國學院大學 神道文化学部3年 「分散実習」が行われました

令和2年12月28日

去る令和2年12月27日から31日まで、國學院大學神道文化学部3年生の分散実習が当宮で執り行われました。

彼等は國學院大學で神職の資格取得の為に勉学に励み、本来であれば夏休みを利用して全国の神社で研修を行いますが、本年度はコロナウイルスの状況により中止となりました。神職資格の取得過程で履修の必要がある授業や神社研修に憂慮した大學が、年末にかけて分散実習を検討し、当宮に受け入れ要請がありました。

12月は、参詣される方々が安心してお参り頂けますよう、神社関係者一同コロナ対策を講じ、準備を進めて参りました。

コロナ禍であり、慣れない土地での御奉仕ながら、学生等のまなざしや姿勢は真心がこもり、精練された作法や仕草に八幡様もさぞお喜びあそばされた事でしょう。

学生等は全て女子学生であり、当宮禰宜も婦人神職として御奉仕申し上げております。

当宮宮司は、素晴らしい人材が斯界発展に寄与されます事を強く望んでいらっしゃいました。

コロナ対策を講じながら、修祓や祈願介添を御奉仕
最終日には分散実習終了奉告祭を執り行いました
禰宜による修祓・献饌・祝詞奏上・参列者玉串拝礼奉奠です
最後に宮司による講話があり、皆様、真摯に受け止めていました
拝殿内での集合写真と、当宮役員総代と共に元始祭に参列いただきました

雪景色の境内

令和2年12月20日

令和2年もあと僅かになりました。

12月下旬、寒波が日本全国を襲い、雪が降り積もりました。
東北の太平洋側に位置する仙台でも、この時期ここまで雪が降ることは珍しくあります。

白い世界で、朱の鳥居は特別な結界を張り、漆黒の御社殿は神聖な存在として美しく浮かび上がります。

総務課 小野目

煤払い式が行われました

令和2年12月13日

去る12月13日、当宮において年末恒例の煤払式が行われました。

早朝より神職巫女総出で行われます。
全国各地でこの日煤払い行事が執り行われる師走の風物詩であり、正月を迎える準備が加速して行く節目の一日です。

本年は祭儀棟屋根に雪止めを設置しており、積雪に備えた態勢を整えております。

煤払いは今年一年の御社殿の煤(埃、塵)を払う大掃除を隅から隅まで行い、清々しく一年の始まりを迎える行事です。
年越しの大祓式を12月31日に斎行いたします。こちらは人の今年一年の罪穢れを祓い清め、併せて清々しく新年をお迎えいたします。

祭儀課 日野

地久祭が斎行されました

令和2年12月9日

令和の御代となってより早二年目を迎え、皇后陛下お誕生日を奉祝いたします「地久祭」が斎行されました。

来る新年を控え、境内には一の鳥居後ろから数え三箇所に大幟が掲げられております。

御代替りの「御大典」を祝し令和元年より掲げられた提灯の下を、時刻、宮司以下祭員が参進いたします。

御神楽「浦安の舞」奉奏により世界の平和・皇室の弥栄、国家安寧を祈念いたします。

祭典終了後には遥拝所を通しまして皇居を遥拝いたしました。

当宮において実施されました「奉祝 天皇陛下御即位記念 境内整備事業」は、諸事業の中で御末社の改築工事が最も大きく、そちらは本年10月に無事完了いたしておりました。

新築され木肌も麗しい諏訪社・鹿島社をご参拝のおりには是非お立ち寄りください。

「立皇嗣の礼」により無事恙無く御代替わりに伴う一切の祭典神事を終えた天皇皇后両陛下は、一息安堵されつつもなお、現在新型コロナウイルスにより脅かされております国民の生活を常に憂いていらっしゃいます。
私たちは互いに分け隔てなく、自助、公助の日本精神でこの困難をまた乗り越えて行かなければならなりません。

祭儀課 日野

令和二年 新嘗祭が斎行されました

令和2年11月23日

令和2年11月23日、午前9時より新嘗祭が斎行されました。
昨年は「大嘗祭」として天皇陛下一世一代の祭典として奉仕されたのが記憶に新しいところです。例年は新嘗祭として大祭式にて奉仕されます。2月17日の国力の充実を祈る祈年祭と対をなして、五穀の豊穣を神々に感謝申し上げる祭典です。

時刻、祭員が参進いたします。
三座の御扉は開かれ、御簾が掲げられた上で海川山野のお供え物が献饌されます。

巫女は浦安本装束を纏い、静かに世の平安を祈る舞を神前奉納いたします。

天神地祇に本年の豊作を感謝し、国家安泰と無事繁栄をお祈り申し上げます。

役員総代6名にご参列頂き、各々代表して玉串拝礼をされました。

「横山のごとく」という祝詞の表現のように、山のように沢山の本年の新穀を始め種々の農作物や魚介類など多くの方々から御神前にご奉献頂き、皆様方に厚く御礼申し上げます。

神社で育てた稲穂がついている新嘗祭御幣

新嘗祭奉納者一覧

(株)阿部和工務店殿 菅田 重利殿 小野 ふみこ殿 宮城 康国殿 近藤 喜一殿
小野 紘一殿 佐々木 敬殿 学校法人 角川学園殿 仙台伊澤家勝山酒造殿 一ノ蔵酒類販売(株)殿
(株)佐浦殿 萩野酒造(株) 浪打 磐根殿 日下 亨殿 佐藤 幸二殿
(有)大國物流
熊谷 廣殿
弘栄設備工業殿 福原 仙授殿 小林 親一殿 宮城県農業高等学校殿
大江田 正春殿 オーガニック仙台
角田 洋平殿
木村 知敬殿 谷津田 尊之殿 谷津田 智之殿
(有)木匠殿 (有)三重電興社殿 (株)Eスペース設計
丹野 俊雄殿

沢山のご奉納、心より御礼申し上げます。

奉賛課 間々田

令和二年 月次祭並びに七五三祈請祭が斎行されました

令和2年11月15日

令和2年11月15日午前9時より当宮にて月次祭並びに七五三祈請祭が斎行されました。

毎月1日と15日に斎行されるのが「月首祭」と「月次祭」でどちらも「つきなみさい」と呼びます。
11月15日は、特に徳川綱吉公の時代に由来する七五三祝いの日とされており、「七五三祈請祭」を併せて執り行いました。

七五三の年頃は、医学的にも心身発育の段階で、「大人の厄年」のように節目の年であり、晴れ着を着て親族ともに御祝いし、お子様の無事健やかな成長を神様にお願い申し上げます習わしはこの時期の風物詩として定着しております。

今年は新型コロナウィルス感染予防を踏まえた上で厳粛に斎行されました。

お供え物が神前に供えられた上で祝い袋が献饌されます
七五三祈請祭ご参列の方々に玉串を奉りご拝礼頂きました

大神様のご加護により「ウィズ・コロナ」の時代を生きる子どもたちもともに、全くたくましく健やかに成長されることをお祈り申し上げます。

祭儀課 佐藤

元気なチャボたち

令和2年11月12日

大崎八幡宮の境内には、チャボ2羽が放し飼いにされています。今日は珍しく活動的なチャボ達。いつもは木立のなかに佇んいでます。ご参拝の際、チャボたちを探してみては如何でしょうか?

第二回文化財漆の杜植林事業

令和2年11月10日

去る11月10日に岩手県奥州市衣川の地にて『文化財漆の杜』植林事業を行いました。文化財建造物を後世に伝えていくには定期的な修理が必要となり、当宮にとって「漆」は欠かすことのできないものです。

また平成27年度の文化庁の通達により、重要文化財以上の建造物に関しては国産の漆を義務付けられました。しかし、昨年度統計では国産の漆の生産量は1.2トンであり、全体のわずか3%にしか過ぎません。通達どおりにするには、年間2トン以上の国産漆が必要とされています。社殿全体に漆塗が施されている当宮では、到底必要な量を調達できるものではないため、漆の安定供給を目指し昨年度より『漆の杜植林事業』を行っております。

事前に添え木を差した場所を目印に漆の苗木を植えていきました
苗木の根がしっかり張るまで倒れないように添え木に固定しました
イノシシ、シカの獣害から守るため網を被せます
被せた網が外れないよう鉄筋に結束バンドで締めました。
最後に根腐れを防ぐため畝をつくり排水を促すようにしました 無事に植樹が終了しました。今後の生長が楽しみです

当日は、気温が低く雪もちらつく天候でしたが、急斜面での作業と十分すぎる防寒対策により皆さん汗ばんで作業をされておりました。通常、ウルシノキより「漆」が採取出来るまで最低10年かかると言われております。日本では、木が枯れるまで採取する「殺し掻き」が主流で、定量確保には毎年の植樹が欠かせません。10年後には3000本ほどが植樹されると予想され息の長い事業になります。今後も皆様のご参加をお待ちしております。

庶務課 安達

立皇嗣りつこうし礼奉祝祭れいほうしゅくさいが斎行されました

令和2年11月8日

当初4月19日に予定されており新型コロナウィルス感染拡大のため延期されておりました「立皇嗣りつこうしれい」が去る11月8日に挙行され、当宮におきましても当日奉祝する祭典を執り行いました。

