女房装束・十二単に近いもの)になったと伝えられています。
1933年(昭和8年)の昭和天皇御製「天地(あめつち)の神にぞ祈る朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を」が神楽の歌詞となっており、浦安とは、心安らぐ国、平安な国、転じて、大和国または日本国の異称とされています。
この「浦安の舞」は巫女舞の最高峰とされ、各神社で多く奉納されている演目ではありますが、手に持つ執物や舞振りが地域・一社の故実・師事した先生によって多少差があるとされます。
当宮の浦安の舞は、2篇目の執物は剣鈴を持ち、鶴岡八幡宮で初演された際の舞振りを忠実に継承しているとされ、仕女は日々稽古に励んでおります。
![]() |
![]() |
日が陰り、境内に蝉しぐれの鳴き声が響く中、篝火に照らされる御社殿は大変に美しく、厳粛に執り行われる神事と日本古来の音楽である雅楽の音色の神前神楽の奉納は、昔から受け継がれてきた信仰や伝統と、八幡様の御威光を感じられる祭典でございました。
祭儀課 浅香
七夕祈願祭を斎行致しました
令和7年8月8日
令和7年8月8日夕刻より七夕祈願祭を斎行致しました。
一般的に七夕といえば7月7日の印象が強いですが、仙台七夕は旧暦に基づいて8月6日から8日の3日間行われております。
当日は全国各地の団体様よりご奉納いただきました短冊を神前にお供えし、祈願成就を祈念致しました。
![]() |
![]() |
| 全国から奉納された短冊が供えられ、祈願成就を祈念し、祝詞を奏上致しました | |
| 七夕祈願祭短冊奉納団体一覧(五十音順) | ||
|---|---|---|
| アサヒ飲料(株) 殿 | イオンタウンユーカリが丘 殿 | (株)イオンファンタジー 殿 |
| インクルード(株) 殿 | エミフルMASAKI 殿 | オークラアカデミアパークホテル 殿 |
| ㈱神戸ポートピアホテル 殿 | Compass Offices Japan (株) 殿 | (株)さつまゴルフリゾート 殿 |
| (株)サロンドキミコ 殿 | JA全農Aコープ㈱東北運営課 殿 | 医療法人しみずファミリークリニック 殿 |
| ㈲末広電器 殿 | スカイマーク(株) 殿 | 仙台七夕まつり協賛会 殿 |
| 高羽美賀多台幼稚園 殿 | (株)デザインタクト 殿 | 豊島区立トキワ荘マンガミュージアム 殿 |
| 日本航空(株) 殿 | (株)日比谷花壇 殿 | (有)マツリド 殿 |
| 妙高市立妙高高原中学校 殿 | (株)ユアエルム京成 殿 | ラクア緑井 殿 |
| リソル(株) 殿 | ||
![]() |
![]() |
本殿前、長床前におよそ1か月間設置した七夕笹には国内外から参拝された方々に各々の願いを込めた短冊を吊るしていただいておりました。
皆様が込められた願いが成就しますよう、ご祈念申し上げます。
祭儀課 佐藤
令和7年太元社例祭を斎行致しました
令和7年8月1日

令和5年度の馬場整備事業にて建てた鳥居の前で記念写真を撮影しました
令和7年8月1日の午前11時より、大崎八幡宮の境内社の太元社において例祭が斎行されました。
当宮の太元社には、太元師明王が祀られております。太元帥明王は古来より、鎮護国家・外敵降伏などのご神徳があるとされます。戦の折には「太元帥明王法」という加持祈祷を行い多くの崇敬を集めていたそうです。
正確な創建時期は不明ですが、4代藩主・伊達綱村公が太元師明王を本尊とした太元社師明王法の執行を念願としたということが『伊達綱村遺言覚書』に記されておりご創建の経緯をうかがい知ることができます。
現在の御社殿は、当宮の境内社として昭和56年8月に竣工したもので、太元師明王を御神像としてお祀りし、8月1日を縁ある日と定め例祭を斎行しております。例祭当日は御神像が納められている厨子の御扉が開かれ、太元師明王をお参りすることができます。
令和5年度に遂行した馬場整備事業では、太元社の社殿を西側(後方)に数メートル移動させる曳家工事を行い、皆様のお参りの場所が広くなりました。昨年夏には、馬場整備事業の最終工事として、太元社周辺の玉垣の設置工事を行い、現在の姿となりました。
![]() |
![]() |
| 参列者 玉串拝礼 | 御神楽「浦安の舞」奉奏 |
![]() |
|
| 御神楽「浦安の舞」奉奏 |
今回の祭典は、責任役員・総代・世話人・一般の計15名の参列があり、祓所にて修祓を受け、玉串拝礼をして頂きました。
参列の方には撤下品として、御幣と御朱印をお渡しました。この御幣は邪気を払う神としてとして名高い太元帥明王に合わせ、魔除けの色である赤色を採択しております。
当宮にご参拝の際は是非、太元社にも足をお運び頂き、伊達家の歴史や祈りに思いを馳せて頂ければと思います。
祭儀課 浅香
マイナビ仙台レディースの必勝祈願を斎行しました
令和7年7月30日
去る令和7年7年30日にマイナビ仙台レディースの必勝祈願を斎行しました。
マイナビ仙台レディースは宮城県仙台市をホームタウンとしており、日本の女子サッカーリーグ「WEリーグ」に所属する女子サッカークラブです。トップチーム選手の他にスタッフ含め43名ほどが参列しました。
![]() |
![]() |
|
| 一之鳥居から参進 | ||
![]() |
![]() |
|
![]() |
||
| 大絵馬に揮毫していただきました。 | ||
![]() |
![]() |
|
![]() |
![]() |
|
| 社殿にて必勝祈願を斎行致しました。 | ||
![]() |
![]() |
|
![]() |
||
| これからの試合に向けて、玉串拝礼をしていただきました。 | ||
![]() |
![]() |
|
| 祈願後は、社殿前にてお参りしました。 | 大絵馬を持って記念写真 | |
今シーズンはより前進し、良い結果を残せられるようチームみんな、スタッフ、応援していただいている皆さんと一緒に頑張っていきたいとインタビューで答えられていました。
前シーズンを上回る良い結果を出せられるようお祈り申し上げます。
祭儀課 後藤
第一回祭典委員会が開催されました
令和7年7月27日
![]() |
![]() |
| ちびっこまつりについて説明をする門澤世話人 | 直会の乾杯の発声は、新任の岩本世話人でした |
令和6年7月27日午後5時30分より、社務所大広間にて第一回祭典委員会が行われました。
大崎八幡宮の最も大切な例大祭に関係する、責任役員・総代・世話人の方々と関係諸団体の担当の皆様方と職員での打合せが祭典委員会でございます。今回が令和7年度例大祭の記念すべき第一回の祭典委員会の開催となり、60名以上の多くの方にお集まりいただきました。
また本年は大変ありがたいことに、15名近くの方が新しく当宮の世話人に就任してくださっています。新たに世話人にご就任いただきました皆様方には、地域の活性化や組織の若返りに大きく貢献していただいております。総勢100名を超える大崎八幡宮世話人会一丸となって臨む例大祭が今から大変楽しみでなりません。
本年の例大祭は、昨年悪天候により中止となった神幸祭や流鏑馬神事も斎行予定でございます。以下、令和7年の例大祭日程となります。
| 9月1日(月) | 午後4時 | 例大祭鳥居祭 |
|---|---|---|
| 4日(木) | 午前11時 | 鈴の緒奉納式 |
| 7日(日) | 終日 | どんとロード八幡雀踊り |
| 13日(土) | 午前9時~11時 |
ちびっこまつり |
| 午後3時 | 献饌式 | |
| 午後6時30分 | 能神楽奉奏 | |
| 14日(日) | 午前10時30分 | 神幸祭 出御祭 |
| 午後2時 | 神幸祭 還御祭 |
|
| 午後3時30分 | 流鏑馬神事 |
|
| 午後5時 | 神賑演芸大会 | |
| 午後6時 | 福物抽選会 | |
| 15日(月) | 午前11時 |
例祭 |
最新情報等々は、随時ホームページにてのご案内を予定しております。9月の例大祭に向けて、地域の皆様方のご協力を賜りつつ、職員一同最善を尽くしてまいる所存でございます。
祭儀課 浅香
境内社諏訪社例祭を斎行致しました
令和7年7月26日

祭典の結びに記念写真を撮影しました
令和年7月26日午前10時より、境内社の諏訪社にて例祭が斎行されました。
当宮の諏訪社は、江戸時代寛永期に信濃国一之宮諏訪大社より分祠されたものと伝っております。御祭神は建御名方神で水の守護神や生命の根源を司る神として知られています。また、剛力をもって知られた武神として、武田信玄をはじめとする甲信地方の戦国大名に篤く崇敬されていました。
そして、令和元年より約2年かけて行った奉祝天皇陛下御即位記念境内整備事業において、御社殿の造替が行われ、春日造の瑞気麗しい御社殿に変貌を遂げました。それをきっかけに例祭を斎行するようになり、本年で5回目の祭典斎行となりました。
当宮の諏訪社例祭の御縁日である7月26日は、長野県に鎮座する諏訪大社の御射山祭の斎行日の旧暦にあたります。御射山祭は、諏訪上下大社の大祭として古来より伝わる狩猟神事だそうで、上社と下社が御射山と定めた場所で、幣という薄の穂を供え、青萱で葺いた穂屋を建てて斎行されます。そこで神職や氏子が3日間参籠し、五穀豊穣や天下泰平を祈る神事でございます。
![]() |
![]() |
| 夏の祭典は天候との闘いでもあります | 御神楽「浦安の舞」奉奏 |
この度の例祭は大変気温も高く、熱中症対策にミストファンを稼働させての祭典斎行となりましたが、当宮宮司・責任役員・氏子崇敬者の計10名の方の参列があり、玉串拝礼をして頂きました。
参列の方には撤下品として、御幣と御朱印をお渡しました。この御幣は水の守護神として名高い建御名方神に合わせ、水色を採択しております。
当宮には、国宝の御社殿以外にも様々な境内社がございます。ご参拝の折には、境内社にも参拝頂き、多くの神様とのご縁を結ばれて行かれてはいかがでしょうか。
祭儀課 浅香
仙台市博物館友の会の皆様の正式参拝がありました
令和7年7月23日

