令和3年12月31日 年越し大祓式を斎行致しました。

令和3年12月31日

来る令和3年12月31日午後2時より、年越し大祓式を雪が降る寒空の中滞りなく、斎行致しました。

また当日は多くの方にご参列を頂きました。

大祓式当日の様子

特に年越し大祓式は新年をお迎えするにあたり大切な祓いの儀式でございます。

神事では、大祓詞を宣読し、参列者は麻と紙を細かく切った切麻を体に撒いて清め、紙を人の形に切った「人形(ひとがた)」で体を撫で、息を吹きかけ罪穢れを移します。その後、神職から大麻・塩湯によるお清めの御祓いを行い、大祓式は滞りなく終了致します。

大祓詞奏上 神職によるお清めのお祓い
宮司挨拶

大崎八幡宮では大祓式を、水無月大祓式(6月)・年越し大祓式(12月)の年に2回斎行しております

半年間の知らず知らずに犯した罪や心身の穢れ、一切の災いを消滅し、本来の姿を取り戻すための神事であり、毎年毎年そうした神事を経て繰り返してきたことに、古来よりの日本人の祓い、お清めや節目を大切にする文化が見受けられます。

来る新年も、多くのご参拝を心よりお待ち申し上げます。

祭儀課 鈴木

國學院大學 指定神社実習Ⅱが行われました

令和3年12月28日

去る令和3年12月28日から31日まで、國學院大學にて神職資格の取得を目指す学生の指定神社実習Ⅱが当宮で行われました。当宮では昨年より女子学生の受け入れ要請があり、本年は5名の女子学生が3泊4日の実習に参加しました。

実習初日、本殿にて開講奉告祭を斎行しました。実習生1人ずつ玉串拝礼を行い、当宮宮司より激励の言葉が掛けられました。

開講奉告祭での記念写真
大麻でのお祓い 実習生の玉串拝礼
宮司講話

実習期間中は正月の祈願奉仕に向けて玉串の奉製や祈願木札の奉製、大祓式撤下品の発送準備や新年一番祈祷の準備、歳旦歳に向けて神饌の調製や境内末社の清掃等を行いました。これらの実習内容の多くは大学の座学では学ぶことの難しいものであり、学生だからこそ見聞きし得られる貴重な経験になったことと思われます。

塩は平皿を使って形成します 各末社の神饌をお供えしました
大祓式準備の様子 境内清掃の様子

新年を迎えてからは、祈願にて修祓や玉串後取、祈願木札のお渡しや神酒拝戴を主に行いました。実際の御祈願の場にてご奉仕をすることは緊張もあったかと推測されますが、大學での祭式の学びを活かし懸命に奉仕していた姿が印象的でした。

修祓での大麻の御祓い 参列者に玉串を渡している様子
御札所では、撤下品を渡しました 神酒所では、お屠蘇を振る舞いました

また、12月31日午後2時から執り行われた年越大祓式や1月3日に斎行された元始祭の参列をしてもらい、祭典を間近で見る機会を設けました。参列者の目線で祭典を見学することもいい経験になったのではないでしょうか。

女子神職として神社に奉職する人数は少しずつ増えてはいますが、まだまだ少ないのが現状ですので、当宮にて実習を行った学生が神社界に進み、斯界の発展に寄与される事を願っております。

祭儀課 浅香

令和3年12月15日 月次祭を斎行致しました。

令和3年12月15日

冬の中頃となり、益々寒さが増す季節となりました。

令和3年12月15日午前10時に天候にも恵まれ、月次祭を滞りなく斎行致しました。

祭員による参進
萬代の舞奉仕
宮司以下祭員玉串拝礼

12月31日午後二時より、年越し大祓式が執り行われます。
大祓式にはどなた様でも参列頂けます。

また、当日の参列ができない方は事前の申し込みも承っておりますので、多くの方のご参加を心からお待ちしております。  なお、当日のご参加も受け付けております。

社殿前に特設した外拝殿を撤去し、お正月をお迎えする準備を進めております。
 令和4年、新しい年が皆様にとって、より良いものとなるようご祈念申し上げ、ご参拝を心からお待ちしております。

解体時の外拝殿の様子

奉賛課 鈴木

煤払式を執り行いました

令和3年12月13日

令和3年12月13日、煤払式を執り行いました。この行事は今年一年の御社殿の煤(埃、塵)を払う大掃除を隅から隅まで行い、清々しく次の年を迎える行事で、早朝より当宮職員総出で行われました。

煤払式は、今でこそ寺社仏閣の冬の風物詩となっていますが、古くより各家庭でごく普通に行われていた習わしだったと伝えられています。正月準備の始まりとして、まず煤払を行い、その後に門松や注連縄などをお飾りし、神様をもてなす準備をしたとされています。

ハタキで丁寧に埃を取り除きます 畳の目に沿って雑巾がけをしていきます

当宮社殿は1952(昭和27)年11月22日に国宝に指定されており、社殿内部の彫刻や彩色は創建当時のものとなっております。そのため、細心の注意を払って執り進められました。小雪が舞い散り底冷えのする天候ではありましたが、無事煤払式を終えることができました。

境内においても着々と正月準備が進められており、氏子崇敬者の皆様から御奉賛頂いた提灯が境内各所で掛け替えられています。本年は奉献台にも提灯が掛けられました。真新しい提灯で彩られた境内に是非足をお運び頂き、大神様に一年の感謝をお伝えしてみてはいかがでしょうか。

祭儀課 浅香

地久祭を斎行致しました

令和3年12月9日

表参道を参進する祭員

令和3年12月9日午前10時より地久祭を斎行致しました。

地久祭は皇后陛下の御誕生日をお祝いし、皇室の弥栄を祈る祭典でございます。天皇陛下の御誕生日を祝う祭典が天長祭と呼ばれるのに対し、皇后陛下の御誕生日を祝う祭典が地久祭と言われるのは、中国古典の『老子』に出典する「天長地久」という言葉に基づくものとなっているそうです。「天長地久」は「天は長く、地は久し」と書き下し文にて読むことができ、その意味は「天は永遠に続き、地は悠久の時を経る」となります。この四字熟語のように我が国の永久に繁栄することを願うことからつけられた祭典の名称です。
皇室の伝統は、世界に比類なき万世一系にて受け継がれてきた宮中祭祀、すなわち神事による祈りによって絶え間なく継承されてきました。

また、神社の祭典には雅楽がつきものでありますが、皇室においても雅楽は重く用いられてきました。雅楽の中には楽器演奏と舞の舞楽と楽器演奏のみの管絃があり、舞楽は中国系の左舞と朝鮮系の右舞に分かれます。宮中で主に行われていた右舞は20曲ほどあると伝えられていますが、その中でも「地久」という曲が1年に1回ほど演奏されていたそうです。この「地久」の曲名の由来も『老子』の「天長地久」からきているとされています。

今回の地久祭では、天皇皇后両陛下の永久の祈りを仰ぎ、我が国の平安と世界の共存共栄とをお祈りさせて頂きました。御神楽は浦安の舞が奉奏されました。浦安の舞は昭和天皇の御製にて作曲されたもので、日本全国各地の神社にて巫女舞の最高峰に位置付けられています。舞人の執り物である鈴は、平和を願う気持ちが込められている剣鈴と五穀豊穣を願う巻き立ての鈴の2種類があり、当宮では剣鈴を用いて舞の奉仕をしております。

剣鈴には陰陽五行説に基づいた5色の布が付いています。

また、皇室国家に縁ある中祭の祭典では、長床前にある遥拝所にて遥拝を行います。今回は皇后陛下のいらっしゃる皇居に向かって遥拝いたしました。

来年2月23日には天皇陛下の御誕生日を祝う祭典である天長祭が斎行されます。皇室の益々の弥栄をご祈念申し上げます。

祭儀課 浅香

令和3年12月1日、師走月首祭を斎行致しました。

令和3年12月1日

去る12月1日午前10時より師走月首祭が斎行されました。

当日の朝は昨晩から続く暴風雨により祭典への斎行が心配されましたが、斎行時刻が近づくにつれ徐々に青空が見えました。寒雨で濡れる境内は何処か冬の訪れを感じます。

梅の花を使っての舞奉仕 参列者の玉串拝礼

12月1日から当宮ではお正月様、新年神札の頒布を開始いたしました。
御本殿右側祭儀棟で頒布をしております。

門松も頒布しております。 破魔矢、土鈴、一刀彫。
こちらの看板が目印です。

尚、12月31日の夕刻までお頒かちしております。
段々と寒くなって参りましたので、暖かい服装でご参拝ください。

祭儀課 櫻井

令和3年新嘗祭が斎行されました

令和3年11月23日

沢山の奉献品に彩られた外拝殿前

令和3年11月23日午前10時より新嘗祭が斎行されました。

11月23日は「勤労感謝の日」ですが、戦前までは宮中で行われる「新嘗祭」という重要な儀式を国民が共に祝う日でした。新嘗祭は現在も23日の深夜から24日未明にかけ皇居の神嘉殿にて行われています。天皇陛下御自身がその年にとれた農作物を天照大御神をはじめとする神々にお供えされるそうです。新嘗祭は宮中だけでなく全国の神社でも斎行されます。

当宮においても氏子崇敬者の皆様から多くの奉献品を頂戴し、社殿前にお供えさせて頂きました。たくさんの御奉献、職員一同深謝申し上げます。

令和3年新嘗祭奉献者一覧(五十音順)

(株)阿部和工務店殿 アルソア化粧品ルフラン殿 (株)一ノ蔵殿
今井 貴殿 (資)内ケ崎酒造店殿 大江 章夫殿
大江田 正春殿 オーガニックファーム仙台 角田洋平殿 (有)大國物流殿
太田 みよの殿 小野 紘一殿 小野 ふみ子殿
(資)亀兵商店殿 (株)耕殿 (有)木匠殿
(株)北商殿 木村 知敬殿 黒川神社殿
弘栄設備工業(株)殿 近藤 喜一殿 今野 美穂子殿
(株)佐浦殿 (有)佐藤商店殿 (株)塩浜工業殿
篠田 雅男殿 菅田 重利殿 大和蔵酒造(株)殿
(学)角川学園殿 萩野酒造(株)殿 福原 仙授殿
(株)ホクエツ宮城仙台営業所殿 丸福(株)殿 (有)三重電興社殿
御前神社殿 嶺岸 栄子殿 宮城県農業高等学校殿
宮城 康国殿 門間 貞治殿 谷津田 智之殿

今回の祭典は大祭という区分にあたるお祭りのため、祭員は衣冠・正服、御神楽を舞う仕女は浦安の舞の本装束を身に付けてのご奉仕となりました。

色とりどりの装束を身にまとい参進する祭員 浦安の舞の本装束は十二単や衵装束を参考に作られました。

また、本年も境内にて稲作を行い、大崎八幡宮産の稲を荒稲として神饌としてお供えすることができました。境内産の稲穂は奉献者の方々への撤下品の御幣にも付けられました。

大崎八幡宮産の稲で作った荒稲 新嘗祭木札と御幣

そして、役員・総代8名と奉献者2名の計10名が御参列下さり、玉串拝礼と末社巡拝をして頂きました。

祭典終了後、参列の皆様と祭員にて記念写真を撮影致しました。

令和3年も残りわずかとなり大崎八幡宮でも新年を迎える準備が着々と進められています。八幡様をはじめとする八百万の神様への感謝を常に持ち、氏子崇敬者の皆様との懸け橋になれますよう神明奉仕に励んで参りたいと存じます。

祭儀課 浅香

月次祭並びに七五三祈請祭を斎行致しました

令和3年11月15日

祭員は狩衣、仕女は千早を身に付けてのご奉仕です。

令和3年11月15日午前10時より、月次祭並びに七五三祈請祭を斎行致しました。この度の月次祭では七五三祈請祭を併せて執り行い、11月15日の佳日に七五三の節目を迎えられたお子様のお慶びを大神様にご奉告申し上げ、ご加護を頂き健やかにご成長されます事を祈念しました。

また、11月7日に立冬を迎え暦の上では冬となりましたので、今回の祭典より祭員の装束が冬物になりました。それに合わせ、仕女の天冠の挿頭と執り物が梅の花となっております。

梅の花を用いての御神楽「萬代の舞」

二組のご家族の御参列があり、玉串拝礼をして頂きました。ご家族での特別な時間となったことだと思います。

祭典終了後、七五三詣のお子様方に祝袋をお渡しし、記念撮影を行いました。

七五三という我が国独自の人生儀礼を継承伝播する担い手として、また、大切なひと時の思い出の場所として在れるようにして参る所存です。

本年七五三を迎えられました皆様が幸く真幸くあるようお祈り申し上げます。

祭儀課 浅香

明治祭を斎行致しました

令和3年11月3日

令和3年11月3日、明治祭を斎行致しました。明治祭は我が国を近代国家として発展せしめられた明治天皇の聖徳大業を景仰し、皇威の隆昌と国運の発展とを祈り、明治維新の大精神を振作して民族の自覚を新たにし、ますます文化を進め産業を興し、永遠の平和繁栄を冀う祭典でございます。

明治天皇は嘉永5(1852)年第121代孝明天皇の第二皇子として京都にお生まれになられ、御齢16歳で第122代天皇に即位されました。大変学問を好み、一生を通じて熱心に講学に励まれたと伝えられております。また、立派な御体格でも知られ、御仁徳高く博愛の心に富まれ、明治維新という大業を成し遂げられました。そして、その御生涯で詠まれた御製(和歌)は実に9万3千首に及びます。

手水をする際は装束が濡れないように袖をとります。 祓主は自祓いをします

祭典は社務所にて手水を行い、祓主・大麻所役・塩湯所役の3名の祭員は事前にお祓いを行ってから祓所に向かいます。

明治祭は中祭という皇室国家に縁ある祭典に区分されるため、祭員は斎服という装束を着用してご奉仕致します。男性の神職は白絹で作られた白い衣冠を着用します。衣冠は平安時代の貴族の装束で、多種多様な色目のものを着ていたと伝えられていますが、白い衣冠に関しては神職の神事専用とされています。それに対し、女性の神職は、宮内庁でご奉仕をしている内掌典の方の装束を参考とし作られた装束を着用しております。こちらも白絹で織られた生地のものです。

