令和4年12月31日『年越大祓式』を斎行しました。
令和4年12月31日
去る令和4年12月31日、年越大祓式を斎行致しました。
令和4年12月31日 年越大祓式動画(Youtube)
ご参列の皆様も声を合わせて大祓詞を奏上しました | 祭員が引き裂く布の音でお清めします |
大祓式は毎年6月と12月に斎行されておりますが、その起源は古く、須佐之男命が罪を犯し、高天原を追放された故事が始めとされ、その後災害疫病等の際にその都度行われていたものです。我々は意識しないうちに罪穢れを犯しているものであり、特に年越の大祓ではその今年一年の罪穢れを祓い、新しい年を迎えるために古くより行われてきた行事となっております。
当日はテントに収まりきらないほど多くのご参列をいただきました。
参列者は大祓詞奏上に合わせて麻縄を口で解き、切麻にて体を祓い、人形に穢れを移したのち、祭員による大麻、塩湯のお祓いを以て大祓式は滞りなく斎行されました。
回収された人形が箱に納められます。 | 最後に祭員が皆様をお祓いしました。 |
大祓式終了後、御神酒の拝戴が行われました。 |
令和5年が皆様にとってより良い年となりますように、心よりご祈念を申し上げます。
庶務課 浪打
煤払式を執り行いました。
令和4年12月13日
中の様子が見えないように几帳で社殿の正面を隠します
令和4年12月13日、煤払式を執り行いました。この行事は今年一年の御社殿の煤(埃、塵)を払う大掃除を隅から隅まで行い、清々しく次の年を迎える行事で、早朝より当宮職員総出で行われました。全国的に12月13日に行われることが多く、まもなく新年を迎えることから、併せて大掃除を行うことも多い年の瀬の行事で、テレビや新聞などでその様子が伝えられる年末の風物詩です。
漆で塗られた部分はモップで掃除をします | 舞良戸の溝の隅まで丁寧に拭います |
煤払いのことを、正月迎え、ことはじめ、ええことはじめ、まつならし等と呼ぶ地域もあり、掃除とともにお正月に年神さまをお迎えする、お正月準備のはじめとも言われています。この日に、正月飾りの松を山から切り出す松迎え行事などをする地域などもあります。煤払いが終わった晩には、煤払い祝いといって、煤払いもちや団子などを食べる風習もあるそうです。
近年、ご家庭では大掃除を年末に行うことが多くなりました。しかし、12月13日に、神棚だけでも煤払いをしてみてはいかがでしょうか。お正月に年神様を迎える気持ちが一段と高まり、清々しい新年を迎えることが出来ることでしょう。
祭儀課 浅香
令和4年地久祭を斎行いたしました。
令和4年12月9日
去る12月9日地久祭が斎行されました。地久祭とは皇后陛下の御誕生日をお祝いする日となっております。「地久」といった言葉は孔子の「天長地久」の言葉から取られており、「天は永遠に続き、地は悠久の時を経る」といった意味であり、我が国が永久に繁栄していくよう名付けられた祭典でございます。
また、祭典には種類が3種類あり、「大祭」「中祭」「小祭」に分けられます。「大祭」は例祭、祈年祭(2月17日)、新嘗祭(11月23日)、これらの祭典は全ての神社で行うものとなっており、そのほかに式年祭や御霊を遷す祭典、神社に特別の由緒のある祭典は全て「大祭」に区分されます。
「中祭」は皇室国家に関わる祭典、その他これに準ずる祭典がそれに当てはまります。
「小祭」はそれ以外の祭典がそれに分類されます。当宮では月首祭・月次祭がそれに当てはまります。
今回の祭典は皇后陛下の御誕生日をお祝いするものであるので「中祭」になります。
中祭では八台の神饌をお供えします | 「浦安の舞」奉奏 |
宮司 玉串拝礼 | 今回は皇室に向かっての遥拝となりました |
来年2月23日には天皇陛下御誕生日をお祝いする「天長祭」がございます。皇室国家の隆昌をご祈念申し上げます。
祭儀課 浅見
師走月首祭並びに御社殿災害復旧工事竣功奉告祭が斎行されました
令和4年12月1日
ひんやりとした空気が冬の訪れを感じさせました
令和4年12月1日午前10時より御社殿にて月首祭並びに御社殿災害復旧工事竣功奉告祭を斎行致しました。この度の月首祭は、毎月恒例の祭典に併せて御社殿災害復旧工事竣功奉告祭も斎行となりました。
御社殿災害復旧工事は、令和3年2月・3月に、本年3月に発生した福島県・宮城県沖を震源とする地震により生じた、漆のひび割れ等の破損個所を修復するために、本年より開始された事業でございます。国からの補助もあり、本年11月をもちまして工事工程全てが終了となりました為、大神様に事業終了の奉告をすると共に、今後の氏子崇敬者の皆様の繁栄と地域の安寧を祈念致しました。
以下、御社殿災害復旧工事の様子です。
御社殿中の間 花高欄
本年3月の地震直後の様子 | 修復終了後の様子 |
御社殿石の間 階
昨年の地震でひび割れた個所が本年の地震で広がってしまいました | まるで鏡の様な美しさに職人さん方の技術の高さが伺えます |
祭典には、御社殿災害復旧工事の設計を担当した文化財建造物保存技術協会から1名、工事を担当した株式会社小西美術工藝社から2名、氏子崇敬者2名、当宮助勢者1名の合計6名の参列があり、玉串拝礼をして頂きました。
参列者は事前に拝殿で修祓を受けます | 祭員は祓所にて修祓を行います |
小祭は5台の神饌がお供えされます | 宮司 祝詞奏上 |
御神楽「萬代の舞」奉奏 | 宮司 玉串拝礼 |
文化財建造物保存技術協会の酒巻殿の玉串拝礼 | (株)小西美術工藝社の齋藤殿と野中殿の玉串拝礼 |
氏子崇敬者の方々の玉串拝礼 | |
当宮の助勢者の玉串拝礼 | 祭典終了後、宮司より挨拶がありました |
日々の大神様のご加護に感謝し、世界の安寧を祈念する月首(次)祭は、毎月1日と15日に斎行しております。月首(次)祭は、どなたでも参列できますので、祭典開始15分前までに社殿右側の祭儀棟までお越しください。参列された方には撤下品として、月参り幣束をお渡ししております。月参り幣束は毎月異なる色目にて奉製されており、季節の草花をモチーフとしております。神無月は枯野の色目でございます。
(左)師走の月参り幣束 (右)祭典のしおり
師走に入り、日に日に冬らしくなって参りました。大崎八幡宮では新年を迎える準備が着々と進められております。12月1日より、お正月様の頒布も開始いたしました。
皆様も年の終わりに大崎八幡大神様に一年の御礼を伝えると共に、新しき年を迎える準備を始められてはいかがでしょうか。
祭儀課 浅香
令和4年新嘗祭を斎行致しました
令和4年11月23日
澄んだ空気の中での祭典となりました
令和4年11月23日午前10時より新嘗祭が外拝殿にて斎行されました。
11月23日は「勤労感謝の日」ですが、戦前までは宮中で行われる「新嘗祭」という重要な儀式を国民が共に祝う日でした。新嘗祭は現在も23日の深夜から24日未明にかけ皇居の神嘉殿にて行われています。天皇陛下御自身がその年にとれた農作物を天照大御神をはじめとする神々にお供えされるそうです。新嘗祭は宮中だけでなく全国の神社でも斎行されています。
当宮においても氏子崇敬者の皆様から多くの奉献品を頂戴し、社殿前にお供えさせて頂きました。また、本年は宮司と職員1名が宮城県角田市に鎮座する熱日髙彦神社に出向し、柚子の収穫のお手伝いをして参りました。
境内の銀杏の落ち葉が絨毯のようでした | 香り高くみずみずしい柚子でした |
皆様の心からの御奉献、職員一同深謝申し上げます。
令和4年新嘗祭奉献者一覧(50音順)
熱日髙彦神社 宮司 黑須 貫 殿 |
(株)阿部和工務店 殿 | 石森 寛章 殿 |
一ノ蔵酒造販売(株) 殿 | 今井 貴 殿 | 大江田 正春 殿 |
オーガニックファーム仙台 角田 洋平 殿 |
(有)大國物流 代表取締役 熊谷 廣 殿 |
太田 みよの 殿 |
小野 紘一 殿 | (有)木匠 代表取締役 渡邉 宏 殿 |
木村 知敬 殿 |
近藤 喜一 殿 | (株)佐浦 代表取締役社長 佐浦 弘一 殿 |
(有)佐藤商店 代表取締役 佐藤 幸二 殿 |
佐藤 隆 殿 | 佐藤 孝年 殿 | 菅田 重利 殿 |
大和蔵酒造(株) 殿 | (学)角川学園 理事長 角川 重博 殿 |
鴇田 宏男 殿 |
萩野酒造(株) 代表取締役 佐藤 有一 殿 |
日野 康子 殿 | 福原 仙授 殿 |
(有)三重電興社 笠松 弘一 殿 |
御前神社 宮司 浪打 磐根 殿 | 嶺岸 栄子 殿 |
宮城県農業高等学校 殿 | 宮城 康國 殿 | 門間 貞治 殿 |
谷津田 智之 殿 | (株)ユーカワベ 代表取締役 河邊 総一郎 殿 |
外拝殿前の奉献の様子 |
今回の祭典は大祭という区分にあたるお祭りのため、祭員は衣冠(男性)・正服(女性)、御神楽を舞う職員は浦安の舞の本装束を身に付けてのご奉仕となりました。
色とりどりの装束を身にまとった祭員 | 献饌の最後に新嘗祭の木札と御幣がお供えされました |
女子職員による御神楽「浦安の舞」 | 宮司 玉串拝礼 |
また、本年も境内にて稲作を行い、大崎八幡宮産の稲を荒稲として神饌としてお供えすることができました。境内産の稲穂は奉献者の方々への撤下品の御幣にも付けられました。
稲刈りの様子 | 神饌の最初にお供えされた荒稲 |
稲穂の付いた御幣は新嘗祭のみとなります |
そして、役員・総代10名と奉献者6名の計16名が御参列下さり、玉串拝礼をして頂きました。
当宮 責任役員の玉串拝礼 | 当宮 総代の玉串拝礼 |
奉献者 (株)阿部和工務店殿の玉串拝礼 | 奉献者 宮城康國殿の玉串拝礼 |
奉献者 鴇田宏男殿の玉串拝礼 |
祭典終了後、参列の皆様と祭員にて記念写真を撮影致しました。
令和4年も残りわずかとなり大崎八幡宮でも新年を迎える準備が着々と進められています。八幡様をはじめとする八百万の神様への感謝を常に持ち、氏子崇敬者の皆様との懸け橋になれますよう神明奉仕に励んで参りたいと存じます。
祭儀課 浅香
「雅道の友垣in宮城」に行ってまいりました
令和4年11月17日
同じ「陵王」でも面や舞ぶりが伝承経路により異なるようです
令和4年11月17日午後5時半より宮城県名取市文化会館大ホールで行われた「雅道の友垣in宮城」に当宮職員4名が行ってまいりました。また、受付等の助勢に当宮禰宜と女子職員の2名が参加しました。
受付等の助成をした宮城県婦人神職協議会の会員の方々 | パンフレットを手にする当宮職員 |
「雅道の友垣in宮城」は特定非営利活動法人雅楽道友会が主催で公演され、共演として宮城野雅楽会、客演として山形県の林家舞楽が花を添えました。
雅楽道友会は、昭和42(1967)年に元宮内庁楽部楽師の故薗廣教氏を中心に有志が集い、民間への雅楽の普及及び技術向上を目的に発足した団体だそうです。また、近年は雅楽の普及はもとより、古典芸能として社会的な新しい可能性を追求されています。その最たる試みとして、昨年は文化庁アーツ・フォー・ザ・フューチャーの助成を得て開催された第一回「雅道の友垣in福島」と題し、東日本大震災で被災した諸戸の芸能と共に震災復興10年を迎えての演奏会を催されました。今回はその第二弾としての催しだそうです。
共演した宮城野雅楽会は平成9(1997)年4月に宮城県内の神職を中心に発足した団体だそうです。現在は神職のみならず、僧侶、また一般市民からも参会を得て30名以上の会員数を誇る宮城県屈指の雅楽団体としてその名を知られています。
客演の林家舞楽は、貞観2(860)年に林家の祖である林正照が出羽(現在の山形県)に下ってより、一子相伝にて舞楽の祖型を現在に伝えてこられたそうです。中央の舞楽の変遷に影響されることなく、地方の文化や経済状況に応じて変化は見せながらも、本来の舞楽の型を留めていることから昭和56年には国の重要無形民俗文化財に指定されました。林家舞楽は山形県寒河江市の慈恩寺で5月5日に行われる「慈恩寺舞楽」や林家楽頭の林保彦殿が宮司を務められている山形県河北町の谷地八幡宮の例祭(9月14日15日)では石舞台にて披露されるようです。
今回の演奏会では、管弦1曲(越天楽)舞楽5曲(青海波・還城楽・納曽利・陵王(林家舞楽)・陵王(雅楽道友会))が演奏されました。舞台上には大太鼓と大鉦鼓が置かれ、なかなか聞くことのできない重厚な音色が印象的でした。また、千年以上の歴史をかけて朝廷の文化と共に洗練されてきた宮内庁楽部の系統を引く舞楽と林家が伝承してきたシルクロードの面影を留める舞楽の対比をかの有名な「陵王」の演目にて観ることができました。このような機会は決して多くない為、大変貴重な経験となりました。
雅楽道友会の藤脇亮殿に大太鼓の打ち方を習いました | 少し低めで重みのある音色でした |
以下、職員の感想です。
浪打権禰宜
日頃より祭典奉仕等にて楽を奏する我々にとって、こうして関心を深める機会を頂戴でき、とても有り難いことでありました。同じ神職として奉仕されている方々のお姿は、今後の稽古の励みになりました。
当宮にも助勢神職としてご奉仕して下さっている髙橋廣行殿と浪打権禰宜
浅香権禰宜
3つの雅楽団体の共演ということもあり、滅多にない構成のプログラムで、開演前から大変楽しみにしておりました。実際に大太鼓と大鉦鼓を打たせて頂き、普段の楽太鼓や鉦鼓との打ち方や音色の違いを肌で感じることができました。この経験を活かした奏楽が出来るよう精進したいと思います。
浅見出仕
今回初めて「青海波」を生で鑑賞し、まるで『源氏物語』の世界を体験している気分でした。実際の舞も光源氏が「紅葉賀」の巻で舞ったように美しく、情景が浮かぶようでした。このような機会を頂き、大変勉強になりました。
猪又仕女
神社に奉職して日が浅く、雅楽に関する知識もあまりなかったのですが、曲の合間の解説を聞くことで新たな世界を知る事が出来ました。今後は、今回の見聞を踏まえ舞のご奉仕等に邁進していきたいと思います。
日野事務員
巫女舞や楽に携わる年数が重なり、以前より演奏会の演目を理解しつつ鑑賞できるようになったように思います。その中でも還城楽の舞振りは、物語性を強く感じ印象に残りました。大変楽しい時間を過ごすことができました。
演目によって楽人が座る位置が変わるため、舞台転換を念入りに確認されていました
この度の演奏会鑑賞は演奏技術のみならず、伝統文化を継承し伝播するという精神を学ぶ貴重な機会となりました。この経験を元に日々のお稽古やご奉仕に励んで参りたいと存じます。
祭儀課 浅香
令和4年明治祭を斎行いたしました。
令和4年11月3日
去る11月3日明治祭を斎行いたしました。
11月3日は現在「文化の日」として国民の休日に定められています。昭和の前期に明治天皇の遺徳をしのび、明治時代を追慕する目的で制定されました。また、戦前は四大節として定められ、1月1日(四方節)、2月11日(紀元節)、4月29日(天長設)、そして11月3日(明治節)として官庁や学校で祝典が行われておりました。その後、昭和23年(1948)に「自由と平和を愛し、文化をすすめる」という趣旨に基づいて文化の日として制定されました。
当日は天気にも恵まれ、休日ということもあり、大勢の参拝者の方々が祭典を見学していました。
秋晴れの境内です | 祭員 修祓 |
浦安の舞 奉奏 | 祭典終了後、明治天皇御陵である伏見桃山陵を遥拝しました |
明治天皇は近代国家確立を目指し、様々なことを成した人物ですが、その中でも有名なのが御製(和歌)です。生涯で数多く読まれ、その数は9万3千余首であります。和歌は古くから日本の文化として親しまれていました。現代の日本の歌の中にも和歌の手法は多く使われております。
「文化の日」ということで境内を散策しながら日本の文化である和歌を詠まれてみてはいかがでしょうか。
祭儀課 浅見
令和4年11月 月首祭を斎行致しました。
令和4年11月1日
当日は穏やかな秋晴れの下、霜月1日に月首祭は斎行されました。
旧暦においては11月を「霜月」とも呼びます。一説によるとかつて「十一月霜しきりに降るゆえに霜降月といふを誤れり(奥義抄)」(“霜がたくさん降る月“が言い誤って霜月となった)とも書かれるほど、当時は寒冷な月であったとされております。
月次祭の初めには、ご神前にお供え物を献じる「献饌」があります。献饌の最後に神前へと供えられる黒の三方の上には月参りの御幣束が並べられており、月参りの御幣束は10月の「月草(白、水)」から変わり「黄紅葉(黄、赤)」になりました。その色は晩秋の木々の色づきを模したものとされております。
献饌、祝詞奏上の後には御神楽「萬代の舞」が奉奏され、奏楽に於いては職員が太鼓、笙、篳篥、龍笛を用いて奉仕しました。
御神楽の後には玉串の拝礼がございます。祭員に続き、当日ご参列頂きました3名の氏子崇敬者が玉串拝礼を行いました。
今月7日の立冬を持ちまして、宮司以下祭員らは衣替えを行います。来る11月15日の月次祭並びに七五三祈請祭からは冬の装束となるため、これら夏の装束は暫くの間見納めとなります。四季に合わせて変化する八幡宮をこの「鳩子の部屋」を通し、これからも皆様にお伝えしてまいります。
庶務課 浪打
仙台市立第一中学校雀踊り奉納演舞
令和4年10月29日
去る10月29日仙台市立第一中学校師親会(PTA)主催により、有志生徒76名、教師他地域祭連総勢120名による雀踊りが奉納されました。
雀踊りは慶長8(1603)年、仙台城移徒式(新築移転の儀式)の宴席で、泉州・堺(現在の大阪府堺市)から来ていた石工たちが、即興で披露した踊りに始まるといわれております。
以来、当宮や石切町内の瀬田谷不動尊祭礼に奉納されておりましたが、戦後混乱期以降は伝承者が次第に減少しておりました。
そのような中で、途絶えていた踊りをなんとか復活させようと、昭和36(1961)年、当時仙台市立第一中学校の校長であった真山泰先生が、学区であった石切町(仙台市青葉区八幡二丁目4~6付近)住民の記憶をもとに徒手体操の動きも加えた形で復元して『仙台・雀おどり』と名付け、同年11月5日の初披露以来、体育の授業に取り入れ現代に至るまで、先生と生徒さんにより伝承されております。
三之鳥居からの「流し踊り」 | |
お清めのお祓い | |
斎主祝詞奏上 | 生徒代表玉串拝礼 |
首掛け守授与 | |
参拝後は御社殿前で三組の輪になり雀踊りを奉納してくださいました |
終了後の記念撮影
最後に御社殿前にて一斉に奉納演舞が行われ、賑やかな光景に参拝者から大きな拍手が送られていました。
仙台市立第一中学校の皆さん素敵な奉納演舞ありがとうございました。
祭儀課 櫻井
「RALLY NIPPON IN TOHOKU」が行われました。
令和4年10月26日
去る10月26日「RALLY NIPPON IN TOHOKU」が大崎八幡宮をスタート地として出発しました。
ラリーとは法規上走行可能な車両でタイムアタックをする自動車競技で、運転するドライバーと道順を指示するナビゲーターの2名1組が競技車に搭乗し、指定された区間を走行し、総合タイムの速さや指定タイムに対する正確性を競う競技であります。
この場所からタイムを計り始めます
クラシックカーでラリーを行う「RALLY NIPPON」は日本を元気に応援するプロジェクトとして発足しました。
日本に多く残る文化財や自然はその国の「美しさ」をかたちづくります。その自然や文化財を地球の守るべきもの“宝物”とし、人間が生み出した分明の最高傑作であり、芸術作品でもあるクラッシックカーが、「ひととひと、地域と地域、こころとこころ」をつないでいくことをコンセプトとして行われております。
境内には様々な種類のクラシックカーが約50台並びました | |
当宮 宮司も手を振り見送りました | |
神職によるお祓いの後、出発しました | 参加者の方々が大絵馬に参加への意気込みを書いてくださいました |
今年で「RALLY NIPPON」は12回目の開催であり初めての東北を舞台とし、大崎八幡宮を皮切りに東北の様々な美しい建物や自然を走り抜けます。
また、「RALLY NIPPON」公式YouTubeチャンネルには今まで行われた過去のものがありますので是非ご覧ください。
https://www.youtube.com/user/RallyNippon
祭儀課 浅見
第3回祭典委員会並びに総代世話人会が開催されました
令和4年10月22日
令和4年10月22日午後5時30分より、社務所大広間にて第3回祭典委員会並びに総代世話人会が開催されました。
9月1日から18日までの例大祭を無事終え、今回の第3回祭典委員会並びに総代世話人会は、本年の例大祭期間の報告と反省、来年への申し送りなどが話し合われました。
また、今回の第3回祭典委員会並びに総代世話人会にて、10月1日付けで入社した新入職員や新任の世話人の方の紹介がありました。
新入職員の猪又仕女の挨拶 | 八幡五区 東海林世話人の辞令伝達 |
例大祭を終えると駆け足で年末年始が近づいてまいります。大崎八幡宮の冬の時期は祭事が目白押しですので、地域の皆様と協力しつつ、コロナウイルス感染症対策も講じた上で進めて参りたいと存じます。
祭儀課 浅香
令和4年神嘗奉祝祭を斎行いたしました。
令和4年10月17日
去る10月17日午前9時、神嘗奉祝祭を斎行いたしました。
「神嘗奉祝祭」とは10月17日に伊勢の神宮で行われるお祭り「神嘗祭」に合わせ、当宮においては奉祝の意味を込め、神宮を遥拝し、大神様の恵みに感謝する「神嘗奉祝祭」として行われております。
その年にとれた新穀を天照大御神に捧げる感謝祭であります「神嘗祭」は「神宮のお正月」ともいわれるほど、重要なお祭りであり、戦前は祭日にもなっていました。
祓所にて祭員修祓 | 献饌 |
浦安の舞 奉奏 | 遥拝所にて拝礼 |
その年に初めて実った稲を始め、穀物・果物などを初穂といいます。神社へ納めるお金などを「初穂料」といいますが、初物の稲などを感謝の気持ちを込めて神様にお供えすることに由来する言葉です。
まもなく食欲の秋、神恩に感謝し、自然の恵みと命をいただいて生きることに祈りを捧げながらおいしく食したいものです。
また、来る11月23日には「新嘗祭」が執り行われます。今年も氏子崇敬者の皆様より多くのご奉納をお待ちしております。
祭儀課 浅見
令和4年10月15日月次祭を斎行致しました
令和4年10月15日
令和4年10月15日月次祭を斎行致しました
深緑を湛えた八幡宮の杜にも次第に秋の訪れを感じるようになりました。
長雨の季節でありながら晴れ間に恵まれ、参拝者の方々に見守られながら滞りなくご奉仕を終えることができました。
祭員は祓所にてお祓いをします | 宮司に合わせ一拝をします |
御神酒、米、塩などの神饌を奉献します | 宮司祝詞奏上 |
仕女による「萬代の舞」奉奏 | 参列者玉串拝礼 |
日々の大神様のご加護に感謝し、世界の安寧を祈念する月首祭は毎月1日・15日に斎行しております。
また11月15日は、徳川綱吉公の時代に由来する七五三祝いの日とされており、月次祭に併せて「七五三祈請祭」を行います。
七五三期間は、ご参拝された方が自由に揮毫することができる絵馬を設置させていただいております。
皆様のお願い事を自由にお書きください。 |
祭儀課 櫻井
マイナビ仙台レディース必勝祈願
令和4年10月14日
令和4年10月14日14時、日本初の女子プロサッカーリーグである
マイナビ仙台レディースWEリーグに向けての必勝祈願を執り行いました。
当宮の一之鳥居より選手・関係者の方々が参進されました
「必勝」が記された大絵馬に監督をはじめ選手の皆様に揮毫を頂きました | |
修祓 大麻にてお祓い | 斎主が必勝祈願の祝詞奏上 |
代表者玉串拝礼 | |
必勝祈願が終わり神酒拝戴を行いました | |
祈願終了後、御社殿前でお参りと記念撮影を行いました。 |
WEリーグ10月の試合は22日(土)対EL埼玉、29日(土)対AC埼玉との対戦がございます。皆さんもぜひマイナビ仙台レディースに声援を送りましょう!