大広間玄関に祝賀の為、国旗を掲揚いたしました。

立皇嗣りつこうしの礼」とは平成時の「立太子りつたいしの礼」を踏襲して行われた、天皇陛下の弟の秋篠宮文仁親王あきしののみやふみひとしんのう が皇位継承第一位の「皇嗣こうし」となられたことを国内外に広く宣明される儀式です。

平安時代より受け継がれている歴代皇太子の守り刀である「壺切御剣つぼきりのぎょけん」を、天皇陛下より秋篠宮様に授けられる宮中神事を含み、後継者を明らかにする「立太子の礼」の起源は、少なくとも奈良時代まで遡ります。

神事においては皇嗣は「黄丹袍おうにのほう」を着装され、天皇陛下は「黄櫨染御袍こうろぜんのほう」を着装されて、これも古くから定められた装束でした。宮中においても新型コロナウイルス感染防止策も講じられた上で執り行われました。

これによって昨年5月の天皇陛下の御代みよ替りに伴う国の儀式はすべて終了いたしました。

午前9時、宮中三殿に天皇陛下が立皇嗣の礼を行うことを奉告される儀式が執り行われる同刻、当宮にても境内に号鼓が鳴り響き宮司以下祭員参進し、祓所にて修祓を経て、本殿において奉祝祭が斎行されました。

御本殿の三座の御簾みすが掲げられ神饌しんせんがお供えされます。

差し昇る旭日の如くに、光を仰ぐかのように、「皇嗣ひつぎのみこ」を立てられたことを御祝い申し上げた上で、国の弥栄を祝詞にて祈念いたします。

御神楽「浦安の舞」奉奏にて世界の平安を祈ります。

宮司以下祭員が玉串を奉りて皇室の安泰と国の繁栄を祈念し拝礼いたします。

祭典後、引き続き遥拝所を通しまして祭典・儀式が執り行われております皇居を遥拝致しました。

第126代天皇陛下が令和の時代を治められておりますが、世界で最も永く続いている日本という国は幾度もの困難の時期を経て今に至っています。
〈変わらない祈りのために〉
「新しい生活様式」においても、「祈る」ことから始まって行くものも少なからずある、むしろ「祈る」「願う」ことから人は人として始まり、新たなる事柄すべてが始まるものと言えると思われます。

祭儀課 日野

八幡宮にも秋が訪れました

令和2年11月8日

去る11月8日境内を見渡すと木々の葉っぱが少しずつではありますが、赤や黄色に変わって参りました。変わりゆく葉っぱをみると秋の訪れを感じますね。皆さまもこの景色を味わってみませんか。皆さまのご参拝心よりお待ち申し上げます。

庶務課 安達

明治祭並びに教育勅語渙発130周年奉祝祭を斎行いたしました。

令和2年11月3日

短かった夏にも別れを告げ、深緑を湛えた八幡宮の杜にも次第に秋の訪れを感じるようになった雨上がりの秋空の下、令和2年11月3日、明治祭並びに教育勅語渙発130周年奉祝祭が斎行されました。

11月3日は、日本が近代国家の一員として大きく飛躍した時代を作り上げられた明治天皇の誕生日に当たります。明治天皇は嘉永5年(1852)に孝明天皇の第二皇子としてお生まれになり、御齢16歳で第122代天皇に即位されました。学問を好まれ、一生を通じて熱心に勉学に励まれました。また博愛の心に富まれ、明治維新という偉業を成し遂げられ、その生涯で詠まれた御製(和歌)は9万300首に及びます。

明治時代は、廃藩置県・東京遷都をはじめ、大日本帝国憲法が制定され、民主政治が成り立ち選挙制度によって国家が運営されるようになり、貨幣や暦も今ある形となりました。また産業革命によって新聞等のメディアが誕生し、電気・電車・自動車・ガス・水道などの生活設備整備がなされ、さらに学校制度が始まり、明治23年10月30日には現代日本の教育の基礎が築かれた「教育に関する勅語(教育勅語)が渙発されてから、本年は130周年の節目の年であります。

教育に関する勅語(教育勅語)

近代国家として日本を大きく発展せしめられたその大業を仰ぎ、皇室の隆昌と国運の発展をお祈り申し上げ、他の先進国を驚嘆させた明治の精神を思い起こし、ますます文化や産業を高め、我が国にとどまらず世界の国々の繁栄、氏子崇敬者皆様の安泰を祈ります、「明治祭」に併せて「教育勅語渙発130周年記念奉告祭」は斎行されました。

神饌を大前にお供えします。米、酒、餅に始まり、計8台を奉ります。 宮司が大前に明治際並びに教育勅語渙発130周年記念奉告祭祝詞を奏上します。
御神楽 浦安の舞 奉奏 結びに明治天皇が御祭神としてお祀りされている明治神宮を遙拝します。御参拝の皆様も遙拝所にて御拝礼ください。

祭儀課 浪打

大崎八幡宮自衛消防訓練を執り行いました

令和2年10月20日

去る、10月20日、大崎八幡宮職員での消防訓練を執り行いました。

国宝建造物を有する大崎八幡宮では、毎年1月に「文化財防火デー」として、消防署・消防分団・赤十字・他域諸団体とともに消防訓練を執り行っています。昨今のノートルダム寺院や首里城の消失などを鑑み、当宮の消防施設の点検や使用方法、埋設放水銃の代替としてホースでの放水訓練を執り行いました。

普段、白衣袴の神職たちは訓練という事で防火服を身にまとい、消火栓バルブ・消火ホース導線確保・放水の訓練を行います。
訓練は回を重ねるごとに動作に慣れることが出来ましたが、実際火災の現場に立った時にどのように行動できるかを想像すると、訓練とはいえ身が引き締まります。「備えよ、常に」という言葉があるように、いざという時に的確に行動できるよう、これからも設定を変えて訓練を行います。

小野目

消火栓箱を開き、バルブやホースを点検します
消火栓にホースを接続し、放水を行いました
林野火災を想定し、境内林へ放水いたします
放水訓練後は、総括を頂き、他の消火設備の点検を行いました
大崎八幡宮では、扁額文字の入った防火服があります

諏訪社・鹿島社遷座祭が斎行されました

令和2年10月20日

去る10月5日、6日二日間に亘り大崎八幡宮「末社(まっしゃ)」(その神社に古くから御縁やゆかりある御社)の「諏訪社」・「鹿島社」二つの御社の遷座祭が夕刻午後5時半より執り行われました。
浄闇の中、大広間玄関前より参進いたします。

遷座祭は夕刻暗闇に包まれて行く頃に奉仕されます。宮司以下7名の祭員によって執り行われました。斎服を着装し、穢れを防ぐ為の木綿襷(ゆうだすき)、木綿鬘(ゆうかづら)に身をまとい更に浄めた上で、祓所にて修祓(しゅばつ)・お祓いを受け祭場へと向かいます。

1日目は諏訪社、2日目は鹿島社の遷座祭を行いました。まず旧社殿前にて遷座奉告の儀を各ご祭神にお伝え申し上げました。

宮司は御霊代(みたましろ)を捧持し覆面と手袋を身にまとった祭員によって絹垣(きぬがき)に覆われた中、照明は完全に落とされ、警蹕(けいひつ)という掛け声が響き渡り御神体は新しい御社へお移りになられます。 御霊代は新しい社殿の内陣に納められました。

引き続き青森ヒバの香りも麗しく漂う新社殿にて清められたお供え物が献ぜられます。

そして宮司祝詞奏上。この度の新社殿造替工事は令和の御代替りに併せた天皇陛下御即位御大典記念事業として行われたものでした。

良き日の宵の佳き時に、新社殿にて大神様の御神徳を称え、皇室の弥栄を寿ぎ、氏子崇敬者・ご参拝の皆様を末永く御護り下さいますことを祈念申し上げました。

役員総代等協議を重ね、工事関係者が緻密に計画し真心を込めて造営し、氏子崇敬者皆様方のお力添えによってようやく竣功の日を迎えることが叶いましたこと、深謝申し上げます。

一日目は工事関係者の皆様にご参列頂き、二日目は役員総代の皆様にご参列頂きました。ほの明かりの行灯に灯された厳かな斎場にて、ご参列の皆様はお一人ずつ玉串奉奠拝礼をなされました。

奉祝天皇陛下御即位記念事業がここまで辿り着くまでの道のりをそれぞれに無言のまま噛みしめた上でのご参拝だったかと想像いたしました。帳と御簾が下がり、御扉が閉められます。

遷座祭の夜はふさわしい十月の月明かりが雲間から煌々と照らされていました。令和の御代は始まったばかり、先ずもって天皇陛下の御即位を奉祝申し上げ、皇室のご安泰と日本の安寧、世界の平和、氏子崇敬者皆様のご繁栄を祈念申し上げます。