神饌は米、酒、餅、魚、海菜、野菜、果物、菓子・塩・水の計8台お供えされました。当宮では中祭にてお米をお供えする場合、一度水にて研いだ洗米を用いております。また、旬の果物として西洋ナシとリンゴも神前に上げられました。

漆塗の三方に乗せて伝供します。

今回の御神楽は浦安の舞が奉奏されました。当宮では宮田まゆみ氏を招聘し、舞や雅楽のお稽古をつけて頂き、日々研鑽を積んでおります。

祭典終了後、長床前の遥拝所にて、明治天皇の御陵である京都の伏見桃山陵を遥拝しました。
令和3年も残りわずかとなってまいりました。どんぐりや紅葉に彩られた境内に是非足をお運び頂き、八幡様とのご縁を結ばれてはいかがでしょうか。

祭儀課 浅香

令和3年11月1日 月首祭斎行

令和3年11月1日

去る11月1日、霜月月首祭を斎行致しました。

月が替わりましたので月参りのお印としてお頒かちしておりますご幣束の組み合わせが変わります。霜月の御幣束は秋の紅葉を模した黄紅葉(黄色・赤色)となっており、境内の木々が色づく様子を感じることができます。

月ごとに月参り幣束の色の組み合わせは異なります。
賽銭箱横に御案内の用意がございますので、ご来社の際は是非ご覧ください。
境内各所にて秋の訪れを感じることができます。
写真はそれぞれ表参道手水舎前、休憩所横となっております。
写真は夏の装束です。次回月次祭より冬の装束となります。

また、今月7日の立冬を境目としまして宮司以下祭員は冬の装束へと衣替えを致します。季節に合わせて八幡宮は様々な部分が変化致します。その変化を今後とも鳩子の部屋を通してご覧いただければと存じます。

祭儀課 浪打

令和3年10月17日神嘗奉祝祭 斎行

令和3年10月17日

木々が少しずつ紅葉を迎え、冬の足音が聞こえてくるような寒さとなってまいりました。

去る10月17日、神嘗奉祝祭を斎行致しました。

「神嘗祭」とは天照大御神様に年毎に収穫された作物をお供えする伊勢の神宮のお祭りであり、「神宮のお正月」とも呼ばれる最も重要な大祭として斎行されます。当宮におきましてはこの「神嘗祭」への奉祝の気持ちを込めて神宮を遥拝し、「神嘗奉祝祭」を行いました。

献饌 浦安の舞奉奏

その年になってから初めて実った稲を初穂といいます。神社へ納めるお金などを「初穂料」といいますが、初物の稲などを感謝の気持ちを込めて神様にお供えすることから由来となった言葉です。今年も大崎八幡宮で実った稲を神職と巫女で収穫し、その稲の初穂の束を『懸税(かけちから)』として奉製しました。

稲の刈り取り 懸税(かけちから)

大崎八幡宮では毎年2月17日にその年の豊作を祈る「祈年祭」、11月23日には収穫を感謝する「新嘗祭」を執り行います。

新嘗祭では例年大勢の方々より御奉納いただきました農作物等を御神前にお供えし、神事を斎行しております。皆様の御奉納・ご参拝を心よりお待ちしております。

祭儀課 古田

令和3年10月15日 月次祭を斎行致しました。

令和3年10月15日

寒露を過ぎ、草葉の露も凍る寒さとなってまいりました。

去る10月15日、神無月の月次祭が斎行されました。

長雨の季節でありながら晴れ間に恵まれ、参拝者の方々に見守られながら、滞りなくご奉仕を終えることができました。

祭員は祓所でお祓いを受けます 御神酒、米、塩などの神饌を奉献します
仕女による「萬代の舞」奉奏 参列者の皆さんの玉串拝礼
お祭り結びの一拝 社殿内西側に楽座があります

毎月1日、15日の月首祭、月次祭をはじめとして、当宮の諸祭典では職員による伶人奉仕(雅楽の奉奏)を行っております。笙、篳篥、龍笛の三管に分かれて日々研鑽を重ね、ご奉仕に臨んでいます。

毎月の月首祭、月次祭は午前10時より執り行います。どなたでもご参列いただけますので、雅楽にご興味のある方もぜひご参列ください。参列希望の際は、当日9時45分まで祈願受付までお越しください。尚、祭典参列のお初穂料は3000円よりお気持ちのお納めでございます。

皆様のご参列を心よりお待ちしております。

祭儀課 小野寺

令和3年10月6日「境内末社鹿島社例祭を斎行致しました。」

令和3年10月6日

去る令和三年十月六日、大崎八幡宮境内社の内、鹿島社の例祭を致しました。
鹿島社は、奉祝天皇陛下御即位記念境内整備事業として御社殿の改築を行い、令和二年十月六日に遷座祭(旧社殿より新社殿へ御霊をお遷しする祭典)を行いました。この日を記念して例祭日と定めて、本年より例祭を斎行しております。

また、当日は仙台市立国見小学校第三学年111名が校外学習で大崎八幡宮を訪れた際、急遽鹿島社例祭に参列し、真剣な眼差しで見学していました。

祭員参進 斎主祝詞奏上
浦安の舞奉奏

また参列した国見小学校を代表し、校長先生による玉串拝礼が行われました。

校長先生による玉串拝礼 祭典時の児童の様子

祭典終了後に児童らは、職員から八幡宮境内の説明と、質問の回答のお話を聞いていました。

石垣権禰宜から話を聞く国見小児童

本日の祭典は境内の御末社の一年に一度の祭典であり、地元の神社の仕事に携わる神主・職員の祭典を厳粛に奉仕する姿を間近に見た子供達には、様々な日本伝統文化の一面を知ることができる良い機会になったと思います。

本日行われた鹿島社例祭は毎年10月6日に斎行されます。

尚、鹿島社を含め末社4社の御朱印を、御分かちしております。大崎八幡宮を参拝した際には各末社の方にも是非お立ち寄りください。

末社御朱印

奉賛課 鈴木

令和3年10月1日「月首祭を斎行しました。」

令和3年10月1日

八幡の杜にも秋の兆しを感じる10月1日、台風の影響が心配されましたが、恙なく月首祭を斎行致しました。

月首祭は、祭典終了後に各末社を巡拝しておりますが、雨風の為、長床からの参拝となりました。

長床から社殿の様子を覗うチャボ

また、今回から舞人が持つ季節の花が変わり10月は菊の花になりました。

舞奉仕をする仕女
菊の花を持つ舞人 一般の方もご参列頂けます

日々の大神様のご加護に感謝し世界の安寧を祈念する月首祭は毎月1日・15日に斎行しております。

10月の幣束は月草(水・白)

尚、月々に大神様のご加護を賜りますよう月参りのお印として御幣束を授与しております。

奉賛課 鈴木

9月21日 『第34回国際アカデミー正式参拝』

令和3年9月21日

澄み渡る秋晴れの下、去る9月21日に第34回国際アカデミー御一行によります、正式参拝が行われました。

国際アカデミーは日本を始め世界各国に100以上ある青年会議所の代表が日本に集まり、国際レベルで活躍するリーダーとなるためのトレーニングを行うものであります。明るい豊かな社会の実現を理想とし、責任感と情熱をもった青年有志らが共に向上し合い、社会に貢献しようという理念のもと結成したのが青年会議所であります。今年度は新型コロナウイルスの影響のためにオンラインにて国内外遠方の参加者とも議論・交流をされているそうです。

また本年は東日本大震災より10年を数えます。これまで世界各国からご支援を賜りましたことに感謝の意を捧げ、震災から復興を続けてきた各地の現状と宮城県の魅力・文化を発信する機会としてこの宮城で第34回国際アカデミーは開催されました。

ご参列頂きました皆様を大麻にてお祓い致します。
ご参列されました皆様で玉串拝礼を行いました。
伊達政宗公が創建されました御社殿を通じて「伊達の文化」に触れていただきました。 祭典終了後、記念撮影を行いました。
ご参列頂きました皆様に御神酒をお受けいただきました。

貴団体に携わります皆様方の益々のご発展、ご活躍を心よりお祈り申し上げます。

祭儀課 浪打

大崎八幡宮 例大祭

令和3年9月14日 15日

皆様のお陰を持ちまして、恙無く取り納めました。本年は神幸祭や神賑芸能奉納が緊急事態宣言発令に伴い中止となりましたが、各所行事を始め、神幸祭に代わり境内石段上から氏子地域の清め祓いを行い、地域の安寧と弥栄をお祈り申し上げました。

鈴の緒

奉納者 169本 ご奉納頂いた皆様の御芳名は表参道に掲示しております。
鈴の緒奉納式 9名 皆様を代表して、9名の方が奉納式のご参列頂きました。

例大祭 鈴の緒奉納式を行いました

氏子地域地区初穂料

ご奉納頂いた皆様の御芳名は表参道に掲示しております。

30地区 (一区山上清水、二区八幡会、八幡三区、八幡四区、中島丁、北五十人町、角五郎丁北部、角五郎丁南部、角新会、江戸町、覚性院丁、石切町、十二軒丁、土橋中部、土橋北部、山屋敷国見、国見四丁目、国見五丁目、国見中央、宮脇通、国見東部、大崎東部、大崎西部、伊勢堂下、北六西部、半子町、国見一丁目、子平町、レキシントンプラザ八幡、グランスイート八幡中央) 318件 

献饌式

9月14日 午後4時斎行

参列者: 大崎八幡宮責任役員、総代、神社関係者他46名

例大祭 献饌式が斎行されました

能神楽

9月14日 午後6時30分

一、 神拝
一、 摩応

令和三年例大祭 能神楽奉奏

例祭

9月15日 午後10時斎行

参列者: 大崎八幡宮責任役員、総代


お祝いを頂戴した皆様方 (敬称略、五十音順)
愛知縣護國神社 宮司 高羽 伸浩 殿
秋保神社 宮司 菅原 望 殿
秋葉山本宮秋葉神社 宮司 河村 基夫 殿
淺間神社 宮司 古屋 真弘 殿
熱田神宮 宮司 千秋 季賴 殿
(株)阿部 代表取締役社長 新井 実 殿
参議院議員 有村 治子 殿
飯野山神社 宮司 及川 剛幸 殿
生島足島神社 宮司代務者 池内 宣裕 殿
伊去波夜和気命神社 宮司 大國 龍笙 殿
伊佐須美神社 宮司 沼澤 文彦 殿
伊弉諾神宮 宮司 本名 孝至 殿
石垣 仁久 殿
出雲大社 宮司 千家 尊祐 殿
石上神宮 宮司 森 正光 殿
伊曽乃神社 宮司 堀川 修巧 殿
伊奈波神社 宮司 上杉 千文 殿
石清水八幡宮 宮司 田中 恆清 殿
宇佐神宮 宮司 小野 崇之 殿
宇都宮二荒山神社 宮司 阿部 憓 殿
鵜戸神宮 宮司 黒岩 昭彦 殿
大縣神社 宮司 牧野 武彦 殿
大麻比古神社 宮司 圓藤 恭久 殿
大洗磯前神社 宮司 飯塚 重 殿
大分縣護国神社 宮司 八坂 秀史 殿
大平メンタルクリニック 大平 常元 殿
大野湊神社 宮司 河﨑 正幸 殿
三輪明神大神神社 宮司 鈴木 寬治 殿
大山祇神社 宮司 三島 安詔 殿
大和神社 宮司 塩谷 陸男 殿
小國神社 宮司 打田 文博 殿
尾張大國霊神社 宮司 山脇 敏夫 殿
笠間稲荷神社 宮司 塙 東男 殿
橿原神宮 宮司 久保田 昌孝 殿
鹿島神宮 宮司 鹿島 則良 殿
月山神社
出羽神社
湯殿山神社
宮司 宮野 直生 殿
香取神宮 宮司 香取 武 殿
(株)くじらもなか本舗 代表取締役 鈴木 昭爾 殿
賀茂御祖神社 宮司 新木 直人 殿
賀茂別雷神社 宮司 田中 安比呂 殿
岐阜護國神社 宮司 宇都宮 幸嗣 殿
木村 知敬 殿
霧島神宮 宮司 慶光院 利致 殿
久能山東照宮 宮司 落合 偉洲 殿
熊野那智大社 宮司 男成 洋三 殿
熊野速玉大社 宮司 上野 顯 殿
熊野本宮大社 宮司 九鬼 家隆 殿
護王神社 宮司 本郷 貴弘 殿
佐嘉神社 宮司 佐野 安正 殿
酒列磯前神社 宮司 海後 宗郷 殿
坂元神社 宮司 鈴木 美智子 殿
櫻井 忠実 殿
櫻山八幡宮 宮司 谷田 吉暢 殿
佐々木 敬 殿
佐々木 周志 殿
寒川神社 宮司 利根 康教 殿
澤口 廣章 殿
靜岡縣護国神社 宮司 芦原 久雄 殿
静岡浅間神社 宮司 櫻井 豊彦 殿
島貫 義久 殿
志波彦神社鹽竈神社 宮司 鍵 三夫 殿
菅原 誠 殿
住吉神社 宮司 鳴瀬 道生 殿
諏訪神社 宮司 池田 剛康 殿
諏訪神社 宮司 小野 信 殿
諏訪大社上社本宮 宮司 北島 和孝 殿
(学)仙台育英学園 理事長 加藤 雄彦 殿
仙台北地区交通安全協会
八幡国見貝ケ森支部
支部長 加藤 達也 殿
多賀大社 宮司 片岡 秀和 殿
竹駒神社 宮司 村田 守広 殿
多度大社 宮司 塚原 徳生 殿
玉前神社 宮司 栗原 崇次 殿
田村神社 宮司 池田 博文 殿
樽前山神社 宮司 永井 承邦 殿
鳥海山大物忌神社 宮司 高橋 廣晃 殿
津島神社 宮司 堀田 正裕 殿
椿大神社 宮司 山本 行恭 殿
鶴岡八幡宮 宮司 𠮷田 茂穂 殿
剱神社 宮司 上坂 省一 殿
照國神社 宮司 島津 修久 殿
伝播八幡井組雀踊り保存会 会長 伊藤 謙治 殿
闘雞神社 宮司 長澤 好晃 殿
東照宮 宮司 高崎 恒晴 殿
(株)東北永愛友商事 代表取締役 鈴木 利啓 殿
戸隠神社 宮司 水野 邦樹 殿
砥鹿神社 宮司 岩崎 和夫 殿
常磐神社 宮司 寺内 義與 殿
長田神社 宮司 脇 延秀 殿
長野縣護國神社 宮司 奥谷 一文 殿
長濱八幡宮 宮司 三家 邦明 殿
中山神社 宮司 岡本 正弘 殿
奈良県護国神社 宮司 宮田 康弘 殿
新潟縣護國神社 宮司 齋藤 伸雄 殿
丹生川上神社 宮司 日下 康寬 殿
丹生川上神社上社 宮司 望月 康麿 殿
西宮神社 宮司 吉井 良昭 殿
衆議院議員 西村 明宏 殿
日光二荒山神社 宮司 中麿 輝美 殿
若一王子神社 宮司 竹内 直彦 殿
白山神社 宮司 鈴木 静 殿
箱根神社 宮司 小澤 修二 殿
日枝神社 宮司 宮西 修治 殿
日枝神社 宮司 平尾 旨明 殿
氷川神社 宮司 東角井 晴臣 殿
日吉大社 宮司 馬渕 直樹 殿
広島護國神社 宮司 藤本 武則 殿
廣田神社 宮司 西井 璋 殿
福井縣護國神社 宮司 宮川 貴文 殿
福岡県護国神社 宮司 田村 豊彦 殿
福島縣護國神社 宮司 冨田 好弘 殿
福山八幡宮 宮司 𠮷川 通泰 殿
富士山本宮浅間大社 宮司 甲田 吉孝 殿
藤島神社 宮司 新田 義和 殿
二見興玉神社 宮司 金子 清郎 殿
平安神宮 宮司 本多 和夫 殿
別格本山龍寶寺 住職 新井 善淳 殿
北海道護国神社 宮司 塩野谷 恒也 殿
北海道神宮 宮司 間島 誉史秀 殿
寶登山神社 宮司 曽根原 正宏 殿
本郷だるま屋 本郷 久孝 殿
真清田神社 宮司 辰 守弘 殿
(株)丸井紙店 代表取締役社長 有泉 誠一 殿
三重縣護國神社 宮司 原 光夫 殿
御上神社 宮司 三浦 弘之 殿
(株)湊 代表取締役 湊 一彌 殿
湊川神社 宮司 垣田 宗彦 殿
宮城縣護國神社 宮司 田中 於莵彦 殿
宮城県神社庁 庁長 鍵  三夫 殿
宮崎神宮 宮司 本部 雅裕 殿
宗像大社 宮司 葦津 敬之 殿
明治神宮 宮司 九條 道成 殿
盛岡八幡宮 宮司代務者 新山 敏彦 殿
杜の都信用金庫 殿
八坂神社 宮司 森 壽雄 殿
谷津田 智之 殿
参議院議員 山谷 えり子 殿
湯島天満宮 宮司 押見 守康 殿
四柱神社 宮司 宮坂 信廣 殿
海神社 宮司 田中 宗則 殿
参議院議員 和田 政宗 殿
和霊神社 宮司 三輪田 泰生 殿