祭儀課 櫻井
10月の本殿挙式
令和4年10月9日
本殿挙式を奉仕した当宮禰宜とご友人との記念写真
当宮では9月の例祭期間、12月から2月中旬の繁忙期を除き、御社殿での挙式を受けつけております。またご予約は半年前から受け付けておりますので、ご興味のある方は電話やメールにてお問い合わせ頂ければと思います
10月に当宮にて挙式を斎行されたご夫婦には八幡様のご加護のもと、お二人の末永いお幸せと、御両家の皆様方の益々のご多幸とご健勝を心よりご祈念申し上げます。誠におめでとうございました。
祭儀課 浅香
令和4年境内社鹿島社例祭を斎行致しました。
令和4年10月6日
去る10月6日午前10時より境内社鹿島社例祭を斎行致しました。
当宮の鹿島社は常陸国(茨城県)一之宮の鹿島神宮より分祀されたと伝わっていますが、鎮座の由緒、年月日は不明です。また、鹿島神宮は9月1日を例祭日としていますが、当宮の鹿島社は遷座した日が10月6日のためこの日を例祭日と定めました。
御祭神は武甕槌神で武道の祖神、決断力の神様として篤い崇敬を受けております。
鹿島社は令和元年より約2年かけて行った令和御大典記念事業において、御社殿の造替が行われました。
令和御大典記念事業により新しくなった御社殿 | 令和御大典記念事業に関する石碑 |
左奥から野菜果物、海魚、米、酒、塩、水、餅、海菜 | 献饌 |
奉奏「浦安の舞」 | 社殿前にて記念撮影 |
鹿島社例祭には役員総代の方々、計6名の方の参列がございました。参列の方々には撤下品として鹿島社の御朱印、御幣束をお渡ししました。鹿島社の御幣束は黄色で作られており、雷神である武甕槌神をモチーフにしております。
大崎八幡宮には様々な境内社がございます。ご参拝の折には境内社にも参拝ください。
祭儀課 浅見
仙台・江戸学叢書刊行
令和4年10月6日
この度、第72巻となる、佐藤雅也先生の「仙台の伝統工芸の歴史と現在」と題した叢書を刊行致しました。
仙台・江戸学叢書は平成19年から平成28年までの十年間「仙台・江戸学講座」の講義内容をまとめ直した書籍でございます。
「仙台・江戸学講座」を主催した当宮の宮司を中心とする「仙台・江戸学実行委員会」は、御鎮座400年の御社殿保存修理の完了を機に、現在の仙台を形作った仙台藩祖伊達政宗公の偉業、医師、文化の伝播や近世の歴史を広く周知し、また地域と歴史を学びなおすことで地域活性化に寄与できればとの考えから活動を始めたそうです。
また、「仙台・江戸学実行委員会」が本年1月に第71回 河北文化賞を受賞しました。河北文化賞とは学術、芸術、体育、産業、社会活動の各分野で東北の発展に顕著な功績を挙げた個人や団体を顕彰するものとなっております。
仙台・江戸学叢書は社殿東側の祭儀棟授与所にて頒布しております。また、郵送での頒布も承りますので、下記URLをご参照いただき大崎八幡宮社務所までお問い合わせください。
国宝 大崎八幡宮:仙台・江戸学講座について (oosaki-hachiman.or.jp)
祭儀課 浅香
神無月月首祭を斎行致しました
令和4年10月1日
秋らしい快晴のもとでの祭典となりました
令和4年10月1日午前10時より外拝殿にて月首祭を斎行致しました。
日々の大神様のご加護に感謝し、世界の安寧を祈念する月首(次)祭は、毎月1日と15日に斎行しております。月首(次)祭は、どなたでも参列できますので、祭典開始15分前までに社殿右側の祭儀棟までお越しください。参列された方には撤下品として、月参り幣束をお渡ししております。月参り幣束は毎月異なる色目にて奉製されており、季節の草花をモチーフとしております。神無月は月草の色目でございます。
月参り幣束は一つひとつ丁寧に調製しております
今回の月首祭には今月より奉職となります新人仕女1名と一般参列者2名が参列し、玉串拝礼をしていただきました。
祓所にて修祓を受けます | 5台の神饌がお供えされました |
宮司 祝詞奏上 | 御神楽「萬代の舞」奉奏 |
祭員の玉串拝礼 | 猪又仕女の玉串拝礼 |
一般の参列者に合わせて境内にてご見学されていた方も拝礼をして頂きました |
以下、新人職員より一言ご挨拶申し上げます。
猪又仕女
10月よりご奉仕に上がる事になりました猪又と申します。不慣れな事が多く、ご迷惑をお掛けしてしまう場面もあるかと思いますが、一生懸命努力して参りますので宜しくお願い致します。
新たな鳩子の仲間入りでございます。あたたかいご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。
祭儀課 浅香
大崎八幡宮 例大祭
令和4年9月1日~18日
皆様のお陰を持ちまして、令和4年例大祭も恙無く取り納めることができました。本年は流鏑馬神事やちびっこまつりが境内にて進行中の防災工事に伴い中止、神賑行事に関しましても大幅な縮小を余儀なくされましたが、新型コロナウイルス感染症との共存した形での例大祭となりました。
本年の例大祭におきましても、責任役員・総代・世話人・氏子崇敬者の方々の多大なるお力添えにより、例大祭関連行事が滞りなく執り行う事が出来ました。職員一同深謝申し上げます。
鳥居祭
9月1日 午後4時斎行
参列者: | 大崎八幡宮責任役員・総代・世話人・伝播八幡井組 計13名 |
鈴の緒奉納式
9月4日 午前9時~午前11時
奉納者 164本 | |
鈴の緒奉納式 15名 | 奉納有志15名の方と綯い方並びに奉納式のご参列を頂きました。 |
氏子地域地区初穂料
ご奉納頂いた皆様の御芳名は表参道に掲示しております。
35地区 (一区山上清水、二区八幡会、八幡三区、八幡四区、八幡五区、中島丁、北五十人町、角五郎丁北部、角五郎丁南部、角新会、江戸町、覚性院丁、石切町、十二軒丁、土橋中部、土橋北部、山屋敷国見、国見四丁目、国見五丁目、国見中央、宮脇通、国見東部、大崎東部、大崎西部、伊勢堂下、北六西部、半子町、国見一丁目、子平町、新坂南部、北三土橋共栄会、三滝親和会、レキシントンプラザ八幡、グランスイート八幡中央、国宝大崎八幡宮ガイドボランティア会) 558件
どんとロード八幡すずめ踊り
9月11日 午前10時~午後2時
13団体の奉納演舞が境内にてございました。
献饌式
9月14日 午後4時斎行
参列者: | 大崎八幡宮責任役員、総代、神社関係者他 43名 |
能神楽奉奏
9月14日 午後6時30分
8番の奉奏がありました。
一、 | 神拝 |
一、 | 龍天 |
一、 | 摩応 |
一、 | 三天 |
一、 | 小弓遊び |
一、 | 将足 |
一、 | 四天 |
一、 | 獅子取り舞 |
例祭
9月15日 午後10時斎行
参列者: | 大崎八幡宮責任役員、総代 10名 |
御祝電・御祝辞・玉串料を頂戴した方一覧(9月19日現在・五十音順) | ||
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愛知縣護國神社 | 宮司 | 高羽 伸浩 殿 |
青麻神社 | 宮司 | 鈴木 雅香 殿 |
愛宕神社 | 宮司 | 郡山 宗典 殿 |
熱日髙彦神社 | 宮司 | 黑須 貫 殿 |
(株)阿部 | 代表取締役社長 | 新井 実 殿 |
生島足島神社 | 宮司代務者 | 池内 宣裕 殿 |
生田神社 | 宮司 | 日置 春文 殿 |
伊佐須美神社 | 宮司 | 沼澤 文彦 殿 |
伊弉諾神宮 | 宮司 | 本名 孝至 殿 |
石川護國神社 | 宮司 | 高井 良直 殿 |
伊勢山皇大神宮 | 宮司 | 阿久津 裕司 殿 |
石上神宮 | 宮司 | 森 正光 殿 |
石神社 | 宮司 | 千葉 秀司 殿 |
伊奈波神社 | 宮司 | 可知 重彦 殿 |
石清水八幡宮 | 宮司 | 田中 恆清 殿 |
(株)植耕 | 代表取締役 | 井上 文 殿 |
宇都宮二荒山神社 | 宮司 | 阿部 憓 殿 |
大麻比古神社 | 宮司 | 圓藤 恭久 殿 |
大洗磯前神社 | 宮司 | 飯塚 重 殿 |
(有)大國物流 | 代表取締役 | 熊谷 廣 殿 |
大宮八幡宮 | 宮司 | 鎌田 紀彦 殿 |
三輪明神大神神社 | 宮司 | 鈴木 寬治 殿 |
小田原電機工業(株) | 代表取締役 | 高橋 勝之 殿 |
橿原神宮 | 宮司 | 久保田 昌孝 殿 |
(株)加藤工匠 | 代表取締役 | 加藤 吉男 殿 |
(株)くじらもなか本舗 | 代表取締役 | 鈴木 昭爾 殿 |
鎌倉宮 | 宮司 | 小岩 裕一 殿 |
賀茂御祖神社 | 宮司 | 新木 直人 殿 |
菅野 康博 殿 | ||
菊地 國子 殿 | ||
岐阜護國神社 | 宮司 | 宇都宮 幸嗣 殿 |
木村 知敬 殿 | ||
久能山東照宮 | 宮司 | 姫岡 恭彦 殿 |
熊野本宮大社 | 宮司 | 九鬼 家隆 殿 |
護王神社 | 宮司 | 本郷 貴弘 殿 |
佐嘉神社 | 宮司 | 佐野 安正 殿 |
櫻山八幡宮 | 宮司 | 谷田 吉暢 殿 |
佐々木 敬 殿 | ||
静岡浅間神社 | 宮司 | 櫻井 豊彦 殿 |
志波彦神社鹽竈神社 | 宮司 | 鍵 三夫 殿 |
菅原 修司 殿 | ||
菅原 誠 殿 | ||
須田 京子 殿 | ||
諏訪神社 | 宮司 | 池田 剛康 殿 |
諏訪神社 | 宮司 | 小野 信 殿 |
仙台北地区交通安全協会八幡国見貝ケ森支部 | 支部長 | 加藤 達也 殿 |
仙台市立第一中学校 | 校長 | 高橋 恭一 殿 |
多賀大社 | 宮司 | 片岡 秀和 殿 |
竹駒神社 | 宮司 | 村田 守広 殿 |
多度大社 | 宮司 | 塚原 徳生 殿 |
玉前神社 | 宮司 | 栗原 崇次 殿 |
樽前山神社 | 宮司 | 永井 承邦 殿 |
津島神社 | 宮司 | 堀田 正裕 殿 |
鶴岡八幡宮 | 宮司 | 𠮷田 茂穂 殿 |
テクノ・マインド(株) | 代表取締役社長 | 阿部 忠彦 殿 |
伝播八幡井組雀踊り保存会 | 会長 | 伊藤 謙治 殿 |
東京大神宮 | 宮司 | 松山 文彦 殿 |
闘雞神社 | 宮司 | 長澤 好晃 殿 |
東照宮 | 宮司 | 高崎 恒晴 殿 |
常磐神社 | 宮司 | 寺内 義與 殿 |
長田神社 | 宮司 | 脇 延秀 殿 |
長野縣護國神社 | 宮司 | 奥谷 一文 殿 |
長濱八幡宮 | 宮司 | 三家 邦明 殿 |
中山神社 | 宮司 | 岡本 正弘 殿 |
奈良県護国神社 | 宮司 | 宮田 康弘 殿 |
衆議院議員 | 西村 明宏 殿 | |
日光二荒山神社 | 宮司 | 中麿 輝美 殿 |
若一王子神社 | 宮司 | 竹内 直彦 殿 |
乃木神社 | 宮司 | 加藤 司郎 殿 |
箱根神社 | 宮司 | 小澤 修二 殿 |
日枝神社 | 宮司 | 宮西 修治 殿 |
日枝神社 | 宮司 | 平尾 旨明 殿 |
氷川神社 | 宮司 | 東角井 晴臣 殿 |
兵庫県神戸護国神社 | 宮司 | 久保田 梅継 殿 |
日吉大社 | 宮司 | 馬渕 直樹 殿 |
広島護國神社 | 宮司 | 藤本 武則 殿 |
福山八幡宮 | 宮司 | 𠮷川 通泰 殿 |
富士山本宮浅間大社 | 宮司 | 甲田 吉孝 殿 |
藤島神社 | 宮司 | 新田 義和 殿 |
平安神宮 | 宮司 | 鷲尾 隆久 殿 |
別格本山龍寶寺 | 住職 | 新井 善淳 殿 |
寶登山神社 | 宮司 | 曽根原 正宏 殿 |
(株)丸井紙店 | 代表取締役社長 | 有泉 誠一 殿 |
三重縣護國神社 | 宮司 | 原 光夫 殿 |
御上神社 | 宮司 | 三浦 弘之 殿 |
湊川神社 | 宮司 | 垣田 宗彦 殿 |
宮城縣護國神社 | 宮司 | 田中 於莵彦 殿 |
宮城県神社庁 | 庁長 | 鍵 三夫 殿 |
宮城県神社庁仙台支部 | 支部長 | 高崎 恒晴 殿 |
宮崎神宮 | 宮司 | 本部 雅裕 殿 |
薬莱神社三輪流神楽保存会 殿 | ||
薬莱神社 | 宮司 | 大宮 信彦 殿 |
谷津田 智之 殿 | ||
参議院議員 | 山谷 えり子 殿 | |
海神社 | 宮司 | 田中 宗則 殿 |
参議院議員 | 和田 政宗 殿 | |
和霊神社 | 宮司 | 三輪田 泰生 殿 |
※印字不可能な書体の文字がある為、一部正式表記でない方がおられます。何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。
神幸祭
9月18日 午前11時
境内での巡幸となりました。
神楽大会
9月18日 午後3時~午後6時30分
本年初の試みとなりました。
福物抽選会
9月18日 午後6時30分
約230本の景品が用意されました。
令和4年 神幸祭を斎行致しました。
令和4年9月18日
去る9月18日、午前11時神幸祭が行われました。神幸祭とは御分霊を御神輿に遷し、町内を神様が巡り町の変化を楽しんでもらうものであります。
昨今の情勢により中止を余儀なくされておりました神幸祭ですがが、今年3年ぶりに巡幸路を短縮し、神幸祭を行いました。
「出御祭」八幡様の御分霊を神輿に遷します。
御本殿の御扉を開け、御分霊を遷し終えるまで社殿の中は見えないようにしています。
各奉行、所役の召したてがあり、その後御神輿が出発しました。 神輿は御霊代(みたましろ)を遷すと約1tの重さがあるといわれております。 |
|
御神輿は三之鳥居前まで進みます。 | |
9月1日の鳥居祭で、齋戒の縄が張られた三之鳥居前にて「出幣式」が行われました。 |
神職による御祓いの後、先達の抜刀により縄が断ち切られ、大石段を大麻、御塩、御幣により祓いが行われたあと神輿が鳥居をくぐり、一之鳥居前へ出発いたしました。
大石段を下りていきます。 | 御旅所にて宮司、祝詞奏上 |
御旅所祭終了後、撒餅式(餅まき)が行われました。 |
本年度も奉仕者の皆様のおかげで無事に例祭を終えることができました。コロナ禍ではありますが、たくさんの人が訪れ、神社はとても賑やかな雰囲気に包まれました。
祭儀課 浅見
令和4年 神楽大会が開催されました
令和4年9月18日
舞台前での笠原信男先生の解説
令和4年9月18日午後3時より広場特設舞台にて神楽大会が開催されました。
神楽大会は昨年度の例大祭にて開催予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の拡大の影響によりやむなく中止となった催しでした。本年は新型コロナウイルス感染症対策を講じ、感染症との共存を目指すことで、満を持しての開催に漕ぎ着ける事ができました。
今回の神楽大会は近隣地域を代表する5つの民俗芸能が一堂に会し、特色ある民俗芸能の魅力を御来社の皆様にご堪能いただきました。また、前東北歴史博物館館長の笠原信男氏による解説もして頂きました。各地よりご出演頂きました各保存会の方々に御礼申し上げますと共に、文化庁・宮城県教育委員会・仙台市教育委員会・ご関係の皆様のご尽力に感謝申し上げます。
榊流青麻神楽 諏訪舞
榊流青麻神楽は文化4(1807)年11月青麻神社32代神主鈴木対馬が京都において白川神祇伯王家より相伝されたといわれています。平成3年に仙台市指定無形民俗文化財にしていされました。今回は数ある舞の中から諏訪舞を演舞いただきました。
薬莱神社三輪流神楽 洲棲
薬莱神社三輪流神楽は推古朝の豪族の秦河勝が六十六番の仮貌をもって紫宸殿の前で舞を奏したことに始まるとされています。その後、秦河勝の子孫が坂上田村麻呂の東征に従ってこの地に伝わったとされています。昭和53年に宮城県指定無形民俗文化財に指定されました。今回は洲棲を演舞頂きました。
生出森八幡神楽 神子之舞
生出森八幡神楽は仙台市とその周辺より南の仙台藩領内に広く伝来してきた十二座神楽の祖である名取市熊野堂神楽から明治24(1891)年に唯一直接伝授されたものと伝えられています。平成3年に仙台市指定無形民俗文化財に指定されました。今回は神子之舞と種播之舞の2演目を演舞下さいました。
大崎八幡宮の能神楽 摩応
大崎八幡宮の能神楽は慶長14(1609)年の当初よりあったとされます。昭和47年6月に保存会が結成され同年10月に宮城県指定無形民俗文化財に指定されました。その後昭和48年には国の記録作成等の措置を講ずべき無形民俗文化財に選択されました。今回は三天と摩応の2演目を演舞頂きました。
金津流石関獅子躍 |
金津流石関獅子躍は鹿踊りとも言われ、山野の恵みに対してそれらの供養の為に踊られてきたとされています。安永8(1779)年に伝承され昭和初期の13代まで踊られてきましたが、戦後後継者難によりやむを得ず中断した時期もあったようです。平成に入り芸能復活の機運が高まり、平成14(2002)年に14代として復活し、平成23(2011)年に一切を相伝されました。今回は県道から社殿前までを移動しつつ演舞していただきました。
民俗芸能はそれぞれの地域の歴史や生活の中から生まれ、世代を越えて現在まで守り伝えられてきた貴重な宝です。近年の社会情勢の急速な変化に伴い、過疎化・少子高齢化の進展による担い手の減少や地域の行事に対する関心の低下などの要因により、継承が危ぶまれている状況も少なくありません。それぞれの地域の歴史や民俗について知って頂くと共に、皆様がお住まいの地域の民俗芸能についても改めて目を向け、その魅力や価値について考えて頂く機会となれば幸いです。
祭儀課 浅香
令和4年例大祭 福物抽選会が行われました
令和4年9月18日
東北福祉大のまごのてくらぶの方にもお手伝い頂きました