正式参拝の様子
令和7年7月23日、仙台市博物館友の会の皆様の正式参拝が当宮にて斎行されました。
仙台市博物館は昭和26(1951)年に仙台伊達家から寄贈された資料群(伊達家寄贈文化財)の保管・展示・研究のために、仙台城三の丸跡に昭和36(1961)年に開館したそうです。昭和61(1986)年には同地に全面新築、現在に至り、延床面積10,800平方メートル(総2階)、鉄筋コンクリートの建物となっております。
ユネスコ「世界の記憶」に登録された「国宝 支倉常長像」など3点を含む国宝「慶長遣欧使節関係資料」や、重要文化財の伊達政宗所用具足・陣羽織、豊臣秀吉所用具足、三沢初子所用帯などのほか、仙台伊達家からの寄贈資料をはじめ、江戸時代を中心とした仙台藩に関わる歴史・文化・美術工芸資料など約10万点を収蔵し、常設展示は季節ごとに展示替えを行っておられます。
「友の会」は、仙台市博物館を中心として歴史・美術・文化に関する知識を高めるとともに、会員相互の親睦を図り、合わせて博物館が行う活動を支援し、その普及発展に寄与することを目的として活動されています
当宮と仙台市博物館は日頃より誼を通じており、展示品の貸し出し等の協力を行っております。その御縁もあり、今回は当宮を会員の皆様にご参拝頂くことになりました。
![]() |
![]() |
| 友の会の市川会長に合わせて拝礼を行いました | 寺澤学芸員の説明 |
正式参拝の後、安土桃山時代の匠の技にて建造された御社殿の見学を行いました。当宮社殿内の彩色について仙台市博物館の寺澤学芸員より説明がありました。皆様思い思いの場所を熱心にご覧になられている姿や、職員や学芸員に対し、質問を活発にされている場面が散見されました。
国宝の御社殿で参拝しつつ、貴重な文化財を鑑賞できる正式参拝は随時行っております。ご希望の場合は当宮までメールかお電話にてお問い合わせいただければと思います。
祭儀課 浅香
兼務社 愛宕神社例祭を斎行致しました
令和7年7月19日
去る7月19日午前11時より兼務社愛宕神社例祭を斎行致しました。
愛宕神社は火産霊神(ほむすびのかみ)(火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ))という伊邪那岐命・伊邪那美命、2柱の神様の神生みにおいて最後に生まれた火を司る神様を御祭神としてお祀りしています。京都府京都市右京区の愛宕山に鎮座します愛宕神社が総本社となり、全国各地で火伏の神様としてお祀りされております。
当日は天候に恵まれ、十二軒町の町内会の皆様の参列のもと無事に斎行され、祭典後には子供神輿の渡御が行われました。児童の皆さんは協力して神輿を担いだり神輿の通る道を塩で清めたりしていました。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| 祭典の様子 | |
![]() |
![]() |
| 気温が高く、日差しも強い中でしたが、最後まで元気に神輿を担いでおりました | |
十二軒丁(現在は八幡一丁目)に鎮座する愛宕神社は十二軒丁をはじめとした周辺の氏子が「仙台宝永の大火」という大災害を受け、神社を大切にして火事を起こさないことを誓い再整備したといわれており、今日まで大きな火事もなく火伏の神様として地域の方々に篤く信仰されております。今後も地域の方々の繋がりを大切にし、お宮の護持に励んで参ります。
祭儀課 佐藤
東京都神社庁葛飾区支部の皆様の正式参拝がありました
令和7年7月4日

記念写真に当宮職員もご一緒させていただきました
令和7年7月4日、東京都神社庁葛飾区支部の皆様の正式参拝が当宮にて斎行されました。
全国8万社と言われる神社を統べる組織として、神社本庁が広く知られておりますが、その出先機関のような形で各都道府県に神社庁が設置されています。その神社庁の中においても、区域ごとに支部が置かれ、支部単位での様々な活動が展開されています。今回は東京都神社庁葛飾区支部に所属する神社にて宮司を務められている9名の方々が、仙台に研修旅行として訪問され、当宮に参拝下さいました。
![]() |
![]() |
| 修祓 | 職員より当宮の由緒と社殿建築について説明しました |
正式参拝の後、安土桃山時代の匠の技にて建造された御社殿の見学を内外より行いました。約1時間という短い滞在時間の中で、文化財を守り伝えていく事の重要性を当宮職員からお話させていただきました。
国宝の御社殿で参拝しつつ、貴重な文化財を鑑賞できる正式参拝は随時行っております。ご希望の場合は当宮までメールかお電話にてお問い合わせいただければと思います。
祭儀課 浅香
仙台育英学園高等学校の留学生の参拝がありました
令和7年7月3日
令和7年7月3日に仙台育英学園高等学校の留学生が来社されました。
仙台育英学園高等学校は明治38(1905)年、加藤利吉氏が「英育会」(後に育英塾に改組) 開塾して以来、「至誠」「質実剛健」「自治進取」を建学の精神とし、複数の海外留学プログラムを有しているだけでなく、海外からの留学生の受け入れも行っている学校です。
当日は留学生、引率の方含め22名が来社され、社殿内でお祓いを受け、玉串拝礼を行っていただきました。その後に宮司による社殿説明がございました。
![]() |
![]() |
| 修祓の様子 | 代表の方に合わせて2礼2拍手1礼の御作法でお参り致しました |
![]() |
![]() |
| 皆さん真剣な表情で、時折質問をしながら説明を聞いていました | |
![]() |
![]() |
| 社殿内と普段は立入禁止の社殿の裏側にて記念写真を撮影しました | |
また、七夕が近づいておりましたので、ご自身で願い事を書いた短冊を笹竹につけていただきました。
![]() |
![]() |
| 短冊は8月8日斎行の七夕祈願祭にてお祓いをし、祈願成就を祈念いたします | |
休憩所「鞍」にて留学の思い出として絵馬をお渡しし、揮毫していただきました。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| 留学中に学んだ漢字や日本語を用いながら思い思いに揮毫していました 当宮宮司に、絵馬や撤下品としてお渡しした扇子にサインを求める姿が多くあったのも印象的でした |
|
とても良い思い出になった、またお参りしたいと話しながら帰路につかれる姿があり、短い時間ではありましたが、皆さんが日本文化に触れることができ、留学期間中の思い出の1つになったようで大変喜ばしく思います。今後も国内外問わず参拝された方々が心地良く参拝できるようご奉仕に励んで参ります。
祭儀課 佐藤
令和7年厄除祈願大祭並びに祈願串焼納祭を斎行致しました
令和7年7月1日

祭典直前までの降雨の影響が懸念されましたが、無事斎行されました
令和7年7月1日午後3時より、社殿前にて厄除祈願大祭並に祈願串焼納祭が斎行されました。
「厄除祈願大祭並びに祈願串焼納祭」は令和の御代を迎えてより、社殿前の炉の中に皆様から御奉納頂いた祈願串を井桁に積み上げて焚き上げ、その忌火によって今年後半の厄を祓い、八幡大神様の御加護により清々しく過ごすことができますようにと祈念を込めて神事を始めました。
「厄除」と銘打ってはおりますが、厄年以外の方もお申込み頂くことができ、当日御参列の場合はご自身で祈願串を焼納することが可能です。参列者の方々が、炉の中で舞立ち上る炎の中に祈念を込めた祈願串を焼納する瞬間、暑さの中に祈りの本質が垣間見えるような感覚になるものでございます。
「厄除祈願大祭並びに祈願串焼納祭」は本年で7回目を迎えます。年を重ねるごとに参列者、申込者の人数は増加しており、大崎八幡宮の夏の祭典行事の始まりとして盛り上がりを見せております。今回は、事前のお申込みが183件、また当日の参列が32件と皆様の願いが大崎八幡大神様のもとへ届けられることとなりました。
また、祭典に於いて、事前に御社頭や郵送で皆様方より諸々の祈願を込めて書かれました約1000本の祈願串を炉にくべて御焼納申し上げ、令和7年の残された月日が皆様にとって幸多かれと焼納祭を併せて執り行っています。
![]() |
![]() |
| 祈願串・神札・守護を大麻・塩湯にてお祓いしました | 参列者 玉串拝礼 |
![]() |
![]() |
| 暑い中、約1時間の祭典に御参列頂いた32名の氏子崇敬者の方々の様子 | |
焼納祭では、御参列の方に祈願串を手ずから御焼納して頂き、御神札や守護などをお頒ち致しました。また、郵送でのお申込みの方には、御神札や守護を郵送させて頂きました。
祈願串の奉納は常時承っております。御社殿前に祈願串記入台と炉を設けておりますので、皆さまの心願成就の選択肢の一つとなりますと幸いです。この先、夏の「厄除祈願大祭並びに祈願串焼納祭」冬の「どんと祭」として定着していきたい所存です。
祭儀課 浅香
國學院大學院友会宮城県支部総会に参加してまいりました
令和7年6月15日
令和7年6月15日午後5時より、ホテルJALシティ仙台にて國學院大學院友会宮城県支部令和7年度総会が開催されました。当宮からは、宮司以下5名の職員が参加してまいりました。
院友会とは、今年創立143周年を迎える國學院大學とともに、138年にわたり歩みをともにしてきた國學院大學卒業生の会となります。現在は全ての都道府県に支部があり、その数は59支部になります。各支部にはさまざまな部会や地区部会、職域の会があり、また院友経済会、マスコミ院友会、院友学術振興会、法学部OB・OG会の4団体が協力団体という位置付けで志を同じく活動をされております。
この度の支部総会の中では、会務報告や決算・予算報告の議事の後、院友の田辺一乃師匠による「関口武勇伝」の口演がございました。昨年・一昨年は三遊亭遊吉師匠に落語を口演頂きましたが、今年は趣向を変えて講談の拝聴となりました。