どうぞお詣りの際には新しい諏訪社・鹿島社にてもご参拝されまして、昂ったご神威のご加護を受けられますことを八幡宮にてお待ち申し上げております。

境内整備事業はまだ引き続き行われており、ご奉賛も受け付けておりますので、趣旨ご理解の上ご賛同ご協力のほど何卒宜しくお願い申し上げます。

祭儀課 日野

天皇陛下御即位記念 境内整備事業「三之鳥居扁額磨き上げ事業」完了

令和2年10月2日

去る10月2日、令和2年6月より始まった大崎八幡宮三之鳥居に掲げられている「扁額」の磨き上げ工事が終了し、お披露目されました。

小野目・浪打

1、盤面から部品を取り外します。
2、部品の一部の金箔がはがれているのがよくわかります
3、専用の溶剤を使い、金箔を綺麗に剥がします
4、細心の注意を図り、金箔を載せ、磨き上げます
日の丸 蟹牡丹
仙台笹 九曜
仙台五代藩主伊達吉村公揮毫「八幡宮」も美しく甦りました 裏には明治三十一年九月三十日、寄進者の銘が残る、大変貴重な扁額です
三之鳥居は、享保3年(1717年)に仙台藩五代藩主吉村公に寄進されました。

吉村公は和歌や書道に優れた才能を示され、鳥居の扁額の「八幡宮」の文字は、当時の吉村公の字とされています。その八幡宮の文字を囲むように、伊達家の家紋が添えられており、上側より「日の丸」「竹に雀」「蟹牡丹」「丸の内に堅三ツ引両」「九曜」「竜胆車」が描かれております。

かつて昭和63年の大崎八幡宮御鎮座現380年記念事業の一つとして建てられた一の鳥居が出来るまでは二之鳥居(石鳥居)が 一之鳥居であり、現三之鳥居は二之鳥居や赤鳥居と呼ばれて親しまれてきました。

鳥居を寄進された伊達吉村公は、陸奥国仙台藩五代藩主、伊達家宗家に於いては二十一代目にあたります。吉村は先代の伊達綱村公の代で背負ってしまった大幅な負債を抱えて仙台藩五代目になり、破綻と言っても差し支えないほど悪い経済状況ではありましたが、改善のためにいくつも手を打ちました。各役職の整理をはじめとして、石巻で発行された銅銭を用い領内でやり取りすることで利益を得たり、買米仕法(藩が強制的に農民の米を買い上げ、その米を江戸で売り、利益を得る方法)を行ったりして利益を段々と積み重ね始めました。

享保17年(1732年)に西日本で享保の大飢饉が起こると、その年は豊作であった奥州は米を江戸で売りさばき大幅な利益を得て、仙台藩はついに黒字へと好転したのです。この偉業を成し遂げたことから、吉村公は仙台藩の中興の英主とも呼ばれます。

皆様には、御目麗しく装い磨き上げられた鳥居をくぐり、八幡様へ祈り下さい。

「仙台89ERS」必勝祈願

令和2年9月23日

去る9月23日、プロバスケットボールチーム「仙台89ERS」の必勝祈願が執り行われました。

コロナウイルスの影響により皆さんマスクを着けての参拝となりましたが、100段ほどの大石段を爽やかな表情で上ってこられておりました。

大絵馬に皆さんのサインや意気込みを書いていただきました。 境内の神楽殿に展示しておりますのでご参拝の際にご覧頂ければ幸いです。
社殿内にて必勝祈願を受ける選手の皆様と選手の皆様にお渡しした仙台89ERS守り 仙台89ERS守りは必勝の願いが込められており、当宮受与所にて頒布しております。
今シーズンは震災から10年のシーズン。開幕戦は10月2日に名取市民体育館で行われます。皆さんも仙台89ERSに黄色い声援を送りましょう!

祭儀課 佐藤

令和2年 例祭が斎行されました

令和2年9月15日

令和2年9月15日、午前10時より例祭が斎行されました。

青雲の棚引く極み、白雲の向伏す限り、「大空の果てまで届くように」という古語(祝詞の言葉)のような、9月の爽やかな涼気に包まれた穏やかな空のもとで、大崎八幡宮例祭は神社本庁より献幣使参向の上、仙台藩第18代伊達家当主、役員総代の11名の参列を賜り、無事恙無く執り行われました。

大祭式で執り行われます「例祭」は各御社・御宮において年に一度の最も重要な祭典であり、その祭典日は神社の創建や御祭神の由縁などによって定められる場合が多くあり各神社によって時期が異なります。 八幡宮は9月15日が例祭日となっておりました。

毎年の例(ためし)のまにまに行われる「例祭」は、言わば年間の中での最大の御縁日でありました。

神社本庁より献幣使参向の上「幣帛料」がお供えされるのが例祭の特色でもあります。

大祭式のため御本殿三座の御扉が開かれ、御簾が掲げられて米酒塩水の他、白餅重ね、海魚川魚、野菜果物菓子等の神饌10台がお供えされます。

加えて神社本庁より幣帛料がお供えされました。
「幣帛(へいはく)」とはまた古来より由来深いものですが、昔は布などを指すこともありました。

全国の神社に幣帛料が供進されるのは、各神社の御祭神に捧げられる神の依り代として浄めの力が配られることの意味もあると言われます。

宮司例祭祝詞奏上の後には献幣使の祝詞奏上が行われ、今回献幣使として来られました宮城県神社庁長・志波彦神社鹽竈神社宮司鍵殿より八幡宮のご祭神のご神徳が称えられました。

浦安の舞の奉奏は、本装束を纏った仕女二名により神前舞として奉納され、ご祭神の御心をさらに慰め、国の安らかなることを祈りました。

続いて宮司玉串奉奠拝礼、献幣使玉串奉奠拝礼が行われます。 参列者玉串奉奠拝礼では、伊達家第18代御当主伊達𣳾宗殿、役員総代各々代表者が拝礼を行いました。

本年は神輿渡御を行う神幸祭等神賑行事が新型コロナウイルス感染拡大防止のため行われず、例年よりずっと静かな祭典日となりましたが、祭典後そのまま南向し三之鳥居前・大石段上より町内を大きくお祓いし、拝礼することで区切りと致しました。

ミルチア・エリアーデという宗教学者がその冷徹した慧眼で、およそ宗教儀礼は「過去に実際に起こった事実の再現である」ということをかつて言っておりました。  例祭もまた古来行われてきた手振りのままに神祭りが行われていると解釈することができます。

現在のコロナ禍こそ、神事を厳修し大神様のご神徳が発揚され、人々が日本精神に基づいて協調し相扶け合って乗り越えることを願います。

祭儀課 日野

令和2年9月14日 「令和2年例祭能神楽奉納演舞」

令和2年9月14日

去る令和2年9月14日、例祭 献饌式を斎行しました。

午後6時より大崎八幡宮能神楽保存会による奉納演舞が行われました。

本年は新型コロナウィルス感染症拡大防止策として演目数の制限や練習期間の短縮、奉納演舞の奉仕や準備を例年の半分以下の少人数で行う等、厳しい制限の中で行われました。

当日は午後5時より献饌式が斎行された後、定刻午後6時から先ず「神拝」が演舞されました。

『神拝』【じんぱい】とは

大崎八幡宮能神楽において最初に舞われる「初舞」とされており、「古事記」に記されている伊邪那岐命いざなぎのみこと伊邪那美命いざなみのみことの二柱の大神が天と地を創り成したという神話の場面を舞うものと言われています。一人は冠をつけ、白の面に白い装束を着た伊邪那岐命(写真①)、もう一人は天冠をつけ、女の面におさげ髪で紅色の装束を着た伊邪那美命(写真②)です。「神拝」の所作については大崎八幡宮能神楽の舞の基本の形であり、「将足しょうそく」と「獅子取り舞」を除いたすべての舞が「神拝」と同じ所作より始まります。

「①太鼓の音に合わせて息の合った舞を披露する伊邪那岐命」 「②紅色の衣装が映える伊邪那美命」

練習時間が半日と限られた中でも見事な「神拝」が滞りなく行われ、続いて「摩応」が演舞されました。 『摩応』【まおう】とは、神話の中でも特に有名な「天岩戸隠れ」を題材にとり、天照大御神が天の岩屋戸に御隠れになった時、岩戸を押し開いた天手力男命あまのたじからおのみことの舞です。(写真③)豪放かつ華麗であるが故に演目の中でも最も難しい舞とされ、左右の手に握られた太刀を回し(写真④)、脇の下にかいこむといった動きをみせ、複雑な足型と呪術的な所作が繰り返されます。

(③独特な笛の音と共に位置につく天手力男命) 「④太刀を振り回しながら移動する大変難しい所作」

事故もなく無事に「摩応」が終わると能神楽保存会一同が社殿に向かって一礼し、今年の能神楽はこれにて終了となりました。

本年は二演目のみの演舞となり、役員総代が社殿前から、一般の参拝者が長床前より見学しておりましたが見学者総数は例年の3分の1以下となりました。(写真⑤)能神楽保存会の皆様からは「あっという間に終わって寂しい、来年は沢山の人の前で盛大に行いたい」と早くも来年への意気込みが出ておりました。一日も早くコロナウィルスが終息し、来年は多くの方々と共に賑やかな能神楽が行われますよう祈念申し上げます。

「⑤一定の間隔を保って見学する役員総代」

奉賛課 石垣仁孝

『令和2年献饌式を斎行致しました。』

令和2年9月14日

去る令和2年9月14日、例祭 献饌式を斎行しました。

献饌式も本年の他の祭典と同様に新型コロナウイルス感染拡大防止のため、規模を縮小して斎行されました。

饌式は「御膳上げ」と呼ばれ、海川山野の様々な食材をお供えします。日々の神恩に感謝し、皇室の御安寧と我が国の繁栄、世界の平和、また例祭がつつがなく斎行されます事を祈念する祭典であります。日本人は太古の昔より自然と今日と共生して参りました。そのため食物は自然が私達に授けた宝と考え、まず神様にお供えし感謝の意を捧げ、益々のご加護を祈りました。