令和4年9月18日午後6時30分より、広場特設舞台にて例大祭の締めくくりとなる福物抽選会が行われました。
BOXティッシュや商品券、食料品など様々な福物の奉納を頂き、今年は約230本の景品が用意されました。
沢山の魅力的な景品が並びました | 大崎八幡宮茂庭工作所製の机は4つ用意されました |
手作りの木の机である「宮司賞」は目玉の景品となりました。
以下御奉納頂いた方一覧でございます。沢山のご奉納、心より御礼申し上げます。
(株)秋江 殿 | アッドシステム(株) 殿 | (株)植耕 殿 |
大江 章夫 殿 | (株)河北新報社 殿 | (資)亀兵商店 殿 |
北村醤油店 殿 | (株)晃和ディスプレイ 殿 | (株)小西美術工藝社 殿 |
麹屋近野商店 殿 | (株)佐勘金物店 殿 | (有)桜井 殿 |
(株)櫻井防災 殿 | (有)佐藤商店 殿 | (株)三愛工芸 殿 |
(株)三宝社 殿 | (株)七十七銀行八幡町支店 殿 | (株)庄子屋醤油店 殿 |
(株)東北永愛友商事 殿 | 凸版印刷(株)東日本事業本部 殿 | 日野 康子 殿 |
ホシヤマインターナショナル(株) 殿 | (有)ホズミ 殿 | 本郷だるま屋 殿 |
(株)湊 殿 | 杜の都信用金庫八幡町支店 殿 |
世界に1つの素敵な机に感激されていました | 嬉しそうな表情がとても印象的でした |
本年の1等賞は商品券でした | 参加賞としてお菓子が配られました |
日本列島に接近している台風14号の影響で生憎の空模様ではありましたが、皆様のご協力の下、沢山の方々に楽しんで頂く事が出来たのではないかと思います。
祭儀課 浅香
令和4年 例祭を斎行致しました
令和4年9月15日
祭典の結びに記念写真の撮影を行いました
令和4年9月15日午前10時より例祭が斎行されました。
例祭は恒例によって1年に1回斎行される最も重要な祭祀です。多くは御祭神または神社にとって縁の深い日を以てあてられており、濫りにその日時を変更する事は許されておりません。当宮では9月15日が例祭日と定められており、粛々と祭典が斎行されました。
祓所にてお祓いを受けます | 祭典の最初と最後は宮司に合わせ一拝をします |
例祭においては、神社を包括する宗教法人である神社本庁から幣帛料として本庁幣が御神前にお供えされます。本庁幣は唐櫃に納められ、2人の唐櫃所役が捧持します。本年の唐櫃所役は、大崎八幡宮能神楽保存会の方々にご奉仕頂きました。また、その本庁幣を献じるために献幣使と随員が参向されます。本年は献幣使として宮城県神社庁庁長・志波彦神社鹽竃神社宮司の鍵三夫殿、その随員として宮城県神社庁主事・諏訪神社権禰宜の小野亮殿に参向頂きました。本庁幣は白木の雲脚台で献じられました
また、献幣使は本庁幣を献じた後、祭詞を奏上します。祝詞や祭詞の奏上が1度の祭典中に2回行われるのは例祭のみとなります。
唐櫃は担いで社殿まで運びます | 本庁幣は陪膳により御神前にお供えされます |
随員から献幣使に祭詞が渡されます | 献幣使と随員の玉串拝礼 |
御神楽は浦安の舞が奉奏されました。浦安の舞は巫女舞の中で最も格の高いものとして位置づけられております。今回は例祭であり重要な祭典である事から十二単を模して考案された本装束を着装した当宮女子職員2名が奉仕申し上げました。
1篇目は檜扇、2篇目は剣鈴を手に持って舞います |
今回の祭典は当宮の責任役員・総代の皆様の御参列があり、玉串拝礼をして頂きました。
当宮 責任役員の玉串拝礼 | 当宮 総代の玉串拝礼 |
本年の例大祭におきましても、責任役員・総代・世話人・氏子崇敬者の方々の多大なるお力添えにより例大祭関連行事が滞りなく執り行う事が出来ました。職員一同深謝申し上げると共に、八幡様と皆様の懸け橋として日々のご奉仕に邁進して参ります。
祭儀課 浅香
令和4年例大祭 能神楽奉奏
令和4年9月14日
令和4年9月14日午後6時30分より長床神楽殿にて大崎八幡宮の能神楽が奉奏されました。
大前八幡宮の能神楽は宮城県無形民俗文化財に指定されています。また、神楽舞台である長床は、寛文年間に建立されたもので、国の重要文化財に指定されています。
大崎八幡宮の能神楽は後に他の神楽の影響を受け十八番を数えたとの記録がありますが、現在までに十二番が失われてしまい、残る六番は「神拝」「小弓遊び」「龍天」「摩応」「将足」「四天」となり、「三天」と「獅子とり」が加えられた八演目が、本年も能神楽保存会の皆様により継承奉奏されました。
大崎八幡宮の能神楽の基本の舞「神拝(じんぱい)」
大きな鳥甲に白髭の面をつけ、鉾先を相持ちその下をくぐる舞 「龍天(りゅうでん)」 |
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天岩戸隠岩戸隠れ」を題材にとり、岩戸を押し開いた天手力男命の舞 「魔応(まおう)」 |
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狩衣を着た3人の舞人による舞 「三天(さんてん)」 |
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赤い装束を身に着け、小弓と扇を手にした少年の舞 「小弓遊び(こゆみあそび)」 | |
刀を両側でぐるぐる回し、前へ進む所作をする複雑な動きをする舞 「将足(ひょうそく)」 |
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この舞は4人舞ですが登場人物は実に6人で最も物語性のある舞 「四天」(してん)」 |
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平和な里に現れた獅子を大神様より授かった御幣で力を封じた幼い子供による舞で大崎八幡宮能神楽の最終演目 「獅子取り舞(ししとりまい)」 |
本年の能神楽は保存協会の皆様が、堂々たる舞を披露してくださいました。境内にはたくさんの参拝者が見学してくださり、約3年ぶりに賑わっていたかと思います。
能神楽についてもっと知りたい方は、書籍「大前八幡宮の能神楽」(著 千葉雄市)を本殿前授与所にて頒布しておりますのでお気軽にお問い合わせください。
祭儀課 櫻井
令和4年献饌式を斎行致しました。
令和4年9月14日
去る9月14水曜日日午後4時より「献饌式」が斎行されました。年間に様々な祭典行事がありますが、その中で特に重要な祭典のひとつ「例大祭 献饌式」です。
献饌式は「御膳上げ」と呼ばれ海川山野の様々な食物をお供えして日々の神恵に感謝し、皇室の御安寧と我が国の繁栄・世界平和、そして「例祭」及び「神幸祭」の無事盛大に行われたように祈願する祭典です。
祭典では役員総代を始め、氏子崇敬者の多くの方に御参列頂きました。宮司による祝詞奏上、御神楽「浦安の舞」奉奏の後、宮司以下役員総代、また御参列頂いた皆様による玉串拝礼を行い、本年も例大祭の諸行事が盛大に行われるよう祈念致しました。
左上から菓子、果物、野菜、海菜、赤飯、川魚、海魚、餅、酒、米
「浦安の舞」奉奏 | |
参列者 玉串拝礼 |
献饌式 集合写真
祭儀課 浅見
令和4年どんとロード八幡雀踊りが開催されました
令和4年9月11日
広場特設舞台での開会式の様子
去る令和4年9月11日、例大祭の神振行事の一つである「どんとロード八幡雀踊り」が開催されました。
仙台の伝統舞踊である雀踊りですが、その発祥は当宮の氏子地域にある石切町(現仙台市青葉区八幡2丁目)に住んでいた石工達が、仙台城(青葉城)石垣竣工の宴の席で藩祖伊達政宗公の前にて即興で躍ったことだとされています。
大崎八幡宮では御鎮座四百年記念として八幡すずめ踊りが始まり、今回で17回目となり、仙台市内外から総勢13団体が参加しました。参加された方や事務局の方々には当宮にて祈念した首掛け守りを授与いたしました。
当日は午前10時より外拝殿にて昇殿参拝参拝を執り行いました。
色とりどりの半被が壮観でした | 昇殿参拝の様子 |
その後は一団体ずつ拝殿前奉納演舞、広場中央舞台演舞、一之鳥居演舞、境内流し踊りを行いました。大変賑やかな光景に参拝者から大きな拍手が送られていました。
団体ごとに社殿前にてお祓いしました | 翼リターンズの演舞 |
誇雀会松涼健人万年青組の演舞 | 柳生祭連の演舞 |
伊達雀の演舞 | ハネコ・はねこの演舞 |
テクノ・マインド創の演舞 | 仙臺粋人『国見雀雀』縁の演舞 |
まつり磊磊欅組の演舞 | 松陵め組の演舞 |
天之舞月組の演舞 | まつり宝山の演舞 |
杜の風睦の演舞 | 閉会式の様子 |
新型コロナウイルス感染症の影響で久々の開催となった本年でしたが、懐かしい音曲により「八幡宮の例大祭」の雰囲気を皆様に思い出して頂けたように存じます。
ここから18日の神幸祭まで、駆け足で催事が進んで参りますので、一つひとつ丁寧に準備をし、臨んで参りたいと思います。
祭儀課 浅香
神幸祭奉仕者説明会が行われました
令和4年9月10日
奉仕者説明会の様子 | 騎射子説明会の様子 |
去る令和4年9月10日午後2時より、社務所大広間にて神幸祭奉仕者説明会、その後、午後3時より騎射子説明会が行われました。
この奉仕者説明会は翌週に迫る神幸祭についての最終確認の場となっております。裃・白丁の装束の説明、また、騎射子のお子様方の装束の着せ方や袴の丈合わせなどを行っております。
前衛・後衛の方に、裃を着て頂きました | |
白丁について当宮宮司より小話がありました |
社務所大広間にて説明会が行われている一方、御社殿東脇の祭儀棟では御神輿の飾り付け作業が行われました。以前の写真などを見つつ、女御輿・こども神輿の2基の飾り付けが職員と助勢者の手により完成しました。
結合部分のボルトをさらしで巻きます | 女御輿は太い朱色の綱で固定します |
大神輿に担ぎ棒を連結させました | 完成した女御輿とこども神輿 |
本年の例大祭では、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、境内のみでの巡幸・大神輿のみという形となりました。しかしながら、昨年・一昨年と神幸祭の中止が続いておりましたので、本年は縮小した形であっても神幸祭が斎行出来る事、大変喜ばしく思っております。新型コロナウイルス感染症の対策を適切に取りつつ、八幡様にお喜び頂けるような神幸祭を奉仕者の皆様方とご奉仕できればと存じます。
祭儀課 浅香
令和4年9月4日鈴の緒奉納式を斎行致しました
令和4年9月4日
「鈴の緒」とは、古くより人々の願いをかなえることから「かなお」とも呼ばれ、多くのご参拝の方々の思いを受け止める大事な役目から、毎年例大祭前に赤、青、黄色の三色を使って新たに奉製されています。
当日は9時頃から、氏子崇敬者12名により奉製が始まりました。今年度は165本の奉納があり、昨年より多く御奉納頂きました。感染対策に細心の注意を払い一本一本に皆様の祈念を込めて奉製が進められました。1時間程で三本完成し、御社殿に移動した後、奉納式を斎行致しました。
奉納式は15名がご参列くださり、奉賛者を代表して佐藤隆殿に玉串拝礼をしていただきました。
鈴の緒はお申し込みの数が増えれば増えるほど太くなっていきます。来年はまた今年より一回り太い鈴の緒を奉納できますよう、皆様からの御奉賛をお待ちしております。
新しい鈴の緒でのご参拝をしていただき、大神様との縁も結んで行かれる事と皆さまの願いごとが成就致します様お祈り申し上げます。
祭儀課 櫻井
令和4年兼務社春日神社例祭を斎行いたしました。
令和4年9月3日
去る9月3日の土曜日、11時より当宮の兼務社である春日神社例祭をご奉仕致しました。
当社の例祭は古くは5月9日に行っておりましたが、その後「重陽の節句」の9月9日に斎行されるようになり、現在では地域の子供会と連携するために9月の第一土曜日(又は9日に近い土曜日)に執り行われております。
当日は、覚性院丁町内会の皆様を始めとする多くの参拝者が参列され、宮司による祝詞奏上、巫女による「浦安の舞」の奉奏後、代表5名の方の玉串拝礼を行いました。
春日神社は小さなお社ではありますが、自然に囲まれており地域の方々に親しまれるお社でございます。大崎八幡宮のお参りの上、ぜひ春日神社にもお参りください。
「浦安の舞」奉奏 | 宮司 祝詞奏上 | |
社殿前に集合写真 |
令和4年 例大祭 鳥居祭が斎行されました
令和4年9月1日
結界が張られた三之鳥居
9月1日午後4時より、三之鳥居前にて鳥居祭を斎行致しました。鳥居祭とは当宮における特殊神事でございます。9月14日・15日に最も重要な祭典「例大祭」を行うにあたり、外部からの罪穢れを防ぐために結界を張ることで、無事の斎行を祈念する祭典です。
1日の早朝より境内各所の注連縄を新しく張り替え、例大祭に向けての準備作業が始まります。特に鳥居祭斎場となる大石段上の三之鳥居は、最も御神前に近い鳥居として縄(結界)が張られ罪穢れを避ける斎戒期間に入ります。
この縄は9月18日の出幣式の際に裃姿の先達の抜刀によって切断された後、初めて参拝者の通行が許されます。
佐藤隆殿の奉納の注連縄を用い、境内全ての箇所の張り替えを行いました |
鳥居祭では通常とは異なる神饌が供えられます。神饌は神酒・鰹の生節・梅の酢漬・茄子の漬物の4種です。これらは伊達家の兵糧と言われており、例大祭までお供えするのが本儀とされているので日持ちの良い物がお供えされています。祭典終了後、社務所前の杉の木の根元と北参道鳥居にもお祓いをして、同じ神饌が奉られます。
当宮の一社の故実に基づく神饌の配置 | 一つひとつ丁寧に取り分けます |
右上から時計回りに酒・茄子・梅・なまり節の漬物 | 切麻にて杉の木の根元をお祓い |
大麻にて北参道鳥居をお祓い | 雨上がりの祭典でした |
この度の鳥居祭には当宮の責任役員・総代・世話人・伝播八幡井組の13名の御参列があり、玉串拝礼をして頂きました。伝播八幡井組はかつて八幡町の石工達が当宮の祭典に奉納していた演舞の形式を継承した由緒ある雀踊り団体です。本年は奉納演舞ではなく祭典参列の形となりました。
当宮 責任役員の玉串拝礼 | 当宮 総代の玉串拝礼 |
伝播八幡井組の方の玉串拝礼 | 当宮 世話人の玉串拝礼 |
神社にとって最も重要な祭典である例大祭が滞りなく斎行できるよう誠心誠意ご奉仕に励んで参りたいと存じます。
祭儀課 浅香
令和4年長月月首祭を斎行致しました
令和4年9月1日
令和4年9月1日午前10時月首祭を斎行致しました。当宮では毎月1日と15日に斎行される「月首祭」「月次祭」を斎行しております。
祭員参進 | 献饌 |
参列者玉串拝礼 | 長月の月参り幣束 |
八月の月参り幣束は竜胆の花をモチーフにしており、紫と白色になっております。竜胆は多年草で、漢方としても使われていた日本原産の植物です。この月参り幣束は四季の移り変わりを月毎の植物の色で表したものとなっています。
月参り幣束は授与所にて頒布しておりますので職員にお声がけください。
祭儀課 櫻井
御社殿の大掃除を行いました
令和4年8月31日
掃除中は几帳で正面を覆います
毎年、大崎八幡宮では、9月の例祭を清々しく迎えるために8月末日、新年を迎えるための12月13日に行われる煤払式の年に2回大掃除を行っております。
社寺仏閣において、すべての作法は「掃除に始まり、掃除に終わる」とされています。御社殿の隅々まで念入りに清掃し、清々しい状態で神事を迎えるという祭典の心得に基づいた行事でございます。
調度品も一度全て移動させて掃除を行います | 職員皆で並んで雑巾がけをしました |
例年の祭典を恙なく終えることで神社として新たに甦り、またそこから後世に引き継がれて行く一連の意義があるといわれております。本年の例祭が滞りなく斎行され、八幡大神様の御加護がありますようお祈り申し上げます。
祭儀課 浅香
第二回祭典委員会が開催されました
令和4年8月27日
飛沫防止シートも設置し、コロナ対策も万全です
令和4年8月27日午後5時30分より、当宮広場テントにて第二回祭典委員会が開催されました。
7月15日に行われた第一回祭典委員会よりはや1ヶ月が過ぎ、気候もだいぶ秋らしくなって参りました。今回の第二回祭典委員会は本年の例大祭期間を目前に控え、諸行事の追加・変更・確認等を祭典委員の皆様方と行いました。
当宮 宮司の挨拶 | 祭典委員長の挨拶 |
能神楽保存会会長の挨拶 | 神楽大会事務局の方の挨拶 |
本年の例大祭日程は以下の通りとなります。
9月1日(木) | 午後4時 鳥居祭 三之鳥居前 午後6時30分 能神楽稽古始め 神楽殿 |
---|---|
9月4日(日) | 午前11時 鈴の緒奉納式 本殿 |
9月11日(日) | 午前10時~午後2時 どんとロード八幡すずめ踊り境内 |
9月14日(水) | 午後4時 献饌式 本殿 午後6時30分 能神楽奉奏 神楽殿 |
9月15日(木) | 午前10時 例祭 本殿 |
9月18日(日) | 午前11時 神幸祭 境内 午後3時神楽大会 広場特設舞台 午後6時福物抽選会 広場特設舞台 |
当宮の例大祭は地域の皆様方のご協力なくして遂行できるものではありません。このように、ご関係の皆様に会議の場にお集まりいただき、活発な情報交換をしてくださる事で円滑な諸行事の実施につなげられております。職員に関しましても皆様方の熱量に負けないよう、粉骨砕身励んで参りたいと思います。