「関口武勇伝」を口演する田辺一乃師匠
また、総会の最後には参加者全員で記念撮影をし、その後はお待ちかねの懇親会となりました。
懇親会では、恒例の福引も行われ、各神社から提供された福物が参加者全員の手元に届けられました。当宮からは、現在世間の耳目を一心に集めている玄米(5㎏)4袋を福物として持参しました。
![]() |
![]() |
| 各神社の選りすぐりの名品がずらっと並びました | 一森(鹽竈)賞は清酒でした |
最後に初参加の若手によるエールと参加者全員で校歌を斉唱してお開きとなりました。

一人の院友として、また神職として、母校の名に恥じぬような日々を過ごしていき、母校と斯界の発展に寄与して参りたいと存じます。
祭儀課 浅香
志波彦神社鹽竈神社 新宮司 大瀧博司殿の正式参拝がありました
令和7年6月11日

大瀧宮司は、宮城県神社庁の祭式講師も務めていらっしゃいます
令和7年6月11日午前10時頃より、御社殿にて志波彦神社鹽竈神社 大瀧博司 新宮司の正式参拝が執り行われました。
先月末に勇退された鍵三夫殿(現・志波彦神社鹽竈神社名誉宮司)の後を受けて、この度、権宮司を務めていらっしゃった大瀧博司殿が新しく宮司に就任される運びとなりました。今回は、宮司就任の挨拶に当宮を参拝され、玉串拝礼をして頂きました。
志波彦神社鹽竈神社は、古くから東北鎮護・陸奥国一之宮として、朝廷を始め庶民の崇敬を集めておられます。創建の年代は詳らかではありませんが、平安時代初期、嵯峨天皇の御代に編纂された「弘仁式」に「鹽竈神を祭る料壱万束」と記され、厚い祭祀料を授かっていたことが知られています。
武家社会となってからは平泉の藤原氏・鎌倉幕府の留守職であった伊沢氏、そして特に伊達氏の崇敬が厚く、歴代藩主は大神主として務められていました。
現在の社殿は伊達家四代綱村公から五代吉村公に亘り9年の歳月をかけ宝永元(1704)年竣工されたものだそうです。平成14(2002)年12月、本殿・拝殿・四足門(唐門)・廻廊・随神門以下14棟と、石鳥居1基が、国の重要文化財の指定を受けられました。
当宮とは、宮城県内の別表神社として日頃より付き合いがあり、祭典や年始の際には互いに参拝や挨拶をしております。ご祭神や社殿の造りなど、同じ神社といえど違いはたくさんありますが、お互いの良いところを真似しつつ切磋琢磨し、斯界の発展に寄与していければと存じます。
祭儀課 浅香
6月本殿挙式
令和7年6月8日

6月8日 髙橋・伊藤御両家
当宮では9月の例祭期間、12月から2月までの年末年始を除き、国宝に指定された御社殿内での神前挙式を受けつけております。ご予約は半年前から受け付けておりますので、ご興味のある方は電話やメールにてお問い合わせください。
また、新郎新婦2名での斎行となる結婚奉告祭も斎行しております。こちらは、新郎新婦2人で落ち着いた雰囲気の中での御式となります。結婚奉告祭の詳細は祭儀課までお問い合わせください。
6月に当宮にて挙式を斎行された御新郎御新婦様には八幡様のご加護のもと、お二人の末永いお幸せと、御両家の皆様方の益々のご多幸とご健勝を心よりご祈念申し上げます。誠におめでとうございました。
祭儀課 浅香
ヴォスクオーレ仙台の必勝祈願を斎行しました
令和7年6月2日
去る令和7年6月2日に、御社殿にてヴォスクオーレ仙台の必勝祈願が斎行されました。
ヴォスクオーレ仙台とは仙台市をホームタウンとするフットサルチームの事で、東北唯一のフットサルチームとして日本フットサルリーグ(Fリーグ)に所属しています。
前シーズンでは苦い結果で終わってしまった為、今シーズンでは全勝優勝を目標として仲間を信じて勝負したい、とインタビューに答えていました。
一之鳥居から参進し、祈願控所にて大絵馬に揮毫していただき、御社殿内にて必勝祈願を執り行いました。
![]() |
![]() |
| 一之鳥居から大階段を上っている様子 | |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| 茅の輪をくぐり、社殿前へ | |
![]() |
![]() |
| 大絵馬には、選手の皆さんと関係者の方に揮毫していただきました | |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

今シーズンの活躍がより良いものになり、目標達成できます事を御祈念申し上げます。
また、揮毫していただいた大絵馬は神楽殿に展示しておりますので、ぜひご覧ください。
祭儀課 後藤
全国東照宮連合会の皆様の正式参拝がありました
令和7年6月5日

正式参拝の後、記念写真を撮影しました
令和7年6月5日、全国東照宮連合会の皆様の正式参拝が当宮にて斎行されました。
全国東照宮連合会とは、東照宮350年式年大祭にあたる昭和40(1965)年、全国の徳川家康公を奉斎する神社28社を以って結成されたそうです。本部は日光東照宮に置かれ、神社相互の連携を密にして各神社の興隆、神徳宣揚を図ることを目的として、各神社相互の参拝視察、機関紙その他の出版物の刊行、講演会、研修会などの活動を行っていらっしゃいます。現在全国で47社が加盟しているそうです。
今回は加盟社の1社である仙台東照宮の主催で仙台にて総会並びに懇親会、各社の正式参拝や東日本大震災の震災遺跡の見学等なさったそうです。
![]() |
![]() |
| 代表3名による玉串拝礼 | 境内にて御参列の皆様の様子 |
![]() |
![]() |
| 普段は立入禁止の社殿の裏側にもご案内しました | |
当宮では、お集まりいただいた約140名の会員の皆様の正式参拝の後、安土桃山時代の匠の技と仙台藩祖伊達政宗公の粋が凝縮した御社殿の見学を内外より行いました。
当宮の御社殿は刑部左衛門国次等、安土桃山時代きっての巨匠を招聘し建造されました。その約30年後に、当宮を建造した工匠たちにより日光東照宮の御社殿が造営されたとされています。当宮の御社殿と日光東照宮の御社殿は「権現造」と呼ばれる神社建築の様式で建造されており、お祀りしている御祭神の違いはあれど、共通点もございます。そのような観点からも、様々な箇所で話に花が咲いておりました。
約1時間という短い滞在時間の中で、東北の初夏の爽やかな風が吹く中、充実した時間を過ごしていただけたのではないかと思います。
国宝の御社殿で参拝しつつ、貴重な文化財を鑑賞できる正式参拝は随時行っております。ご希望の場合は当宮までメールかお電話にてお問い合わせいただければと思います。
祭儀課 浅香
伶楽舎演奏会「伶倫楽遊」に参加しました
令和7年5月21日
去る5月21日に東京都渋谷区文化総合センターさくらホールにて伶楽舎の演奏会「伶倫楽遊」が行われました。
伶楽舎とは、芝祐靖先生が創立し様々な雅楽を演奏している団体であり、今年で伶楽舎創立40周年を記念して創立者である芝先生の作品を中心とした演奏会で、当宮より仕女2名が参加し、神前神楽「青葉の舞」を舞台で舞わせていただきました。
「青葉の舞」は伊達政宗公が仙台開府にあたり、仙台の地の末永い繁栄を願った
「入り初めて 国ゆたかなる みぎりとや 千代とかぎらじ 仙台の松」
政宗公が仙台の地に来て仙台が豊かになることは千年と限らず、常緑樹の松のようにいつまでも青々と栄えますようにという願いが込められております。
この和歌に合わせて、芝先生が作曲、宮田先生が作舞をしていただき、8月12日の御鎮座記念祭で奉納され続けている神楽です。
本番前に2回東京に足を運び、伶楽舎の方々と練習を行いました。
1回目の練習ではお互い初めて顔を合わせた日でもありました。榊や採り物の持ち方、舞の細部が合わずそれぞれの課題を見つけることができました。
![]() |
![]() |
| 1回目の練習の様子 | |
2回目の練習では装束を着て練習を行いました。また、CDの音源ではなく実際に演奏していただきました。CD音源と生演奏では曲の速さ、拍の使い方が変わるので、沢山のことを考えながら舞の練習に励みました。 1回目の練習から約一か月間でそれぞれの課題を改善することができました。お互いの動きを意識しながら舞うことで4人の動きが揃っていることが実感できました。
![]() |
![]() |
| 2回目の練習の様子 | |
![]() |
![]() |
![]() |
|
| 伶楽舎の方々が揃ってから装束を着て練習しました | |
2回目の練習から1週間後の5月21日が本番でした。
お昼ごろに東京の会場に着き、本番前最後の通し練習を行いました。舞人4人で細かいところを再確認し、参進から退下まで通しました。
以下、参加した当宮の仕女2名の感想です。
伶楽舎の方々と一緒に舞台で「青葉の舞」を4人で舞わせて頂きました。
初めての4人舞で練習している時、舞の動作が合わないときに不安を感じたり、癖づいた動きを修正しようと心がけても癖が出てきてしまい悔しいと感じたりしました。悩んでも行動しないと結果は出ないと思いたくさん練習しました。4人の採物の高さや角度等細かい所を修正する事が出来たり見えないところは見える人ができるところをカバーしたりと、練習を重ねていくうちに舞の動きが合っていくことが嬉しかったです。
普段は神前で神様に舞を奉納する為、舞台で舞う事は神前とまた違った雰囲気に包まれ、緊張し胸が高鳴りました。
舞が始まると楽しい時間が流れるのがあっという間でした。見ていただいた方々によかった、すごかったという声をいただき、心から嬉しかったです。貴重な経験をさせて頂き、ありがとうございました。
川村
照明で明るく照らされた舞台に、ひとりずつ順に音取に合わせて参進し、自座に着き於振が終わると舞が始まります。
普段は日が落ち暗い中で御神前を向いて舞を舞うので、客席を向いて舞うのは初めての経験でした。1階席はもちろん、2階席にも観客の方がいて、普段見ない景色や御神前で舞う時とは緊張感も異なり、鼓動が大きく脈打ちました。
初めての4人舞が「青葉の舞」でした。日々練習していくと様々な課題が見つかりました。しかし、話し合いを重ね、動きを確認することで理解を深めることができ、細かいところにも意識を向けて舞うことができました。
反省点もありますが、大きな失敗なく練習の成果を発揮することができました。舞台に立てば時間が過ぎるのはあっという間で沢山の拍手をいただくことができました。何も考えずにただ舞うのではなく、来てくださった方々にまた見たい、見に来てよかったと少しでも思っていただけるよう心掛けながら舞いました。
二度と経験することができないようなことをこの短期間で沢山経験させていただきました、ありがとうございました。
後藤
5月本殿挙式
令和7年5月17日