仙台89ERSの必勝祈願祭を執り行いました

令和3年9月16日

令和3年9月16日午後2時30分より仙台89ERSの必勝祈願祭を執り行いました。仙台89ERSは公益社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグが運営している日本のプロバスケットボールのトップリーグのB.LEAGUE(ビーリーグ)に所属しているバスケットボールチームです。

仙台89ERSのホームタウンである仙台市は1889年の「市制町村制」施行と同時に誕生し、市制100周年にあたる1989年に政令指定都市となりました。「89」という数字は仙台市のスタートを象徴する数字であると考えられています。新しいプロバスケットボールクラブが仙台市に誕生するにあたり、市民と球団が一体感を持てるようなクラブでありたいという願いを込めて、クラブ名称を89ERS(エイティナイナーズ)と命名されたそうです。

仙台89ERSのロゴマーク

当宮の一之鳥居より選手・関係者の方々が参進され御社殿前にて大絵馬に揮毫をして頂きました。

表参道を足並みそろえて進んでこられました 大絵馬に選手の方々の思いが記されます

その後、御社殿にて必勝祈願の御祈祷を行いました。先ず修祓にてお祓いをし、斎主が必勝祈願の祝詞を奏上致しました。

大麻にてお祓い 斎主 祝詞奏上

続いて、選手・関係者の方々を代表して、4名の方に玉串拝礼をして頂きました。そして御社殿前にて記念撮影を行い、ヘッドコーチと主将の方のインタビューがありました。

代表者の玉串拝礼 外拝殿前にて記念写真

今季からチームの指揮を執る藤田弘輝ヘッドコーチは「全員そろって時間を共有できたのはチームにとって良いことで、これからシーズンが始まる実感を得た。自分たちができることに全力で取り組み、過程を大事にしながらまずはベスト4を目指す。コロナの影響で周りのチームの状況は分からないが、今週末には自分たちの位置がわかると思う。とにかく一つ一つのプレーを丁寧にやっていきたい。」

主将を務める月野雅人さんは「今年も毎年と同じく「日々精進」と書かせてもらった。この言葉を個人的にも大切にしている。

毎日の練習で互いに高めあっていて、とてもいい雰囲気である。今シーズンこそB2優勝そしてB1昇格を目指す。」とお話しされていました。

仙台89ERSは開幕戦(10月2日、3日)をゼビオアリーナ仙台で福島ファイヤーボンズと対戦されるそうです。選手の皆様の健康とチームの勝利、そしてB1に昇格されることをお祈り申し上げます。

大絵馬は神楽殿に展示しております

祭儀課 浅香

令和三年例大祭 能神楽奉奏

令和3年9月14日

九月一四日、午後六時三十分より長床神楽殿にて大崎八幡宮の能神楽が奉奏されました。

大前八幡宮の能神楽は宮城県無形民俗文化財に指定されています。また、神楽舞台である長床は、寛文年間に建立されたもので、国の重要文化財に指定されています。

本来は八番(八つの演目)の奉奏であり、九月一日の鳥居祭の日を神楽の稽古始め、十一日を稽古納めとしていますが、本年は昨年に引き続き、新型コロナウィルス感染症拡大防止策として演目数を二番に制限し、練習期間を短縮する等、様々な制限の中での演舞となりました。

大崎八幡宮の能神楽は十八番を数えたとの記録がありますが、現在はそのうち十番が失われ、「神拝じんばい」「小弓遊こゆみあそび」「龍天りょうてん」「摩応まおう」「三天さんてん」「ひょうそく」「四天してん」「獅子とり舞」の八番が演じられています。
本年はその中から「神拝」と「摩応」が奉奏されました。

神拝は大崎八幡宮能神楽において最初に舞われる「初舞」とされており、「古事記」に記されている伊邪那岐いざなぎのみこと伊邪那美いざなみのみことの二柱の大神が天と地を創り成したという神話の場面を舞うものです。一人は冠をつけ、白い面に白い装束を着た伊邪那岐命、もう一人は天冠をつけ、女面に赤い布を巻き付けたおさげ髪で紅色の装束を着た伊邪那美命です。大崎八幡宮能神楽の八番のうち、「将足」と「獅子とり」以外のすべてが神拝のはじまりの所作と同じ舞型から始まります。

鉾を持って舞う二神 息の合った舞を奉奏しました

摩応は、神話の中でも特に有名な「あまの岩戸隠いわとがくれ」を題材にとり、天照大御神あまてらすおおみかみが天の岩屋戸いわやどに御隠れになった時、岩戸を押し開いた天手力男あまのたぢからお命の舞です。演目の中でも最も難しい舞とされ、左右の手に握られた太刀を回し、脇の下にかいこむといった動きをみせ、複雑な足型と呪術的な所作が繰り返されます。

右手に鈴、左手に太刀をもって位置につく様子 両手に持った太刀を素早く回す難しい所作
楽人の皆さん。左から大胴、神楽笛、小胴。

様々な制限の中で奉奏することとなった本年の能神楽でしたが、堂々たる舞を披露してくださいました。

一日も早く新型コロナウィルスの疫禍が終息し、心穏やかに再び賑やかな能神楽の奉奏ができるよう、祈念申し上げます。

能神楽についてもっと知りたい方は、書籍「大前八幡宮の能神楽」(著 千葉雄市)を本殿前授与所にて頒布しておりますのでお気軽にお問い合わせください。能神楽奉奏の様子は大崎八幡宮YouTube公式チャンネルからご覧いただけます。

祭儀課 小野寺

例大祭 献饌式が斎行されました

令和3年9月14日

令和3年9月14日午後4時より例大祭献饌式が斎行されました。

献饌式とは、「御膳上げ」と呼ばれ海川山野の種々な食物をお供えして日々の神恩に感謝し、皇室の安寧と我が国の繁栄・世界平和、また翌15日の例祭が恙なく斎行されます事を願う為の祭典でございます。

食物は自然の恵みであり、神様からの賜り物です。民族の命を繋ぐ食物を先ず神様にお供えし感謝の誠を捧げ、いや益々のご加護を祈りました。この事は私達の社会生活においてもお客様がいらっしゃいますと様々な御馳走を出しておもてなしするのと同じ考え方であり、日本人の社会生活と密接に結びついております。

1台1台丁寧に伝供します 30台の神饌が御神前に奉られました

今回の献饌式では、3座の神様に10台ずつ計30台の神饌を供しました。10台の神饌は、米、酒、餅、海魚、川魚、赤飯、海菜、野菜、果物、菓子・塩・水で構成されています。当宮では、桐の葉に盛り付けられた赤飯をお供えする故実があります。赤飯は戦の際中の兵糧として用いられておりました。桐は「切り取って名を上げる」という意味があるそうでございます。また、海魚・川魚・野菜・果物は鰹や鮎、茄子、胡瓜、梨、無花果などの旬の物が取り揃えられお供えされました。そして氏子地域の皆様から初穂料として御奉賛頂きました氏子幣をお供えしました。

今回の献饌式には45名の御参列があり、代表者14名に玉串拝礼をして頂きました。

責任役員の玉串拝礼 議員の先生方の玉串拝礼
御参列いただいた皆様との記念写真

本年の例大祭も新型コロナウイルス感染拡大防止の為、規模縮小を余儀なくされましたが、神社神道において祭典奉仕は如何なる場合であっても行わなければならない重儀となります。来年こそは、感染症対策を講じながらも例大祭関連祭典や催しを行えるよう八幡様への祈りを捧げて参ります。

祭儀課 浅香

兼務社春日神社例祭を斎行致しました

令和3年9月4日

令和3年9月4日午前11時より当宮宮司が兼ねて宮司を務める春日神社(仙台市青葉区八幡2丁目鎮座)にて一年に一度の例祭を斎行致しました。

春日神社には天児屋あめのこやねのみことうかみたまのみことの2柱の神様が祀られております。天児屋命は、古事記では天照大御神が天岩戸にこもられた際に祝詞を奏上した神様で、平安時代に栄華を極めた藤原氏の祖神であることから現在では子孫繁栄や立身出世のご利益があると言われています。倉稲魂命は、日本書紀では伊邪那岐神が生んだ子として記述があり穀物を司る神様として崇敬を集めています。

春日神社の例祭は神輿渡御や地域の子供会と連携するため、9月の第1土曜日(又は9日に近い土曜日)に斎行しております。本年の例祭は、宮城県内に緊急事態宣言が発令されていたことから神輿渡御や子供会の催しは残念ながら中止となり、責任役員・総代のみの参列となりました。

燭台に火を灯します 宮司 祝詞奏上
当宮仕女による浦安の舞の奉仕 小学生の佐藤君も玉串拝礼をしてくれました

祭典は恙なく進行し、参列者皆様に玉串拝礼をして頂き、記念撮影を行いました。

春日神社は小さなお宮ではありますが、地域の方々と協力して大切に護られてきました。毎月9日には月次祭を斎行しております。皆様も当宮にご参拝の折には、春日神社へも足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。

祭儀課 浅香

例大祭 鈴の緒奉納式を行いました

令和3年9月3日

新しく奉製した鈴の緒がかけられた外拝殿で参拝する当宮仕女

鈴の緒は古くより人々の願いを叶えることから「かなお」とも呼ばれます。参拝者の方々の思いを受け止める大切な役割を担っていることから、毎年例大祭前に崇敬篤い方々のご奉賛により新たに奉製されております。

本来であれば数十名の奉賛者有志の方々が集まって賑やかに奉製を行いますが、本年は宮城県内に緊急事態宣言が発令されていたため、新型コロナウィルス感染症拡大防止策として当宮職員の神職4名、仕女4名、そして注連縄奉納者として50年以上当宮にご奉仕頂いております佐藤隆殿の計9名にて奉製を行いました。

皆様の願いを浄書いた布を丁寧に畳んでいきます 緩まないように一定の力を込めてねじります
心を一つに作業を進めます 完成した鈴の緒と奉製に携わった職員・佐藤隆殿

本年も作業中は必要最低限の発言に留め、感染対策に細心の注意を払い一本一本に皆様の祈念を込めて奉製が進められました。1時間程で三本完成し、御社殿に移動した後、奉納式を斎行致しました。

大麻にて参列者をお祓い 斎主 祝詞奏上

奉納式は10名がご参列くださり、奉賛者を代表して佐藤隆殿と当宮世話人であり鈴の緒の生地を用意して下さる八月朔日幹夫殿に玉串拝礼をしていただきました。
奉納式終了後、外拝殿にて記念撮影を行いました。

本年は昨年より多くの方々からお申込みいただくことができました。鈴の緒はお申し込みの数が増えれば増えるほど太くなっていきます。来年はまた今年より一回り太い鈴の緒を奉納できますよう、皆様からの御奉賛をお待ちしております。