祭儀課 浅香
令和4年8月15日月次祭を斎行致しました
令和4年8月15日
去る8月15日午前10時、月次祭を斎行致しました。当宮の祭典では、仕女の御神楽にて生花を用いております。現在の時期の季節の花は菊となっており、執物や天冠として使用しております。
献饌 | 宮司祝詞奏上 |
御神楽 萬代の舞 | 宮司玉串拝礼 |
参列者玉串拝礼 |
毎月の月首祭、月次祭は午前10時より執り行います。どなたでもご参列いただけますので、ご興味のある方はぜひご参列ください。参列希望の際は、当日9時45分まで祈願受付までお越しください。尚、祭典参列のお初穂料は3000円よりお気持ちのお納めでございます。
また、月々には古来の着物の重ね着を基本とし、襲ね色目を取り入れた月参り幣束を頒布しております。毎月御幣束の色が変わりますので気にかけて頂けたら幸いです。
皆様のお参りを心よりお待ちしております。
祭儀課 櫻井
第11回 雅楽をうたおう 雅楽の夕に、を行いました
令和4年8月13日
平調 三台塩急を奏楽する伶楽舎の皆さま
令和4年8月13日午後4時より、伶楽舎の皆さまとともに第11回 雅楽をうたおう 雅楽の夕に、を行いました。
伶楽舎とは雅楽の合奏研究を目的として、1985年に故 芝祐靖氏(文化勲章受章)が創設し、長らく音楽監督を務めた雅楽演奏団体です。発足以来、現行の雅楽古典曲以外に、廃絶曲の復曲や正倉院楽器の復元演奏、現代作品の演奏にも積極的に取り組み、国内外で幅広い活動を展開しており、特に現代作曲家への委嘱作品や古典雅楽様式の新作の初演には力を入れ、年2回のペースで開催している自主演奏会で度々発表していらっしゃいます。
他に、解説を交えた親しみやすいコンサートを企画し、雅楽への理解と普及にも努められていて、文化庁「文化芸術による子供の育成事業」など、小中高校生を対象としたワークショップ、レクチャーコンサートなどの教育プログラムも多く行っています。
なお「伶楽舎」の名前は、古代中国の楽人の祖とされる「伶倫」に因んで、現行の雅楽のみならず、廃絶曲や新作など、従来の枠にとらわれない自由な活動を目指してつけられた会名だそうです。
「雅楽の夕に、」は、伶楽舎の音楽監督を現在務めておいでで、当宮にて職員の笙や舞のご指導を頂いている宮田 まゆみ氏の呼びかけにより、東日本大震災の復興支援を目的として平成23年から行われてきました。昨年にて10回の節目を迎えたため、本年よりは皆様に雅楽に親しんでもらおうというコンセプトとなりました。当宮職員もワークショップでの唱歌や舞の参加となりました。
伶楽舎 石川 高 氏による歌唱指導 | ワークショップに参加する皆様 |
当宮職員による 萬代の舞 奉仕 | 伶楽舎の方による 舞楽 陵王 |
一般参加者による 平調 音取 | 一般参加者と伶楽舎の方の奏楽風景 |
本年の第二部は感染症対策を各々講じた上で、一般の雅楽愛好家の方2名と國學院大學指定神社実習Ⅱにて来社中の実習生2名の計4名の方に演奏に参加して頂きました。
第二部の最後に「青葉の舞」の急を行いました。「青葉の舞」は、当宮宮司が平成18(2006)年の御鎮座四百年記念事業の一環として制作した神前神楽舞です。伊達政宗公の詠んだ和歌を歌詞に、作曲は故 芝 祐靖殿、作舞は宮田 まゆみ氏が行いました。平成20(2008)年の御鎮座記念祭にて初めて奉納されて以降、大崎八幡宮オリジナルの神前神楽として職員により継承されています。青葉の舞は「破・道行・急」から成りますが、今回は急のみの奉仕となりました。
職員による 青葉の舞 奉仕 | 萌黄色の裲襠装束に竜胆の執物の組合わせ |
神社の祭典音楽として欠かす事の出来ない雅楽を皆様に触れて頂く良い機会となれば幸いです。
祭儀課 浅香
令和4年御鎮座記念祭を斎行いたしました。
令和4年8月12日
8月12日、御鎮座記念祭が斎行されました。大崎八幡宮は今から416年前、慶長12年(1607)に鎮座されました。
大麻 塩湯にて修祓 | 篝火に照らされた御社殿 |
当日は夕刻18時30分より「御鎮座記念祭」が行われ、終了後「雅楽の夕べ」が斎行されました。篝火が暗闇を照らし、幻想的な雰囲気の中、舞う舞人の姿はまるで上代へと誘うような、幽玄さが感じられました。
「雅楽の夕べ」演目
1今様 「白薄様」、 2神前神楽 「浦安の舞」、 3管弦 「太食調音取」 「仙遊霞」、 4管弦 「抜頭」、 5御神楽 「其駒長舞」、 6神前神楽 「萬代の舞」、 7退出音声 「長慶子」の順に奉納されました。
浦安の舞 奉奏 |
「浦安の舞」は昭和15年、紀元2600年を奉祝して作られ、全国各地の神社で奏されているものです。
「天地の 神にぞ祈る朝凪の 海のごとくに 波立たぬ世を」という昭和天皇が世界の平和を祈り詠まれた御製を歌詞にあてています。
浦安とは心の安らかという意味で、古くから日本の国名を浦安の国といったのは風土が美しく平和であったからであります。舞では前半は扇の舞、後半は鈴の舞から成っています。
人長舞 奉奏 |
「人長舞」は宮中で行われる『御神楽(みかぐら)』は組曲の形式をもち、その進行を担う人長(にんじょう)によって舞われる曲が『人長舞』です。一般の神社の祭りなどで奏される『神楽(かぐら)』(里神楽(さとかぐら)ともいう)と区別して、御神楽と称されています。その由来は、記紀神話で天岩戸の前で天宇受売命(あめのうずめのみこと)が舞った神話になぞらえているともいわれています。
萬代の舞 奉奏 |
「萬代の舞」は平成8年、大崎八幡宮鎮座390年を記念し、鶴岡八幡宮 前名誉宮司 故白井永二氏が大崎八幡宮を和歌にして詠まれました。
「宮城野の 五百枝の神杉 萬代に 御影垂れます 大崎の宮」
祭典では毎月四季折々の花が使用され、今回は菊の花を用い、舞が奉納されました。
この仙台の地に鎮座し、四百年余りたちましたが、伊達政宗公がこの八幡宮に残した思いを次世代に引き継いでいけるように職員一同、奉仕に励んで参ります。
祭儀課 浅見
令和四年七夕祈願祭を斎行いたしました。
令和4年8月1日
八月八日、七夕祈願祭を斎行いたしました。仙台の七夕は仙台藩祖伊達政宗公により始められ、六代藩主伊達吉宗公により盛んにおこなわれるようになりました。また、七夕の竹飾りは元禄時代(一六八八年~)始まったとされ、江戸の七夕文化が仙台に伝わり仙台独自の文化、仙台七夕へと発展していきました。
当宮の七夕の始まりは平成二年(一九九〇)に仙台空港にソウル・グアム便が就航し、東北初の国際空港になったことを記念し、平成四年(一九九二)七月十八日に日本航空株式会社から当宮に七夕短冊の奉納があり、七夕祈願成就祭を斎行したことが由来であります。
本殿前 七夕飾り | 長床通路の七夕吹き流し |
本殿前 七夕短冊御祓い | 七夕祈願祭祝詞 奏上 |
七夕祈願奉祭奉納団体一覧
日本航空株式会社殿 | (株)デザインタクト殿 | エミフルMASAKI殿 |
イオンモール石巻殿 | 株式会社ユアエルム京成殿 | オークラアカデミアパークホテル殿 |
スカイマーク株式会社殿 | 神奈川県立鶴嶺高等学校殿 | イオンタウンユーカリが丘殿 |
(株)パーク・コーポレーション殿 | アサヒ飲料株式会社殿 | (株)サロンドキミコ殿 |
株式会社Aコープ東日本殿 | 株式会社日比谷アメニス東関東支店 | 千葉都市緑化植物園殿 |
豊島区立トキワ荘マンガミュージアム殿 |
皆様の願い事が成就しますように祈念いたします。
祭儀課 浅見
令和四年八月一日月首祭を斎行いたしました。
令和4年8月1日
夏の暑さが本番を迎えるころ、去る八月一日午前十時、月首祭が斎行されました。
左から米、酒、海菜、野菜、果物、菓子、塩、水、幣束 お祭りの規模によって供える神饌が変わります |
祭員 参進 |
献饌 | 八月の月参り幣束 授与所にて頒布しております |
八月の月参り幣束は百合の花をモチーフにしており、赤と橙色になっております。百合は『古事記』にもその記述があり、古代から日本に親しまれている花であります。この月参り幣束は四季の移り変わりを月毎の植物の色で表したものとなっています。
月参り幣束は授与所にて頒布しておりますので職員にお声がけください。
祭儀課 浅見
令和4年太元社例祭を斎行致しました
令和4年8月1日
例祭の日のみ、厨子の扉が開けられます
令和4年8月1日の午前11時より、大崎八幡宮の境内末社の太元社において例祭が斎行されました。
太元社には、太元師明王が祀られております。太元帥明王は古来より、鎮護国家・外敵降伏などのご神徳があるとされます。戦の折には「太元帥明王法」という加持祈祷を行い多くの崇敬を集めていたそうです。
正確な創建時期は不明ですが、4代藩主・伊達綱村公が太元師明王を本尊とした太元社師明王法の執行を念願としたということが『伊達綱村遺言覚書』に記されておりご創建の経緯をうかがい知ることができます。
現在の御社殿は、当宮の境内末社として昭和56年8月に竣工したもので、太元師明王を御神像としてお祀りし、8月1日を縁ある日と定め例祭を斎行しております。例祭当日は御神像が納められている厨子の御扉が開かれ、太元師明王をお参りすることができます。
今回の祭典は、当宮宮司・責任役員・総代・世話人・一般の計8名の参列があり、祓所にて修祓を受け、玉串拝礼をして頂きました。
祓所にて大麻と塩湯の御祓いを受けます | 斎主 祝詞奏上 |
御神楽 浦安の舞 奉奏 | 祭員 玉串拝礼 |
当宮 宮司の玉串拝礼 | 当宮 責任役員の玉串拝礼 |
当宮 総代の玉串拝礼 総代の御令孫も一緒にお参りしました |
当宮 総代と世話人の玉串拝礼 |
崇敬者の方々の玉串拝礼 | 崇敬者の方と國學院大學指定神社実習生の玉串拝礼 |
参列の方には撤下品として、御幣と御朱印をお渡しました。この御幣は邪気を払う神としてとして名高い太元帥明王に合わせ、魔除けの色である赤色を採択しております。
祭典の結びに参列者の皆様と祭員で記念写真を撮影しました。
夏らしい晴天の下の祭典でした
当宮にご参拝の際は是非、太元社にも足をお運び頂き、伊達家の歴史や祈りに思いを馳せて頂ければと思います。
祭儀課 浅香
國學院大學指定神社実習Ⅱが当宮にて行われました
令和4年7月30日
どちらの期間も酷暑の中での開講奉告祭となりました |
去る令和4年7月30日から8月3日、8月10日から14日までの2期間、東京の渋谷にある國學院大學にて神職資格の取得を目指す学生の指定神社実習Ⅱが当宮で行われました。当宮では一昨年より学生の受け入れ要請があり、本年は2期間合わせて3名の学生が4泊5日の実習に参加しました。
実習初日、本殿にて開講奉告祭を斎行しました。実習生1人ずつ玉串拝礼を行い、当宮宮司より激励の言葉が掛けられました。また、國學院大學神道文化学部 学部長 西岡和彦教授もご参列下さいました。
宮司講話 | 政宗公の名のある擬宝珠を見る宮司と実習生 |
実習期間中は通年行っている玉串の奉製、夏の祭典に向けて神饌や撤下品の調製や境内末社の清掃、また朝拝での道彦奉仕等を行いました。これらの実習内容の多くは大学の座学では学ぶことの難しいものであり、学生だからこそ見聞きし得られる貴重な経験になったことと思われます。
境内の末社を清掃しました | 絵馬や御神籤も丁寧に回収しお焚き上げします |
決まりを守りつつも美しく盛り付ける事に苦労していました | 皆の前での道彦奉仕は大変緊張したとのことでした |
また、8月1日午前10時に斎行された月首祭や同日午前11時に斎行された太元社例祭、そして8月12日の御鎮座記念祭の祭典参列の機会を設けました。祭典がどのようにして作られていくのかという流れを学ぶこと、参列者の目線で祭典を見学することもいい経験になったのではないでしょうか。
太元社例祭では玉串拝礼をしました
また、8月13日の第11回 雅楽をうたおう 雅楽の夕に、では、伶楽舎の皆様と一緒に雅楽の演奏をしました。日頃より雅楽の稽古を積んでいる実習生たちは、プロの演奏家との交流を大変心待ちにしていたようです。生き生きとした表情で演奏に参加する姿が印象的でした。
音頭(各楽器のリーダー)を実習生が務めました |
各日程、酷暑の中での実習となりましたが、当宮にて実習を行った学生が神社界に進み、斯界の発展に寄与される事を願っております。
祭儀課 浅香
大崎八幡宮 サマーコンサート開催
令和4年7月27日
去る7月27日正午、大崎八幡宮の境内でクラシックコンサートを斎行致しました。
今回、初めてクラシックコンサートを開催いたしました。普段皆様が聞かれるホールの音の響きとは趣の違う、自然の音や風も併せて感じて頂ける特別なものとなりました。
当日は、仙台でも30℃という気温となりましたが、境内にはコンサート観覧者150名以上の方が集まり、熱中症対策として奥田建設株式会社様からは塩飴と飲み物のご提供をいただきました。
「愛のあいさつ」「ロマンス」「タイム・トゥ・セブン」など、誰もが一度耳にしたことのある構成で、1時間という時間はあっという間に過ぎ、最後の曲は日本の唱歌をメドレーで演奏頂きました。
国宝である大崎八幡宮の社殿で、和と洋の織り成す素晴らしい演奏を、八幡様もお喜び遊ばれた事でしょう。
ヴァイオリンの西本幸弘さんは、東京藝術大学を卒業・イギリス留学の後、仙台フィルハーモニー管弦楽団・九州交響楽団のコンサートマスターを務める。
チェロの吉岡知広さんは、仙台市出身、桐朋学園音楽大学卒業後、ドイツで研鑽を積まれました。現在、仙台フィルハーモニー管弦楽団では、首席奏者を務める。
ピアノの渡邉は、宮城学院女子大学・音楽科、研究科を修了されました。その後も仙台を拠点に、在仙のさまざまな演奏家と共演。
境内末社諏訪社例祭を斎行しました
令和4年7月26日
春日造で建てられた御社殿
令和4年7月26日午前10時より、境内末社諏訪社にて例祭が斎行されました。
当宮の諏訪社は、江戸時代寛永期に信濃国一之宮諏訪大社より分祠されたものと伝えられています。
御祭神は建御名方神で水の守護神や生命の根源を司る神として知られています。また、剛力をもって知られた武神として、武田信玄をはじめとする甲信地方の戦国大名に篤く崇敬されていました。
当宮の諏訪社は令和元年より約2年かけて行った奉祝天皇陛下御即位記念境内整備事業において、御社殿の造替が行われ、瑞気麗しい姿に変貌を遂げました。御社殿が完成し約1年半が経過したことにより、木材の風合いにも味わいが出てきました。
宮の境内末社の例祭は、職員にてご奉仕をしております。また、当宮宮司・責任役員・総代の計5名の方の参列があり、玉串拝礼をして頂きました。
斎主 祝詞奏上 | 浦安の舞 奉奏 |
祭員の玉串拝礼 | 当宮 宮司の玉串拝礼 |
当宮 責任役員の玉串拝礼 | 当宮 総代の玉串拝礼 |
参列の方には撤下品として、御幣と御朱印をお渡しました。この御幣は水の守護神として名高い建御名方神に合わせ、水色を採択しております。祭典の結びに参列の皆様と祭員で記念撮影を行いました。
当宮には、国宝の御社殿以外にも様々な境内社がございます。ご参拝の折には、境内社にも参拝頂き、多くの神様とのご縁を結ばれて行かれてはいかがでしょうか。
祭儀課 浅香
兼務社愛宕神社例祭を斎行致しました。
令和4年7月22日
令和四年七月二十二日、八幡一丁目(十二軒町)に鎮座する愛宕神社の例祭が斎行されました。祭典中は天気にも恵まれ、祭典を滞りなく奉仕しました。
愛宕神社はご祭神に火産霊神(火の神様)を祀っております。十二軒丁氏子会に伝わる話によると「仙台宝永の大火」と言われる火事に深く関わりがあり、宝永4年(1707年)に支倉通(現在の支倉町)より出火し、周辺へ延焼。翌年の宝永5年(1708年)には石切町(現在の八幡二丁目)より出火し、国分町及び原町周辺まで延焼し、仙台城下の殆どが焼失した仙台で最大の火事と伝えられています。
この大災害を受けて、十二軒丁を始め周辺の氏子は火伏の神様である愛宕神社を大切にして二度と火事を起こさないことを誓い、神社を再整備しました。
今年は新型コロナウイルスの影響で子供神輿渡御が中止となってしまいましたが、来年以降、神輿渡御が出来るよう心よりお祈り申し上げます。
昨年塗装工事が行われた朱色の鳥居 | 狛犬(昭和三十九年)奉納 |
神饌は六台献饌いたしました | 子供会の皆さんにも玉串拝礼をしてもらいました |
祭儀課 浅見
令和4年月次祭を斎行致しました
令和4年7月15日
去る令和4年7月15日、月次祭を斎行致しました。
2月頃から、御社殿では災害復旧工事のため中に入ることが出来ず、祭典は半年ぶりに御社殿内での奉仕となりました。
宮司一拝 | 献饌 |
宮司祝詞奏上 | 萬代の舞 |
宮司玉串拝礼 | 参列者玉串拝礼 |
毎月の月首祭、月次祭は午前10時より執り行います。参列希望の際は、午前9時45分までに祈願受付までお越しください。尚、祭典参列のお初穂料は3000円よりお気持ちのお納めでございます。皆様のご参列を心よりお待ちしております。
また、境内には色とりどりの七夕飾り、御社殿前東側には短冊を設置させていただいております。短冊は、ご自由にお書き頂けますので、短冊に願いを込めてみては如何でしょうか。
祭儀課 櫻井
例大祭第一回祭典委員会が行われました
令和4年7月15日
会議の座長である当宮宮司の挨拶
令和4年7月15日午後6時より、休憩所「鞍」にて大崎八幡宮世話人会並びに例大祭第一回祭典委員会が行われました。