これは現代の我々の社会生活において、お客様がいらっしゃった際に様々な御馳走でおもてなしをすることと同じ考え方であり、日本人の社会生活とも密接に結びついております。

宮司一拝より祭典が始まり、その後開扉を行います。
御扉を開き、八幡大神様のお出ましを願います。

神饌は通常の祭典では5台から10台をお供えしますが、例祭 献饌式では、本殿にお祀りされている「仲哀天皇」、「応神天皇」、「神宮皇后」の御前に、各座10台の合計30台をお供えします。献饌される神饌はお米に始まり、酒や餅、また海川の魚に海藻、野菜、果物に至るまで、数々の食物で神様をおもてなしします。また、神饌に加えて氏子崇敬者の方々よりお納め頂きましたお初穂を、氏子幣として併せて神様にお供え致しました。

中御前に神饌10台を伝供しお供えします。その後氏子幣がお供えされます。
宮司が大前に例祭祝詞を奏上しました。
宮司玉串拝礼後、役員総代以下参列された方々にもご拝礼いただきました。
献饌式終了後、社殿前にて記念撮影を行いました。

献饌式終了後は、宮司以下祭員が退下した後に神楽殿にて能神楽が奉納されました。

祭儀課 浪打

仙台市立第一中学校雀踊り奉納

令和2年9月13日

去る9月13日仙台市立第一中学校の皆さんにより雀踊りが奉納されました。

例年当宮の例祭の神賑行事の一環として「仙臺すずめ踊り連盟」の皆さんにより「どんとロード八幡雀踊り」が斎行されており、第一中学校の皆さんも毎年参加されておりました。

本年は新生コロナウイルス感染拡大防止の観点によりやむを得ず中止となりましたが、第一中学校師親会の皆さんが「生徒たちに本年ならではの思い出を残したい」との思いにより、校長先生をはじめ、生徒有志の参加での奉納演舞となりました。

雀踊りは慶長8(1603)年、仙台城(青葉城)落成の時に踊られたとされており、以来、当宮や石切町内の瀬田谷不動尊祭礼に奉納されておりましたが、戦後混乱期以降は伝承者が次第に減少しておりました。

そのような中で、途絶えていた踊りをなんとか復活させようと、昭和36(1961)年、当時仙台市立第一中学校の校長であった真山泰先生が、学区であった石切町(仙台市青葉区八幡二丁目4~6付近)住民の記憶をもとに徒手体操の動きも加えた形で復元して『仙台・雀おどり』と名付け、同年11月5日の初披露以来、体育の授業に取り入れ現代に至るまで、先生と生徒さんにより伝承されております。

当日は雨の心配があったものの、三之鳥居からの「流し踊り」から始まり、昇殿参拝、特大絵馬へのサイン、合唱部の皆さんによる奉納合唱、卒業生によりバイオリンの演奏披露、最後に一中雀踊りの最大の特徴である、「和」をモチーフとした「総踊り」にて結びとなりました。

本年は大小さまざまな祭典神事を縮小させて頂いておりますが、地域の皆様の「想い」は例年以上に八幡様にお届けする次第です。

庶務課 安達 優美

校長先生を先頭とした流し踊り。 宮司による木札授与。
絵馬へのサイン。後ほど美術部さんにより装飾が施されます。 合唱部の皆さんによる奉納合唱。「わせねでや」他4曲。
一中卒業生によるバイオリンの奉納演奏。 社殿前にて総踊り「和」(輪)をモチーフとしているのが最大の特徴。
終了後の記念撮影。ありがとうございました。

奉祝 天皇陛下御即位 令和御大典の記録パネル写真展を斎行

令和2年9月12日

今般9月12日(土)より9月22日(火)迄の11日間、御社殿前西廻廊内にて「奉祝 天皇陛下御即位 令和御大典の記録パネル写真展」を斎行しております。

御大典の記録パネル展は神社本庁より全国の神社、指定団体を対象としての公募があり当宮で行われるパネル展は全国神社界にて2例目となります。

令和元年10月22日に執り行われた即位礼正殿の儀などの大変貴重な写真35点を展示し、昨年行われた御大典の諸行事を思い返し、日本の伝統文化継承のすばらしさを感じて頂きたく、例祭期間に併せてパネル展を斎行する運びとなりました。

本年の例祭は新型コロナウイルス感染防止の為、神賑行事等の大幅な縮小を余儀なくされ、役員・総代関係者にて神事のみの斎行となっております。令和元年5月より「奉祝 天皇陛下御即位記念 境内整備事業」として境内社(諏訪社・鹿島社他)の改築工事などの様々な事業を遂行中でございますが、途中経過のご報告など出来ずにおる現状でございます。

今般、御大典の記録パネル展に併せて記念事業の様子をパネルにし、展示しておりますので、ご参拝の際はどうぞご覧ください。

尚、「奉祝 天皇陛下御即位記念 境内整備事業」につきましては継続中でございます。
何卒趣旨ご理解の上、皆様のご協力賜わりますようお願い申し上げます。

https://www.oosaki-hachiman.or.jp/event/index_190617.html

令和2年9月3日 「例大祭 鈴の緒奉納式を斎行致しました」

令和2年9月7日

去る令和2年9月3日、例大祭鈴の緒奉製並びに奉納式を斎行致しました。

奉納された方々の願いが込められた鈴の緒を職員で奉製していきます。

鈴の緒とは古くより人々の願いをかなえることから「かなお」とも呼ばれ、多くのご参拝の方々の思いを受け止める大事な役目から、毎年例大祭前に崇敬篤い方々のご奉納により新たに調製されております。本来であれば毎年9月上旬に奉納者有志による奉製作業が行われておりますが、本年は新型コロナウィルス感染症拡大防止策として奉製並びに奉納式は神社職員のみで行うという異例の年となりました。受付当初はコロナの影響による外出の自粛や越県の制限など、多くの懸念がありましたが、皆様の崇敬篤い御奉納により例年通り執り行う事が出来ました。厚く御礼申し上げます。

さて、毎年数十名の奉納者有志の方々が集まって賑やかに奉製を行いますが、本年は神社職員のみと人数に限りがある為、前日より社務所大広間にて奉製準備を行い、当日午前9時より神職4名、仕女3名、そして助勢者として50年以上当宮にご奉仕頂いております佐藤隆殿の計8名にて奉製を行いました。

例年ですと数十名が「皆さん合わせて折り畳んでください!」「力強くねじってください!」という元気な掛け声とともに手早く作業が進んでまいりますが、今年は必要最低限の発言に止めて一本一本丁寧に皆様の祈念を代わりに込めて静寂の中厳かに進められました。

一時間程で合計三本の奉製が完了し、社殿に移動したのち奉納式を斎行致しました。
毎年、奉告式には多くの参列者がいらっしゃいますが、今年は代表者一名の参列のうえ、皆様の願いを祝詞に添えて大崎八幡大神様に奏上致しました。祈念の中では時局柄「疫病退散」が多くあり、古来より疫病が流行ると神様に祈り続けた日本人の心の表れと思い、より一層皆様の願いが叶い元の生活に戻れるよう神職一同益々の奉仕の心を新たにいたしました。

なお、現在新型コロナウィルス感染症拡大防止策として社殿前の鈴の緒は取り外しております。新しく調整された鈴の緒は神様に近い場所として当面の間長床に設置致すことをご報告申し上げます。

職員が3色の布を一つにまとめ上げる綯い方を行います。
巻いた布が緩まないように力を込めながらかけ声とともに鈴の緒を奉製します。
無事に完成しました!
この後、社殿にて奉納式が斎行の為、御社殿に運びます。
奉製された鈴の緒と申込を頂いた方へお送りする宮鈴守をお祓いし、奉納奉告祝詞を御神前に奏上致しました。
鈴の緒や境内の注連縄の綯い方、設置に大きく尽力頂いた佐藤隆殿にご参列、ご拝礼頂きました。

現在鈴の緒は長床内に置かれております。御社殿の極彩色のような鮮やかな色彩の鈴の緒は大変美しい仕上がりとなりました。皆様の崇敬心が籠った鈴の緒と共に心穏やかにご参拝頂けましたら幸いでございます。

祭儀課 浪打

御社殿大掃除を行いました

令和2年9月7日

去る8月31日御社殿大掃除を早朝より職員一同で行いました。

毎年、大崎八幡宮では大掃除を2回おこなっています。新年を迎えるための12月13日に行われる煤払い式、また9月の例祭を清々しく迎えるために8月末日に御社殿の大掃除が行われます。

神職・巫女職員一同揃って行われます

社寺仏閣において、すべての作法は「掃除に始まり、掃除に終わる」とされ、清らかな御社殿において「祭典」を執り行う事は基本であり、御祭神のご神徳が弥益々に高まりますよう寿ぎます。