真新しい鈴の緒でのご参拝をしていただき、大神様との縁も結んで行かれる事と皆さまの願いごとが成就致します様ご祈念申し上げます。

祭儀課 浅香

例大祭鳥居祭が斎行されました

令和3年9月1日

9月1日午後4時より、三之鳥居にて鳥居祭が斎行されました。鳥居祭とは当宮における特殊神事です。9月14日・15日に最も重要な祭典「例大祭」を行うにあたって、外部からの罪穢れを防ぐために結界を張り、例大祭が無事斎行されることを祈念する祭典です。9月1日の早朝より境内各所の注連縄を新しく張り替え、例大祭に向けての準備作業が始まります。

注連縄奉納者の佐藤隆氏の主導のもと三之鳥居の結界を張る当宮職員

特に鳥居祭斎場となる大石段上の三之鳥居は、最も御神前に近い鳥居として縄(結界)が張られ罪穢れを避ける斎戒期間に入ります。

この縄は9月15日の例祭出幣式の際に裃姿の先達の抜刀によって切断された後、初めて参拝者の通行が許されます。

鳥居祭では通常とは異なる神饌が献て奉られます。神饌は神酒・鰹の生節・梅の酢漬・茄子の漬物の4種です。これらは伊達家の兵糧と言われており、例大祭までお供えするのが本儀とされているので日持ちの良い物がお供えされています。

鳥居祭独特の神饌 三之鳥居の袴石へ神饌をお供え

祭典終了後、杉の木の根元と北参道鳥居にもお祓いをして、同じ神饌が奉られます。
杉の木は表参道と馬場の間に位置し、祭典時に社務所から祭員が参進する際に通る箇所となります。

表参道と馬場の間にある杉の木を大麻・切麻でお祓い 北参道鳥居にも神饌をお供え

当宮に伝わる一社の故実を重んじ祭典を斎行すると共に、祭典や神饌に関する見識も広めてより良いご奉仕ができるよう努めて参ります。

祭儀課 浅香

御社殿大掃除が行われました

令和3年8月31日

当宮においては、毎年一年のうちで新年を迎える前の12月13日と例大祭を迎える前の8月31日に職員一同総出で御社殿の大掃除を行います。

普段できない細かいところまで念入りに清掃し、埃、汚れを落とし、清々しい状態で大祭を迎える祭典の心得に基づいた行事です。

本年も例大祭は、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、神輿渡御等の神賑行事を大幅に縮小して斎行される予定となりました。

例年の祭典を無事終えることで神社として新たに甦り、またそこから後世に引き継がれて行く一連の意義となっています。

祭儀課 権禰宜 日野 篤志

マイナビ仙台レディース必勝祈願

令和3年8月24日

8月24日午前9時30分、マイナビ仙台レディースの必勝祈願祭が執り行われました。
「マイナビ仙台レディース」は、令和3年2月1日に「マイナビベガルタ仙台レディース」から名称を変更しました。

クラブスローガン「超越」が記された大絵馬に監督をはじめ選手の皆様に揮毫を頂き、御社殿にて日本初の女子プロサッカーリーグであるWEリーグに向けての必勝祈願を執り行いました。

WEリーグは9月12日に開幕し、マイナビ仙台レディースはユアテックスタジアム仙台でノジマステラ神奈川相模原と対戦します。
益々のご活躍を祈念しております。

選手の皆さんが表参道を進みます 大絵馬に揮毫を頂きました
必勝祈願を行いました 監督・選手・スタッフの皆様への神酒拝戴
祈願後に外拝殿前にて全員で参拝されました 集合写真を撮影しました

祭儀課 小野寺

御鎮座記念祭が斎行されました

令和3年8月12日

篝火で彩られた御社殿

令和3年8月12日御鎮座記念祭が斎行されました。8月12日は1607(慶長12)年に造営後遷座された日と伝えられております。祭典は午後6時半より斎行され、浄闇の中で「雅楽の夕べ」が引き続き行われます。刻一刻と闇が深まり、庭燎の炎が漆黒の御社殿に艶めきを与え、創建時を思い起こさせます。

祭典は、御祓いの修祓から始まります。修祓では祓詞奏上の後、榊で奉製した大麻と塩湯でお祓いを行います。当宮では塩湯の水器を曲げ物で覆う一社の故実があり、御祓いの用具一つひとつにも当宮の慣習を垣間見ることができます。

修祓の後、宮司一拝があり、大神様に神饌を奉る献饌を致します。今回の祭典では、米・酒・餅・海魚・海菜・野菜・果物・菓子・塩・水の計8台の神饌を奉りました。神饌は祭典中の神へのもてなしの3要素の一つとされ、その中においても必要不可欠な物とされています。

宮司の祝詞奏上においては、創始の御鎮座の感謝と御祭神への称賛に加え氏子崇敬者の繁栄を祈ります。

また、祭典当日は108名の多くの方が御参列くださり、参列者を代表して当宮責任役員の川上良雄殿、神社界から宮城縣護國神社宮司の田中於莵彦殿、宮城県神社総代連合会会長の相澤光哉殿に玉串拝礼をして頂きました。

雅楽の夕べでは、伶楽舎の方々と当宮職員により、今様(いまよう)「白(しろ)薄様(うすよう)」、管絃(かんげん)「太食(たいしき)調音(ちょうの)取(ねとり)」「合歓塩(がっかえん)」、神前(しんぜん)神楽(かぐら)「萬代(よろずよ)の舞(まい)」、管絃(かんげん)「傾(けい)盃(ばい)楽(らくの)急(きゅう)」、御神楽(みかぐら)「其(その)駒(こま) 人(にん)長舞(じょうまい)」、神前(しんぜん)神楽(かぐら)「浦安(うらやす)の舞(まい)」、退出(まかで)音声(おんじょう)「長慶子(ちょうげいし)」が奉奏されました。

今回の「萬代の舞」では、「悠久の舞」という舞で着用する装束を用いての奉仕になりました。「悠久の舞」は皇紀2600年(昭和15年)の記念に、宮城外で紫宸殿に模したものが建てられ、国を挙げて奉祝祭が行われた時に舞われた奉祝舞のひとつです。これらは当時宮内庁式部職楽部楽長であった多忠朝氏が作曲、振付され、装束製作家・有職装束研究家の故高田義男氏が一切の衣装の考案製作を行いました。「悠久の舞」は元々男舞であったため、天平形式の装束が採用されました。白の小忌(おみ)衣(ごろも)と執り物の黄の小菊が浄闇に良く映え、神秘的な光景となりました。

続いての御神楽「其駒 人長舞」は、宮中の御神楽の中に「其駒」という曲があり、神楽人の長が舞うので「人長舞」と言われるようになったと伝えられているものです。

舞人は葦(あし)に千鳥模様を青摺(あおずり)にした小忌衣をつけ、手には御鏡を模した白い輪のついている榊を持ち1人で舞います。舞振りは上代的な幽玄さがあり、いわれもめでたい歌舞として尊重されています。また人長舞の中では舞人の口上に合わせて、司人(つかさびと)が庭燎(ていりょう)に火を灯します。今回の司人は、当宮関係者の御令孫2名が務められました。

そして神前神楽「浦安の舞」が奉奏されました。「浦安の舞」も皇紀2600年記念の奉祝祭で作舞された奉祝舞の1つです。「浦安の舞」は舞人が女子であるので、平安朝形式のもの(女房装束・十二単に近いもの)になったと伝えられています。

1933年(昭和8年)の昭和天皇御製「天地(あめつち)の神にぞ祈る朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を」が神楽の歌詞となっており、浦安とは、心安らぐ国、平安な国、転じて、大和国または日本国の異称とされています。

昨今の現状からするとなかなか浦安の様相とはいきませんが、この神前神楽やその他の舞や雅楽一つひとつの意味を心に留めて、また、祭典が恙なくご奉仕できる環境に感謝して職員一同日々の社務に邁進していく所存です。

祭儀課 浅香

雅楽の夕に、 第10回「雅楽の夕に、」を行いました

令和3年8月13日

令和3年8月13日午後4時より、伶楽舎の皆さまとともに雅楽の夕に、 第10回「雅楽の夕に、」を行いました。
本来であれば昨年が第10回の開催予定でしたが、新型コロナウイルス蔓延の影響で神事のみの斎行となりました。本年は新型コロナウイルス対策として、無観客での開催とし、新たな試みとしてライブ配信を行いました。ライブ配信のオンデマンドが当宮facebookに上がっておりますので、ご興味のある方は是非ご覧ください。

以当宮facebookのリンクはこちら

伶楽舎とは雅楽の合奏研究を目的として、1985年に故 芝祐靖氏(文化勲章受章)が創設し、長らく音楽監督を務めた雅楽演奏団体です。発足以来、現行の雅楽古典曲以外に、廃絶曲の復曲や正倉院楽器の復元演奏、現代作品の演奏にも積極的に取り組み、国内外で幅広い活動を展開しており、特に現代作曲家への委嘱作品や古典雅楽様式の新作の初演には力を入れ、年2回のペースで開催している自主演奏会で度々発表していらっしゃいます。他に、解説を交えた親しみやすいコンサートを企画し、雅楽への理解と普及にも努められていて、文化庁「文化芸術による子供の育成事業」など、小中高校生を対象としたワークショップ、レクチャーコンサートなどの教育プログラムも多く行っています。

なお「伶楽舎」の名前は、古代中国の楽人の祖とされる「伶倫」に因んで、現行の雅楽のみならず、廃絶曲や新作など、従来の枠にとらわれない自由な活動を目指してつけられた会名だそうです。

双調 酒胡子の演奏

今回の「雅楽の夕に、」では記念すべき第1回に演奏した曲など、第10回という節目に相応しい演目構成となりました。当宮職員もワークショップでの唱歌の参加や舞のご奉仕などコロナ対策を講じた中での参加となりました。

宮田 まゆみ氏と当宮宮司のトーク 当宮仕女による浦安の舞

東日本大震災から早10年を迎え、着実に復興を遂げております。しかしながら、未だ震災の傷跡を色濃く残す地域も多くございます。当宮におきましても引き続き支援活動を行っていくと共に、一日も早い復興を祈念して参りたいと思います。

祭儀課 浅香

七夕祈願祭を斎行致しました

令和3年8月8日

去る令和3年8月8日夕刻、恙なく七夕祈願祭を斎行致しました。

仙台七夕祭は初代仙台藩主伊達政宗公により始められ、第6代仙台藩主伊達宗村公の時代により盛んに行われるようになりました。旧暦の7月6日の宵に短冊を笹に結び良縁祈願、芸能上達などを祈願したと伝えられています。

当宮では、8月8日にご参拝の皆様や日本全国からお送りいただいた短冊を御神前にお供えし、牽牛織姫の二つ星が願いごとを成就してくれますようにと七夕祈願祭を斎行しております。

また、7月1日から8月8日まで境内に七夕飾りと南部鉄器の風鈴を飾り、ご参拝の皆様に仙台七夕祭の雰囲気と涼を感じていただけるよう準備致しました。その中においても、境内の長床通路の吹き流しなどの七夕飾りは、当宮仕女の手作りとなっており、毎年丹精込めて作成しております。

七夕笹が飾られた本殿前の様子 長床通路の七夕飾りと風鈴

そして七夕祈願祭の祭典では、皆様の願いのこもった短冊、神札、さらに境内に飾ってありました七夕笹の御祓いを致しました。

神札の御祓い 斎主 祝詞奏上
本殿前の七夕笹の御祓い 長床前の七夕笹の御祓い

七夕祈願祭奉納団体一覧

エミフルMASAKI殿 神奈川県立鶴嶺高等学校殿 イオンタウンユーカリが丘殿 (株)ユアエルム京成殿
彩食健美SHU殿 (株)アルファ殿 新潟県妙高市立妙高高原中学校殿 (株)日比谷花壇殿
アサヒ飲料(株)近畿圏第一支社営業一部殿 (株)Aコープ東日本殿 日本航空(株)殿 スカイマーク(株)殿
(株)サロンドキミコ殿 (株)さつまゴルフリゾート殿 豊島区立トキワ荘マンガミュージアム殿
日本航空(株)殿 七夕祈願祭の様子 (株)アルファ殿 七夕祈願祭の様子

皆様の願い事が無事成就しますようご祈念申し上げます。

祭儀課 浅香

伊達武将隊出陣式を執り行いました

令和3年8月1日

当宮の一之鳥居での記念写真

令和3年8月1日の午後1時より、奥州・仙台おもてなし集団 伊達武将隊第12期出陣式が当宮にて執り行われました。
伊達武将隊とは杜の都・仙台の魅力を広めるため、仙台藩祖である伊達政宗公と家臣団で構成された観光PR集団で、今から11年前に結成されました。

当宮への出陣経路は、作並街道に面する一之鳥居から大石段を上り、表参道の茅の輪を通り、御社殿前に到着されました。

大石段を上る伊達武将隊の皆様 茅の輪をくぐる政宗公

御社殿前では修祓を行った後、伊達政宗公による玉串拝礼、伊達武将隊の皆様に当宮の開運錦守の授与を行いました。

修祓 玉串拝礼
開運錦守の授与

お参りの後は、境内にて大絵馬の揮毫があり、その様子が伊達武将隊のYouTubeにてライブ配信されました。

大絵馬への揮毫の様子 大絵馬と伊達武将隊の皆様

揮毫していただいた大絵馬は、本殿脇の西回廊にて展示しております。そして、「ともに前へ、仙台・宮城・東北」の合言葉を胸に刻んで、復興支援を当宮も継続して行っていく所存でございます。

祭儀課 浅香

太元社例祭が斎行されました

令和3年8月1日

令和3年8月1日の午前11時より、大崎八幡宮の境内末社の太元社において例祭が斎行されました。

太元社には、太元師明王(たいげんみょうおう)が祀られております。正確な創建時期は不明ですが、4代藩主・伊達綱村公が太元師明王を本尊とした太元社師明王法の執行を念願としたということが『伊達綱村遺言覚書』に記されておりご創建の経緯をうかがい知ることができます。現在の御社殿は、当宮の境内末社として昭和55年8月に竣工したもので、太元師明王を御神像としてお祀りし、8月1日を縁ある日と定め例祭を斎行しております。例祭当日は御神像が納められている厨子の御扉が開かれ、太元師明王をお参りすることができます。