大崎八幡宮の最も大切な例大祭に関係する、責任役員・総代・世話人の方々と関係諸団体の担当の皆様方と職員での打合せが祭典委員会でございます。今回が令和4年度例大祭の記念すべき第一回の祭典委員会の開催となり、53名の方にお集まりいただきました。
また、令和4年度は当宮の責任役員・総代の改選の時期であり、事前に開催していた責任役員会・役員総代会にて選出された責任役員4名、総代9名の委嘱状の伝達式も行いました。
責任役員 川上殿の委嘱状伝達 | 責任役員 千田殿の委嘱状伝達 |
責任役員 早坂殿の委嘱状伝達 | 総代を代表して星山殿に委嘱状が伝達されました |
そして、新任の総代・世話人の方の紹介などもあり、地域一丸となって大崎八幡宮の例大祭を盛り立てて下さる温かい雰囲気が感じられる会議となりました。
新任の総代 北田殿の委嘱状伝達 | 新任の世話人 菅野殿の委嘱状伝達 |
本年の例大祭は、コロナ禍で中止を余儀なくされていた神幸祭も、規模縮小は致しますが斎行する予定でございます。当宮境内にて行っている防災工事の影響で流鏑馬神事・ちびっこまつりは本年も残念ながら中止となりますが、新たに神楽大会を広場にて行う次第となりました。その他、例大祭に関しましてはホームページ例大祭の項をご参照頂ければと思います。
9月の例大祭に向けて、地域の皆様方のご協力を賜りつつ、職員一同最善を尽くしてまいる所存でございます。
祭儀課 浅香
令和4年度 神職・神社関係者研修会に参加して参りました
令和4年7月14日
竹駒神社崇敬会館に162名が集まり、研修を受講しました。
令和4年7月14日午前10時より、宮城県岩沼市に鎮座する竹駒神社にて宮城県神社庁主催の令和4年度神職・神社関係者研修会が行われました。
この研修は以前「国民精神昂揚研修会」という名称で開催されていましたが、本年より名称を変え、より親しみやすく分かりやすいものとなりました。宮城県を3ブロックに分け、3つの会場にて研修が行われたそうです。当宮からは、宮司以下禰宜、職員3名、責任役員2名、総代2名の計9名が参加致しました。
今回の研修は、「神宮大麻全国頒布150周年について神宮大麻の歴史」の講演を中心に進められました。神宮権禰宜で神宮司廳頒布部頒布課長兼奉製課長の小針孝裕殿がはるばる伊勢より足をお運びくださり、70分に渡りご講演下さいました。講演の主軸である神宮大麻の歴史や頒布の変遷はもとより、神宮の歴史や祭典の詳細についてもお話がありました。神宮の祭典で使用する神饌の小話など、神宮で長年ご奉仕されている方だからこその内容もあり、貴重な知識を得ることができました。
研修終了後、岩沼市に鎮座する金蛇水神社に自由参拝致しました。
金蛇水神社は金蛇沢という深い谷の出口に鎮座しており、典型的な水神信仰の霊場と伝えられています。巳のお姿がご神体と云われており、古来から商売繁昌・金運円満や厄除開運・病気平癒、さらには海上安全・大漁満足などのご利益があるとされる神社です。
境内には藤棚や牡丹園などがあり、清き水と美しい植物に囲まれ、ゆったりとした時間が流れておりました。また、外苑には休憩所が併設されており、昼食を摂りつつ、研修会にて講演があった神宮大麻の話などに花が咲きました。
御本殿の前にて記念写真を撮影しました | 藤棚に夏詣の短冊の付いた風鈴がありました |
コロナ禍となり長らくこのような研修会は中止を余儀なくされて参りました。コロナ等の感染症対策は十分に講じてゆくと共に、積極的に研修会に参加し、斯界の発展に寄与できるよう研鑽を積んで参りたいと存じます。
祭儀課 浅香
第二のふるさと創生協会の皆様の正式参拝がありました
令和4年7月10日
外拝殿前にて記念写真を撮影しました
令和4年7月10日、第二のふるさと創生協会の8名の方が当宮に来社され、正式参拝をされました。
第二のふるさと創生協会とは、全国各地で大切にされているお祭りに都会に住む人や海外の方々にお手伝いとして参加してもらい、それをきっかけに地方創生に繋がる関係人口の増加に寄与するために令和元年7月5日に一般社団法人として発足された団体です。
今回、7月9日に開催された、名取市閖上の環境省施設である「みちのく潮風トレイル名取トレイルセンター」での森づくり活動に携わるために仙台にいらっしゃったとのことでした。
大麻にてご参列の皆様をお祓い | 斎主 正式参拝詞奏上 | |
事務局長 髙橋知明殿の玉串拝礼 | 代表の方に合わせて参拝します | |
災害復旧工事が進む社殿内にて、当宮禰宜が社殿について説明をしました |
当宮の鎮守の杜は、創建当時に植樹された樹齢400年ほどの杉が特徴となります。豊かな緑に囲まれた境内では、様々な動物たちも生活しております。その鎮守の杜を維持管理する大変さや、宮城県蔵王の「大崎八幡宮文化財の杜」育林事業・岩手県奥州市の「文化財漆の杜」植林事業、また、国宝である御社殿にて当宮の由緒や社殿建築について当宮禰宜より説明申し上げました。
当宮におきましても第二のふるさと創生協会の皆様との交流から、神厳なる鎮守の杜の維持管理に関して再度見つめなおす良い機会となりました。
祭儀課 浅香
令和4年厄除祈願大祭を斎行致しました
令和4年7月1日
令和4年厄除祈願祭動画(Youtube)
去る令和4年7月1日午後3時より、社殿前にて厄除祈願大祭並に祈願串焼納祭が斎行されました。
当宮では、令和の年を迎えてより「厄除祈願大祭」として厄除け、災難除けの他、あらゆる災いを祓い福を招く「攘災招福」すなわち皆様方の家内安全・無病息災を祈願し、ひいては国家安寧と世界平和を祈念申し上げる祈願祭を斎行しております。
井桁に組まれた3000本の祈願串 | 宮司 玉串拝礼 | |
参列者代表の玉串拝礼 | 炉と祈願串の清祓 |
また、祭典に於いて、事前に御社頭や郵送で皆様方より諸々の祈願を込めて書かれました約3000本の祈願串を炉にくべて御焼納申し上げ、令和4年の残された月日が皆様にとって幸多かれと焼納祭を併せて執り行っています。
本年が4回目の斎行となり、事前のお申込みが107件、また当日の参列が21件と皆様の願いが大崎八幡大神様のもとへ届けられることとなりました。
祈願串を火にくべている間は大祓詞を宣読します | 宮司の手により祈願串が火にくべられます | |
参列者の方々の祈願串焼納 | 祭典の結びに神酒拝戴を行いました |
焼納祭では、御参列の方に祈願串を手ずから御焼納して頂きました。その後、事前にお申込みいただいた方には御神札や守護などをお頒ち致しました。また、郵送でのお申込みの方には、御神札や守護を郵送させて頂きました。
祈願串の奉納は常時承っております。御社殿前に祈願串記入台と炉を設けておりますので、皆さまの心願成就の選択肢の一つとなりますと幸いです。
祭儀課 浅香
水無月月次祭を斎行致しました
令和4年6月15日
令和4年6月15日午前10時から水無月月次祭が斎行されました。
月次祭は毎月1日と15日に欠かさず斎行している祭典でございます。この度は2名の方の参列があり、玉串拝礼をして頂きました。
また、立夏を過ぎてより夏の装束に衣替えを致しました。月次祭は小祭に分類され、祭員の狩衣や表着の色や柄は特に指定がありません。その為神社ごとに個性が出る部分になっていて、当宮の職員の装束には向かい鶴の柄が入っております。
境内に設置されている茅の輪をくぐる祭員 | 月次祭の祝詞を宮司に後取ります | |
御神楽 萬代の舞 | 当宮世話人 篠田殿の玉串拝礼 | |
当宮崇敬者 河村殿の玉串拝礼 |
月次祭を始め当宮の祭典では、仕女の御神楽にて生花を用いております。現在の時期の季節の花は撫子となっており、この度の月次祭においても撫子を取り寄せました。祭典終了後は花瓶に活けて境内の各所に飾っております。
多くの植物に囲まれる当宮にて、日常の喧騒から離れゆったりとした時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。
祭儀課 浅香
6月の本殿挙式
令和4年6月13日
6月5日 齋藤・中嶋御両家 | 6月11日 二階堂・髙嶋御両家 |
6月に当宮にて挙式を斎行された2組のご夫婦には八幡様のご加護のもと、お二人の末永いお幸せと、御両家の皆様方の益々のご多幸とご健勝を心よりご祈念申し上げます。 誠におめでとうございました。
祭儀課 浅香
福島県いわき市鎮座大國魂神社大和舞伝承会の正式参拝がございました。
令和4年6月12日
令和四年六月十二日、福島県いわき市御鎮座大國魂神社大和舞伝承会の方々による正式参拝がございました。
正式参拝後、当宮禰宜による由緒並びに社殿のご説明を致しました。
修祓 | 社殿説明 |
大國魂神社の大和舞はいわき市平菅波(たいらなみすぎ)の延喜式内大國魂神社に伝わる出雲流神楽で、一般には大和舞(やまとまい)と呼びならわしております。一部には太々神楽(だいだいかぐら)とも言い、明治時代初めには倭舞神楽(やまとまいかぐら)とも呼んでいたようです。
今回、大和舞伝承会の皆様は、仙台のメディアテークで行われるTEDxTOHOKU2022に出演されるため来仙されました。
TEDxTOHOKU 2022は、「ダイバーシティ(多様性)」に焦点を当て、DEI(Diversity, Equity and Inclusion)を重視したイベントを目指し、より幅広い分野・地域・世代から、様々なアイデンティティを持つ登壇者を招きし、プレゼンテーションやパフォーマンスを通して、Ideas Worth Spreading を発信する催しです。
講演内容はYouTube(イベント後に配信)を通して、国内外の多くの視聴者に共有されます。
伝統芸能の殆どは男性のみの構成でしたが、伝統芸能の後継者育成を目指し女性の活躍も増えてきました。
大和舞伝承会のメンバーには、やはり伝統芸能の継承を目指した女性の舞人がいらっしゃいます。今回、TEDxでは男神である猿田彦に扮し、勇壮な舞を披露した後に伝承への思いを論じていらっしゃいます。皆様もぜひご覧ください。
https://www.tedxtohoku.org/
尚、社殿内部は只今、災害復旧工事をしており、社殿内部での御祈願は現在行っておりませんのでご了承ください。工事終了予定は十一月下旬を予定しております。
修復した社殿内部での御祈願を執り行える日を職員一同心よりお待ちしております。
祭儀課 浅見
研修旅行に行ってまいりました
令和4年6月11日
令和4年6月11日から12日まで、当宮の責任役員、総代、世話人8名の方々と宮司以下職員6名の計14名にて研修旅行に行ってまいりました。
今回は、福島県の中通りと会津地方を巡る旅となりました。福島県が採択されましたのは、当宮旧職員が伊佐須美神社にてご奉仕しており、その旧職員に会いにゆこうという話が出たことが要因となっております。
11日は朝8時30分に集合し、一路南へ。役員・総代・世話人の方々も久々の研修旅行ということもあり、バスの車内では様々な話題が飛び交っておりました。
最初に訪れたのは福島市飯坂町に鎮座する西根神社です。西根神社さんは江戸時代初期に西根堰の開削に尽力した佐藤新右衛門と古川善兵衛の二人を祀っていらっしゃいます。付近一帯を潤し、農業発展の礎となった西根堰の用水に感謝した農民が二人の徳を称えるため、西根郷33ヶ村4,231名の発願で、明治20年に建立されたと伝えられている神社です。境内には髙畑天満宮もあり、鷽があちらこちらにあるのが印象的でした。
整然と並んだ灯籠が美しい参道 | 手水舎にて手を清めます |
皆思い思いに参拝しておりました | たくさんの鷽が奉納されていました |
次は福島市に鎮座する福島稲荷神社に向かいました。福島稲荷神社は、社伝によれば第66代一条天皇の永延元年に安倍晴明が詔を奉じて奥羽下向の際、吹島の里(後に福島と改む)にさしかかり、地味肥沃にして農耕に適し、将来大いに有望な地相であるとしてここに社を建て、衣食住を司る豊受比売大神を勧請し、里の総鎮守としたことに始まるとされています。大安の土曜日ということもあり、初宮詣の家族が多く参拝にいらしてました。
社殿の前で記念撮影 | 立派な注連縄がありました |
自動で水が流れる手水に興味津々な当宮宮司 | 背比べする当宮責任役員の方々 |
お昼ご飯を食べた後に、福島県大沼郡会津美里町に鎮座する伊佐須美神社に正式参拝をしました。伊佐須美神社さんは社伝によると、第10代崇神天皇10年に諸国鎮撫の為に遣わされた大毘古命とその子である建沼河別命が会津にて行き逢い、天津嶽(現・新潟県境の御神楽嶽)において伊弉諾尊と伊弉冉尊の祭祀の礼典を挙げ、国家鎮護の神として奉斎した事に始まると伝えられております。正式参拝終了後、当宮旧職員である伊佐須美神社谷津田権禰宜に境内や宝物殿をご案内頂きました。伊佐須美神社さんの「伊佐須美」は「いざ進め」からきているとのお話もあり、とても貴重な時間を過ごすことができました。
楼門の前で記念撮影 | 正式参拝での当宮宮司の玉串拝礼 |
責任役員・総代・世話人の玉串拝礼 | 伊佐須美神社 沼澤宮司の講話 |
伊佐須美神社 谷津田権禰宜の宝物殿の説明 | 厄災割をする当宮総代 |
旅行の楽しみであるお宿は、伊佐須美神社のご紹介で会津若松市芦ノ牧温泉にある丸峰観光ホテルに宿泊しました。芦ノ牧温泉は美しい渓谷と湯量豊富な天然温泉が自慢で神経痛・筋肉痛など様々な病に効くとされています。温泉にゆっくり浸かって日々の疲れを癒すと共に、会津の美味しい食材でのお料理に舌鼓を打ちました。
翌12日は朝9時にホテルを出発し、会津若松市に鎮座する蚕養國神社に向かいました。社名に見えるように蚕養国神社の創建には養蚕業が関係すると考えられますが、会津で養蚕が盛んだったことにより祀られたというよりは、会津で養蚕を盛んにしようとする中央政府の政策のために祀られるようになったとみる説が有力視されているようです。拝殿には蚕を用いた額などもあり、蚕にまつわるものが多く見受けられました。
真ん中の文字は蚕の繭で表現されています | 蚕の主食である桑の葉 |
塗り直された朱の鳥居が緑に映えます | 深々と頭を垂れる当宮総代 |
次は郡山市に鎮座する開成山大神宮にて正式参拝を行いました。開成山大神宮は伊勢神宮の御分霊をお祀りする神社で、東北のお伊勢さまとも呼ばれているそうです。正式参拝の中では、巫女さんによる豊栄の舞の奉奏もあり、良い刺激を受けることができました。
開成山大神宮 宮本宮司の講話 | 開成山大神宮の巫女による豊栄の舞の奉奏 |
開成山大神宮 宮本禰宜の講話 | 一日雨でしたが、記念写真撮影時のみ雨が止みました |
その後昼食を食べ、道の駅国見あつかしの里でお土産を購入しました。帰りのバスの中は充実した研修のせいか皆睡魔に襲われておりました。
この度の研修旅行では、参拝者の立場から神社を訪れることで、他の神社さんの良いところを吸収できたように思います。この経験を思い出で留めるのでなく、実践に移し、より参拝の方に寄り添った大崎八幡宮になるように、また職員としてより良い神明奉仕を行えるようにして参りたいと存じます。
祭儀課 浅香
令和四年六月一日月首祭を斎行致しました。
令和4年6月1日
境内の植物の新芽も育ち始める頃、令和四年六月一日月首祭を斎行されました。
今回の月首祭では新人の川村仕女の初奉仕がありました。
萬代の舞を奉仕する川村仕女 |
以下、川村仕女の初奉仕の感想です。
一か月遅れての舞奉仕で、プレッシャーと緊張で思うように舞えませんでしたが、なんとか終えることが出来たので一安心です。次の月次祭では今回の反省点を活かし、自信を持って舞えるよう練習を重ねていきたいと思います。
祭典後、社務所前にて記念撮影 | 六月の御幣束「花橘」(橙・緑) |
当宮では毎月月参り幣束を頒布しております。六月は「花橘」を表しており、橙と緑の御幣束となっています。橘の実は橙で白く小さな花を咲かせます。また、「花橘」は古来から日本人に親しまれている花であり「花橘」の香りは昔を思い出すものとして和歌などにも多く詠まれてきました。
毎月御幣束の色が変わりますので気にかけて頂いたら幸いです。御幣束をご希望の方は授与所にて頒布しております。
皆様のお参りを心よりお待ちしております。
祭儀課 浅見
ウクライナ支援金にご協力頂きありがとうございました
令和4年5月31日
現在、ウクライナでは子供を含む多くの民間人が難民となり不自由な生活を強いられています。これをうけて国際社会は相互扶助の精神のもと、世界各地はもとより日本国内でも支援の機運が高い状態が続いております。
神道の精神である敬神生活の綱領に「大御心をいただきてむつび和らぎ、国の隆昌と世界の共存共栄とを祈ること」とあるように常日頃から世界の平和を祈る神職として、微力ながら難民支援の募金活動を社頭で行いました。
尚、令和4年4月から同年5月末までご支援いただきました皆様方につきましては、以下の通りご報告申し上げます。
また本支援金に関しては、「AARJAPAN 認定NPO法人 難民を助ける会」を通じてウクライナ支援に使用させて頂きます事を申し加えます。
ウクライナ支援の様子
社殿前に併設している外拝殿の賽銭箱横に支援金箱を用意しました。 ウクライナの国旗の色が支援金箱に良く映えています。 |
支援金芳名簿を支援金箱と共に置き、記帳をつのりました。 大変多くの方に記帳いただき、芳名簿は御神前に奉献しました。 |
令和4年4月1日~同年5月31日