5月17日 前山・小峯御両家
当宮では9月の例祭期間、12月から2月までの年末年始を除き、国宝に指定された御社殿内での神前挙式を受けつけております。ご予約は半年前から受け付けておりますので、ご興味のある方は電話やメールにてお問い合わせください。
また、新郎新婦2名での斎行となる結婚奉告祭も斎行しております。こちらは、新郎新婦2人で落ち着いた雰囲気の中での御式となります。結婚奉告祭の詳細は祭儀課までお問い合わせください。
5月に当宮にて挙式を斎行された御新郎御新婦様には八幡様のご加護のもと、お二人の末永いお幸せと、御両家の皆様方の益々のご多幸とご健勝を心よりご祈念申し上げます。 誠におめでとうございました。
祭儀課 浅香
皐月月次祭を斎行致しました
令和7年5月15日

境内の新緑が美しい季節となりました
令和7年5月15日午前10時より、皐月の月次祭が斎行されました。日々の大神様のご加護に感謝し、世界の安寧を祈念する月首(次)祭は、毎月1日と15日に斎行しております。
![]() |
![]() |
| 宮司 祝詞奏上 | 祭典の結びに境内にある末社を巡拝します |
月首(次)祭は、どなたでも参列できますので、祭典開始15分前までに社殿右側の祭儀棟までお越しください。
参列された方には撤下品として、月参り幣束をお渡ししております。月参り幣束は毎月異なる色目にて奉製されており、季節の草花をモチーフとしております。皐月は花山吹の色目でございます。 今回の月首祭では、名の方の参列と4月に入社した新人の村山仕女の初奉仕がありました。約1ヶ月半の間、社務の合間を縫って一生懸命稽古に励んで参りました。
![]() |
![]() |
以下、初奉仕の感想です。
【村山仕女】
初めての舞奉仕でとても緊張していましたが、大きな失敗無く最後まで舞うことができたので安堵しています。これからも稽古に励み、舞の技術を磨いていきたいです。

祭典終了後、社務所大玄関前にて記念写真を撮影しました
当宮では、祭典のご奉仕に上がる為に日々舞や雅楽の稽古に職員一同励んでおります。また、8月12日の御鎮座記念祭・雅楽の夕べにおきましても職員の舞奉仕がございます。小さな積み重ねを大切にし、より美しいご奉仕ができるよう努めて参る所存です。
祭儀課 浅香
伊達武将隊出陣式を斎行致しました
令和7年5月10日
5月10日に第16期伊達武将隊出陣式を斎行致しました。雨は止み、曇り空でしたが無事斎行できました。

一之鳥居前にて
![]() |
![]() |
![]() |
| 一之鳥居から参進してご社殿前へ | ||

![]() |
![]() |

社殿前に着くころには、沢山の参拝者が待っていました
![]() |
![]() |
| ご社殿前にてお祓い、玉串拝礼、御守の授与を行いました | |
![]() |
![]() |
| 今年のこれからの活躍が良い方向に向かう様にと開運の御守をお頒かちしました | |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| 大絵馬に揮毫していただきました | |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
| 政宗公のいたずらに付き合う芭蕉さん |
![]() |
![]() |
![]() |
| 政宗公は皆さんが絵馬を揮毫しているところ静かに見守っています | ||

ご社殿前で記念撮影
伊達武将隊の今年の様々なご活躍にご多幸ありますことをお祈り申し上げます。
庶務課 後藤
3月26日 強風による倒木被害について
令和7年5月2日
去る3月26日午前11時頃の強風により境内にて倒木が発生し、表参道三之鳥居周辺で被害が発生しました。
当日は東北太平洋側で台風並みの強風となり、仙台においても風速30メートルを超える天候で、猛烈な西風となっていました。午前11時頃境内三之鳥居南東付近にある目通り直径1.2メートル・樹高30メートル、推定樹齢300年~400年の杉が落雷のような音とともに大石段東側へ倒れ、参道を塞ぎました。
倒れた先の杉林内では目通り直径30センチ・樹高25メートル程の杉が巻き込まれる形で倒木。電力電線及び電話回線を巻き込み、電柱が折壊しました。
また、倒木防止用に架設したワイヤーに引っ張られる形で目通り直径70センチ・樹高30メートルの杉が根元から折れて宙吊りとなり、6メートル先の三之鳥居に直撃。鳥居東西柱が損傷しました。
自然災害発生時、午前11時という多くの参拝者の往来がある時間帯にも拘わらず、幸い発生当時は周辺に参拝者は居らず人的被害が無かったこと。令和2年に修繕した扁額に被害が無かったこと。鳥居本体の倒壊を免れたこと。周辺施設への被害及び停電が無かったことなど様々な要因が重なり、被害は最小限となりました。
今後は亀裂の入った柱を交換する為の御用材として青森ヒバ直径70センチ・長さ8メートル超の確保を進めてまいりますが、調達及び加工に時間がかかることが予想される為、当分の間ステンレス製バンドで補強することとなりました。
また、今回の倒木原因として大木の根元が内部で腐食が進み、外周面のみで支えている状況だったことがわかりました。外側からの目視や打診では確認できない状態であり、今後再発防止策として境内全体の樹木総点検を計画しております。
![]() |
![]() |
| 三之鳥居前倒木時の様子 | 杉林内の電柱が損壊しました |
![]() |
![]() |
| 集められた木材置き場は松焚祭斎場半分の量になりました | 三之鳥居柱損傷部分 |
![]() |
|
| 補強工事完了後 |
ご参拝の皆様にご迷惑をお掛け致しますが、何卒ご協力お願い申し上げます。
庶務課 石垣
宮内庁楽部春季雅楽演奏会を鑑賞して参りました
令和7年4月25日
4月25日にご縁があり宮内庁雅楽演奏会を神職1名、仕女計3名にて鑑賞して参りました。宮内庁で楽部が一般公開するのは春と秋の年に2回公演されます。
![]() |
![]() |
雅楽では唐楽で六つ調子があり、壱越調(いちこつちょう)、平調(ひょうじょう)、双調(そうじょう)、黄鐘調(おうしきちょう)、盤渉調(ばんしきちょう)、太食調(たいしきちょう)の六つあり、今回は管絃では「盤渉調音取(ばんしきちょうのねとり)」「輪台(りんだい)」「蘇莫者破(そまくしゃのは)」を演奏されました。
音取とは管弦演奏に先立って奏する短い曲であり、音律を整え、その調子の雰囲気を作ります。
その後演奏された「輪台」では中国の西城の地名をとったものと言われております。この曲には舞があり、「青海波(せいがいは)」という舞の前に演奏されることが知られています。
今回「蘇莫者破」は管絃の形式での演奏でしたが、舞楽曲もあり、「教訓抄(きょうくんしょう)」によると役行者(えんのぎょうじゃ)が大峯山で笛を吹いていると山神が現れ、笛に合わせて舞をした姿を表現したと言われております。
舞楽では「丞和楽(しょうわらく)」「白浜(ほうひん)」が演奏されました。
「丞和楽」は仁明天皇の御世に編纂された曲であり、年号を取り曲名にしたと言われております。この舞楽では襲装束(かさねしょうぞく)の方肩担(かたかたぬぎ)(右肩を担ぐ)で舞います。

「白浜」はまたの名を「栄円楽」とも言いますが、この曲の由来は不明とされています。
曲の中程で跪き、右肩を担ぎ、舞いながら舞台を一回りします。
以下、鑑賞した職員3名の感想です。
管絃、舞楽ともに演者の息が揃っており、古まるで平安時代にタイムスリップしたかのように感じました。
日本最高峰の楽や舞を生で鑑賞する事はめったにない機会なのでこの経験を活かし、神職として勤めていきたい所存でございます。
浅見
初めて大きな舞台での管弦、舞楽を鑑賞して、楽の音色や舞楽の凛々しさを目の当たりにしてとても感動いたしました。この経験を活かし、青葉の舞に活かしていきたいと思います。貴重な経験が出来た良かったです。
川村
今回の鑑賞会を通して、楽器の違いや、舞楽の所作など自分なりに調べてみました。楽器の装飾の違い、「演目」による装束の違いなどあり、雅楽って面白いなと感じました。また、舞人たちの動きなど揃っており、見ていて非常に美しいと思いました。青葉の舞を舞った穐、私と同じように見に来てくれた人の心に残るように舞いたいと思います。
後藤
また、当宮仕女が出演する怜楽舎主催の公演が5月21日に渋谷区文化センターにて行われます。お誘いあわせの上、公演に足を運んでいただけますと幸いです。