御扉の開扉にて、太元師明王の御神像が御開帳されます

今回の祭典は、当宮宮司・責任役員総代・一般崇敬者の計15名の参列がありました。参列者の方々は祓所にて修祓を受け、玉串拝礼をして頂きました。

祓所での参列者修祓 責任役員の玉串拝礼
総代の玉串拝例 祭員よりお一人お一人に玉串をお渡しします

当宮にご参拝の際は是非、太元社にも足をお運び頂き、伊達家の歴史や祈りに思いを馳せて頂ければと思います。

祭典終了後、祭員と参列者の方々で記念写真を撮影しました

祭儀課 浅香

葉月月首祭を斎行致しました

令和3年8月1日

去る8月1日、葉月の月首祭が斎行されました。今回の月首祭では、6月に入社した新人の古田仕女の初奉仕がありました。日曜日や夏季休暇中ということもあり、多くの参拝者の方々に見守られ、恙なくご奉仕を終えることができました。

祭員は社務所前から出発します
萬代の舞を奉仕する古田仕女

以下、古田仕女の初奉仕の感想です。
たくさんの方々からお力添えを頂いたことで、無事に月首祭での初奉仕をすることができました。至らぬ点もありましたが、自分なりに精いっぱいご奉仕することができたと感じております。今回の経験を活かして、次回以降のご奉仕をより良くできるように精進して参りたいと思います。

共に奉仕した先輩仕女との記念写真

当宮では、祭典のご奉仕に上がる為に日々舞や雅楽の稽古に職員一同励んでおります。また、8月12日御鎮座記念祭・雅楽の夕べ、13日雅楽の夕に、におきましても職員の舞奉仕がございます。小さな積み重ねを大切にし、より美しいご奉仕ができるよう努めて参る所存です。

祭儀課 浅香

境内末社の諏訪社例祭が斎行されました

令和3年7月26日

去る7月26日に当宮の境内末社の一つである諏訪社の例祭が斎行されました。

当宮の諏訪社は、江戸時代寛永期に信濃国一之宮諏訪大社より分祠されたものと伝えられています。

御祭神は建御名方神で水の守護神や生命の根源を司る神として知られています。また、剛力をもって知られた武神として、武田信玄をはじめとする甲信地方の戦国大名に篤く崇敬されていました。

当宮の諏訪社は奉祝天皇陛下御即位記念境内整備事業において、御社殿の造替が行われ、瑞気麗しい姿に変貌を遂げました。今回の例祭は、御社殿の造替を契機として当宮宮司の肝煎りで起案され斎行されました。

春日造の新社殿
斎主一拝 神饌は季節の野菜と果物があげられました
祝詞奏上 浦安の舞
玉串拝礼 参列者玉串拝礼

祭典中は晴天に恵まれ、参拝者の方の多くが足を止めて祭典を見学されており、参列者代表の当宮宮司に合わされましてご拝礼頂きました。今回の祭典では、当宮職員にて雅楽の奉仕をいたしました。神社の祭典では、古くより雅楽が用いられており、当宮においても祭典の雅楽奉仕を職員で行うため、日々稽古に励んでおります。

奥から楽太鼓・笙、篳篥、龍笛

当宮の境内末社は諏訪社の他に太元社、鹿島社、北辰社がお祀りされています。8月1日の午前11時からは太元社の例祭がございます。どなたでも参列できますので、ご興味のある方は是非、当宮までお問い合わせ頂ければと存じます。

祭儀課 浅香

境内末社の諏訪社例祭が斎行されました

令和3年7月26日

去る7月26日に当宮の境内末社の一つである諏訪社の例祭が斎行されました。

当宮の諏訪社は、江戸時代寛永期に信濃国一之宮諏訪大社より分祠されたものと伝えられています。

御祭神は建御名方神で水の守護神や生命の根源を司る神として知られています。また、剛力をもって知られた武神として、武田信玄をはじめとする甲信地方の戦国大名に篤く崇敬されていました。

当宮の諏訪社は奉祝天皇陛下御即位記念境内整備事業において、御社殿の造替が行われ、瑞気麗しい姿に変貌を遂げました。今回の例祭は、御社殿の造替を契機として当宮宮司の肝煎りで起案され斎行されました。

春日造の新社殿
斎主一拝 神饌は季節の野菜と果物があげられました
祝詞奏上 浦安の舞
玉串拝礼 参列者玉串拝礼

祭典中は晴天に恵まれ、参拝者の方の多くが足を止めて祭典を見学されており、参列者代表の当宮宮司に合わされましてご拝礼頂きました。今回の祭典では、当宮職員にて雅楽の奉仕をいたしました。神社の祭典では、古くより雅楽が用いられており、当宮においても祭典の雅楽奉仕を職員で行うため、日々稽古に励んでおります。

奥から楽太鼓・笙、篳篥、龍笛

当宮の境内末社は諏訪社の他に太元社、鹿島社、北辰社がお祀りされています。8月1日の午前11時からは太元社の例祭がございます。どなたでも参列できますので、ご興味のある方は是非、当宮までお問い合わせ頂ければと存じます。

祭儀課 浅香

兼務社愛宕神社例祭を斎行致しました

令和3年7月24日

令和3年7月24日、八幡1丁目(旧十二軒丁)に鎮座する愛宕神社の例祭が斎行されました。

愛宕神社は、十二軒丁親交会の方々の協力のもとお守りされております。ご由緒は、江戸時代にこの場所から大火が起き、仙台駅付近まで火事が広がってしまった事例から火防の神をお祀りする愛宕神社が創建されたと伝えられています。

例祭は、1年に1度必ず斎行される最も重要なお祭りで、祭神に縁ある日や神社にとって特にご縁のある日に行われます。本年もコロナウイルス感染症の影響で神輿渡御は中止となりましたが、感染対策をしつつ、昨年より多くの御参列を頂き祭典を無事斎行することができました。

愛宕神社の御社殿
例祭の祝詞は国民の平安を祈る言葉も奏上されています 仕女による浦安の舞の奉奏
また、本年6月吉日に黒瀬アヤメ殿の寄贈による鳥居の塗装工事がありました。綺麗に塗り直しが行われ、境内の印象も明るくなったように感じられます。真新しい朱の鳥居の下にて記念撮影を行いました。 地域の方々との繋がりを今後とも大切にし、末長いお宮の護持に努めて参る所存です。

祭儀課 浅香

令和3年7月15日「月次祭斎行」

令和3年7月15日

去る令和3年7月15日午前10時、月次祭を斎行致しました。梅雨の季節には珍しく太陽がたまに顔を出す蒸し暑い天候の中、表参道に飾られた七夕飾りの間を祭員が参進しました。祓所にて修祓を終えた後、茅の輪をくぐって社殿へと向かいます。(写真①②)

本日の「萬代よろずよまい」では6月に入社した小野寺仕女が一ヵ月間の猛練習を経て初奉仕となりました。緊張しているようでしたが先輩仕女と息の合った舞で奉仕できたようです。(写真③)
参進経路である長床前には現在七夕の笹竹を設置して参拝者の皆様に短冊をお配りしており、8月7日の七夕祈願祭まで設置しておりました。コロナ禍ではございますが、ご参拝の際は願い事を笹に吊るしてみてはいかがでしょうか。(写真④)
祭典後は社務所前にて恒例となっております新人舞初奉仕の記念撮影を行いました。これから気温が上がっていく季節となりますが、各自水分補給をしっかりして神明奉仕に務めて参りたい所存です。(写真⑤)

【小野寺仕女舞人初奉仕感想】
宮田先生と先輩方から熱心にご指導いただいたおかげで、月次祭で無事に舞奉仕をすることができました。初めての舞奉仕で緊張しましたが、いままでの練習の成果を発揮できたと思っています。今回の舞の改善点を振り返り、次の舞奉仕に向けて練習を重ねて参りたいと思います。

① 7月上旬より色とりどりの七夕飾りを設置しております ② 多くの方に茅の輪くぐりを行っていただく為、8月5日頃まで設置しております
③ 猛練習の成果が出ていました ④ 7月上旬より境内各所に七夕の笹竹を設置しております
⑤ 祭典後に社務所前にて記念撮影

奉賛課 石垣

令和3年7月11日 「ボーイスカウト合同隊集会」

令和3年7月11日

去る令和3年7月11日、当宮所属の日本ボーイスカウト仙台第27団(以下BS27団)と令和2年4月に発団したばかりの日本ボーイスカウト仙台第2団(以下BS2団)による合同隊集会が大崎八幡宮広場にて開催されました。

今回の集会は「神様を敬い、自分への責任を認識させ、体験を通して学ばせる」を目標とし、「大崎八幡宮の境内絵地図を作成する」活動の為、BS27団が所属する当宮の境内での合同開催となりました。開会式の前にはコロナウィルス感染症対策として手指の消毒と検温を大人から小さい子供まで参加者全員が行いました。(写真①)

午前10時より開会式にて、国旗儀礼・各隊長の挨拶・参拝作法の確認・神社参拝が行われ、皆で各隊の隊長から活動の説明を聞き、参拝作法の「二拝二拍手一拝」を神職に教えてもらい、社殿前に整列して八幡様に今日の活動が無事に終わりますようお願いしました。(写真②③④)

参拝後はそれぞれ「絵地図作成班」と「七夕短冊作成班」に分かれて活動しました。現在当宮では8月7日の七夕祈願祭に向けて境内に笹竹と七夕飾りを設置し、参拝者の方々に短冊を結んでいただいておりました。そこで今回の活動の思い出になるよう子供達にも願い事を書いて結んでもらう運びとなり、保護者の方や神職に手伝ってもらいながら思い思いの短冊を皆で結びました。(写真⑤⑥)

絵地図作成では最初に自分の歩幅が何cmなのかを測るところから始まり、10メートルのメジャーが敷かれた地面を皆で実際に歩き、「1000cm÷歩数=歩測数」を計算してから境内を実測しました。実測後は模造紙に境内の図を丁寧に描き、皆の前で発表しました。残念ながら時間が少し足りなかったようで、各自持ち帰って後日完成させるそうです。(写真⑦⑧⑨)

閉会式ではBS経験者でもありBS27団の育成会会長も務める小野目宮司より「今後も合同での活動を積極的に行っていきたい」と挨拶があり、各隊員と交流しました。閉会式後は保護者の皆様が用意した錦糸卵で天の川、グリンピースで星を表現したそうめんを皆で美味しく頂きました。(写真⑩⑪)

BS27団の隊員からは「コロナウィルス感染症の影響で昨年から活動の自粛を余儀なくされる状況が続いておりましたが、本日の合同活動では皆さんと共に協力して少しずつ活動を再開できることを再確認できた有意義な一日でした」との感想がありました。今後も活動を通して子供達の成長に大きく貢献できるよう、当宮も全面的に協力していく所存です。

① 一人ひとり検温を行いました ② 綺麗に整列して活動の説明を受けました
③ 参拝作法をご説明しました ④ 社殿前にて全員で参拝しました
⑤ 七夕短冊を皆で書きました ⑥ 子供達が安全に結べるよう特別に竹を下げてもらいました
⑦ 自分の歩幅を測りました ⑧ 歩測を使って境内を計測しました
⑨ 皆で模造紙に歩測の結果を書いて発表しました ⑩ 小野目宮司よりご挨拶いただきました
⑪ 美味しいそうめんを皆で頂きました

奉賛課 石垣

令和3年7月1日「厄除祈願大祭並に祈願串焼納祭が斎行されました。」

令和3年7月1日

去る令和3年7月1日午後3時より、社殿前にて厄除祈願大祭並に祈願串焼納祭が斎行されました。

当宮では、令和の年を迎えてより「厄除祈願大祭」として厄除け、災難除けの他、あらゆる災いを祓い福を招く「攘災招福」すなわち皆様方の家内安全・無病息災を祈願し、ひいては国家安寧と世界平和を祈念申し上げる祈願祭を斎行しております。

宮司祝詞奏上 玉串拝礼

また、祭典に於いて、前もって御社頭や郵送で皆様方より諸々の祈願を込めて書かれました祈願串を炉にくべて御焼納申し上げ、令和3年の残された月日が皆様にとって幸多かれと焼納祭を併せて執り行っています。

大祓詞を奏上しつつ、祈願串を焼納

焼納祭では、御参列の方に祈願串を手ずから御焼納して頂きました。その後、事前にお申込みいただいた方には御神札や守護などをお頒ち致しました。また、郵送でのお申込みの方には、御神札や守護を郵送させて頂きました。

参列者祈願串焼納 神酒拝戴・神符守札授与

祈願串の奉納は常時承っております。御社殿前に祈願串記入台と炉を設けておりますので、皆さまの心願成就の選択肢の一つとなりますと幸いです。

祭儀課 浅香

令和3年6月30日 水無月大祓式を執り行いました。

令和3年6月30日

去る6月30日、水無月大祓式を執り行いました。

大祓の起源は、素戔嗚尊が罪を犯し高天原を追放された故事によると言われています。また、毎年6月と12月に行われている大祓は、古くは災害疫病等の際にその都度行われていたもので、現在のように定期的に行われるようになったのは、大宝元(701)年からと伝えられています。

一年に二度、半年の節目で行われる大祓式は、知らず知らずのうちに身についた罪・穢れ・禍事などを自分自身でお祓いする儀式です。儀式では、皆様の穢れが移された形代(かたしろ)を唐櫃(からひつ)に納め、大祓詞を奏上し、神職の修祓により祓い清められました。
また、境内表参道には茅の輪を設置し、茅の輪をくぐる事でお祓いを受けられます。この茅の輪を目指し、多くの方もご参拝頂きました。

今回の大祓式においては、58名の方に御参列いただきました。特設いたしました斎場で大祓式を行った後、皆で茅の輪をくぐり、大前を参拝し、神酒拝戴・神札の授与を致しました。