ウクライナ支援金奉賛者一覧
(五十音順・敬称略)
氏名 | 住所 |
---|---|
相澤 千華 | 仙台市青葉区 |
赤間 昌幸 | 宮城県宮城郡 |
浅倉 直美 | 埼玉県さいたま市 |
浅倉 優奈 | 埼玉県さいたま市 |
安喰 清二 | 仙台市太白区 |
安達 洋子 | 仙台市青葉区 |
阿部 和江 | 仙台市太白区 |
阿部 幸郎 | 仙台市太白区 |
天内 豊 | 青森県青森市 |
新井 朋子 | 埼玉県草加市 |
荒田 陽子 | 北海道釧路市 |
家田 和久 | 仙台市太白区 |
家田 節子 | 仙台市太白区 |
伊沢 安吉 | 東京都台東区 |
石井 京輔 | 仙台市青葉区 |
石川 寿美子 | 仙台市青葉区 |
石川 浩二 | 千葉県松戸市 |
泉 由紀子 | 仙台市青葉区 |
井關 弥生 | 新潟県新潟市 |
井關 佳直 | 新潟県新潟市 |
一戸 斉 | 仙台市宮城野区 |
一ノ渡 守 | 仙台市泉区 |
井上 雅登 | 仙台市青葉区 |
内海 和子 | 宮城県大崎市 |
内海 由也 | 宮城県多賀城市 |
遠藤 幸恵 | 仙台市青葉区 |
及川 博仁 | 仙台市青葉区 |
太田 富太郎 | 仙台市太白区 |
大槻 寿 | 青森県むつ市 |
大森 幸治 | 仙台市宮城野区 |
小川 律子 | 宮城県富谷市 |
小野 雅広 | 宮城県白石市 |
小野 まゆみ | 宮城県白石市 |
小山 和寿 | 仙台市泉区 |
片岡 由紀子 | 福岡県福津市 |
勝田 未央 | 東京都目黒区 |
加藤 和枝 | 山形県新庄市 |
可児 信昌 | 神奈川県横浜市 |
金子 真津美 | 静岡県御殿場市 |
叶 安博 | 仙台市若林区 |
鎌田 克志 | 仙台市太白区 |
河合 範泰 | 埼玉県白岡市 |
河合 秀子 | 埼玉県白岡市 |
川田 博幸 | 仙台市泉区 |
川田 幸子 | 仙台市泉区 |
川村 美保子 | 仙台市青葉区 |
菊池 典子 | 仙台市青葉区 |
日下 智彰 | 仙台市泉区 |
日下 野華 | 仙台市泉区 |
草野 雅迦 | 仙台市泉区 |
草野 理恵 | 仙台市泉区 |
工藤 純子 | 山形県最上郡 |
工藤 真輝 | 仙台市青葉区 |
工藤 正夫 | 山形県最上郡 |
工藤 廉也 | 仙台市青葉区 |
久保 伸子 | 仙台市青葉区 |
栗田 和子 | 仙台市泉区 |
郷 智也 | 東京都世田谷区 |
小菅 綾子 | 東京都足立区 |
児玉 翔太郎 | 兵庫県神戸市 |
児玉 登子 | 広島県三原市 |
後藤 絵里子 | 仙台市青葉区 |
後藤 勝也 | 宮城県大崎市 |
小森 正彦 | 愛知県知多郡 |
近藤 良子 | 北海道旭川市 |
今野 隆一 | 仙台市泉区 |
今野 礼子 | 仙台市泉区 |
斎藤 勝 | 山形県酒田市 |
斎藤 光子 | 福島県伊達市 |
斎藤 美奈子 | 福島県伊達市 |
佐々木 勝宏 | 福島県二本松市 |
佐々木 理恵子 | 仙台市太白区 |
佐藤 あつ子 | 仙台市青葉区 |
佐藤 緯久美 | 宮城県名取市 |
佐藤 郁美 | 仙台市若林区 |
佐藤 二平 | 埼玉県和光市 |
佐藤 智 | 山形県東村山郡 |
佐藤 洋 | 宮城県名取市 |
佐藤 美羽 | 山形県山形市 |
佐藤 美千恵 | 仙台市若林区 |
佐藤 裕子 | 仙台市宮城野区 |
佐藤 有希 | 仙台市若林区 |
佐藤 由美子 | 山形県山形市 |
佐藤 孝美 | 山形県山形市 |
澤田 久美 | 仙台市青葉区 |
澤部 喜彬 | 仙台市青葉区 |
椎木 康之 | 仙台市青葉区 |
塩入 章弘 | 仙台市青葉区 |
篠田 雅男 | 仙台市青葉区 |
清水 京子 | 岩手県北上市 |
庄司 吉毅 | 仙台市太白区 |
白川 里実 | 秋田県秋田市 |
白川 慎吾 | 秋田県秋田市 |
白鳥 みつ子 | 仙台市青葉区 |
新藤 訓 | 千葉県市川市 |
末久 堅次 | 香川県三豊市 |
菅澤 泉 | 仙台市泉区 |
菅原 啓子 | 仙台市青葉区 |
菅原 俊浩 | 宮城県東松島市 |
鈴木 浩一 | 仙台市宮城野区 |
瀬川 史佳 | 仙台市青葉区 |
関口 博道 | 仙台市青葉区 |
関本 直子 | 兵庫県姫路市 |
大小原 徹 | 神奈川県藤沢市 |
高成 真輝 | 仙台市青葉区 |
髙橋 敏一 | 宮城県石巻市 |
高橋 紀子 | 仙台市青葉区 |
髙橋 裕美 | 仙台市泉区 |
髙橋 美佐子 | 仙台市若林区 |
高前田 紀子 | 岩手県盛岡市 |
武田 しのぶ | 仙台市泉区 |
武山 圭輔 | 仙台市太白区 |
武山 由佳 | 仙台市太白区 |
橘 成子 | 仙台市宮城野区 |
田手 直美 | 仙台市泉区 |
田中 富之 | 群馬県安中市 |
田辺 依吹 | 新潟県燕市 |
田村 良子 | 青森県三沢市 |
千葉 亮介 | 仙台市青葉区 |
長南 英樹 | 東京都中央区 |
津田 累 | 神奈川県川崎市 |
遠矢 宣昭 | 広島県三原市 |
富田 純一 | 茨城県鉾田市 |
戸村 光男 | 宮城県石巻市 |
長岐 宏 | 仙台市青葉区 |
中村 彩乃 | 大阪府大阪市 |
中村 鉄也 | 青森県八戸市 |
中村 維杜 | 青森県青森市 |
中本 さな恵 | 東京都新宿区 |
成田 玲亜 | 仙台市青葉区 |
二階堂 靖子 | 仙台市若林区 |
新田見 英行 | 神奈川県足柄上郡 |
沼田 道野 | 仙台市青葉区 |
芳賀 亮一 | 福島県福島市 |
羽沢 節子 | 仙台市若林区 |
浜田 朋恵 | 仙台市青葉区 |
半澤 篤子 | 宮城県白石市 |
廣井 信武 | 長崎県大村市 |
廣井 祐子 | 長崎県大村市 |
福井 栄子 | 仙台市青葉区 |
藤井 真奈美 | 仙台市青葉区 |
藤原 悟 | 秋田県湯沢市 |
前田 くるみ | 宮城県東松島市 |
真下 由里子 | 北海道札幌市 |
松浦 未来 | 宮城県多賀城市 |
松岡 則子 | 仙台市青葉区 |
松尾 修一 | 仙台市青葉区 |
松元 達一 | 福岡県福岡市 |
水野 有子 | 大阪府池田市 |
水間 安翔 | 東京都国立市 |
三間 博美 | 長野県安曇野市 |
宮﨑 絹子 | 静岡県三島市 |
村上 菊子 | 神奈川県横浜市 |
室井 晃 | 栃木県小山市 |
門馬 秀征 | 仙台市青葉区 |
矢口 研 | 仙台市宮城野区 |
梁瀬 健 | 山形県新庄市 |
山内 武史 | 宮城県富谷市 |
山内 良樹 | 宮城県大崎市 |
八巻 陽子 | 山形県東置賜郡 |
山口 マリコ | 東京都江戸川区 |
山田 乃武 | 千葉県袖ヶ浦市 |
山田 成宏 | 愛知県名古屋市 |
山田 正寿 | 栃木県小山市 |
山田 泰子 | 千葉県袖ヶ浦市 |
山本 敬 | 仙台市太白区 |
結城 隆 | 仙台市太白区 |
湯本 トミ子 | 東京都葛飾区 |
吉井 英児 | 山形県山形市 |
吉田 仁 | 東京都杉並区 |
吉留 るみ子 | 仙台市若林区 |
渡辺 和世 | 仙台市若林区 |
渡邉 喜美子 | 仙台市青葉区 |
渡辺 順子 | 神奈川県横浜市 |
渡辺 敏弘 | 神奈川県横浜市 |
渡辺 睦 | 宮城県柴田郡 |
渡辺 もも | 神奈川県横浜市 |
おこころざしを賜りましたすべての皆様に大崎八幡大神様の御加護のもと、弥益々のご多幸とご隆昌をお祈り申し上げます。
ご結婚、おめでとうございます
令和4年5月23日
大崎八幡の大神様の大前において、5月に挙式を挙げられた方々に掲載許可を頂きましたので、ここにご報告申し上げます。
5月14日 神野・野村御両家 | 5月22日 千種・菊田御両家 |
現在当宮では令和3年2月、3月に発生した地震によって起きた社殿のひび割れ等を修復する災害復旧工事を行っている為、国宝の社殿の前に特設の舞台(外拝殿)を設け、その舞台上にて挙式を斎行しております。
殿内で斎行する挙式も厳かではございますが、外拝殿にての挙式は日本古来の人前式を彷彿とさせる温かさに充ちたものとなっているように存じます。
外拝殿での挙式の様子は以下の通りとなっております。
斎主 祝詞奏上 | 三三九度 誓盃の儀 |
仕女による浦安の舞 | 職員による雅楽の生演奏 |
当宮では9月の例祭期間、12月から2月中旬の繁忙期を除き、御社殿での挙式を受けつけております。またご予約は半年前から受け付けておりますので、ご興味のある方は電話やメールにてお問い合わせ頂ければと思います。
5月に当宮にて挙式を斎行された2組のご夫婦には八幡様のご加護のもと、お二人の末永いお幸せと、御両家の皆様方の益々のご多幸とご健勝を心よりご祈念申し上げます。 誠におめでとうございました。
祭儀課 浅香
月次祭並びに沖縄本土復帰五十周年記念国土平安祈願祭を斎行しました
令和4年5月15日
祭典は外拝殿にて斎行しております |
令和4年5月15日午前10時より月次祭並びに沖縄本土復帰五十周年国土平安祈願祭が斎行されました。
この度の沖縄本土復帰五十周年国土平安祈願祭は、昭和47(1972)年5月15日に沖縄諸島が本土に復帰してから50年の節目の日で、神道青年全国協議会からの呼びかけにより、全国各地の神社にて祭典が斎行される運びとなったものです。神道青年全国協議会とは、全国津々浦々の神社に奉職する若手神職の集いで、昭和33(1958)年より沖縄県の本土復帰運動に取り組んでいらっしゃいました。昭和47(1972)年には復帰祈念として全国の名石を持ち寄り、日本有人最南端の波照間島に「波照間の碑」を建立したのをはじめ、昭和60(1985)年には昭和天皇御在位60周年を記念して「国旗掲揚塔」の建設、また国旗プレートを埋め込んだ「聖寿奉祝の碑」を建立、そして周年ごとに奉告祭を斎行されています。
当宮においても沖縄県のより一層の発展を祈念すると共に、平和な世界の実現に向けての祈りを捧げようということでこの度の斎行に至りました。祭典は宮司以下禰宜と共に、神道青年全国協議会の単位会である宮城県神道青年協議会の会員の神職がご奉仕しました。
月次祭祝詞に合わせて沖縄復帰の御祝いと国土の平和を奏上しました | 剣鈴を手に執り、四方拝の舞ぶりの様子 |
通常の月次祭では御神楽は当宮独自の「萬代の舞」が奉奏されますが、今回は平和な世を願い、「浦安の舞」が奉奏されました。「浦安の舞」の浦安の意味ですが、日本の古語で「浦」は「こころ」、「安」は「安らぎ」であると言われております。心の安らぎ、つまりは平和を願うために作られた御神楽です。実はこの浦安という言葉、日本書紀では日本を美称する言葉として使われていて、「昔伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、この国を目(なづ)けて曰く、日本は浦安国」というように心安らかなる美しい国と称しています。
祭員の玉串拝礼 | 神楽舞の稽古をつけて下さっている宮田まゆみ殿の参列がありました |
祭典に御参列頂いた4名の方には玉串拝礼をして頂きました。祭典当日は日曜日という事もあり多くの方の御参列、またご見学がありました。
先の戦争から70年以上が経過し、戦争を知らない世代が国民の大半を占めるようになってまいりました。戦争の事実を知り後世に伝えるとともに、「平和」について考える良い機会となればと存じます。
祭儀課 浅香
月首祭を斎行致しました
令和4年5月1日
春も深まり、新緑が芽生える中、月首祭が斎行されました。
今月の舞人の執物には「皐月」が使われております。執物の花には季節の花が使われておりますので、ぜひ注目していただけたら幸いです。
祓所にて修祓を受ける祭員 | 神饌献饌 |
萬代の舞 奉奏 |
当宮では毎月一日十五日に月首祭、月次祭を午前十時より斎行しております。参列希望の際は当日の午前九時四十五分までに祈願受付までお越しください。祭典参列の際のお初穂料は三千円よりお気持ちお納めいただいております。
皆様のご参列を心よりお待ち申し上げております。
祭儀課 浅見
伊達武将隊出陣式を執り行いました
令和4年4月30日
令和4年4月30日午後12時30分より奥州・仙台おもてなし集団伊達武将隊第13期出陣式が当宮にて執り行われました。
伊達武将隊とは仙台城跡を拠点とし、伊達政宗公を中心に仙台の魅力と歴史を伝えるおもてなし集団として平成22年に結成され今年で12年目の節目となります。全国各地のイベントに参加するなどをして仙台・宮城のPR活動をしております。
大石段を登る伊達武将の皆様 | 竹に雀の家紋 |
修祓玉串拝礼 | |
開運守袋の授与 |
お参りの後は、境内にて大絵馬の揮毫があり、その様子を伊達武将隊のインスタグラムにてライブ配信されました。
大絵馬への揮毫の様 | 「ずんだもち」の掛け声にて記念撮影 |
大勢の参拝者の方々が見守る中での、出陣式・大絵馬奉納式となりました。揮毫して頂いた大絵馬は御社殿の西側にて展示しておりますので、参拝の折にはぜひご覧ください。
祭儀課 櫻井
令和4年昭和祭が斎行されました
令和4年4月29日
令和4年4月29日(祝)、午前10時より昭和祭が斎行されました。
御社殿前の風景 | 祓所にて修祓が行われた後、祭場へ向かいます |
昭和祭は、平成19年になされた祝日法の改正により、「みどりの日」から「昭和の日」と改称され制定されたのを機に斎行されるようになった祭典で、この日は昭和天皇御生誕の日でありました。
現在、災害復旧工事実施中の為、祭典も外拝殿にて執り行われております
献饌 |
昭和という御代は、大きな戦争の痛手から復興へ、そして高度経済成長を成し遂げ、わが国が現在につながる世界的に確固たる位置を確立するに至った、激動の時代でありました。
皇室の益々の弥栄と国家の安寧、世界の平和を祝詞に添えて申し上げ、引き続き「浦安舞」を奉奏いたします。
「天地の神にぞ祈る 朝凪の海のごとくに 波立たぬ世を」という浦安舞の歌詞となりました御製は、まさにそうした時代を生きてこられた昭和天皇の御心が表されたものでした。
宮司祝詞奏上 | 浦安舞奉奏 |
祭典後、引き続き宮司以下祭員は遥拝所へ向かい、昭和天皇陵墓がございます、武蔵野陵(むさしのみささぎ)を遥拝いたしました。
遥拝所にて昭和天皇陵墓を遥拝 |
昭和の時代は平成へと至り、令和へと継承されております。
受け継がれているその精神を涵養発展させ、さらなる成熟された国家へ成りまして行くことを祈ります。
またこの祭典におきまして、本年4月に入社いたしました浅見出仕の初奉仕ともなっていました。
以下、本人の感想を記載いたします。
浅見出仕
昭和祭での初奉仕は緊張の連続でした。学生時代とは違い、神職として見られていることを実感し、それと同時に身が一層引き締まるのを感じました。奉仕の反省点も多々ありますので、これからも研鑽を積んで参りたいと思います。
祭典開始時、参進 | 祭典終了後、大広間前にて記念写真 |
祭儀課 日野
今年も小さな仲間達がやってきました
令和4年4月27日
つぶらな瞳と小さな体が とても可愛らしい矮鶏の雛 |
境内を自由に歩き回り、参拝にいらした皆様方に愛されております矮鶏(チャボ)の雛がやってまいりました。
当宮では、数年前から境内に矮鶏を数羽放し飼いにしております。鶏と当宮の関係といいますと、「鶏橋」の伝説があります。大崎八幡宮境内の西側に国見の丘陵地帯から流れる小石沢という小さな沢があり、ここに架かる橋は「鶏橋」と呼ばれています。これは『毎夜一羽の金色の鶏が橋の欄干で鳴くので、人々が不思議に思い、八幡様へお参りしたところ、八幡宮に奉納された「鶏の絵馬」から抜け出して橋の方角へ飛んでいき鳴いていたことが分かりました。原因がわかった人々は絵馬に金網を張ると鶏は鳴かなくなりましたが、その夜から雨が降り続き間もなく大洪水が起こってしまいました。人々は毎夜鳴いていたのは洪水を知らせるためであったと知り、橋の名前を「鶏橋」と名付けました。』という話からきたものです。(『宮城県史』、『仙臺傳説集』)
矮鶏の御機嫌が良ければ 手の上にも乗ってくれます |
いつも2羽一緒に行動しています |
現在当宮では、成長した矮鶏が2羽境内で自由気ままな生活を送っております。雛の方は、ぴよぴよと元気に鳴き、身を寄せ合う姿に職員も癒されております。日々の成長著しく、少しずつ親鳥のように羽が生え揃ってまいりましたが、まだまだ遊び盛りなようで元気に歩き回っております。
小さな嘴で必死に餌を 食べております |
保温器の下、 皆揃って温まっています |
参拝にいらした際には御社殿東側テントにおります雛、また境内を闊歩している矮鶏2羽に会いに来ていただければと思います。
祭儀課 浅香
境内に春がやってまいりました
令和4年4月25日
奉納された筍 | 日供祭で神饌と共に筍もお祓いしました |
春の訪れを感じさせる筍。しかし、成長が速くすぐに竹となってしまうため、生の筍を楽しむことができるのは限られた期間となっております。国内で食用筍として一般的な孟宗竹の筍は、3月から5月にかけての時期が旬で、独特の香りと味、そして歯応えのある野菜です。また、食物繊維が豊富で腸内環境を整えるとともに、コレステロールの吸収を抑える働きや塩分の排出を促すカリウムを多く含むなど、動脈硬化や高血圧の予防も期待できるといわれています。
そのような筍が当宮境内南にあります竹林にて収穫されました。当宮技手の手により収穫された筍は、神職が毎朝ご奉仕する日供祭にて大崎八幡大神様の御神前に奉られました。