御社殿内彫刻も慎重に煤払いします

本年は新型コロナウィルスの感染拡大防止のため例大祭神幸祭等神賑行事は縮小し、例祭神事は役員総代参列のもと斎行されます。

隅から隅まで念入りに掃除し、より清々しい御社殿となりました

一年に一度の例祭が無事斎行され、御祭神のご神威が益々発揚なされ、皆様にそのご加護ありますを事お祈り申し上げます。

祭儀課 日野

令和2年9月5日 「兼務社春日神社 例祭を斎行致しました。」

令和2年9月5日

去る令和2年9月5日、当宮の宮司が兼務する春日神社(仙台市青葉区八幡2丁目11番16号鎮座)にて例祭を斎行致しました。

本年は新型コロナウィルス感染症の影響を受けて6月12日兼務社合同役員会、7月9日春日神社役員会、8月春日神社奉賛会役員会での協議を経て、例祭の祭典は通常通り斎行するが子供神輿や出店は感染拡大防止策として中止せざるを得ないと決議し、例年の賑やかな祭典とは異なるお祭りとなりました。

当日は午前6時より役員・奉賛会員・町内会が合同で清掃を行い、午前9時より祭典準備、定刻午前11時より仙台市議会議員西澤啓文殿以下25名が参列し例祭が斎行されました。祭典では参列された方々をお祓いする祓詞奏上と共に突然の大雨が降り始め、皆さんがテントから社殿に移動する玉串拝礼までに止むという奇跡的な天候となり、神様のお力を感じる祭典となりました。祭員としてお宮より外に出て祭典を奉仕することが初めてとなる浪打出仕と渡邉仕女は緊張な面持ちで祭典に挑んでおりましたが、滞る事なく無事にご奉仕できたようです。

また、毎月9日の春日神社月次祭に併せて神棚祭を斎行している(有)佐藤商店の佐藤樹君が自前で装束等を準備して特別に参列しました。幼少より大崎八幡宮例大祭にて能神楽の奉納演舞も担っている佐藤樹君は堂々とした姿勢で宮司達の奉仕姿を見守っておりました。

「榊の大麻にて神前を祓う浪打出仕」 「宮司祝詞奏上」
「真剣な表情で浦安の舞を奉仕する渡邉仕女」
「春日神社責任役員菅野實殿玉串拝礼」 「神酒拝載時の宮司挨拶」
「祭典後、社殿前にて記念撮影」

祭典後は間隔を開けてアルコール消毒を徹底した中で直会が開催されました。毎年恒例のくじびき大会では今回巫女舞を一生懸命奉仕した渡邉仕女がお菓子詰め合わせを引き当て会場内から拍手が湧き起こりました。直会終盤には子供会による奉納太鼓が行われ、祭りの締めくくりとして町内に元気な太鼓の音が響き渡りました。

「直会にて宮司挨拶」 「子供会による奉納太鼓」
「景品に喜ぶ渡邉仕女」 「白衣袴姿が似合う佐藤樹君」

祭儀課 浪打佑介

令和2年9月1日 「例祭 鳥居祭を斎行致しました。」

令和2年9月1日

去る令和2年9月1日、例祭 鳥居祭を斎行致しました。鳥居祭は当宮独自に斎行されております特殊な神事です。

来たる9月15日、例祭が斎行されます。例祭は大崎八幡宮にて斎行される神事の中で年に一度斎行される最も重要な祭典です。それに際して鳥居祭は神社の聖域と外界とを分かつ鳥居を祓い清め結界を張る意味があります。三之鳥居は御祭神から見て一番近い鳥居にあたり、その鳥居を清める事で神社を外部からの罪穢れより守り例祭が無事に斎行されることを祈念する祭典です。

本年は、天皇陛下御大典奉祝事業の一環としまして、鳥居柱の継木・塗り直しの補修工事を行っております。工事にあたり足場を架設しなければならないため、例年であれば紙垂を付けた竹を鳥居の貫の中心に垂直にあてがい、竹と柱を3本の麻縄で結びますが、今年は鳥居の清め払いを行いました。

さて、この神事では『お供えの儀』と呼ばれる、鳥居祭において重要な儀が行われます。お供えの儀は、この例祭期間に神域を清浄にお守り頂く鳥居の神様に神饌をお供えします。今年は神饌案を設け、鳥居柱をお祓いしたのち「御神酒・鰹の生節・茄子の漬物・梅の酢漬」がそれぞれお供えされました。

これらはかつて伊達家の兵糧とされておりそれぞれ三之鳥居、社務所入り口前の杉の木、北参道鳥居前に一対ずつお供えされます。鳥居祭を斎行して斎戒期間を迎え、職員一同より一層気を引き締めて祭典奉仕に努めてまいります。

大麻と切幣とで鳥居柱をお祓いします。 箸を用いて、ひとつひとつお供えをしていきます。
責任役員以下総代、世話人の方々の代表に玉串を奉り、ご拝礼頂きました。 外側より観覧された方々にも合わせてご拝礼頂きました。
宮司以下祭員、参列者一同が例祭期間中が清浄であるように祈念しました。

祭儀課 浪打

令和2年8月27日 「兼務社春日神社の草刈りを行いました」

令和2年8月27日

令和2年8月27日午前9時より当宮宮司が兼務する春日神社の草刈りを春日神社奉賛会6名、宮司以下職員5名で行いました。

去る7月12日に開催された春日神社役員総代会において、ここ数年大規模な草刈りを実施できておらず高齢化の進む奉賛会では厳しい状況との意見を頂きました。これを受け9月5日に年に一度の春日神社例祭が斎行される前に境内の大規模な草刈りを行うことを宮司より提案し、8月23日の春日神社奉賛会総会にて8月27日午前9時より奉賛会会員と八幡宮職員合同で行うことを決議し、コロナウィルス並びに熱中症の対策を取りながら草刈りが実施されました。

当日午前9時に春日神社境内に集合した奉賛会と職員は宮司指揮の下、当宮より持参した刈払機2基を用いて数年に渡って成長した草木を景観が損なわれぬよう慎重に草を刈る班、刈払機では危険を伴う祠や石碑の周辺を草刈鎌で丁寧に刈る班、境内のあちこちに散らばった草を熊手と塵取りで集める班、山の様に集まった草を軽ダンプの荷台に乗せる班にそれぞれ別れて作業を行いました。

数年分の草木は予想をはるかに上回る量になり、春日神社から集積場所の八幡宮まで軽ダンプが4往復する程になり、作業時間も当初の予定より二時間近く延長して行われました。当日は最高気温31度を記録し、適度に作業を中断しこまめに水分補給を行い、正午には全行程を終了し解散となりました。

奉賛会、職員らが一丸となり、無事に草刈りを終えました。

祭儀課 浪打

エアミストの設置

令和2年8月26日

8月に入り、仙台は連日30度を超える真夏日となっています。
御参拝の皆様が大崎八幡宮に一歩足を踏み入れると、鎮守の杜の木立が作る日陰や自然の風による冷涼さを感じる事でしょう。
それでも、異常気象ともいえる炎天下を憂慮し、皆様に心地よくお参りいただけますよう、エアミストを設置致しました。細やかな霧は境内を冷やし、皆様の癒しになると幸いです。

総務課 小野目

大崎八幡宮休憩所の冷やし甘酒はさらっとした甘さで、暑さで疲れた体を癒してくれます。是非ご賞味ください。
大崎八幡宮休憩所はこちら

令和2年8月8日、同月24日「七夕祈願祭を斎行致しました」

令和2年8月24日

去る8月8日、七夕祈願祭を斎行致しました。
仙台の七夕祭りは日本に誇る東北3大祭りの一つとして、仙台を始めとする宮城県各地にて盛大に行われております。仙台では、昔から七夕祭のことを「タナバタサン」と言い、昔は陰暦7月6日の宵に行われていましたが、明治になると陽暦7月6日の宵に行うようになり、さらに近年は8月6日から8日までの3日間行うようになりました。

藩政時代より、仙台をはじめ農村各地においてそれぞれ七夕祭りが行われてきました。笹に短冊などの七夕飾りを鈴なりにつけることは、頭を垂れて稔る稲穂に竹飾りを見立てて豊作を祈ることに由来し、同様に秋田竿灯祭りなどが行われております。

本年は新型コロナウイルスの多大なる影響を受けまして、夏の風物詩である仙台七夕は中止を余儀なくされましたが、町内会や商店街、学校など地域に根付いた七夕飾りが仙台市内各所に見られ、仙台市民の心意気を感じられる夏となりました。

当宮も去年と同様に七夕飾りを二之鳥居前、長床前、社殿前にそれぞれ竹を設置し御来社された方々の願いを込めた短冊がささげられ、全国からも多くの短冊の御奉納をいただきました。これらの短冊は8月8日、26日の七夕祈願祭にて八幡大神様の大前に奉られ、皆さまの願いが成就されますように御祈願申し上げました。

皆様の願いが成就されますように。

祭儀課 浪打

令和2年8月13日 東日本大震災復興祈念祭を斎行いたしました

令和2年8月25日

令和2年8月13日(火)、午前10時より東日本大震災復興祈念祭を斎行いたしました。
平成23年の東日本大震災から早9年半が経ち、今なお被災地の復旧復興は未だ途上にあり、震災10年目を迎えるこのお盆の時期に、あらためて当時を思い起こしその復興を祈念する祭典を行いました。