皆様の穢れは祓い清められ、残り半年においても禍事に障ることなく、清々しく健やかに過ごされます事をお祈り申し上げます。

茅の輪をくぐり祓いを受けられる参拝者 唐櫃には形代が納められています
ご参列の皆様に、紙包を頒ちます 紙包には、麻紐・切麻・形代が入っています
神職による大祓詞宣読と、執り物による祓い
切麻で自信を祓います 神職による修祓(大麻・塩湯)
茅の輪をくぐり、八幡様の大前にて拝礼致します
神酒拝戴と神札を授与致しました

茅の輪は8月頃まで設置の予定でございます。ご参拝の際には、茅の輪くぐりにて半年分の罪穢れを祓い、我が国古来の信仰文化である「浄明正直」に立ち返り大前を詣でて頂ければと存じます。

祭儀課 浅香

令和3年6月1日「月首祭を斎行しました。」

令和3年6月1日

深緑萌ゆる八幡の杜にも初夏の日差しを感じる6月の1日、月首祭を斎行致しました。

日々の大神様のご加護に感謝し世界の安寧を祈念する月首祭は毎月1日に、また月次祭を毎月15日に斎行しております。
また今月より奉職となります新人仕女2名が参列しました。

足並みを揃え、社務所より参進します。
大前に月首祭並びに新型コロナウイルス鎮静祈願祝詞の奏上、その後、御神楽「萬代の舞」奉奏
新人仕女 小野寺殿 玉串拝礼 新人仕女 古田殿 玉串拝礼

以下、新人職員より一言ご挨拶申し上げます。

小野寺仕女
6月から奉職いたしました小野寺と申します。
早く奉務に慣れ、みなさまの役に立てるよう努力を重ねていきたいと思います。
至らない点もあるかと思いますが、何卒よろしくお願いいたします。

古田仕女
6月からご奉仕させていただくことになりました古田と申します。
自己研鑽を怠らず、精一杯頑張ります。未熟者ですがどうぞよろしくお願いします。

新たな鳩子の仲間入りでございます。あたたかいご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。

令和3年5月15日 月次祭が斎行されました

令和3年5月15日

新緑が境内を美しく彩る中、皐月の月次祭が斎行されました。

例年5月の祭典行事は4月に入社した新入職員が稽古を重ね、初めて御奉仕を申し上げる初々しい祭典でございます。今回は舞人として鈴木仕女が初奉仕となりました。

生奏楽の唄と雅楽に合わせての舞姿

初奉仕の感想

今回初めて舞奉仕をさせて頂きました、鈴木です。全てが初めての経験で不安や緊張が大きかったのですが、渡邉仕女と舞奉仕ができとても嬉しく思います。参拝者の方々、祭員に見守られてのご奉仕を終え、まだまだ改善点が多くあると感じています。次の舞奉仕では今回の反省点を活かし、より良い舞が舞えるように稽古を続けて参りますので、今後とも宜しくお願い致します。

今回、舞人の採物と挿頭の花は撫子が使われました。5月5日に立夏を迎えたため、夏の花が選ばれるようになりました。撫子は、我が子を撫でるようにかわいらしい花であるところからこの名前になったと言われ、その花言葉は「無邪気」や「純愛」などと伝えられています。

舞人がご奉仕に用いた花は、社殿脇の祭儀棟の祈願控所にて飾っております。日本の四季や植物の生命の力などを感じて頂けますと幸いです。

また、祭典当日は、7名の方が御参列くださり、玉串拝礼をして頂きました。玉串拝礼で祈念を込める玉串は、境内にある榊の木から出仕が伐りとって毎度奉製しております。

最後に社務所前にて記念の集合写真を撮影しました。

初奉仕の鈴木仕女のご家族との1枚 月次祭奉仕の職員での1枚

境内の植物の成長に負けないよう、新人職員一同、社務に稽古に励んで参ります。

祭儀課 浅香

令和3年5月6日 新しい仲間がやってきました

令和3年5月6日

五月に入り、少しずつ暖かくなってきました。

境内を自由に歩き回り、参拝にいらした皆様に愛されております矮鶏(チャボ)の雛がやってまいりました。

ぴよぴよと元気に鳴き、身を寄せ合う姿に職員も癒されております。日々の成長著しく、少しずつ親鳥のように羽が生え揃ってまいりましたが、まだまだ遊び盛りなようで元気に歩き回っております。

雛の成長は早いものですが、参拝にいらした際に御社殿東側テントにおります雛に会いに来ていただければと思います。

祭儀課 渡邉

令和3年5月4日 みどりの日

令和3年5月4日

自然に親しむととにその恩恵に感謝し、豊かな心を育みましょう。

境内では、青紅葉や赤紅葉、ヤマツツジやサツキなどには新緑が萌え、小鳥たちのさえずりが心をくすぐります。

日常の喧噪から離れ、静かな時間をお過ごしください。

総務課 小野目

令和3年5月1日 「月首祭斎行」

令和3年5月1日

去る令和3年5月1日、月首祭を斎行致しました。例年5月の祭典行事は4月に入社した新入職員が猛練習を経て初奉仕を飾る初々しい祭典となります。今回は祭員として浅香出仕、舞人として櫻井仕女が初奉仕となりました。

当日は朝から雨の心配がされていましたが、祭典開始の頃には太陽が顔を出し、穏やかな陽気で始まりました。

「参拝者が静かに見守る中、宮司以下祭員を前導する浅香出仕」

祭典は滞りなく進められておりましたが、萬代の舞が奉奏されていた10時27分頃、宮城県沖を震源とする最大震度5強マグニチュード6.6の地震が発生しました。萬代の舞を一時中断して参拝者の安全確保や社殿内外の安全確認を行った後、無事に再開されました。

今回、舞人が身に着けている花は牡丹桜です。祭典の度に舞人奉仕の仕女が季節の花を選定しており、境内の末社太元社脇に毎年咲いているものを宮司の許可を得て使用しました。選定した仕女曰く5月5日に立夏を迎える前に桜を見納める意味を込めて選ばれたそうです。

「桜の花びらが舞い落ちる普段とは一味違う萬代の舞」

祭典後は毎回末社を巡拝しておりますが、先月遷座祭が行われた北辰社の巡拝は初となり、真新しく立派な社殿を前に整列した祭員が参拝し、悠々たる時が流れました。

「遷座祭後、初となる北辰社巡拝」

祭典終了後、社務所大玄関前にて記念撮影を行いました。彼女らの今後の活躍を期待します。

【祭典奉仕後の感想】

浅香出仕
出仕として入社して1ヶ月、学生時代とは一味違う新たな学びに溢れた環境の中で試行錯誤を重ねながら過ごして参りました。この度月首祭の祭員として初めてご奉仕をさせて頂き、神職の出発地点に立つことができたと感じられました。祭員として祭典を見ると、今までとは違った景色を見ることができ、大変勉強になりました。出発地点からの道のりは険しく長いものであるとは思いますが、初心を忘れず常に学ぶ姿勢を保ち続けたいと思います。

櫻井仕女
五月一日月首祭にて舞奉仕をさせていただきました、櫻井と申します。

今回初めての祭典奉仕となり、たくさんの参拝者と職員の皆様に見守られながらの奉仕はとても緊張しましたが、最後まで精一杯舞うことができました。入社より舞稽古の日々を共にした先輩の渡邉仕女と一緒に舞うことができとても光栄に思います。次回の月首祭では今回よりももっと良い舞を舞えるように日々努力していきたいと思います。

「祭典後、達成感に満たされた笑みで宮司との記念撮影する浅香出仕と櫻井仕女」

奉賛課 石垣仁孝

昭和祭が斎行されました

令和3年4月29日

令和3年4月29日昭和祭が斎行されました。今回の祭典は生憎の空模様ではありましたが、境内を雨音が彩る中厳粛な雰囲気を湛えて進められました。

昭和祭は未曽有の大戦を経て我が国を復興、発展へと導かせられた昭和天皇の聖徳大業を景仰し、皇威の隆昌と国運の発展とを祈り、昭和の御代を顕彰して民族の自覚を新たにし、益々文化を進め産業を興し永遠の平和繁栄をこいねがう祭典でございます。

また、平成19年に4月29日が「緑の日」という祝日から「昭和の日」と改称されたことが契機となり斎行されるようになりました。昭和の御代においては、「天皇誕生日」という祝日でした。

傘をさしての参進 修祓

毎年恒例の祭典の昭和祭ですが、当日の天気によってかなり様相が変わります。晴天の場合屋外の祓所で行われる修祓ですが、今回は御社殿内に祓所を設けて行われました。

御神楽は昭和天皇の御製をうたった「浦安の舞」が奉奏されました。この御神楽には世界の平和を祈る心が表現されています。本日の舞人の天冠の挿頭は、境内のサツキを用いております。挿頭は四季に合わせて変わり、毎度の祭典にて仕女が奉製致します。

1篇の執り物は檜扇 2篇は執り物を剣鈴に持ちかえます

祭典の最後には、遥拝所を通して昭和天皇陵墓がある武蔵野御陵を遥拝しました。雨天の為、長床通路からの遥拝になりました。

武蔵御陵へ遥拝 遥拝所

遥拝所は、長床前表参道階段の東脇にございます。皇室とその根底にある神々への感謝、大自然への畏敬の念を捧げる地として、また皆様の故郷の神社やご家族ご友人の方などに思いを込めてお詣り頂ければと思います。

祭儀課 浅香

天皇陛下御即位記念境内整備事業奉祝祭が斎行されました

令和3年4月25日

令和3年4月25日午前11時より、天皇陛下御即位記念境内整備事業奉祝祭が斎行されました。

祭典に御参列頂いた方々と祭員の記念写真

当宮の天皇陛下御即位記念境内整備事業は、今上天皇陛下が御即位されたことに併せ約2年の歳月をかけて取り組んで参りました。

事業内容と致しましては、境内末社(諏訪社・鹿島社・北辰社)の改築、御社殿瑞垣改修工事、三之鳥居漆塗改修工事、北参道鳥居扁額改修工事、表参道大石段手摺り改修工事、『文化財漆の杜』植樹事業、祭儀棟・神輿殿等外壁補修工事などを行いました。以下が各種ご報告と動画のご案内でございます。

当宮ホームページ 奉祝天皇陛下御即位記念境内整備事業のご報告

令和3年4月15日に境内末社の北辰社正遷座祭が執行され、無事に一連の事業の完遂を迎える事が出来ました。茲にこの事業に深い理解を示され御奉賛頂いた皆様・氏子崇敬者の皆様・工事関係者の皆様に、職員一同心より御礼申し上げます。

今回の祭典では、天皇陛下の御即位を奉祝した全ての事業が恙なく終えられたことを大神様に御奉告申し上げました。宮司の祝詞奏上では、皇室の弥栄を始め、世界の平和・氏子崇敬者皆様方の安寧もお祈りさせて頂きました。そして、昭和天皇陛下の御製に当時の宮内庁式部職楽部長の多忠朝氏が作曲・作舞した、御神楽「浦安の舞」を奉奏しました。

宮司 祝詞奏上 御神楽「浦安の舞」奉奏

祭典には御奉賛頂いた427名の方と責任役員・総代の皆様にご案内し、当日80名の御参列を頂きました。御奉賛頂いた皆様を代表して、株式会社インテムの髙橋光殿に感謝状の贈呈を行いました。

感謝状贈呈 宮司挨拶

宮司挨拶にもありました通り、令和の御代へ奉祝の意を衷心より捧げ、八幡宮の後世を見据えた境内の整備活動を引き続き行う事を旨とし、心を繋ぎ歴史を護持継承してゆく所存でございます。

現在、北辰社の御社殿の造営の御用材である青森ヒバの一部のお頒かちをしております。加えて、御社殿横の西回廊にて、奉祝天皇陛下御即位祈念境内整備事業のパネル展示と動画上映を5月15日(土)まで行っております。御来社の際には是非、青森ヒバの爽やかな香気と西回廊の展示にも足をお運び頂けますと幸いです。

祭儀課 浅香

北辰社正遷座祭が斎行されました

令和3年4月15日

令和3年4月15日夕刻午後6時より、大崎八幡宮の末社である北辰社の正遷座祭が斎行されました。

北辰社は、天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)という、天地を造り大自然を護る神様がお祀りされています。北辰とは北極星を意味し、天空の中央にあることから転じて皇居又は天皇を指す事もあります。

この度の北辰社御造替は、奉祝天皇陛下御即位記念境内整備事業の一環で行われました。

神明造で建てられた新しい北辰社

正遷座祭は夕刻、宮司以下8名の祭員によって執り行われました。奉仕する神職は斎服を着装し、穢れを防ぐための木綿襷(ゆうだすき)、木綿鬘(ゆうかづら)を身にまとい、祓所にて修祓を受け祭場へ向かいます。まず、旧社殿前にて遷座を奉告しました。

祓所へ参進 宮司一拝

御霊代をお遷しする遷御の儀は、警蹕(けいひつ)という掛け声と笙の音色が響き渡る中、陰灯と自然の明かりのみの状態で行われます。御霊代は、覆面と手袋を身にまとった祭員が持つ絹垣(きぬがき)という囲いに覆われた中で宮司が捧持し、新しいお社にお遷しします。

絹垣にて御霊代を覆い遷座します 新社殿の内陣に御霊代が納められました

そして新社殿にて神饌が献ぜられ、その後、宮司が祝詞奏上を行います。祝詞の中では、この度の新社殿造替工事が、令和の御代替りに併せた奉祝天皇陛下御即位記念境内整備事業として行われたものであることが奏上されました。また、北辰社の御祭神の御神徳を称え、皇室の弥栄、氏子崇敬者・工事関係者皆様の繁栄も併せてご祈念申し上げました。

新社殿にて献饌 宮司 祝詞奏上

今回の北辰社正遷座祭では役員総代・工事関係者皆様参列の上、各々玉串拝礼をして頂きました。

未曽有の疫病が蔓延する中、感染対策や移動の制限など、尋常ならざる状況下におかれての造営日々であったことが想像に難くありません。北辰社新社殿造営にかけた皆様の思いが、見事に昇華されていくようなご参拝であったと推察いたしました。