境内南の竹林は、7月1日から催される七夕の笹や、1月14日松焚祭の斎場等様々な場面で使用しております。
また、先日当宮境内南の竹林に隣接した空地に赤松61本を植樹致しました。赤松は松食いに耐性のある品種だそうです。
竹林の様子 | |
整然と赤松が植樹されています | 現在45cmほどに成長しています |
春を過ぎ初夏を迎えるこの時期は境内の木々が成長し緑豊かになります。鎮守の杜を管理育成し、次世代に残していけるよう自然と上手に付き合っていきたいものです。
祭儀課 浅香
刈田嶺神社の除雪作業を行いました。
令和4年4月18日
去る令和4年4月18日蔵王エコーライン開通に伴い、蔵王山刈田嶺神社に除雪作業に行ってまいりました。
当日は、宮司含め12人が除雪作業を行い、その中で6人が初参加でございました。
雪かき当日の様子 |
刈田嶺神社の御祭神は天之水分神・国之水分神という神が祀られております。どんな魔でも叩き割り、また時には雨を降らせ大地を潤し、雪を生み、霧を叩き、川を作る。農耕をはじめ諸産業の頼もしい水の神として慕われ崇敬されています。
雪で隠れている刈田嶺神社奥宮 | スコップを用いて参道前を掘り進めていきました。 |
以下初参加5人の感想です。
浪打権禰宜
青森出身の私にとっては、雪かきというのはどこか懐かしさを感じさせられる作業でありました。雪を除け、奥宮の扉が開かれた時には何とも言葉にしがたい達成感が得られたことを今も記憶しております。エコーラインが開通しましたら、刈田嶺山頂で大きく息を吸い込み、清々しい気持ちで参拝されてみてはいかがでしょうか。
浅香権禰宜
東京の海抜0メートル地帯で生まれ育った私にとって、本格的な雪かきというのは未知数で不安もありましたが、作業をしていく中で自然と共存していくことの大変さを感じました。地球温暖化が進行し気候変動が激しくなっている昨今ですので、自然との関わり方を考える良い機会になったと思います。
浅見出仕
私はこの時期に山の上にある神社の雪かきをすることが初めてだったので、神社の重要性や雪かきの大変さが身に沁みました。そしてこの経験を糧にしてこれからも頑張りたいです。
櫻井仕女
元々体力には自信がありましたが、山頂の雪かき作業は地上の雪かきよりも大変だと感じました。頂上の天候は変わりやすいと聞いていたので、たくさん着込んでいきましたが動いていたためすぐに体温が上がってしまいました。正午に近づくにつれて太陽も徐々に顔を出してきたため、頬の周りが日に焼けてしまいましたが、沢山の方と協力し大きな怪我なく終えられたのは凄くいい事だったと思います。
鈴木仕女
沿岸部で生まれ育ち、雪かきをあまりしたことがなく、初めは不安材料でしたが蔵王山山頂での雪かきは、自然の豊かさ・有難みを知れて、貴重な機会でした。
川村仕女
思っていたより大変でしたが、沢山の方々と協力し、天候も良かったのでとても気分転換になりました。
蔵王エコーライン |
また、蔵王エコーラインは4月22日に開通でございます。
5月中旬まで雪の壁、夏は新緑を浴びながらドライブ、9月中旬から紅葉が美しく、四季折々の自然が満喫できる道です。
ぜひ蔵王エコーラインを通って刈田嶺神社へご参拝下さい。
庶務課 鈴木
北辰社例祭を斎行致しました
令和4年4月15日
令和4年4月15日午前11時より北辰社例祭が斎行されました。
北辰社に祀られる神様は「天御中主神」と呼ばれる神様であり、『古事記』において高皇産霊神、神皇産霊神と共に造化三神と呼ばれ、天地を創生し、大自然を司る神をして崇められています。厄災を取り除く妙見菩薩の化現としても崇拝されております。また、「北辰」は北極星を意味しています
献饌 | 浦安の舞 奉奏 |
左奥 楽太鼓・笙 左手前から篳篥、龍笛 |
参列者代表として 宮司 玉串拝礼 |
奉祝天皇陛下御即位記念境内整備事業の一環と致しまして、令和3年4月15日に遷座祭(旧社殿から新社殿へと御霊を遷す祭典)を斎行致しました。当宮では4月15日を北辰社の例祭日と定め本年より斎行致しております。
当日は天候の悪い中にもかかわらず、参拝者の方々は足を止めて祭典を見学されており、参列者代表の当宮宮司に合わせご拝礼頂きました。
尚、北辰社並びに境内社の御朱印を授与所にて頒布しております。大崎八幡宮を参拝した際には各末社の方にも是非お参りください。
祭儀課 浅見
月次祭を斎行致しました
令和4年4月15日
桜も舞い踊る春の日の中、令和4年4月15日月次祭が斎行されました。
今回の月次祭では舞人の執物と挿頭に境内の桜が使われ、「萬代の舞」を舞う姿は春を感じさせるひと時でした。
献饌 | 萬代の舞 奉奏 |
二之鳥居の桜 | 休憩所「鞍」の桜 |
季節を表す名称と致しまして二十四節季、それを五日ずつ分けたものを七十二候というものがございます。去る4月15日は「虹始見(にじはじめてあらわる)」といい、春が深まり、空気が澄み虹を見始める時期となっております。お参りの際には境内の澄んだ空気と共に春を感じて頂ければ幸いです。
祭儀課 浅見
令和4年4月月首祭を斎行致しました
令和4年4月1日
令和4年4月1日午前10時より外拝殿にて月首祭を斎行致しました。祭典中は、前日の悪天候とは打って変わって暖かな陽射しが降り注ぎ、門出に相応しい陽気でございました。
月首祭は毎月1日と15日に斎行されます。1日の月首祭と15日の月次祭は字こそ違いますが、どちらも「つきなみさい」と読みます。また、「つきなみ」という言葉には毎月という意味が込められているとされています。
宮司 祝詞奏上 | 御神楽「萬代の舞」奉奏 |
祭員の玉串拝礼 | 今回の雅楽の奏楽では鞨鼓・太鼓・鉦鼓の打ち物を用いました |
此度の月首祭では、当宮の新入職員の参列がありました。本年度は神職1名、仕女2名、技手1名の計4名が新たに奉職し、当宮の職員は計16名になりました。お宮で神職・仕女・技手としてお勤めする最初の節目として、まず大神様にご挨拶申し上げ、健やかに御奉仕できますように各々思いを込めて玉串拝礼をいたしました。
玉串拝礼 出仕 浅見 詳 | 玉串拝礼 仕女 菅原 未愛 |
祭典終了後、引き続き宮司により辞令が伝達されました。新入職員の辞令と共に、4月より権禰宜になる浪打出仕と浅香出仕は神社本庁より『大崎八幡宮権禰宜』としての辞令が交付されました。
辞令伝達 仕女 川村 智美 | 辞令伝達 技手 齋藤 基博 |
以下、新権禰宜2名と新入職員4名より、一言ご挨拶申し上げます。
浪打権禰宜
今回権禰宜を拝命し、こうして成長の機会を賜りましたのもひとえに皆様のお蔭でございます。まだまだ至らない私ではありますが、今後とも変わらぬご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
浅香権禰宜
大崎八幡宮に奉職して早1年が過ぎ、この度権禰宜を拝命することになりました。諸先輩方のご指導を賜りながら心技体揃った神職になれるよう、より一層精進して参る所でございます。
浅見出仕
今年度より入社致しました浅見と申します。様々な事を吸収し成長していきたいと思います。未熟者ではございますが、何卒ご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。
菅原仕女
4月から仕女として奉職しました菅原と申します。笑顔で参拝者の方をお迎えしたいと思います。まだわからないことが多いのですが、一生懸命頑張ります。宜しくお願い致します。
川村仕女
4月から仕女としてご奉仕をさせて頂きます川村と申します。参拝者の方々が気持ちよくお参りしていただけるよう精いっぱい努力して参ります。宜しくお願い致します。
齋藤技手
4月1日付けで入社し、管理課にて境内で営繕業務等を担当することになりました。伊達政宗公が建立し国宝である大崎八幡宮での営繕業務は維持管理だけでなく祭典の準備など覚えなくてはならない仕事がたくさんあり不安や緊張もありますが、早く仕事を覚え、参拝者の皆様が気持ちよく参拝できるよう一生懸命努めていきたいと思います。
参列頂いた当宮世話人の篠田殿、宮司と新入社員での記念撮影 | 浅葱色の袴をはき、神社本庁から頂いた任命書を持って記念撮影 |
新たな鳩子の仲間入りでございます。あたたかいご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
祭儀課 浅香
花壇自動車学校教習車納車式並びに交通安全祈願祭が斎行されました
令和4年3月24日
令和4年3月24日午前10時より花壇自動車学校(仙台市青葉区花壇8-7)にて、花壇自動車学校教習車納車式並びに交通安全祈願祭を斎行致しました。当宮から宮司小野目博昭以下3名が出向しご奉仕致しました。
宮司 祝詞奏上 | 当宮の特注単盃での神酒拝戴 |
整然と教習車が並んだ景色は壮観でした |
今回の新教習車はトヨタ自動車宮城大衡工場で生産されたレクサス36台が納車されました。
当日は、宮城県知事 村井嘉浩殿、トヨタ自動車東日本株式会社代表取締役会長 白根武史殿、仙台トヨペット株式会社代表取締役会長 亀井文行殿をはじめ、学校法人角川学園理事長 角川重博殿など計20名の方が御参列されました。
祭典終了後にはセレモニーが行われ、来賓の方々の祝辞やゴールデンキーの授与、記念撮影が行われました。
村井知事の祝辞 | ゴールデンキーの授与 |
記念写真の撮影 |
今回当宮より交通安全の御守を授与いたしました。佐賀錦にて奉製した物で、当宮祭儀棟授与所にても頒布しております。
その一体一体を新しい教習車にお祀り頂く事で、これから運転教習を受ける教習生や指導に当たる教官の皆様に八幡様の御加護を享受されます事を心よりご祈念申し上げます。
祭儀課 浅香
東日本大震災復興祈願祭を斎行致しました
令和4年3月11日
令和4年3月11日午後2時より、外拝殿にて東日本大震災復興祈願祭が斎行されました。
平成23年3月11日午後2時46分、宮城県三陸沖深さ約24キロメートルでマグニチュード9.0の地震が発生しました。この地震は最大震度7を観測し、6分以上に及びました。
地震に続き、北海道から千葉県に至る太平洋沿岸地域では10メートル近くの巨大津波が押し寄せ破壊的な被害がもたらされました。さらに津波の被害で電源を喪失した東京電力福島第一原子力発電所は炉心融解を起し重大な事故に発展しました。
この東日本大震災の死者・行方不明者は現在までで1万8千人を越え、全壊・半壊した家屋は約40万5千戸、未だ故郷の地に戻れず避難生活を余儀なくされている方々は約3万3千人と伝えられております。
当宮では、未曽有の東日本大震災から11年目にあたり、改めて当時を思い、今なお復旧復興の途上にある各地域の更なる復興を祈願致しました。
8台の神饌を御神前にお供えします | 宮司 祝詞奏上 |
御神楽 浦安の舞 奉奏 | 玉串拝礼 |
仕女による御神楽浦安の舞では、世界の平和と東日本大震災にて尊き犠牲となられた方々への慰霊、また各地域の復興を合わせて祈りつつ奉仕致しました。
午後2時46分に合わせて境内で見学されていたご参拝の皆様も一緒に1分間の黙祷を捧げました。その後、遥拝所を通して被災各地域を遥拝致しました。
1分間の黙祷 | 遥拝所前にて遥拝 |
当宮社殿西側の西廻廊にて2月20日より東日本大震災復興支援の記録をパネルと動画にて展示しております。また、復興支援として、気仙沼市の酒蔵である(株)角星殿の船尾灯を御神酒として、月光プロジェクトの焼き海苔を祈願撤下品としてお頒かちしております。
当宮にご参拝の折には、当時を思い起こし復興への祈りを捧げて頂けますと幸いです。
祭儀課 浅香
令和4年 天長祭が斎行されました
令和4年2月23日
令和4年2月23日(祝)午前10時、天長祭が斎行されました。
天皇誕生日として国民の祝日でありますこの日、宮中において、また全国の神社でこの「天長祭」が斎行され奉祝されます。
「天長」とは〈天長地久〉「天は長く地は久しい(天は永遠に続き、地は悠久の時を経る)」の中国古典『老子』に基づく言葉で、天が天皇陛下を隠喩し、国家の安泰を祈る意を表します。
参進 |
積雪の多い本年です。前日湿った雪が降りしきり、翌朝より眩しい陽光が照り始めた日差しの下、残雪の上を宮司以下祭員・仕女が闊歩して定刻通り参進いたします。
折しも、昨年2月に発生した福島県沖地震の被害を受けて「国宝 大崎八幡宮 本殿・石の間・拝殿 保存修理(災害復旧)工事」が御社殿周囲全体にて着工開始し、現在進められておりますので、外拝殿・舞台上において祭典は奉仕されました。
外拝殿舞台上において祭場を設えております。 | ご参拝の皆様も熱心に祭典を見入られ、参加されておりました。 |
皇室の弥栄と国家の安泰、ひいては世界の平和と氏子崇敬者皆さまの御安寧を祝詞に添えてお祈り申し上げ、続いて仕女二名による浦安舞奉奏を執り行います。
浦安舞奉奏 | 遥拝所前にて皇居遥拝 |
祭典後、宮司以下祭員仕女は遥拝所へと向かい、ご参拝の皆様とともに皇居を遥拝いたしました。
令和の御代を思い、お互いを思いやる心でこのコロナ禍が早期に終息し、再び新たなる豊かな時代が築かれて行くことを願います。
大広間前、風にたなびく国旗 |
祭儀課 権禰宜 日野
祈年祭が斎行されました
令和4年2月17日
直前まで深々と雪が降っていましたが、祭典開始に合わせ太陽が顔を出しました。 |
令和4年2月17日午前10時から祈年祭が斎行されました。
祈年祭とは古来毎年2月に年穀の豊穣と共に、皇室の御隆昌と国家万民の安泰を祈る祭典で、既に大宝律令にもその名が見え、由来するところ極めて古いことが知られています。明治以降は、2月17日を以て祭日とし、今日に至っております。
祈年祭の年は稲の実りを表すとされていて、収穫感謝の祭典である11月23日の新嘗祭の対となる祭典でございます。
祓所での修祓 | 本装束での浦安の舞 |
祭典は祓所にて修祓を行った後、御社殿内にて滞りなく斎行致しました。祈年祭は大祭に分類されるお祭りのため仕女の浦安の舞は本装束でのご奉仕となりました。
また、当宮では祈年祭に併せ、新年度採用の女子職員(仕女)に参列していただいた後、4月1日に向けてご奉仕のための装束(袴、白衣、足袋)などの採寸を行いました。初めての祭典参列で緊張の面持ちでしたが、先輩仕女の浦安の舞を憧憬のまなざしで見つめている姿が印象的でした。
新年度採用女子職員の玉串拝礼 | 祭典の後、末社巡拝を行いました |
只に年穀の豊穣にとどまらずあらゆる産業の発展、国力の充実も祈念申し上げます。
祭儀課 浅香
月次祭を斎行致しました
令和4年2月15日
至る令和4年2月15日午前10時より月次祭を滞りなく斎行致しました。当日は一名の参列がございました。
祭員参進時 |
本日から舞人が持つ執り物が桜に変わり、春の訪れを感じる舞となりました。
尚、桜の執り物は、5月の祭典までご覧頂けます。
仕女による舞奉仕 |
尚、祭典後々末社巡拝を行う予定でしたが、降雪により長床前からの参拝となりました。
長床からの末社巡拝 |
連日の積雪により御社殿も雪化粧しておりました。
雪化粧した御社殿 |
大崎八幡宮では毎月1・15日午前10時より、月首祭・月次祭を斎行しております。
祭典開始の15分前までにお申込み頂き、ご希望の方・ご興味がある方の御参列を心からお待ちしております。
祭儀課 鈴木
仙台ロイヤルパークホテル神殿例祭を斎行致しました
令和4年2月14日
令和4年2月14日、仙台ロイヤルパークホテル内の神殿にて例祭を斎行致しました。
仙台ロイヤルパークホテルは、平成7年に開業され今年で27年目を迎えるそうです。ホテル内の神殿は、平成7年2月28日に遷座祭を斎行し、大崎八幡宮の御分霊がお祀りされました。挙式奉仕等の際には当宮職員が出向し、ご奉仕をしてまいりました。
祭典は午前10時より宮司一拝から始まり、神前に神饌をお供えし、宮司が祝詞を奏上致しました。その後、当宮仕女による萬代の舞が奉奏されました。例祭では浦安の舞が奉奏されることが多く見受けられますが、八幡様の御分霊という事もあり、今回は萬代の舞が奉奏される運びとなりました。萬代の舞では、季節の花を執り物と挿頭に使用します。2月は桜の花を用いました。続いて宮司・祭員による玉串拝礼を行い、ご参列頂きました皆様にもご代表に合わせご同拝頂きました。
祭員の参進 | 献饌 |
宮司 祝詞奏上 | 萬代の舞 |
ホテル関係者の玉串拝礼 | 宮司の挨拶 |
最後に神酒拝戴、宮司の挨拶の後にお神酒を受けられ、滞りなく本年の神殿例祭が斎行されました。
この神殿にて夫婦の契りを結ぶ方々がいく久しく幸福な家庭を築くことを祈ると共に、仙台ロイヤルパークホテルの社運隆昌と社員一同のご健康をご祈念申し上げます。
祭儀課 浅香
節分祭を斎行致しました。
令和4年2月3日
去る2月3日午後3時より節分祭を斎行致しました。
その始まりは、東一北振会(現:一番町四丁目商店街振興組合)の皆様の存在でした。八幡町出身の加藤英三郎氏は商店会役員様の多くが戌年生まれという事で商店会の皆様に声掛けを行い、昭和22、23年ごろより戌年生まれの守護神且つ仙台総鎮守の当宮へ、毎年参拝されておりました。時がたち戦後の混乱期も落ち着いたとはいえ、青少年育成の機運も未熟な時代に「子ども達に野球ボールの一つでも配れれば」との思いから当宮及び氏子総代との協議の末、昭和33年(戌歳)より「大崎八幡宮節分祭」を斎行することとなりました。