大崎八幡宮の御鎮座を記念する祭典の翌日に斎行され、空は快晴となり各地で猛暑日となりました。

社殿前 午前10時より祭典が斎行されました 祓所にて修祓から執り行われます
宮司一拝 御祭り始まりの一礼です

献饌、宮司祝詞奏上の後、御神楽「浦安の舞」が奉奏されました。

「天地(あめつち)の 神にぞ祈る 朝凪の 海の如くに 波立たぬ 世を」

浦安の舞とは、昭和天皇御製に、宮内庁楽部楽長多忠麿が作舞された舞で、国の安寧を祈る歌詞とその祈りを表現する穏やかな舞がこの祭典にふさわしく奉奏されます。
華やかな本装束で舞を奉奏し、御祭神へ鎮魂の祈りを込めて奉仕致しました。

浦安の舞

役員総代3名に加え雅楽講師の宮田まゆみ先生他ご縁ある方々もご参列され、玉串奉奠拝礼を行い、全7名の参列がございました。

役員総代玉串拝礼 宮田まゆみ殿玉串拝礼

そして祭典終了後には遥拝所を通しまして、東日本大震災の各被災地を宮司以下祭員参列者一同揃って御霊の鎮魂、復興を祈念しまして遥拝いたしました。

遥拝所にて被災地を遥拝する

遥拝後、宮司より参列者へ「平成23年の東日本大震災より9年半、当宮としても発災後より出来る限りの支援を行ってまいりましたが、それでも被災地の状況はまだ道半ばであり、かつまた全国各地での地震災害、豪雨災害も引き続き発生し、そしてまた現在は新型コロナウィルス感染症に世界が脅かされておりまして心を痛めており、苦難をともにしております。私ども神職にできることは神様へ御神威を発揚頂くようお祈り申し上げることしかできませんので、今後とも何卒ご理解ご協力賜りますよう宜しくお願い申し上げます」とのご挨拶がありました。

例年ならば「雅楽の夕に、」として東日本大震災復興祈念の雅楽演奏会が執り行われる御鎮座記念祭の翌日でありました。

新型コロナウィルスの感染症災害の影響は未だ至る所で及ぼしておりますが、東日本大震災のように天災を決して忘れず、艱難辛苦を乗り越えて、また賑々しく美(うる)はしい国づくりがなされることを願います。

祭儀課 日野

令和2年8月12日「御鎮座記念祭を斎行致しました。」

令和2年8月12日

去る8月12日、御鎮座記念祭を斎行致しました。
当宮は慶長12年8月12日、仙台藩祖伊達政宗公が八幡神のご神徳を崇敬し、仙台開府の後、いち早く仙台城の乾(北西)の方角に当たるこの地を御鎮座と定められ、創建されました。

政宗公は、豪華絢爛な極彩色を纏った御社殿を造営するにあたり、当時の桃山文化の「粋」を集結すべく、当時豊臣家に仕えていた技量無双と称された名匠らを招き、仙台62万石の総鎮守に相応しい荘厳華麗な桃山建築の御社殿を竣工ました。その遺構は、明治36年古社寺保存法、また昭和27年文化財保存法により、国宝に指定されております。

御鎮座記念祭は、八幡宮が成就し御祭神の御霊は遷座れた日として、当時の大工棟梁である梅村彦左衛門二男三十郎頼次を始めとする造営に携わった方々の名前が文献に残されていたことに基づいております。

社殿は400年以上前の姿を保っており、携わった宮大工ら工匠の卓越した技術には感服させられるばかりです。

本年は新型コロナウイルスの影響を考慮し、祭典の内容と斎場の配置を一部変更し例年通り午後6時30分より斎行されました。

陽が傾き始め、境内の荘厳な雰囲気がより一層深まる中参進します。 宮司一拝より祭典がはじまります
神饌を大前に奉ると同時に、社殿前の庭燎に火を灯します。また、神饌に加え鈴虫を御神前に奉ります。涼しげで優しい音色は祭典中にも響き渡りました。献饌の後、宮司が御鎮座の感謝に加えて氏子崇敬者の繁栄を祈り、御鎮座記念祭祝詞を奏上しました。 神前神楽 萬代の舞 奉奏
宮城野の 五百枝いおえの神杉 萬代に 御蔭みかげ垂れます 大崎の宮
この歌は大崎八幡宮御鎮座390年を記念し、鎌倉 鶴岡八幡宮名誉宮司 故白井永二氏が大崎八幡宮を詠まれたものです。
御神楽 其駒 人長舞 奉奏

宮中の御神楽の1つであり、12月15日に夜半6時間という長時間にわたって行われる宮中御神楽の最後に「其駒」が演奏されます。最初は拍節のない「三度拍子」、続いて拍のある「揚拍子」にて同じ歌詞が詠われ、揚拍子では鏡を見立てた白い輪を付けた榊を持った舞人が舞います。舞人が神楽人の長として舞う為人長舞(にんちょうまい)と呼ばれています。

舞人はまず口上を行います。
『鳴り高し。鳴り高し。う。振る舞う。今宵の御神態みかんわざの人のおさ
司人つかさびと。司人。御燎みひ白く奉れ』
舞人の口上に合わせて、司人が庭燎(ていりょう)に火を灯します。
子共こともさい各々おのおのこころわんぬ。いまは「そのこま」つかまつるべき由を申し乞う』

司人が正面に置かれた庭燎に火を灯します。

『その駒ぞや 我に我に 草乞ふ 草はとりかわん 水はとり 草はとりかわん』
其駒は神様の乗る神馬を指しており、その神馬への惜別の歌とされております。

宮司以下祭員の玉串奉奠拝礼ののち、御参列の皆様を代表し、3名の方々に玉串を奉り、ご拝礼頂きました。

コロナ禍中ではございますが、本年も御鎮座記念祭を斎行することができ、大変嬉しく思っております。翌日には東日本大震災復興祈年祭を執り行いました。

祭儀課 浪打

令和2年8月1日「太元社例祭を斎行致しました。」

令和2年8月1日

去る8月1日、太元社例祭を斎行致しました。八朔参りとも申しますこの日は、長く続いた梅雨空ともようやく別れを告げ、穏やかな日差しとなりました。

太元社例祭当日は、この日に限り殿内の厨子の御扉が開きます。

太元社はかつて仙台藩4代藩主伊達綱村公が江戸城内にて太元帥明王像の開眼(かいげん)祈願を行い、享保4年(1719)に仙台藩5代藩主伊達吉村公が武運長久、子孫繁栄を祈念し奉納されました。元禄11年(1698)の古図には、拝殿前西側に太元堂の記載がある事から、創建はそれ以前と推定されます。創建当時は仏像として祀られ、明治時代の神仏分離により新たに神格化され、現在の場所に鎮座しております。その後氏子崇敬者の協力も得て、昭和56年8月1日に現社殿の竣工に基づき、8月1日を例祭日として毎年祭典を斎行しております。

太元社の御祭神は太元帥明王をお祀りしております。そのご神徳は鎮護国家、悪鬼調伏とされ私達を悪しき物事からから御守り頂いている神様です。特に今年は新型コロナウイルスの蔓延を受け、太元帥明王の御神徳を頂き、1日も早い終息を祈願するべく来社される方も多くなっておりました。

祭典では、この仙台の地を治め鎮まります太元帥明王様に感謝を申し上げ、氏子崇敬者らが今後も発展していけますようご祈願申し上げました。

御神楽 浦安の舞 奉奏

祭典では昭和天皇御製御神楽 浦安の舞を奉奏します。
「あめつちの かみにぞいのる あさなぎの うみのごとく なみたたぬよを」
(天地の 神にぞ祈る 朝凪の 海の如く 波立たぬ世を)
神様の世界と私達のいるこの世界が凪いだ海のように穏やかである事を祈った浦安の舞を御神前にて奉奏します。

宮司に倣い、玉串を奉り拝礼します。
参列された方々にもご拝礼頂きました。
テントに入りきらなかった参列者の皆様にも社殿前にてご拝礼頂きました。 祭典終了後、太元社前にて記念撮影を行いました。

太元社は毎月1日15日には、太元社正面の扉が開きまして厨子をご覧になり参拝することができます。また、太元社の御朱印を祭儀棟にてお頒ちしております。お求めの方は祭儀棟の職員にお声かけください。

祭儀課 浪打

伊達武将隊の出陣式を斎行しました

令和2年8月1日

本年で10周年となる出陣式を8月1日に斎行しました。例年4月1日に行われておりましたが、今年は新型コロナウイルスの影響により4カ月遅れの出陣式となりました。

伊達武将隊は仙台城跡を拠点とし、伊達政宗公を中心に仙台の魅力と歴史を伝えるおもてなし集団として平成22年に結成され今年で10年目の節目となります。全国各地のイベントに参加するなどをして仙台・宮城のPR活動をしております。今年は新型コロナウイルス感染防止の為に各地の行事等は中止を余儀なくされておりますが、今後の活躍をご祈念申し上げます。

表参道より参進 御社殿前に整列されました
初めに修祓(お祓い)を行います 政宗公を代表に玉串拝礼
「ずんだもち」の掛け声にて記念撮影を行いました

日を改め8月7日、出陣式恒例の大絵馬奉納式が行われました。大崎八幡宮に到着され、八幡様に御挨拶申し上げました後、社殿前にて政宗さまを始め武将隊の皆様に「ともに前へ」の文字のもと、各々の名前を入れて頂きました。