祭典終了後、集合写真を撮影しました

正遷座祭の夜に相応しい清らかな空気の中、役員総代・工事関係者・氏子崇敬者の皆様方の多大なるお力添えによって、ようやく竣功の日を迎える事が叶いました。職員一同深謝申し上げます。

どうぞ、お詣りの際には、新しい北辰社並びに境内の末社にもご参拝されまして、御神威のご加護を受けられますことをお待ち申し上げております。

祭儀課 浅香

令和3年卯月 月首祭

令和3年4月1日

うららかな春の日差しに誘われ、一気に「桜花爛漫」という言葉がふさわしい季節となりました。

卯月月首祭は定刻通り午前10時より恙無く斎行され、訪れた境内の参拝者の方々もしばし足を止められて祭典の終始を見守りました。

献饌 神前にお供えされます 宮司祝詞奏上
萬代の舞

月首祭祝詞に引き続き、未だ終息されない「新型コロナウィルス鎮静祈願」祝詞も併せて奏上され、世の文化の発展、人々の生活の安寧を祈ります。

参列者玉串拝礼においては、一般参列に加え、今年度より入社いたしました女子神職・浅香光莉、仕女櫻井杏海、鈴木寧々の計3名も拝礼しました。

浅香出仕 櫻井仕女
鈴木仕女

お宮で神職・仕女としてお勤めする最初の節目として、まず神様にご挨拶申し上げ、健やかにご奉仕できますように各々思いを込めて拝礼いたしました。
祭典終了後、引き続き宮司により辞令が伝達されました。

以下、それぞれの感想です。

浅香出仕
本年度より出仕としてご奉仕をさせて頂きます、浅香光莉と申します。日々行う事や小さな事の積み重ねを大切に、神明奉仕に励んで参りたいと存じます。至らない点も多くあるかと思いますが、何卒宜しくお願い申し上げます。

櫻井仕女
今年度より仕女としてご奉仕をさせて頂きます、櫻井杏海と申します。まだまだ不慣れの事がたくさんありますが、一日も早く職務をこなせるように一生懸命努力していきますので、何卒宜しくお願い申し上げます。

鈴木仕女
今年度より仕女としてご奉仕させて頂くことになりました、鈴木寧々と申します。まだまだ慣れないことが多く、至らない点が多々あると思いますが、笑顔を忘れず職務をこなせるよう努力致しますので、何卒宜しくお願い申し上げます。

祭典終了後、記念写真を撮影しました

春爛漫、風もなく穏やかな天候のもと令和3年・新年度が始まりました。

祭儀課 日野

八幡宮に小さな春が訪れました

令和3年3月15日

心地よい春日和の境内に佇む杉の木の上に、リスがを出しました。

八幡宮の杜には様々な生き物が住んでいます。春夏に向けて色を変える杜の姿とともに小さな命たちを見守っていきたいものです。

令和3年3月11日東日本大震災復興祈願祭 斎行

令和3年3月11日

令和3年3月11日、東日本大震災復興祈願祭が斎行されました。

当宮においても震災発生直後より、出来る限りの被災地支援を継続的に行ってまいりました。被災地では今も復興途上にあり、多くの方が苦しい生活の中におります。震災より10年を数えるこの日、各地域の復興を大神様の大前にて祈願いたしました。

多くの方が足を運ばれ、復興を想う皆様の祈りと共に祈願祭は進行していきます。
被災された人々、今もなお震災復興に携わる数多の人々が皆で手を取り合い、大神様のご加護のもと安らかな日々に戻れることを、祝詞に添えて御神前に申し上げました。
浦安の舞 奉奏
震災発生時刻に、遥拝所を通して震災被災地へと黙祷を捧げました。

東日本大震災では、多くの人の心・土地・建物に爪痕を残していきました。
しかし小さな歩みで一歩一歩復興を続けてきました。

10年という節目を迎え、更なる復興を願い、11年目へと確実な一歩を踏み出していきたいものです。

3月末日まで御社殿前西回廊にて復興支援の記録を展示しております。
ご参拝の際、当時の思いを振り返って頂ければと思います。

祭儀課 渡邉

東日本大震災復興支援の記録パネル展を開催しております

令和3年3月1日

東日本大震災より10年の節目を迎え、当宮におきまして発災直後より出来る限り行ってまいりました復興支援活動の記録を、あらためて振り返り取り纏め展示致しました。
ご参拝の折には御社殿前、西廻廊においてご覧いただきますようご案内申し上げます。

期  間 令和3年3月1日~令和3年3月31日
 展示場所 大崎八幡宮御社殿前「西廻廊」

平成23年3月より令和2年8月迄の支援活動の記録をパネル写真にて展示しております
復興支援の一環として作製しました「御神酒・焼き海苔・Tシャツ」も展示・頒布しております

八幡宮では今後も継続的に支援活動を行って参ります。
何卒ご理解、ご協力の程お願い申し上げます。

令和3年 祈年祭

令和3年2月17日

令和3年2月17日、大崎八幡宮祈年祭が午前10時本殿にて斎行されました。

 「祈年祭」は「としごいのまつり」とも言われ、由来は極めて古く、その年の五穀豊穣を祈る春祭りの意味で、秋に行われる「新嘗祭にいなめさい」と対をなして、最も重儀の「大祭式たいさいしき」で執り行われます。
 「大祭式」においては、御本殿の御扉が開かれ、神職は正装せいそうに身を包み、巫女は本装束ほんしょうぞくまとい祭典をご奉仕いたします。

一年の五穀豊穣を祈ることは、現代においてはあらゆる産業の発展、国力の充実を祈念することにつながり、皇室の弥栄とともに国家の安泰を大神様にお祈り申し上げます。

本装束を着装した巫女による浦安舞は、世界の平和を祈り、本年一年の安らかなることを祈りの形に表現いたします。

毎年当宮の祈年祭では、次年度仕女奉職予定者が参列しております。
先輩方の優雅で厳粛な舞を緊張した様子で注視した後、神前に進み出て玉串を奉り拝礼いたしました。

祭典後、宮司以下祭員が太元社以下末社を順に参拝します。

春祭りはその年の豊穣を「予祝よしゅく」することで、すなわちあらかじめお祝いのあらかことばじを申し上げ寿ことほぐことで、秋の豊穣に感謝できますようにとお祈りする祭典です。
本年一年の我が国また氏子崇敬者皆様の発展と繁栄を切に祈念いたします。

祭儀課 日野

令和3年 紀元祭斎行

令和3年2月11日

去る2月11日紀元祭を斎行致しました。

この日は「建国記念の日」として祝日となっていますが、戦前は「紀元節」という名前で、国民に広く親しまれていました。

神武天皇様が我が国を建国された事を祝福し、民族の自覚と、愛国の精神を確かめ、国威の発展を祈願する祭典です。

昨年は雪が積もっていましたが今年は快晴の中での祭典となりました。

今年は快晴でした 去年の様子
献饌(日本国誕生と神武天皇の御即位を祝う膳ともいうべき、餅を含めた8台の神饌がお供えされます)

浦安の舞
「天地(あめつち)の神にぞ祈る朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を」 という我が国と世界が平安であるように祈るという内容の歌詞に合わせ舞が奉仕されます

遥拝所にて神武天皇がお祀りされております橿原神宮を遥拝いたしました。

遥拝所

日本の国旗には意味があります。
白は素直な心、赤は「日出る国」の象徴である太陽を表現したもので、そして平和の願いと、感謝の気持ちが込められています。
日本に限らず世界各地の祝日にはその土地の文化、伝統や歴史に由来した日が多く定められています。

日本の祝日は1月1日元旦より始まり、今回の建国記念の日など多くの祝日が定められております。
その祝日の意味について考えながら、日本の繁栄と世界の平和を日々ご祈念致します。

奉賛課 間々田

「古神札焼納祭を斎行致しました。」

令和3年2月6日

去る2月6日、古神札焼納祭を斎行致しました。

昨年より続く新型コロナウイルス感染拡大の脅威を考慮し、年末年始は全国各所の神社において時期をずらしてお詣りされる「分散参拝」を呼びかけており、当宮においても1月末までを正月期間としておりました。

そのため、例年1月14日斎行され、全国的にもその歴史の古さと規模の大きさを誇る当宮の「松焚祭」においては、正月飾りや昨年の御神符等が納められお焚き上げされます。御札をお納め頂く受付期間につきましても例年より長く設けまして、日を改め引き続き古神札焼納祭を斎行する事となりました。

氏子崇敬者の皆様よりお持ちより頂いた古神札を祓い清めて焼納致します。 忌火を陰灯より分かち、四方より点火を行います。
無風晴天の天候に恵まれ、祭典は滞りなく斎行されました。

松焚祭斎場での古神札のお納め受付は終了いたしましたが、表参道手水舎向かい側に納め所を移設し、当宮では年中通して古神札等のお納めを受けつけております。

御来社の際にはそちらにお納め頂き、お守り頂いた神様に感謝の意を捧げて頂ければ幸いでございます。

祭儀課 浪打

令和3年 節分祭

令和3年2月2日

令和3年の節分祭は2月2日午前10時より斎行されました。

「節分」は雑節の一つで例年2月3日、二十四節気「立春」の前日ですが、暦法の関係で立春が2月4日ではなく2月3日になるのは124年ぶりのことと言います。
太陽暦1年が365日ちょうどではなく、厳密には365日と何時間かあるため閏年を設けることで調整されることは良く知られていますが、それと同じことから太陰太陽暦に基づく二十四節気も調整されるときが訪れるということです。

「立春正月」の観点から、節分はその前日の大晦日に当たり「追儺式ついなしき」、「鬼やらい」をして新年という春を迎えるのが節分の神事です。

2月2日祭典時刻、号砲とともに宮司以下祭員が参進いたします。

神事は役員総代が裃を着装して代表参列し、厳粛に斎行されました。

祭典では「鳴弦式めいげんしき」が行われます。
衣冠の正服を着た神職が弓と鏑矢を用いて四方向へ向けて三度ずつ弓を引き、弦を鳴らして、鬼を追い払う神事です。

御神楽「萬代よろずよの舞」が奉奏され、続いて「おき長鈴ながすず)」による「振り鈴の儀」が執り行われました。鈴の澄んだ音色により災厄を祓い身体堅固と幸福を授かるといういわれの神事です。

本年は参列者を代表して役員総代が玉串を奉りて拝礼いたしました。
御社殿にての祭典式次第を終え、引き続き本年は社殿前西側に組まれた特設舞台にて鳴弦式・撒豆さんとう式を行います。

福豆は裃にフェイスガード付マスクを着用した役員総代によって撒かれます。
「福は内、」の掛け声も、今年は「福は内、鬼は外、天打ち地打ち四方打ち、」のあと「鬼の目ん玉ぶっつぶせー」のところを「コロナウィルスぶっとばせー」と例年にない威勢のよい昭和が境内に響きます。

続いて、混雑を避ける為、小袋に入った福豆を参拝者へ一つ一つ丁寧にお配りします。 境内は、訪れた参拝者の方々の賑いと微笑みに誘われ、一気に春が呼ばれたかのような心象に包まれました。

例年、節分祭神事を御社殿にて執り行った後、馬場において特設舞台を組み、福物撒豆さんとう式が行われます。

しかしながら、本年は新型コロナウィルス感染対策のため節分祭も特別の対応となり、福物撒豆式は中止となりました。
大崎八幡宮では、子供の年中行事の経験として、何か思い出になる事はできないかと諮り福豆やご奉納頂いた文具を準備することにしました。

大崎八幡宮鉛筆:五角(合格)の形で、鈴の緒にちなんだ三色(赤・青・黄)

福豆:「めっする」という意味が込められています
 神饌海苔:東日本大震災で被災した東松島市の支援品
 ノート:学業成就を祈り奉納されました

ドミニコ幼稚園、八幡小学校、国見小学校、ドミニコ小学校、仙台市立第一中学校の各所合計2242名の生徒に配られました。

当宮の節分祭の由来として、昭和の終戦後、「子どもたちに野球ボールの一つでも配れれば」との思いから神社宮司・総代の協議の上、一番町四丁目商店街振興組合の皆様の協力を得て「ボール」「あんぱん」「みかん」「お菓子」等の福物を撒く行事が行われたという経緯があります。
そのような経緯を踏まえて、子供たちが喜ぶための節分祭の行事としての一連の取り組みを行いました。

またしばらく、新型コロナウィルスとの共存へ向けて社会が進むこととなりそうではあります。
  再び、盛大に祭典が行われることを心待ちに、一歩ずつ着実に歩んで行きたいものです。

御奉賛者

三倉産業株式会社 殿 (株)七十七銀行八幡町支店 殿 清水建設(株)東北支店 殿
(株)植耕 殿 (株)佐勘金物店 殿 (株)佐藤商店 殿
本郷だるま屋 殿 (株)マルエス技研工業所 殿 (株)東北永愛友商事 殿
(株)秋江 殿 (株)阿部 殿 (株)小西美術工藝社 殿
(有)櫻井 殿 (株)三愛工芸 殿 (株)三宝社 殿
東和奉賛(株) 殿 (有)丸井紙店 殿 (株)湊 殿

祭儀課 日野

天皇陛下御大典記念事業「御社殿瑞垣改修工事」完了しました

令和3年1月28日

大崎八幡宮の御社殿を取り囲む瑞垣が老朽した為、御大典記念事業として新しく設えました。

御奉賛いただきました皆様方には、大変感謝申し上げます。

青森ヒバの香り瑞々しく木目麗しい瑞垣が荘厳な御社殿を取り囲み、結界をはります。

皆様のお目に触れる機会は少ない神域ではございますが、そのような場所をも整備する事により、御神威はより高まる事と存じ上げます。

総務課 小野目

天皇陛下御大典記念事業「北参道鳥居扁額修理工事」完了

令和3年1月28日

大崎八幡宮の北に面する鳥居の扁額の漆の塗り直しを行いました。

平成19年に塗り直しを行い12年以上の月日が経ち、その間多くのご参拝の皆様をお迎えしてきた扁額ですが、漆という天然素材は紫外線に大変弱く、漆黒の色も白く飛んでしまいます。