例年でありますと、多くの地域の皆様方にお越しいただき境内は賑います。昨年度は新型コロナウイルスの感染拡大を鑑み、規模を大幅に縮小しての斎行となりました。今年に於いては一度落ち着きを見せたコロナウイルスでしたが、感染状況の悪化により福物撒豆式は中止し福豆をお渡しする福豆頒布式を祭典後に行う運びとなりました。
当日は祭員、役員総代のみにて祭典が斎行されました。 |
宮司祝詞奏上の後、鳴弦式が斎行されました。鳴弦式は北東より始まり南東、南西、北西へ向けて三度づつ弓を引きます。かつては弓には鬼が嫌う桃の木を用いて、茨の矢を射て鬼を追い払ったとされております。それを模して弓を射、悪鬼を追い払う儀式であります。
みやぎのの 五百枝の神杉 萬代に 御影垂れます 大崎の宮 |
萬代の舞は、故鎌倉・鶴岡八幡宮名誉宮司 白井永二様が詠まれた歌に合わせて、舞う巫女は四季折々の草花を手に執ります。節分祭では梅の花を執り舞奉仕を致しました。
舞の後には息長鈴を用いて振り鈴の儀を執り行いました。この鈴の音には災いが払われ、幸福が授けられると云われています。
玉串拝礼は宮司以下祭員、役員、総代の順に拝礼を致しました。当宮総代の玉串拝礼に合わせ、外拝殿前にてご参拝の皆様にもご拝礼頂きました。
祭典の終了後には宮司以下祭員、また役員総代にて撒豆式を行いました。
マスク付きのフェイスガードを装着、またアルコール消毒等の感染対策が行われました。
まめは「魔滅」とも書かれ、魔を滅する意味を込められております。
また豆撒きは、追儺(ついな)や、鬼やらいと呼ばれ、災厄を齎(もたら)す鬼を、煎り豆を投げて追い払います。
当宮総代の「福は内、福は内、鬼は外、鬼は外、天打ち地打ち四方打ち、鬼の目ん玉ぶっつぶせー」と高らかな発声に続き祭員や参列者も唱えます。さらに新型コロナウイルスの早期終息を祈念し「コロナウイルスぶっとばせー」と加えて唱えました。
また、例年行われておりました福物撒豆式に代わりまして、本年は頒布致しました福豆の裏面に大当たりの印を付け、福物の頒布を行いました。大当たりを手にした参拝者の方には大当たりの福袋を進呈致しました。
大当たり福袋を手にして喜ぶ子供達 中には何が入っていたでしょうか? |
また、福物撒豆式が中止となった為、近隣の幼稚園、小中学校の子供たちには福豆とノート、また学業成就を祈念いたしました鉛筆をお福分けしました。
当宮責任役員より各校の校長先生へとお渡しいたしました。将来、子供たちが学び舎を巣立ったのち、在学中のささやかな思い出になっていただければ幸いです。
①八幡小学校 | ②国見小学校 |
③仙台第一中学校 | ④聖ドミニコ学院幼稚園 |
⑤聖ドミニコ学院小学校 | |
後日、仙台市立第一中学校生徒会より、お礼状が届けられました。 |
今回の祭典の斎行において多くの崇敬者様より奉献品を頂戴いたしました。この場を借りまして心より御礼を申し上げます。
三倉産業(株) | (株)湊 | (有)桜井 | (株)小西美術工藝社 |
(株)植耕 | 司法書士大江章夫事務所 | (株)七十七銀行八幡町支店 | (株)佐勘金物店 |
(株)晃和ディスプレイ | (株)くじらもなか本舗 | テクノ・マインド(株)殿 | (株)三宝社 |
みずほ証券(株)殿 | (株)丸井紙店 | (有)佐藤商店 | 本郷だるま屋 |
杜の都信用金庫 | 八幡町支店 | 東和奉産(株) | (株)阿部 |
福興電気(株) | セブンイレブン仙台国見1丁目店 |
祭儀課 浪打
月首祭を斎行致しました
令和4年2月1日
去る2月1日午前10時より、如月月首祭を斎行致しました。
如月とは、寒さで着物を更に重ねて着ることから、「着更着(きさらぎ)」から来ています。その他、気候が陽気になる季節で「気更来(きさらぎ)」「息更来(きさらぎ)」という意味もあります。また、「生更木(きさらぎ)」の意で草木の芽の張り出す月を表します。
その言葉にふさわしいかのように、八幡宮にても芽吹く季節が訪れて来ました。
梅の花での月首祭舞奉仕は最後です | 色鮮やかで立派な玉串を使用しています |
河北文化賞を受賞した江戸学叢書 |
現在、長床通路には河北文化賞を受賞した江戸学叢書がございます。 仙台の歴史などが事細かに記載されておりますので、仙台について詳しく知りたい方や歴史について学びたい方は、御社殿東側の授与所頒布場所で頒布しております。
ぜひ、手に取ってみてはいかがでしょうか。
祭儀課 櫻井
文化財防火デー消防訓練が行われました
令和4年1月26日
令和4年1月26日、消防訓練を行いました。1月26日は文化財防火デーに制定されております。文化財防火デーの制定は文化庁によると、昭和24年1月26日に現存する世界最古の木造建造物である法隆寺(奈良県斑鳩町)の金堂が炎上し、壁画が焼損したことに基づいているそうです。
文化財建造物の殆どは可燃性のある自然素材で、焼失の恐れがあります。昨今ではフランスのノートルダム寺院や沖縄の首里城など、歴史的建造物の焼失が起こりました。
大崎八幡宮は国宝であり、伊達な文化を象徴する建造物です。もちろん、建物だけではなく、鎮守の杜として歴史を共にしてきた境内も大切な存在でございます。
今回の訓練では、社殿北西杉林から火災が発生した事を想定し、職員は火災発見時の連絡対応、初期消火、初期消火失敗後の参拝者誘導、本殿から重要物品を搬出、放水等の訓練を行いました。
放水訓練中に出現した二つの虹 | 水消火器で消火訓練をしました |
参拝者を安全な所にご案内します | 社殿から重要物品を運び出します |
重要物品は慎重かつ迅速に搬出しました | 放水訓練のために防火服に着替えます |
仮想火点に向けて放水します | 広場にて閉会式を行いました |
多くの方々にご協力を頂きまして消防訓練は無事終了する事ができ、これからも文化財を大切に思い守っていければと再認識致しました。
祭儀課 浅香
令和4年新年雀踊り奉納演舞を斎行致しました
令和4年1月23日
去る1月23日午前11時より仙臺雀踊り連盟「ハネコ・はねこ」「伊達雀」の2連による奉納演舞が執り行われました。
仙臺の伝統芸能である雀踊りは八幡宮のお膝元、石切町が発祥といわれ、その系譜を辿るのが「ハネコ・はねこ」です。
仙台のすずめ踊りは、小気味よいテンポ、躍動感あふれる身振り、伊達家の家紋が「竹に雀」であったこと、はね踊る姿が餌をついばむ雀の姿に似ていたことから、いつの頃からか「雀踊り」と名付けられるようになったと言われております。
修祓(清祓い)、玉串拝礼を行います | ||
ハネコ・はねこ、伊達雀演舞奉納 | ||
ハネコ・はねこ、伊達雀演舞奉納 | 最後に西回廊前で記念撮影を行いました |
古神札焼納祭を斎行致しました
令和4年1月21日
令和4年1月21日午前10時から松焚祭斎場にて古神札焼納祭を斎行致しました。古神札焼納祭はコロナウイルスの蔓延に伴い松焚祭の混雑を避ける参拝者の方が多くなったことを受け、臨時祭典として昨年に引き続き職員のみで行われました。
当日は先日降った雪の影響もあり、凍てつくような寒さでしたが滞りなくご奉仕申し上げました。
忌火が灯された蔭灯を捧持して参進します | 斎主の祝詞奏上 |
古神札を大麻と切麻でお祓いします | 祭員の玉串拝礼 |
蔭灯の忌火を附木に取り古神札に点火します | 古神札が焼納される様子を見守ります |
古神札が焼納されていく様子 |
古神札は一年中お預かりさせて頂いております。古神札納め所を設けてありますので、そちらにお納め頂ければと存じます。(位置は下図の星印の所です。)
皆様のご参拝をお待ち申し上げております。
祭儀課 浅香
仙台・江戸学実行委員会が河北文化賞を受賞しました。
令和4年1月17日
このたび、本宮の小野目博昭宮司を中心とする「仙台・江戸学実行委員会」が第71回 河北文化賞を受賞しました。河北文化賞は学術、芸術、体育、産業、社会活動の各分野で東北の発展に顕著な功績を挙げた個人や団体を顕彰するものです。
「仙台・江戸学実行委員会」は、御鎮座400年の御社殿保存修理の完了を機に、現在の仙台を形作った仙台藩祖伊達政宗公の偉業、医師、文化の伝播や近世の歴史を広く周知し、また地域と歴史を学びなおすことで地域活性化に寄与できればとの考えから活動が始まり、平成19年から平成28年まで十年間「仙台・江戸学講座」を開催し、その内容を叢書として出版してきました。
仙台・江戸学のテーマは、近世仙台藩の歴史、民俗、文学、人物を武家・庶民に関わらず、網羅するものであり、郷土の歴史のみならず日本の歴史を知る貴重で専門的な資料として重宝されています。その功績が文化賞の功績として該当する為、受賞の運びとなりました。
第71回 河北文化賞贈呈式での記念写真 | 職員一同からもお花を贈呈させていただきました |
「仙台・江戸学の講座を支えていただいた先生方に厚く御礼申し上げたい。もっと広く地域の掘り起こしをお手伝いできればと、受賞を契機に考えています。」(宮司談) |
仙台・江戸学叢書は社殿東側の祭儀棟授与所にて頒布しております。また、郵送での頒布も承りますので、下記URLをご参照いただき大崎八幡宮社務所までお問い合わせください。
国宝 大崎八幡宮:仙台・江戸学講座について (oosaki-hachiman.or.jp)
祭儀課 小野寺
新年正式参拝がございました
令和4年1月16日
令和4年1月16日、宮城県岩沼市に鎮座する竹駒神社宮司の村田守広殿、また令和4年1月20日、宮城県塩竃市に鎮座する志和彦神社鹽竈神社宮司の鍵三夫殿による新年の正式参拝がございました。
竹駒神社
大麻にてお祓い | 村田宮司の玉串拝礼 |
志波彦神社鹽竈神社
斎主の祓詞奏上 | 玉串料を御神前にお供えします |
斎主の正式参拝詞奏上 | 鍵宮司の玉串拝礼 |
例年、県内別表神社への新年のご挨拶としてお参り頂いております。
本年も新型コロナウイルスの変異株であるオミクロン株の蔓延の最中、氏子崇敬者の皆様に安心して参詣頂けますよう各社が策を講じた年末年始となりました。お陰様を持ちまして大きな混乱もなく過ごせました事を各社が報告し、これからも皆様に安心してお参り頂きますよう、御祭神のご加護に祈りを捧げて頂きました。
当宮のコロナ対策として、参拝者・職員のマスク着用、手指の消毒等のお願いをしております。また、本年は長床通路にサーマルカメラを設置致しました。祈願に関しましては拝殿内ではなく祓所テントでの修祓、社殿濱床での玉串拝礼を行っております。
当宮の長床(重要文化財) | サーマルカメラは小さい物ですが、大きな役割を果たしています |
皆様が安心してお参り頂けますよう、ご案内申し上げます。
祭儀課 浅香
令和4年松焚祭を斎行致しました
令和4年1月14日
令和4年1月14日夕刻、仙台市無形文化財「松焚祭」を執り行いました。当日は、天気が良く多くの参拝者が参道を埋め尽くす中、午後4時30分の祝砲と共に祭典が始められました。
この神事は、1月1日午前3時に斎行した歳旦祭にて火打石を用い宮司の手により鑽り出された忌火を、斎場に集められ堆く積み上げられた門松や古神札、正月中に玄関等に掲げられていた注連縄などに移し、神々に元の場所へと御帰り頂くという正月締め括りの神事でございます。
また、当宮の松焚祭は県内各地で行われている「どんと祭」の原形とされ、仙台市無形民俗文化財となっており、この御神火にあたると1年間無病息災で暮らす事ができると言われております。
忌火が灯された蔭灯と祭員を待つ参列者の皆様 | 斎場にて祭員・参列者の修祓を行います |
古神札を大麻と切麻でお祓いします | 当宮責任役員の玉串拝礼 |
参列者代表の玉串拝礼 | 宮司より松明に忌火が分けられていきます |
松明の忌火にて古神札をお焚き上げします | |
古神札が焼納されていく様子 |
この古神札をお焚き上げする忌火は自然鎮火されるまで関係者各位が見守り、今年は例年より少し早いお収めとなりました。
そして当宮では、「裸参り」も行われる習わしがあり、今年は、55団体564名に皆さま方の参拝を頂きました。裸参りとは、古くはこの冬の寒さが厳しい時期に仕込みに入る酒杜氏が、醸造安全、吟醸祈願の為に参拝したのが始まりとされ、江戸中期にはすでに定着していたといわれています。
現在は、仙台市内外より老若男女問わず白鉢巻、白さらしの姿で多くの方がこの裸参りに臨みます。
社殿裏もお参りします | 拝殿前にてお祓いを受けます |
神酒拝戴を受けます 土器はコロナ対策によりお持ち帰り頂きました |
御神火を拝む裸参りの参拝者 |
皆様の今年一年の無病息災・家内安全をご祈念申し上げます。
祭儀課 浅香
令和4年1月8日 ベガルタ仙台 必勝祈願祭が斎行されました。
令和4年1月8日
去る1月8日に仙台のプロサッカーチームベガルタ仙台の必勝祈願祭を斎行致しました。
祈願受付控所にて大絵馬に揮毫いただいた後、御社殿前でお祓いを受け、玉串に願いを込めてお参りされていました。
真瀬拓海選手は「今年は2年目でルーキーではないので、チームの中心となってベガルタ仙台を優勝に導いていきたい。1年で必ずJ1に戻る為に、まずはキャンプでケガをしない体をしっかり作っていきます。」と抱負を語られていました。
原崎監督は「今年の目標はやはりJ2優勝J1復帰。いろんな力を持った選手がいるので、もっとその力を試合でフルに生かせる準備をしてあげたい。」と話していました。
大石段より鳥居をくぐり表参道を参進します | |
必勝大絵馬に揮毫頂きました | |
ベガッ太くんとルターナちゃんも揮毫頂きました | 祓所にてお祓いを受けます |
御社殿前にて祈願祭を行いました | |
神酒拝戴していただきました。 | |
最後にもう一度ご参拝いただき、記念撮影を行いました |
八幡様のご加護のもとベガルタ仙台の更なるご活躍をご祈念しております。
サインを頂いた大絵馬は、長床神楽殿に奉納されておりますのでご参拝の際にご覧頂ければと思います。
祭儀課 小野寺
令和4年元始祭を斎行致しました
令和4年1月3日
令和4年1月3日午前9時より元始祭を斎行致しました。
元始祭は年の初めに当たり、天津日嗣の高御座の大元を寿ぎ奉り、宝祚の無窮と国運の隆昌とを祈る祭典でございます。皇室では明治3年に神祇官八神殿に歴代の皇霊を御鎮祭したのに始まり、皇室祭祀の中でも親祭とされ戦前までは祝祭日にも指定されておりました。戦後の制定により国民の祝日からは外されましたが、現在でも宮中では天皇陛下自ら宮中三殿(賢所・皇霊殿・神殿)において、天津日嗣(皇統)の元始を祝い奉る祭典をご奉仕されております。
今回の元始祭では、当宮の責任役員・総代・崇敬者の10名と令和3年12月28日から31日までの國學院大學指定神社実習Ⅱを終えた3名の学生に御参列頂きました。
祓所にて修祓を受けます | 宮司 祝詞奏上 |
御神楽は浦安の舞が奉奏されました | 太元社前での末社巡拝の様子 |
直会では、お屠蘇と洗米が振る舞われました。洗米は神職が榊の一葉で数粒掬い、直会参列者の掌に乗せるのが作法とされ受け継がれてきました。
直会で振る舞われた洗米とお屠蘇 | 先ずは宮司と副斎主が直会を受けます |
責任役員の方々は紋付袴姿での参列でした |
祭典の結びには記念写真を撮影致しました。年末から降り積もった雪も暖かな陽射しのもと溶け、穏やかな年始の祭典を斎行することができました。
仮設賽銭箱前での記念写真は元始祭の風物詩となっております |
令和4年壬寅歳は物事が明るく進む年と言われております。感染症対策を取りつつ、昨年より多くのご参拝の方をお迎えし八幡様とのご縁を結んで行かれますよう、職員一同精進して参ります。
祭儀課 浅香
令和4年1月1日 歳旦祭並びに松焚祭採火式を斎行致しました。
令和4年1月1日
あけましておめでとうございます。謹んで新年のお慶びを申し上げます。
さて、元旦未明に斎行されます歳旦祭は大崎八幡宮の数ある年間神事の中でも最初にして最も重要な祭典です。
前導は提灯で宮司以下祭員の歩く先の足元を照らします。 | お供えの後に宮司が大前に祝詞を奏上します。 |
この神事は新年を迎えられたことを祝い、皇室の益々の弥栄と我が国の永遠の繁栄とを祈る祭典であります。
歴史は古く、記録によると大化2年(西暦646年)とあり、現在でも全国津々浦々の神社で斎行されております。
歳旦祭は大祭式にて斎行されるため、祭員はそれぞれ大祭式装束を着装します。また、神饌は三座各十台計30台となり、海魚、川魚、野鳥、野菜、果物など海川山野の様々な恵みが大前に供えられます。
また、祭典では採火の儀として忌火を鑽り出す神事が行われます。忌火とは穢れのない清浄な火を指します。採火の儀にて鑽り出されました忌火は14日に斎行される松焚祭の御神火の種火として厳重に保管されます。
採火は写真の道具をもちいて行われます。 |
採火の儀では、瑪瑙の「火打石」と鎌と呼ばれる「火打ち金」を用いて火花を飛ばし、「火口」(当宮では蒲の穂を用いた誘火綿)で受けてその火種より「つけ木」(松の薄板)にて陰灯内の蝋燭に移されます。
採火されました忌火は大前にお供えされました。 | |
振り鈴の儀では副祭主が息長鈴を振り、氏子地域をはじめ地域全体をお清め致します。 |
八幡宮において令和四年、壬寅(みずのえとら)歳は、穏やかに幕を開けました。疫病の脅威も、穏やかに流れる大河のごとくに鎮まり、氏子崇敬者様をはじめとする皆様が健やかに生活を営めますことを祈念いたしまして、新年のご挨拶とさせていただきます。
祭儀課 浪打