祭儀課 浅見
宮城県婦人神職協議会の総会に出席して参りました
令和7年4月22日

正式参拝終了後、拝殿内で記念写真を撮影しました
令和7年4月22日午前10時30分より、仙台市青葉区本町にある宮城県神社庁にて令和7年度宮城県婦人神職協議会総会が開催され、当宮から2名の婦人神職が出席しました。
宮城県婦人神職協議会は宮城県内の婦人神職の集いであり、設立63年の歴史と国内随一の会員規模を誇っております。各種研修や特別事業など精力的な活動を行っており、婦人ならではの縦と横の繋がりを作る事の出来る貴重な場となっています。
この度の総会では、2名の来賓の方々の臨席を賜り、昨年度の決算や今年度の予算、事業報告や今後の予定、役員改選などが議題としてあげられ、議論されました。
総会終了後は、戦後80年の節目という事もあり、宮城縣護國神社を正式参拝しました。宮城縣護國神社は、仙台城跡地に神宮より下賜された御本殿に約5万柱の英霊をお祀りしている神社でございます。
![]() |
![]() |
| 宮城県婦人神職協議会の藤波会長の玉串拝礼 | 神社の由緒について平山権禰宜よりご説明頂きました |
正式参拝護は、境内にある英霊顕彰館や青葉城資料展示館を拝観し、大東亜戦争や英霊について、また仙台城や伊達政宗公についての見聞を深めて参りました。
![]() |
![]() |
| 英霊顕彰館を拝観している様子 | 先代宮司の思いの詰まった展示館を解説頂きました |
戦後80年を迎えた現在、戦争を知らない世代が国民の約9割を占めているそうです。そのような中で、英霊を奉斎する神職が先ず知識を深め、それを氏子崇敬者の皆様にお伝えしていく事が重要なのだと強く感じました。その第一歩として、護國神社や靖國神社の参拝を促すことができれば、先の未曽有の大戦を風化させず、語り継いでゆけるのではないかと思われます。
婦人神職として様々な所で活躍する諸先輩方の姿を目の当たりにし、奉務神社の日々の社務はもちろんのこと、斯界の発展に寄与できるような人材になるべく勉強を重ねて行かなければならないと痛感する総会並びに正式参拝でございました。
祭儀課 浅香
境内社北辰社例祭を斎行致しました
令和7年4月15日

祭典の結びに宮司と新入職員で記念写真を撮影しました
令和7年4月15日午前11時より境内社北辰社例祭が斎行されました。 北辰社は天御中主神を御祭神としてお祀りしております。天御中主神は『古事記』において高皇産霊神、神皇産霊神と共に造化三神と呼ばれ、天地を創生し、大自然を司る神をして知られ、厄災を取り除く妙見菩薩の化現としても崇拝されております。そして「北辰」は北極星を意味しているといわれています。
当宮境内社の北辰社の社殿は、奉祝天皇陛下御即位記念境内整備事業の一環として、青森ヒバを御用材に、神明造で新たに造営されました。 令和3年4月15日に遷座祭(旧社殿から新社殿へと御霊を遷す祭典)を斎行した所以から、4月15日を北辰社の例祭日と定め、令和4年より例祭を斎行致しております。
今回の祭典は、当宮宮司・責任役員・総代・一般崇敬者の計15名の参列があり、祓所にて修祓を受け、玉串拝礼をして頂きました。
![]() |
![]() |
| 斎主 祝詞奏上 | 御神楽奉奏「浦安の舞」 |
![]() |
|
| 参列者の玉串拝礼 |
当宮には様々な境内社がございます。ご参拝の折には境内社にも足をお運び頂けますと幸いです。
祭儀課 浅香
4月本殿挙式
令和7年4月12日
![]() |
![]() |
| 4月6日 田村・菅野御両家 | 4月12日 戸羽・久水御両家 |
当宮では9月の例祭期間、12月から2月までの年末年始を除き、国宝に指定された御社殿内での神前挙式を受けつけております。ご予約は半年前から受け付けておりますので、ご興味のある方は電話やメールにてお問い合わせください。
また、新郎新婦2名での斎行となる結婚奉告祭も斎行しております。こちらは、新郎新婦2人で落ち着いた雰囲気の中での御式となります。結婚奉告祭の詳細は祭儀課までお問い合わせください。
4月に当宮にて挙式を斎行された2組の御新郎御新婦様には八幡様のご加護のもと、お二人の末永いお幸せと、御両家の皆様方の益々のご多幸とご健勝を心よりご祈念申し上げます。 誠におめでとうございました。
祭儀課 浅香
卯月 月首祭が斎行されました
令和7年4月1日

祭典の結びに宮司と新入職員で記念写真を撮影しました
令和7年4月1日午前10時より御社殿にて月首祭を斎行致しました。数日前までの陽気が一変し、霙がちらつく中での祭典の斎行となりました。
月首祭は毎月1日と15日に斎行されます。1日の月首祭と15日の月次祭は字こそ違いますが、どちらも「つきなみさい」と読みます。また、「つきなみ」という言葉には毎月という意味が込められているとされています。
![]() |
![]() |
| 雨の日の参列者修祓は社殿内で行います | 宮司 祝詞奏上 |
![]() |
![]() |
| 御神楽「萬代の舞」の執物は桜を用いました | |
此度の月首祭では、当宮の新入職員の参列がありました。本年度は仕女4名、傭人1名の計5名が新たに奉職し、当宮の職員は計15名になりました。お宮で仕女・傭人としてお勤めする最初の節目として、まず大神様にご挨拶申し上げ、健やかに御奉仕できますように各々思いを込めて玉串拝礼をいたしました。
![]() |
![]() |
祭典終了後、引き続き宮司により辞令が伝達されました。
![]() |
![]() |
以下、新入職員5名より、一言ご挨拶申し上げます。
【池田仕女】
政宗公が好きで仙台に来ました。舞を奉納できるようにお稽古頑張ります。宜しくお願い致します。
【村山仕女】
今年度から仕女として奉職させて頂きます村山と申します。不慣れなことが多いですが、経験を積んで精進していきたいと存じます。何卒宜しくお願い申し上げます。
【佐藤仕女】
まだ分からないことばかりですが、一つ一つ学びながら仕事を身に着けていきたいと思います。宜しくお願い致します。
【早坂仕女】
現在は祭典で舞を奉納できるようになる為に日々お稽古に励んでいます。まだ分からないことが多いですが、少しずつ成長していきたいです。これから宜しくお願い申し上げます。
【荒木傭人】
4月1日付けで傭人として採用されました荒木と申します。1日も早く職場や奉務内容に慣れ、お役に立てるよう頑張ります。

新たな鳩子の仲間入りでございます。あたたかいご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
祭儀課 浅香
天長祭を斎行致しました
令和7年2月23日

宮司 祝詞奏上
令和7年2月23日午前10時より天長祭が斎行されました。
2月23日は今上天皇陛下の誕生日ということで、国民の祝日になっております。戦前の天皇誕生日は、「天長節」として制定されていました。
天皇陛下の御誕生日を祝う祭典が天長祭と呼ばれるのは、中国古典の『老子』に出典する「天長地久」という言葉に基づくものとなっているそうです。「天長地久」は「天は長く、地は久し」と書き下し文にて読むことができ、その意味は「天は永遠に続き、地は悠久の時を経る」となります。この四字熟語のように我が国の永久に繁栄することを願うことからつけられた祭典の名称です。天とは日本においては天皇を指す言葉として古くから使われてきました。
本日の皇居における一般参賀で、陛下は以下のようなお言葉を述べられたそうです。
「寒さの厳しい中、誕生日にこのように来ていただき、祝っていただくことを有り難く思います。この冬は、殊の外、各地で大雪に見舞われており、皆さんの御苦労もいかばかりかと思います。雪の事故などで被害に遭われた方々に、心からの御見舞いをお伝えいたします。
そのような中にあって、ここ東京では梅の花も咲き、春が一歩一歩近づいていることを感じます。全国各地の皆さん一人一人にとって、穏やかな春が訪れるよう願っております。
皆さんの健康と幸せを祈ります。」(宮内庁ホームページより引用)
一般参賀は午前に約7000人、23日一日で約2万3000人が皇居に来場し、陛下のお誕生日をお祝いしたとの事でした。
また午後には、コロナ禍以降、5年ぶりに「宴会の儀」が招待者の規模を大幅に縮小して行われ、皇族方や三権の長ら約120人が出席されたそうです。
当宮の天長祭では、天皇皇后両陛下の永久の祈りを仰ぎ、我が国の平安と世界の共存共栄とをお祈りさせて頂きました。また、祭典の結びに遥拝所にて聖壽万歳を三唱しました。
![]() |
![]() |
| 当日は連休中という事もあり、境内にお集まりの多くの方にも、聖壽万歳を三唱頂きました | |
皇室の益々の弥栄と国家の安泰をご祈念致しますとともに、陛下の御言葉にもありましたように、国民一人一人にとって穏やかな春を迎えられますようお祈り申し上げます。
祭儀課 浅香
祈年祭を斎行致しました
令和7年2月17日
![]() |
![]() |
| 10台の海川山野の種々の神饌がお供えされました | 宮司 祝詞奏上 |
令和7年2月17日午前10時から祈年祭が斎行されました。
祈年祭とは古来毎年2月に年穀の豊穣と共に、皇室の御隆昌と国家万民の安泰を祈る祭典で、既に大宝律令にもその名が見え、由来するところ極めて古いことが知られています。明治以降は、2月17日を以て祭日とし、今日に至っております。
祈年祭の年は稲の実りを表すとされていて、収穫感謝の祭典である11月23日の新嘗祭の対となる祭典でございます。
祭典は祓所にて修祓を行った後、御社殿内にて滞りなく斎行致しました。祈年祭は大祭に分類されるお祭りのため仕女の浦安の舞は本装束でのご奉仕となりました。