伊達政宗公が先陣を切り揮毫されました 今年も立派な大絵馬を御奉納頂きました。
多くのファンに見守られ、出陣式は盛大に行われました

大勢の方々が見守る中での出陣式・大絵馬奉納式となりました。コロナに負けず宮城・仙台の魅力を発信して頂きたく存じます。

「愛宕神社例祭並びに見舞金奉納奉告祭を斎行致しました。」

令和2年7月25日

去る7月25日、当宮の兼務社である愛宕神社にて、例祭が斎行されました。
 今年は新型コロナウイルスの影響により、様々な祭典において規模の縮小を余儀なくされてきました。例年愛宕神社例祭は、子供御輿の渡御を始め、地域の皆さまの御協力のもと盛大に斎行されておりましたが、本年は神輿渡御を中止し、祭典のみの斎行となりました。 また今回の例祭では、宮城県神社庁より新型コロナウイルスの見舞金を賜りましたので、愛宕神社例祭祝詞に添えまして宮城県神社庁見舞金奉納奉告の由を御神前にて奏上いたしました。

①地域の皆さまの御協力・御参列をいただき、祭典が斎行されます。

愛宕神社の御祭神は火産霊命(ほむすびのみこと)をお祀りしており「火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)とも呼ばれ、皆様からは「愛宕さん」「愛宕さま」と呼ばれ広く親しまれております。愛宕さまは火を司る神様であり、火と人間は切っても切り離せない密接な関係にあります。時に火は私達を脅かす存在にもなり得ますが、火から生み出される恵みは私達の生活をより豊かにしてくれています。愛宕さまは、火から私達の生活をお守りいただく防火の神様であり、ひいてはご家庭をお守りいただくという意味で家内安全の神様であります。また、火はエネルギーや活力の象徴ともされますので、産業隆昌の神様ともされているようです。

②御神楽 浦安の舞 奉奏 ③祭典終了後、御参列の皆さまで御神酒を拝戴します。

兼務社愛宕神社は、八幡1丁目に御鎮座しております。日頃より八幡町の皆様をお守り頂いている神様をぜひお参りください。

④祭典終了後、鳥居前にて記念撮影を行いました。

祭儀課 浪打

境内植樹のご奉納

令和2年7月15日

大崎八幡宮は仙台市北西部の鎮守の杜として、多くの方にご参拝いただいております。真夏の照り付ける日差しは杉木立により遮られ、境内に足を踏み入れると木霊の冷涼な空気に包まれ、自ずと心地よい緊張を感じることが適います。

去る7月15日、木霊の一端となるよう植樹のご奉賛がございました。

皆様は将来を担う子供たちの為、地域や病院等への寄付活動、また地球温暖化防止のボランティア活動を継続的に行っています。この度、地域の中心的存在である神社への榊の寄進がございました事をご報告いたします。(総務課 小野目)。

松浦 治 殿
 ㈱KR企画 殿
 ㈱プランニングルーム・ヨコハマ 殿

高さ50㎝程の榊達は末社周辺に植樹されました。お社を守る大切な木霊となることでしょう。

月次祭を斎行しました。(渡邉仕女初奉仕)

令和2年7月15日

去る7月15日、月次祭を斎行しました。
月次祭は毎月1日15日恒例で斎行され、大神様の日々のご加護に感謝し国の安寧と皇室の繁栄、氏子崇敬者の安泰を祈願するものです。当日は早朝より雨が降っておりましたが、斎行時には雨もあがり、雨で清められた清々しい空気の中での祭典斎行となりました。

①長床、社殿前の短冊飾りは七夕祈願祭斎行の8月8日まで飾られております。

今回は4月より入社し、日頃より舞の稽古を重ねてきた渡邉仕女の初奉仕となりました。御神楽 「萬代の舞」の奉奏を安達仕女とご奉仕致しました。

例年では中央より講師の宮田まゆみ先生をお招きし、直接舞や雅楽のご指導を賜るのですが、今年は新型コロナウイルスの影響により感染のリスクを抑えるべく先輩仕女らで協力して、この月次祭に向けて稽古に励んできました。

②祭典が始まります。宮司一拝に祭員以下参列者一同が合わせます。
当日は1名の御参列をいただきました。
③④⑤⑥先輩仕女との練習の成果もあり、堂々と舞いきることができました。
⑦末社の神様にも初奉仕の御挨拶を申し上げました。 ⑧祭典終了後、大玄関前にて記念撮影を行いました。
⑨先輩仕女の安達仕女と記念撮影を行いました。 ⑩初奉仕お疲れ様でした!初奉仕を終え、清々しい笑顔です。

以下、渡邉仕女による初奉仕感想文です。

祭儀課 渡邉仕女

「初めての舞の奉仕となりました。例年通りであれば舞の稽古を4月から宮田まゆみ先生にご指導いただく予定でしたが、新型コロナウイルスの影響もありお稽古を行う事が難しい状況が続いておりました。 舞の奉仕は仕女の大事な勤めの1つです。5月より先輩仕女の方々の熱心なご指導をいただき、月次祭では無事に舞いきることができ、安心しております。今回感じた手ごたえと、改善すべき点を振り返り、これからも精進してまいります。」

来たる8月1日の太元社例祭の舞の奉仕に向けて、本人もより一層力を入れて舞の稽古に励んでおります。今後、様々な祭典並びに社頭で活躍していく新しい鳩子をどうぞあたたかい目で見守って頂き、あたたかいご指導を頂ければ幸いです。

祭儀課 浪打

仙台市立第一中学校剣道部が正式参拝されました

令和2年7月14日

去る7月14日(火)、仙台市立第一中学校の剣道部の皆様が正式参拝されました。

本年、世界中で蔓延する新型コロナウィルスの感染症拡大の余波は未だ各方面に多大な影響を及ぼしております。そのご時世の中で仙台市中総体等、各体育大会開催がすべて中止となっている現状において、仙台市立第一中学校剣道部三年生の皆さまから、「このまま三年生の引退の区切りもつかない煮え切らない思いで終わってしまうことが残念なので、関わりの深い大崎八幡宮に今後の剣道部の活躍と進学希望成就を願ってお参りすることでけじめとし、かけがいのない思い出にしたい」というお申し出がありました。

当宮としてもその旨を快くお受けいたしまして、この日16名の生徒の皆さまが参拝されました。

祝詞に添えまして剣道部ご参拝の生徒達の健やかで前途の幸多きことを大神様にご祈念申し上げます

代表玉串拝礼としまして、まず顧問先生、部長に併せて部員の全員が参拝し、感謝の誠を捧げました。

引き続き、神職より部員方々のご慰労、また将来のご活躍を願う旨をお話しいたしました。次いで大崎八幡宮の由緒や殿内について説明いたしますと、皆さまは改めて八幡さまの御神徳を感じていたようです。

剣道は「礼に始まり礼に終わる」武道とされ、それは日本の伝統を汲む様々な「道」と共通していることであります。神道はその根幹であり、今回の参拝は意義深いものであったと思います。

今回の正式参拝が、剣道部の皆さまにとってこれまでの研鑽を積んだ三年間の節目として刻まれ、今後より一層、またご活躍されますことを願います。

祭儀課 日野

九州地区激甚災害 熊本県人吉市 青井阿蘇神社殿へ支援活動を行いました。

令和2年7月13日

令和2年7月 九州地区激甚災害 熊本県人吉市 青井阿蘇神社殿へ支援活動を行いました。

九州地区の激甚災害の被災された皆様に心からお見舞い申し上げるとともに復興に尽力されている皆様には安全に留意されご活躍されることをお祈りいたします。 大崎八幡宮では、平成23年の東日本大震災以降、社頭にてご参拝の皆様より震災支援金を頂戴し、支援活動を今日まで続けてまいりました。大震災後は、各地で起きる地震や豪雨災害が発生する度に支援活動できることは、偏に皆様からの篤志に他なりません。

この度、熊本県人吉市にある青井阿蘇神社様が被災されたという事で、お見舞金を送付いたしました。青井阿蘇神社様は平成20年に国宝建造物に指定された神社で、同じ文化財を預かる当宮としては、これからの復興に何かお手伝いできることはないかと模索する次第でございます。

今までの活動報告並びに御芳名に関しては、こちらよりご覧ください。

総務課 小野目

御社殿にて支援活動を奉告致しました。 青井阿蘇神社ホームページより

七夕祈願祭の受付を開始致しました。

令和2年7月8日

本年は新型コロナウイルス感染防止の為、残念ながら仙台七夕は中止となりましたが、当宮の七夕祈願祭は例年通り斎行致します。

七夕は桃の節句、端午の節句と同じように「五節句」のひとつとして奈良時代頃から行われてきました年中行事ですが、ご承知のように織姫と牽牛の二つの星にまつわる故事が由来となっています。祭日の七月七日は旧暦に従い月遅れの八月七日に行われますのが仙台 七夕の習わしであります。

仙台七夕は、仙台藩祖伊達政宗公の時代に遡り、文化向上として、また天明の飢餓に際しても世俗の世直しとして願いを込めて盛大に執り行われた祭典でありました。仙台空襲の後も世を前進させるようにと行われた経緯があります。

七夕飾りには、短冊の他、屑籠、吹き流し、紙の着物、折鶴、巾着、投網の七種があり、短冊に思いを託し祈念されてきました。
長床前に設置した七夕用の竹 郵送にて奉納頂いた短冊を社殿前の竹に取り付けております
昨年より、大石段下にも吹き流しの飾りを取り付けており、今年も設置しました