12年前の扁額の艶やかさを取り戻す為に、再び漆の塗り直しを行います。
日光市「小西美術工藝社」に依頼し、漆黒の黒と飾り金具の深い味わいがよみがえります。
令和2年大晦日、令和3年お正月は雪の多き年となりました。
提灯の明かりが雪に反射し、
誘われるかのような光景が浮かび上がりました。

「災害は忘れたころにやってくる」文化財防火デーを行いました

令和3年1月26日

「文化財防火デーの制定は,昭和24年1月26日に,現存する世界最古の木造建造物である法隆寺(奈良県斑鳩町)の金堂が炎上し,壁画が焼損したことに基づいています。」(文化庁)

去る1月26日、消防訓練を行いました。

本年は東日本大震災から10年の節目となります。災害は忘れたころにやってくる、という言葉があるように、日常を平常に過ごすために有事にはすぐさま対応できる準備をしていなければいけません。

文化財建造物の殆どは可燃性のある自然素材で、焼失の恐れがあります。昨今ではフランスのノートルダム寺院や沖縄の首里城など、歴史的建造物の焼失が立て続けに起こりました。

大崎八幡宮は国宝であり、伊達な文化を象徴する建造物です。もちろん、建物だけではなく、鎮守の境内も御社殿と共に守る大切な一つです。

当日は薄曇りで肌寒く感じる朝となりました。
消防隊の到着・準備や地域関係者の配置が進むにつれ、訓練とはいえ独特の緊張感が漂います。
発火予定時間、消防が発煙筒を焚き、火災が発生しました。
発見した職員が火災の報告、通報、初期消火、参拝者誘導、
重要物品の搬出、消火栓の放水、消防車の放水…と実際さながらの
訓練が行われました。
閉会式では、仙台市消防署長、
仙台市文化財課御臨席頂き総評を頂戴いたしました。

皆様のお言葉を肝に銘じ、防火警備に努め、 これからも仙台市や地域の皆様と共に信仰と歴史を継承すべく、護持に勤めます。

総務課 小野目

ベガルタ仙台必勝祈願を斎行しました

令和3年1月21日

 去る1月21日に地元仙台のプロサッカーチームベガルタ仙台の必勝祈願祭を斎行しました。

 当宮御祭神の応仁天皇(誉田別命ほんだわけのみこと)は必勝の神とも称され、多くのスポーツ団体などの参拝がございます。その中でもベガルタ仙台におかれましてはベガルタ仙台の前身ブランメル仙台時代より毎年必勝祈願祭を斎行しております。本年3月には東日本大震災より10年が過ぎ、苦楽を共にした地元チームの活躍を祈念させて頂きました。

大石段より鳥居をくぐり表参道を参進します
佐々木新社長・手倉森新監督より必勝大絵馬に揮毫きごう頂きました
続いて選手の皆様にも必勝大絵馬に揮毫きごう頂きました
ベガッ太くんとルターナちゃんも揮毫きごうされました
本年は仮設の祓所にてお祓いを行い、御社殿前にて祈願祭を行いました
代表に合わせて玉串拝礼を行い今年の必勝と健康を祈念しました 続いて、ご神酒にてお直会を行います。
本年より素焼きの土器かわらけをご用意いたしました。お使い頂いた土器はお持ち帰り頂いております
最後にもう一度御社殿前にて参拝を行い、記念撮影を行いました

昨年は新型コロナウイルス感染防止の為に、スタジアム動員人数に制限をかけた年となり選手の皆様を始め関係各所の方々が苦難を強いられた1年となった事と存じます。本年は1日も早いコロナの終息とチームの更なる活躍をご祈念申し上げます。

令和3年新年の雀踊り奉納演舞を斎行しました

令和3年1月17日

去る1月17日午前11時より仙臺雀踊り連盟「ハネコ・はねこ」「伊達雀」の2まづらによる奉納演舞が執り行われました。

仙臺の伝統芸能である雀踊りは八幡宮のお膝元、石切町が発祥といわれ、その系譜を辿るのが「ハネコ・はねこ」です。江戸時代から舞われる雀踊りは今では幼稚園、小学校の授業でも取り入れられ仙台市民にとってはそのお囃子を聞くと体がつい踊ってしまいます。

奉納演舞に先立ち、修祓(清祓い)を行います
まづら玉串拝礼を行い一年の健康を祈念しました
始めに口上(奉納演舞の旨を八幡大神様へお伝えします)
境内に響くお囃子に多くの参拝者が集まる中、元気いっぱいに演舞を行いました
一瞬だけマスクを外して記念撮影を撮りました

当日は天候にも恵まれ多くの参拝者が見守る中、元気一杯に雀踊りを舞われておりました。
去年は新型コロナウイルス感染防止の為、県内外各地での行事等の中止を余儀なくされ、当宮においても毎年9月に行われる「どんとロード雀踊り」は中止となり「ハネコ・はねこ」や「伊達雀」の皆さんも久々の奉納演舞の為、始めは緊張な面持ちではありましたがお囃子が鳴り響いた途端、皆笑顔で演舞をされていました。八幡様もさぞお喜びの事と存じます。

 本年は新型コロナウイルスの1日も早い終息と安心して雀踊りの皆様が演舞を行える日が来ますよう願うばかりです。

竹駒神社 宮司 村田守広殿 新年正式参拝がございました

令和3年1月17日

令和3年1月17日、宮城県岩沼市鎮座 竹駒神社 宮司 村田 守広殿による新年の正式参拝がございました。

例年、県内別表神社への新年のご挨拶としてお参り頂いております。
本年は新型コロナウイルスの渦中、氏子崇敬者の皆様に安心して参詣頂けますよう各社が策を講じておりました。お陰様を持ちまして大きな混乱もなく過ごせました事を各社が報告し、これからも皆様に安心してお参り頂きますよう、御祭神のご加護に祈りを捧げて頂きました。

大崎八幡宮のコロナ対策として、神職や参列者のマスク着用等のお願いをしております。

祈願に関しては拝殿内ではなく仮設の祓所テントでの修祓、社殿濱床での玉串拝礼を行っています。
皆様が安心してお参り頂けますよう、ご案内申し上げます。

令和3年 松焚祭裸まいり

令和3年1月14日

令和3年、辛丑歳も早15日の小正月を迎えるに当たり、14日当宮において夕刻松焚祭が斎行されました。

通称「どんと祭」と呼ばれる馴染み深いこの祭典において、古くより仙台年中行事としても親しまれております「裸まいり」の方々が本年も数多く来られました。

本年は新型コロナウイルス感染流行が未だ収まらない状況の中で、当宮におきましてもご参拝の方々が安心安全にお詣りされるため様々な対策を講じておりました。

「裸まいり」は、厳寒期に仕込みに入る酒杜氏が醸造安全・吟醸祈願のために参拝したのが始まりとされます。
裸姿で白鉢巻、白褌に牛蒡注連を腰に巻き、私語を慎むため含み紙を口にくわえて行列をなし、先頭が鈴を鳴らして餅・酒等お供えを捧げて御神前にお参りし、無病息災のご加護を得る御神火を目指してさらに行進します。 冬の風物詩、仙台年中行事として江戸中期には既に定着していた記録があり、平成17年には仙台市の無形文化財に指定されていました。
近年、市内各所より酒造関係者以外に会社、事業所、病院、大学、学校等組織団体以外に家族単位や個人の参加もありました。

本年は、新型コロナウィルス感染拡大防止のため、含み紙ではなくマスクを着用され、御神酒拝戴の際にはかわらけ(盃)をお持ち帰り頂くこととなりました。
参加人数は例年よりは大幅に少なく、平服でのご参拝や郵送でのお申込みも少なからず見受けられましたが、意を決して来られた裸まいりの勇壮な姿といつもの境内に響く鐘の音は見る人を圧倒させ、感動させました。
数が少ないからこそ、原点に帰りその意気込みを強く感じさせました。

裸まいりは御社殿前にてお参りされたのち、御神火へと向かいます。
御神火の火煙にあたると一年の無病息災の御加護があると言われています。

本年、御神火の周りには、新型コロナウィルス感染拡大の終息を願い、疫病退散、無病息災、家内安全を含め、強く祈り続ける姿が多く見られました。 この感染症災害の一日も早い終息を祈願し、また皆さまの無病息災を祈念申し上げ、来年はまた裸参りも無事恙無く斎行されますことを願います。

令和3年松焚祭 参拝者数 117,000名
裸参り参列数 52団体 364名

祭儀課 日野

令和3年1月14日 「松焚祭点火式奉告祭並びに松焚祭点火式を斎行致しました。」

令和3年1月14日

去る令和3年1月14日、当宮年間最大の祭典、「松焚祭」が斎行されました。

本年は、新型コロナウイルス感染拡大の未だ終息の見えない状況が続く情勢を鑑み、関係各所協議を重ね、午後1時に松焚祭点火式奉告祭、また松焚祭点火式は参拝状況を考えて斎行する異例の形式を採りました。

斎場での祭典はお祓いの後、点火の儀のみにて執り行いました。
例年多数の参拝者が訪れるこの日、感染症対策は境内舗設整備、弘報含め念入りに準備を重ねて整えておりました。

①宮司以下祭員、役員総代等が参列し、祭典は斎行されます。 ②大前には、1座10台、合計30台の神饌がお供えされました。

御社殿にて氏子崇敬者の皆様がお持ちいただいた古神札、御守り、熊手・破魔矢をはじめとする縁起物に感謝の意を捧げ、御霊を「元つ御座(もとつみくら)」(神様が戻られるそれぞれの場所)にお帰り頂くよう、「松焚祭点火式奉告祭」を大前にてご報告申し上げました。

③④参列された役員総代ほかの皆様にも松明を持っていただき、点火に参加して頂きました。

陽が傾き始めた夕刻、時刻となり宮司以下祭員、役員総代、参列者は大玄関前を出発し、表参道を三の鳥居に向けて南下していきます。

⑤⑥「御神火」の提灯を先頭にし、斎場へと参進します。

お納めされた神札・縁起物の修祓を終え、いよいよ点火となります。

⑦分けられた御神火は四方八方より点火されます。 ⑧採火に用いられた火打石
火花を火口(ほくち)に落とす事で忌火を起こしました。

1月1日未明に斎行された歳旦歳で火打石より鑽り出された御神火を松明に移し、役員総代等の持つ松明にも忌火を分かち、古神札を囲むように立ち、各所より一斉に点火します。

御神火に当たることで今年一年の無病息災がもたらされるとされております。
点火後、天高く昇る御神火を参拝者の皆様は静かに見守られ、神々はさぞ安らかに御座へとお帰りになられたことでしょう。

⑨瞬く間に御神火は大きく燃え上がり、夕暮れの斎場を紅く照らしました。

当宮では引き続き、古神札のお納めを受けつけております。昨年私達をお守り頂いた神様に感謝いただきまして、お納め頂ければと存じます。

祭儀課 浪打

令和2年 年越大祓式を斎行致しました

令和3年1月13日

去る12月31日、年越大祓式を斎行致しました。

大祓式は6月と12月、年に2回斎行しております。

人が知らず知らずのうちに犯してしまう罪穢れを半年ごとに祓い浄める、神話に起源を持ち平安時代から恒例として行われています日本の伝統行事であります。

年越し寒波の気象により、降り積もった雪によってお清めされたかのように真っ白に染まりました境内の中を祭員が参進し、御社殿前にて大祓式を斎行しました。

この神事は、参列者が神職の「大祓詞」の宣読に沿って、左なえの麻縄を口で解き右肩越しに、右なえの麻縄を口で解き左肩越しにそれぞれ投げ、切麻(紙吹雪状のもの)を撒いて自身を祓い、人形で体を撫でてから息を吹きかけ罪穢れを移し、紙包みに戻したものを回収し、唐櫃に納め、これを神職がお祓いするものを水に流すのが一般的ではありますが、当宮では年越大祓式の神事終了後、お祓いした人形を一時保管し、1月14の松焚祭の忌火にてお焚き上げを致します。

今年は新型コロナウイルス感染防止のため席数に限りがありましたが当日は大勢の方が参列し、斎場の外で立礼(ご起立)でご参列頂きました。
参列者の皆様、御社頭、郵送にてお申込み頂きました人形をお祓いし、式の後、社殿前にて祭員一同参拝致しました。

奉賛課 間々田

令和3年1月3日「元始祭を斎行致しました。」

令和3年1月3日

去る1月3日、元始祭を斎行致しました。

元始祭は1月3日に天皇陛下が自ら宮中三殿にて行う祭典であり、皇室の元始を祝い、皇祖以下祖霊、諸神をまつる祭典です。全国各地の神社でもあわせて祭典を斎行しております。 当宮も午前九時、役員総代の参列の下で祭典は斎行され、皇室の益々の繁栄と国の繁栄を大前にて祈念しました。

宮司以下祭員、参列された役員、総代が祓所にてお祓いを執り行います。
御神楽 浦安の舞 奉奏 祭典終了後、記念撮影を行いました。

祭儀課 浪打

令和3年歳旦祭が斎行されました

令和3年1月1日

年号が令和とあらたまり早3年の新春を迎え、1月1日午前3時、歳旦祭が斎行されました。

昨年より兎にも角にも世界は新型コロナウィルスに翻弄され続けております。

本年の年末年始は更に積雪の気象予報となり、白銀の雪化粧に包まれた浄闇の中、新年をお迎えいたしました。

皇紀2681年、辛丑歳の新春を寿ぎ、謹んで新年の祝詞を大前にて奏上いたしました。

祭典後、太元社以下末社を巡拝し、各ご祭神に新年のご挨拶を申し上げます。

コロナ禍の早期終息は世界中で祈念されております。

本年が少しでもより良く、人々の力が寄り添って、好転して行くことを願うばかりです。

「三歩進んで二歩下がる」
それでもなお牛の歩みのように着実に前へ進みたいものです。

祭儀課 日野