巫女舞の最上位に位置づけられる「浦安の舞」
また、当宮では祈年祭に併せ、新年度採用の女子職員(仕女)に参列していただいた後、4月1日に向けてご奉仕のための装束(袴、白衣、足袋)などの採寸を行いました。初めての祭典参列で緊張の面持ちでしたが、先輩仕女の浦安の舞を憧憬のまなざしで見つめている姿が印象的でした。
![]() |
![]() |
| 約1時間の祭典中、正座の状態を保ち続けていました | 玉串拝礼の作法も立派でした |
只に年穀の豊穣にとどまらずあらゆる産業の発展、国力の充実も祈念申し上げます。
祭儀課 浅香
松焚祭懇談会が開催されました
令和7年2月15日

和やかな雰囲気で懇談会は進められました
令和7年2月15日午後6時から、恒例の松焚祭懇談会が江陽グランドホテルにて開催されました。
参加者は松焚祭連絡協議会に加盟している関係官庁を始め、地域諸団体、協力業者、大崎八幡宮職方会、そして役員総代、地区世話人、有志のおよそ80名の皆様方です。
初詣より松焚祭までの長期に至る正月期間の反省会を懇談会という形式にて実施しております。
開会にあたり、責任役員の千田文彦殿、当宮の宮司の挨拶がありました。
![]() |
![]() |
| 責任役員 千田文彦殿の挨拶 | 当宮 宮司の挨拶 |
その後、例祭や松焚祭など、当宮の各祭典行事に御協力頂いている東北福祉大学まごのてくらぶの方々に、活動助成金の贈呈式を行いました。
![]() |
![]() |
| 当宮宮司より活動助成金が贈呈されました | まごのてくらぶの会員の挨拶 |
乾杯の発声は宮城県議会議員の佐藤道昭殿でした。
![]() |
![]() |
| 当日は点火式参列後、誘導に御助勢頂きました | 乾杯の様子 |
開始後まもなく、松焚祭当日の様子の動画が上映されました。各持ち場で警備や誘導に従事頂いた皆様にとって、松焚祭の神事や社殿周辺の参拝者の様子を見ることは叶いません。この懇談会の場において松焚祭全体の様子をご覧いただくことで、参加者同士の交流や活発な意見交換の刺激になればと考えております。
![]() |
![]() |
| 動画を観つつ、中華料理に舌鼓を打つ参加者の皆様方 | |
懇談会の最後には、皆さまお待ちかねの抽選会を行いました。景品は多岐にわたりますが、とりわけ玄米5㎏が大好評だったように感じます。本年は景品数も多く、大層な盛り上がりを見せました。
![]() |
![]() |
| 抽選会の進行役は澁谷総代でした | 大変嬉しそうな表情が印象的でした |
![]() |
![]() |
| 宮司賞の抽選会進行は、吉澤世話人と佐藤出仕でした | 宮司賞の本場韓国産「高麗人参」が当たったようです |
![]() |
![]() |
| 最後は宮司自らが進行役に | 仁義なき女の闘いが勃発する場面も |
最後は、仙臺すずめ踊り連盟の渡辺広幸副会長の音頭による伊達の一本締めにて、懇談会は無事盛大のうちに締めくくられました。
![]() |
![]() |
| 先ずは説明を聞き、皆で一度練習をしました | 見事、誰もずれることなくお開きとなりました |
当宮のみならず、神社の祭典行事の運営は地域の皆様、ご関係の方々の御協力の賜物でございます。頂戴いたしました貴重なご意見を基に、より良い形で祭典行事を運営できますよう、職員一同、粉骨砕身努めて参りたいと思います。
祭儀課 浅香
令和7年 ロイヤルパーク神殿例祭を斎行いたしました
令和7年2月13日
仙台ロイヤルパークホテルは天皇陛下や皇族の方々も利用され、平成14(2002)年に行われたFIFAワールドカップではイタリア代表の宿泊施設として話題となり、「カーザ・アズーリ(イタリア代表の家の意)」と呼ばれておりました。平成7年4月に開業し、今年で30年を迎え、国内外問わず長年親しまれているホテルです。
ホテル内の神殿は平成7年2月28日に遷座祭を斎行し、大崎八幡宮の御分霊がお祀りされて以降、挙式奉仕等の際には当宮職員が出向し、ご奉仕しております。
祭典は午前10時より宮司一拝から始まり、神前に神饌をお供えし、宮司が祝詞を奏上致しました。その後に当宮仕女による御神楽「萬代の舞」が奉奏されました。例祭では浦安の舞が奉奏されることが多く見受けられますが、八幡様の御分霊ということもあり、平成8年に御鎮座390年を記念して作られた「萬代の舞」が奉奏されました。萬代の舞では、季節の花を執り物と挿頭に使用しており、2月は桜の花を用いました。続いて宮司・祭員による玉串拝礼を行い、ご参列の皆様にもご代表の方に合わせてご同拝いただきました。
![]() |
![]() |
| 宮司 祝詞奏上 | 御神楽奉奏「萬代の舞」 |
![]() |
![]() |
| 玉串拝礼 | 神酒拝戴で用いる素焼きの 短盃は伊勢の地で調製され、 八幡宮の扁額が刻印されております |
宮司の挨拶の後にお神酒を受けられ、本年の神殿例祭は滞りなく斎行致しました。
この神殿にて夫婦の契りを結ぶ方々が末永く幸福な家庭を築くこと、また、仙台ロイヤルパークホテルの益々のご発展、社員一同のご健康を祈念申し上げます。
祭儀課 佐藤
節分厄除祈願祭・節分祭撒豆式が斎行されました
令和7年2月2日・3日

今年も鬼が境内に出現しました
令和7年2月2日午前11時より御社殿にて節分厄除祈願祭、翌2月3日午後3時から御社殿にて節分祭の神事、神事終了後には社殿前にて撒豆式、午後4時頃から馬場の特設舞台より福物撒豆式を斎行致しました。
節分祭とは、厄を祓い新春を迎える神事で、現代では立春の前日を指します。また、節分と言えば豆撒きとなりますが、それは大祓の日の夜に、災厄の元凶となる鬼を祓う為に宮中で行われた追儺という儀式に由来します。
豆を撒くようになったのは室町時代に起源が遡るといわれています。大豆の豊かな生命力が鬼を追い払うという信仰に繋がり、豆を撒くようになったそうです。生の豆を撒かないのは、豆の芽が出ると災いが広がるという考えからと伝えられています。そしてその豆の活力を頂戴し、歳の数だけ食べると一年間無病息災であるという意識が浸透して、厄年のお祓いと新春を迎える神事として定着しました。
当宮での節分祭の始まりは、東一北振会(現:一番町四丁目商店街振興組合)の皆様の存在でした。八幡町出身の加藤英三郎氏は商店会役員様の多くが戌年生まれという事で商店会の皆様に声掛けを行い、昭和22、23年ごろより戌年生まれの守護神かつ仙台総鎮守の当宮へ、毎年参拝されておりました。
時がたち戦後の混乱期も落ち着いたとはいえ、青少年育成の機運も未熟な時代に「子ども達に野球ボールの一つでも配れれば」との思いから当宮及び氏子総代との協議の末、昭和33年(戌歳)より「大崎八幡宮節分祭」を斎行することとなりました。
本年は4年ぶりに2月2日が節分となりましたが、当宮では3日に節分祭を斎行するのが慣例となっていた為、本年は2日と3日の2日間に亘って節分の行事を斎行する運びとなりました。
また、近隣の文教団体である、仙台市立第一中学校・仙台市立八幡小学校・仙台市立国見小学校・(学)聖ドミニコ学院の幼稚園・小学校・中学校・高等学校に福豆の配布を行いました。こちらは、コロナ禍において行っていた内容でしたが、節分という日本独自の文化に触れてもらうきっかけを作れればという思いから復活しました。
![]() |
![]() |
| 仙台市立第一中学校 | 仙台市立八幡小学校 |
![]() |
![]() |
| 仙台市立国見小学校 | (学)聖ドミニコ学院 |
2月2日午前11時より斎行した節分厄除祈願祭は、昨年から始めた祭典で節分の行事や厄年のお祓いをより身近に、より敷居を低くし、多くの方にご参加頂けるようにと考案したものです。
撒豆式より御祈願に重きを置いた祭典となっており、厄年や年男・年女以外の方も、節分の節目に合わせて様々な祈願を八幡大神様に祈念されています。
昨年より多くの方に御参列頂くことができ、こちらも来年再来年と続けていければと考えております。
![]() |
![]() |
| 振り鈴の儀 | 参列者の玉串拝礼 |
![]() |
![]() |
| 当宮の澁谷総代の先導により、掛け声が唱和されます | 総勢28名での撒豆式となりました |
2月3日午後3時より御社殿では節分祭撒豆式が斎行されました。節分祭撒豆式は71名の方にご参列頂きました。参列者は裃を着用し、本年の無病息災を祈りつつ、境内にご参集の方々へのお福分けをしてくださいます。
途中で降雨に見舞われ、大変寒い中での祭典となりましたが、福豆を含む10台の神饌のお供えや宮司の祝詞奏上、また、弓と鏑矢を用いて弦を鳴らし、鬼を追い払う鳴弦式や、御神楽「萬代の舞」の奉奏、振り鈴の儀、玉串拝礼などが行われました。
![]() |
![]() |
| 鳴弦式の様子 | 御神楽奉奏 萬代の舞 |
![]() |
![]() |
| 参列者 玉串拝礼 | |
引き続き、社殿前にて撒豆式を執り行いました。祭典の参列者と宮司以下祭員6名が当宮の焼印が入った一升枡から福豆を撒きました。

寒空の下、福豆が撒かれました
その後、馬場特設舞台にて、福物撒豆式が執り行われ、こちらも大盛況でした。「福は内、福は内、鬼は外、鬼は外、天打ち、地打ち、四方打ち、鬼の目ん玉ぶっつぶせー」とかけ声が掛けられて撒かれる当宮の習わしです。
本年はお菓子やアンパンの他に、文具やポケットティッシュ、タオルなど、様々な福物が撒かれました。その中でも、車いすの方やケガをされている方向けに「思いやりゾーン」を設置し、安全に配慮した形で福物撒豆式が斎行できるよう対応させて頂きました。
また、撒かれた福物の中には、大当たりと書かれたシールの付いているボールがあります。そのボールは、福物撒豆式終了後に大当たり福物と引き換えできるようになっており、知る人ぞ知る節分祭の目玉でございます。
![]() |
![]() |
| 例年より多くの福物が撒かれました | 安全面を考慮した「思いやりゾーン」での撒豆式 |
祭典の結びは皆様お待ちかねの直会でございます。直会では、宮城県の郷土食である「おくずかけ」が振る舞われました。様々な立場の方が集い、話の花があちこちで咲いている様子が見受けられました。

各自で感染症対策を取ったうえで、直会を行っております
本年も多くの崇敬者様より福物をご奉納頂きました。この場を借りまして心より御礼を申し上げます。以下、福物奉納者御芳名でございます。
| 福物奉納者御芳名 | ||
|---|---|---|
| (株)秋江 殿 | (株)阿部 殿 | (株)阿部コンクリート工業 殿 |
| (株)植耕 殿 | オーケーコミュニケーションズ(有) 殿 | (株)大槻装束店 殿 |
| カルビー(株) 殿 | (株)くじらもなか本舗 殿 | (株)晃和ディスプレイ 殿 |
| (株)小西美術工藝社二戸支社 殿 | (株)佐勘金物店 殿 | (有)桜井 殿 |
| (株)櫻井防災 殿 | (有)佐藤商店 殿 | (株)三愛工芸 殿 |
| (株)三宝社 殿 | (株)七十七銀行八幡町支店兼国見支店 殿 | 司法書士大江章夫事務所 殿 |
| 清水建設(株)東北支店 殿 | セブンイレブン仙台国見一丁目店 殿 | 仙台トヨペット(株) 殿 |
| (学)角川学園 殿 | 東京海上日動火災保険(株)仙台中央支社 殿 | (株)東北永愛友商事 殿 |
| 東和奉産(株) 殿 | (株)ネクストパートナーズ 殿 | 福興電気(株) 殿 |
| (有)ホズミ 殿 | 本郷だるま屋 殿 | (株)丸井紙店 殿 |
| (株)マルエス技研工業所 殿 | 三倉産業(株) 殿 | (株)湊 殿 |
| 杜の都信用金庫八幡町支店 殿 | ||
伝統文化の継承が我が国の更なる発展につながりますことをご祈念申し上げます。
祭儀課 浅香
文化財防火デー 消防訓練を行いました
令和7年1月26日
去る令和7年1月26日、文化財防火デー消防訓練を行いました。
文化財防火デーは昭和24年(1949)1月26日に現存する世界最古の木造建造物である法隆寺金堂が炎上し壁画が焼損したことに基づいております。この事件は日本の文化財保護に対する意識を高め、文化財保護法制定のきっかけともなりました。
昭和29年に法隆寺金堂の修理事業が竣工し、文化財保護行政が確立するとともに文化財保護思想を強化するための普及啓発活動の一環として法隆寺金堂が焼損した日であること、1年のうちに1月と2月が最も火災が発生しやすいことから昭和30年に現在の文化庁と消防庁(当時の文化財保護委員会と国家消防本部)が1月26日を「文化財防火デー」と定めました。第1回文化財防火デー開催以来、毎年1月26日を中心に、文化庁消防庁都道府県・市区町村教育委員会消防署文化財所有者地域住民等が連携・協力して全国で文化財防火運動を行っております。
当日は社殿西側杉林からの出火を想定し、初期消火、参拝者の避難誘導、社殿内の重要物の搬出、放水銃を用いての社殿への延焼防止の訓練を行いました。
当宮では国宝である社殿や重要文化財である長床など多くの文化財を有しております。日頃から不測の事態に対応できるように備えることや消火栓・放水銃の定期的な点検が参拝者や文化財を守るためには必要不可欠であると痛感致しました。
![]() |
![]() |
| 初期消火訓練の様子 | 避難誘導の訓練にご協力いただきました |

計6基の放水銃は文化庁が策定した防災対策のガイドラインに基づいた防災設備のひとつとなっております
![]() |
![]() |
![]() |
|
| 閉会式の様子 |
また、当日は仙台市青葉消防署以下各出張所や当宮役員総代世話人をはじめ多くの方々の協力をいただきました。皆様のご協力、職員一同深く御礼申し上げます。
祭儀課 佐藤
雀踊り新年奉納演舞を行いました
令和7年1月25日
令和7年1月25日午前11時より、社殿前西側にて「ハネコ踊り保存会」、「伊達雀」の2団体が奉納演舞を行いました。
最初は各団体で雀踊りを行い、その後には2団体合わせて演舞を行いました。
雀踊りの由来は、飛び跳ね踊る姿が餌をついばむ雀に似ていることから雀踊りと名付けられたそうです。仲良く楽しそうに踊る姿を見て一緒に踊りたくなる気持ちになりました。
![]() |
![]() |
| 初めに修祓 | ハネコ踊り保存会 代表者玉串拝礼 |
![]() |
![]() |
| 伊達雀 代表者玉串拝礼 | ハネコ踊り保存会の皆様 |
![]() |
![]() |
| お囃子も雀踊りの大切な一部です | 伊達雀の皆様 |

本年も「ハネコ踊り保存会」、「伊達雀」の皆様の様々なご活躍とご多幸をお祈り申し上げます。
祭儀課 後藤
新年正式参拝がございました
令和7年1月23日、29日
1月23日に宮城県塩釜市に鎮座しております志波彦神社鹽竈神社宮司の鍵三夫殿、1月29日に宮城県岩沼市に鎮座しております竹駒神社宮司の村田守広殿が新年の正式参拝の為、来社されました。
志波彦神社鹽竈神社はそれぞれ延喜式内明神大社、陸奥国一之宮として多くの人々から崇敬を集め、今日に至っております。
志波彦神社は現在の仙台市宮城野区岩切に鎮座します八坂神社境内に鎮座しておりましたが、明治7年12月24日に鹽竈神社の別宮本殿に遷祀された後、昭和13年には約4年をかけ造営された現社殿に遷座致しました。
別宮にて主祭神の鹽土老翁神(しおつちおぢのかみ)、左宮に武甕槌神(たけみかづちのかみ)、右宮に経津主神(ふつぬしのかみ)を祀る鹽竈神社は詳しい創建の年代は不明ですが、平安時代初期に編纂された『弘仁式』に記述があったことから奈良時代以前には創建されていたと考えられています。
![]() |
![]() |
| 志波彦神社鹽竈神社 正式参拝の様子 | |
竹駒神社は古来より日本三稲荷のひとつと数えられており、小野篁が多賀城の陸奥国府に陸奥守として着任した際、奥州鎮護の神として創建されました。
稲作・農耕・商工業の神である倉稲魂神(うかのみたまのかみ)、五穀豊穣・食物の神である保食神(うけもちのかみ)、養蚕・生成発展・縁結びの神である稚産霊神(わくむすびのかみ)をお祀りしており、この3柱の御祭神を総称して竹駒稲荷大神と尊崇されております。また、江戸時代には仙台藩の伊達家歴代藩主の庇護のもと、信仰の基盤がつくられ、古来よりご利益と福徳を授ける「福神さま」として多くの信仰を集めております。
![]() |
![]() |
| 竹駒神社 正式参拝の様子 | |
例年、県内の別表神社への新年のご挨拶としてお参りいただいており、本年も皆様が安心してお参りできるよう、祈りを捧げていただきました。
祭儀課 佐藤
古神札焼納祭を斎行致しました
令和7年1月20日

焼納されている古神札を見守る祭員
令和7年1月20日午前10時より、古神札焼納祭が松焚祭斎場にて斎行されました。
古神札焼納祭は新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっていた令和3年より斎行を開始した臨時の祭典でございます。
新型コロナウイルス感染症大流行の後も、松焚祭でのお焚き上げが間に合わなかった古神札の受け入れを行い、「ちいさな松焚祭」や「2度目の松焚祭」として職員の奉仕にて祭典を斎行している次第です。
古神札の山は大きくはありませんが、氏子崇敬者の皆様をお守りくださった神符守札に対して、心を込めてお祓いし、忌火にてお焚き上げ致しました。
![]() |
![]() |
| 斎主 祝詞奏上 | 榊の大麻と紙吹雪の切麻にてお祓いしました |
当宮では通年古神札の受け入れを行っておりますので、ご参拝の際の神符守札の御返納が可能でございます。また、遠方からの御返納も、郵便等にて承っております。
皆様の御参拝を心よりお待ちしております。
祭儀課 浅香
第49回大寒禊研修会に参加して参りました
令和7年1月20日

若人の威勢の良い声が浜辺に木魂しました
令和7年1月20日午前6時30分頃より、宮城郡七ヶ浜町菖蒲田浜において宮城県神道青年協議会主催の第49回大寒禊研修会が開催されました。当宮より、宮司以下神職3名の合計4名が現地に赴き、神職3名が禊行に参加しました。
禊は、伊佐那岐命が黄泉の国にいる妻の伊佐那美命の元へといった後に、死者の国である黄泉の国で受けた穢れを祓うため、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で禊祓をしたことから始まっているとされています。
大寒禊についても日本各地の神社で行われており、冬の名物としても知られています。
現在、神社本庁が定める禊行法では、実際に水を浴びて身を清める前に、鳥船行事、雄健行事、雄詰行事、気吹行事を行います。伊佐那岐命の禊は海中で行ったとされ、水と塩をもって穢れを除いたそうです。海中では大祓詞を皆で奏上し、知らず知らずのうちに身に付いてしまった穢れを祓います。
本年の気温はそこまで低くはありませんでしたが、数回に一回の間隔で高い波が来ることがあり、各々体を波に持っていかれないように必死でした。
![]() |
![]() |
| 海への入水前後に行う鳥船行事の様子 | 波にのまれそうになりながら大祓詞を奏上しました |
以下、参加した神職3名の感想です。
【浅香権禰宜】
大学生の頃より幾度となく噂に聞き、少々敬遠していた大寒禊でしたが、実際に参加してみると身体と精神の鍛練として、とても充実感のあるものだと感じました。
禊を実習や研修で習った際、鳥船行事の大切さを強く教わったように思いましたが、どこか腑に落ちない部分がありました。それが今回の大寒禊への参加で、やっと理解できたように感じます。特に入水後の鳥船行事の重大さは、大寒禊を経験した者にしか分からないものだと思いました。
今回の大寒禊を通し、本番の「禊」の場を経験できた事、神職としての研鑽を積むことが出来ました。
【浅見出仕】
禊は過去数回の経験がありましたが、海での禊は初めてでした。砂浜の冷たさや波のうねりに足を掬われてしまう事など、今までの禊で感じる事の出来なかった自然の厳しさ、過酷さを感じました。
中でも、日が昇り、水平線が赤く色づくのを視界に捉えながらの「鳥船行事」は、身も心も清らかになっていくように思いました。その後の海中での「大祓詞奏上」は、海水の冷たさと下がりゆく体温に耐えつつの奏上となりました。
しかしながら、禊を終えた後の達成感は素晴らしい物であり、精神的な成長を感じる研修会でした。来年以降も参加していきたいと思います。
【佐藤出仕】
本年の大寒禊は例年に比べ暖かく、風も穏やかで行いやすいと様々な方から聞き及んではおりましたが、実際に白衣白袴の状態から禊装束になると、身に染みるような寒さでした。
禊の諸行事を行ううちに、大寒禊研修会に参加されている他の神職との一体感、波の強さに震災時の津波・海の怖さも感じました。
禊の経験が無かったため、神職として神社に奉仕する身として貴重な体験ができました。神道行事には様々な物がありますので、今後も積極的に参加し精進してまいりたいです。

宮城県内の若手神職19名が参加しました
神道の行事は様々なものがありますので、今後も多くの研修に参加し、心技体の揃った神職になれるよう精進してまいります。
祭儀課 浅香
令和7年松焚祭が斎行されました
令和7年1月14日

松焚祭の直前に三連休があったことから、例年より多くの古神札が積み上げられました
令和7年1月14日夕刻、仙台市無形文化財「松焚祭」を執り行いました。本年は数年ぶりの平日の斎行となりましたが穏やかな気候に恵まれ、夕方から夜にかけて多くの方が見えられ、約7万人の御参拝を頂きました。
この神事は、1月1日午前3時に斎行した「歳旦祭並びに松焚祭採火式」にて火打石を用い宮司の手により鑽り出された忌火を、斎場に集められ堆く積み上げられた門松や古神札、注連縄などに移し、神々に元の場所へと御帰り頂くという神送りの神事でございます。
また、当宮の松焚祭は県内各地で行われている「どんと祭」の原形とされ、仙台市無形民俗文化財となっており、この御神火にあたると1年間無病息災で暮らす事ができると言われております。
![]() |
![]() |
| 宮司 祝詞奏上 | 参列者の玉串拝礼 |
![]() |
|
| 点火の瞬間 |
この古神札をお焚き上げする忌火は自然鎮火されるまで関係者各位が見守り、翌日の夕刻に灰燼に帰しました。
そして当宮では、「裸参り」も行われる習わしがあり、今年は、67団体1461名の御参拝を頂きました。初参加の団体も数団体あり、伝統文化の継承と伝播を感じられる参拝風景となりました。
裸参りとは、古くはこの冬の寒さが厳しい時期に仕込みに入る酒杜氏が、醸造安全、吟醸祈願の為に参拝したのが始まりとされ、江戸中期にはすでに定着していたといわれています。
現在は、仙台市内外より老若男女が白鉢巻、白さらしの姿で、この裸参りに臨みます。
![]() |
![]() |
| 社殿にてお祓いを受けます | 御神火を周回する様子 |
皆様の今年一年の無病息災・家内安全をご祈念申し上げます。
祭儀課 浅香
ベガルタ仙台 必勝祈願を斎行しました
令和7年1月8日
去る令和7年1月8日午後3時にベガルタ仙台の必勝祈願を斎行しました。
ベガルタ仙台は仙台市を中心として、宮城県をホームタウンとする日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブです。
チーム名である「ベガルタ」は仙台七夕にちなんで七夕の「織姫」と「彦星」とされる星の名前、「ベガ (Vega)」と「アルタイル (Altair)」を合わせた造語となっています。これは「県民・市民と融合し、ともに夢を実現する」という願いと「地域のシンボルとして親しみ、誇り、輝きを放ちながら、多くのスポーツを通じて広く地域への貢献をしていこう」という意味が含まれているそうです。
境内に集まった多くのサポーターに見守られながら参道を進み、祈願控え所にて大絵馬に揮毫していただいた後に社殿内でお祓いを受け、玉串に願いをこめていただきました。
祈願後の報道陣のインタビューに対し、選手を代表して郷家選手は「J1昇格を目指すことを祈ることができた、キャンプからシーズンを通して強い気持ちを持って戦いたい」、森山監督は「ハイレベルな戦いとなるが、這いつくばってでもJ1への昇格をつかみたい」と両者共にJ1昇格の抱負を語っていました。
![]() |
![]() |
| 選手一人一人に揮毫していただきました | ベガッ太君とルターナちゃんも揮毫してくれました |
![]() |
![]() |
| 玉串拝礼 | 報道陣にJ1昇格への抱負を語っていました |

最後に社殿前にて記念撮影をしました
本シーズン初戦は2/15(土)のサガン鳥栖との対戦となるようです。選手の方々が怪我なく最高のプレーが出来るよう、また関係各所の皆様方におかれましてもご多幸ありますようご祈念申し上げます。
また、ベガルタ仙台の皆様に揮毫いただいた大絵馬は長床通路にて展示しておりますので、ご来社の際は是非ご覧ください。
祭儀課 佐藤
元始祭を斎行致しました
令和7年1月3日
令和7年1月3日午前9時より元始祭を斎行致しました。元始祭は皇室では明治3年に神祇官八神殿に歴代の皇霊を御鎮祭したことから始まり、皇室祭祀の中でも天皇陛下自ら行う「親祭」とされ、戦前までは祝祭日にも指定されておりました。戦後の制定により国民の祝日からは外されましたが、現在でも宮中では天皇陛下自ら宮中三殿(賢所・皇霊殿・神殿)において、天津日嗣(皇統)の元始を祝う祭典をご奉仕されております。
祝詞では皇室の弥栄と我が国の永遠の繁栄、そして参列された皆様方の祈願の成就を祈念いたしました。「浦安の舞」は昭和天皇の御製を歌詞としており、その御製は世界の平和を祈る心が表現されております。
今回の元始祭では当宮責任役員をはじめ、計14名が参列され、玉串拝礼をしていただきました。また、祭典終了後、宮司以下祭員と共に末社の巡拝もしていただきました。
![]() |
![]() |
| 祝詞奏上 | 御神楽奉奏 浦安の舞 |
![]() |
![]() |
| 玉串拝礼 | 末社巡拝の様子 |
祭典後の直会では、お屠蘇と洗米が振る舞われました。神職が榊の葉で洗米を数粒掬い、直会参列者の掌に乗せるのが作法とされ受け継がれてきました。
![]() |
![]() |
| 先ず宮司が直会を受けます | 責任役員の方々は紋付袴姿での参列でした |
祭儀課 佐藤
歳旦祭並びに松焚祭採火式を斎行しました
令和7年1月1日
新たな年が明け、令和7年となりました。干支は乙巳(きのとみ)歳で恵方(年神様がいらっしゃる方角)は庚(かのえ)(およそ西南西)の方角です。
年越し前から日付が変わる瞬間に鈴を鳴らそうと大勢の参拝者で賑わいました。
参拝者も徐々に落ち着き始めたころの午前3時より「歳旦祭並びに松焚祭採火式」を斎行致しました。この歳旦祭は1年で最初の祭典であり、新たに迎えた年が1年間、何事もなく平和であるように大神様に祈念する祭典です。また、当宮の歳旦祭では、松焚祭採火式も併せて斎行致しており、毎年1月14日に斎行しております松焚祭の御神火(ごじんか)の火種を宮司が清められた火打石を用いて起こす神事です。
![]() |
![]() |
| (回廊を周回しながら息(おき)長鈴(ながすず)を振り清める振り鈴の儀) | (松焚祭の忌火をおこす採火の儀) |
起こした忌火で蝋燭を灯した後、蔭灯(かげとう)という木製の箱型の蝋燭立てに入れ、松焚祭当日まで御神火が消えないように保管されます。松焚祭の御神火にあたると身体堅固で過ごせると言われております。来年以降は初詣の後は是非、無病息災のご祈願に松焚祭にもご参拝下さい。
管理課 神保



































































































































































































































































































































