今年は新型コロナウイルスの影響により、県内外各地の行事が中止となっておりますが、当宮の七夕祈願祭は、例年通り八月八日に斎行致します。新型コロナウイルスに負けないように短冊に思いを乗せて祈念されてはいかがでしょうか。

ご参拝心よりお待ちしております。

祭儀課 佐藤

天皇陛下御大典奉祝記念事業 三之鳥居改修工事(其の一)

令和2年7月5日

現在、大崎八幡宮のシンボルともいえる鳥居は、昭和63年の大崎八幡宮御鎮座380年記念事業として一之鳥居が奉納され、現在は一之鳥居、二之鳥居(石鳥居)、三之鳥居が御神域を護っています。

大崎八幡宮の創健から400年以上続く歴史は、氏子崇敬者の皆様や職人方、多くの方々と共に護られ、継承されています。 平成の御大典の折には、三之鳥居の改修工事が行われ、以来30年以上が経ち、令和の御代替わりの記念事業としてふたたび鳥居柱の継木、塗り直しを行う事となり、前回携わった職人やその弟子たちが再集結し、補修に臨みます。

三之鳥居の歴史は古く、享保3年(1717年)に仙台藩五代藩伊達吉村公に寄進されました。吉村公は、陸奥国仙台藩五代藩主、伊達家宗家に於いては21代目にあたります。

吉村公は仙台藩の中興の英主とも呼ばれ、破綻危機とも言える藩の経済状況の中、改善のためにいくつも手を打ちました。 各役職の整理をはじめとして、石巻で発行された銅銭を用い領内でやり取りすることで利益を得、買米仕法(藩が強制的に農民の米を買い上げ、その米を江戸で売る方法)を行い、利益を段々と積み重ねました。

享保17年(1732年)に西日本で享保の大飢饉が起こると、その年豊作であった仙台藩は、江戸で米を売りさばき、ついに黒字へと好転したのです。全ては仙台藩総鎮守「大崎八幡宮」のご加護とし、吉村公により三之鳥居が寄進されました。

今回、三之鳥居改修工事(其之一)では鳥居の移動・宮大工仕事などを動画・記事としました。引き続き行われます改修工事や完了をお待ちください。

改修工事前に、安全祈願祭を行います
クレーン車で鳥居を引き抜く準備です。
ゆっくりと引き上げ、どんと祭斎場へ運びました
宮大工による柱の確認
地下基礎に埋まっていた部分はしっかりと残っていました
袴石の境目は痛みがありますが、柱の芯の部分はしっかりと生きています
追加される柱には青森ヒバを用い、印を書き込みます
「たこつぼ」と呼ばれる墨で、材木に印を描きます
継ぎ木する断面は複雑です
ずれが生じないよう、本体部分も丁寧に寸法合わせを行います
本体の柱に繋ぎ目を合わせ、滑らかになるよう鉋(かんな)をかけます

これより後は、鳥居の設置、塗りの工程を経て、令和2年10月頃三之鳥居がよみがえります。

この事業は皆様の御奉賛により行われております。引き続き篤志賜りますようお願い申し上げます。

祭儀課 浪打

令和2年7月1日「厄除祈願大祭並びに祈願串焼納祭 斎行」

令和2年7月1日

去る7月1日、厄除祈願大祭を斎行致しました。 当日は時刻直前まで不安定な天気でありましたが祭典中は雨も上がり、滞りなく斎行されました。

当宮の「厄除祈願大祭」は、攘災招福や無病息災、厄除け、災難除けなどのあらゆる災い禍事を祓い、皆さまの家内安全や身体堅固を祈願し、ひいては国家の安寧と世界の平和をもご祈願する祈願祭を斎行しております。

また、厄除祈願大祭の終了後、引き続き「祈願串焼納祭」を斎行しました。祈願串に願い事を書き、皆さまのお書きいただいた祈願串を「忌火」を用いて焼納致します。

①大玄関より参進してきた宮司以下祭員が座に著き、祭典が始まります。 まず祓主が祓詞を奏上します。
②③祓詞奏上後に大麻、塩湯にて御神符と皆様の願いが込められた祈願串をお祓いします。
④⑤次に祭員を祓い、最後に参列された方々をお祓いします。
⑥宮司による厄除祈願大祭祝詞奏上

昨今は新型コロナウイルスにとどまらず、天候や地震など自然の数々の驚異とも向き合っております。祈願大祭祝詞では世界のありとあらゆる災いや厄を祓い除け、身も心も健やかでいられますことを八幡大神様にご祈願するとともに、皆様が願いを込められお納めいただいた祈願串の祈願成就、また世界中で未だ猛威を振るい続けている新型コロナウイルスの終息を祈願祝詞に添えて御祈願申し上げました。

続いて「祈願串焼納祭」を行います。祈願串焼納祭は、参拝された皆様が願いを込められお書きいただいた祈願串を清浄な忌火でお焚き上げし、祈願成就を祈るものです。 今年はおよそ1000本の祈願串のお納めがあり、祭員は祈念を込めながら炉の中にお納め致しました。

⑦⑧祭員によって祓い清められた炉に宮司が忌火を灯します。
⑨祈願串焼納中は大祓詞を奏上します。 ⑩祈念を込め、皆様よりお預かりしている祈願串を焼納します。
  ⑪参列された皆様にもご自身の手で祈願串を御焼納いただきました。

大崎八幡宮では引き続き祈願串の御奉納をいただいております。
ご希望の方は境内に祈願串の奉納台が御座いますので、願いを込められましてお納めください。

祭儀課 浪打

令和2年7月1日「月首祭を斎行しました」

令和2年7月1日

去る令和2年7月1日、月首祭を斎行致しました。

月首祭では皇室と国家の安寧を祈るとともに、日々の生活に感謝し、今後とも大神様のご加護をいただけますよう、毎月1日、15日に祭典を行っております。

朝まで続いた雨にて祓い清められた清々しい境内にて、晴れ間の見える中での祭典の斎行となりました。

この度の月次祭では、宮城県神社庁より、新型コロナウイルス感染症予防対策として、見舞金を賜りました。併せて御神前にお供えし、奉告祭を斎行致しました。

①祭典前には雨も上がり、晴れ間の差し込む中参進しました。
②③宮司が月首祭祝詞に添えまして、新型コロナウイルスの早期鎮静と宮城県神社庁より賜りました見舞金の報告祝詞を奏上
④御神楽 萬代の舞 奉奏 ⑤宮司に倣い、祭員も拝礼を行います。

全国的に緊急事態宣言が解除され、徐々に感染者が増えつつありますが、今後とも月首祭・月次祭並びに日々の日供祭にて鎮静祈願祭を行って参ります。

祭儀課 浪打

令和2年6月30日「水無月大祓式を斎行致しました」

令和2年6月30日

去る6月30日、水無月大祓式を斎行致しました。

大祓は災い・禍事の原因となりうる、私達が日々生きている中で知らず知らずのうちに犯してしまう罪・穢れを祓い清める行事です。今年前半の半年間の罪穢れを祓い、無病息災を祈願するものとして古くからの伝統行事として親しまれております。

大祓式は年に2度行われまして、6月に斎行される「水無月の大祓」と12月に行われる「年越しの大祓」がございます。

後拾遺和歌集(1074年編纂)に
【水無月の 夏越の祓する人は 千歳の命 のぶといふなり】
とありますように、古来より大祓をして延命長寿を祈っていたことが読み取れます。

本年は新型コロナウイルスの影響もあり、茅の輪の早期の奉製や参列される方々の人数の制限、参列者のマスク着用の徹底など、様々な感染防止対策を設けて祭典の斎行となりました。

①時刻、祓所へ参進します。
②③まず麻縄、切麻、人形が入った紙包を祭員・参列者にお頒ちします。
④祓主が大祓詞を奏上します。 ⑤祓主が奏上する大祓詞が「八針に執り辟きて」の頃、祭員が木綿(ゆう)を勢いよく8つに引き裂きます。引き裂くときの音で罪穢れを祓うとされます。
⑥祭員に倣い麻縄、切麻で自身を祓い清めます。

次に大祓詞が「舳解き放ち艫解き放ちて(へときはなちともときはなちて)」の頃、お頒ちした紙包みの中にある、左なえの麻縄と右なえの麻縄、切麻を用いて、
まず左手で左なえの麻縄を執り、結び目を口で解いて左肩越しに投げる
次に右手で右なえの麻縄を執り、結び目を口で解いて右肩越しに投げる
次に切麻で左、右、左の順で肩越しに撒きかける
といった順序で祓い清めます。

「大津辺に居る大船を舳解き放ち艫解き放ちて大海原に押し放つことの如く(中略)」と大祓の一部分にございます。これは「大きな港にある大きな船の舳(船の先端、へさき)、艫(船尾、とも)を繋ぐ綱を解き放ち大海原に押し放たれるように(罪を祓われる)」の意味を持ちます。麻縄を解き放り投げる動作はその再現をしているとされております。

⑦参列された皆様も祭員に倣います。
最後に祓主が大祓詞の宣読が終わると、紙包の中の人形を執り、息を吹きかけ、体を撫でます。こうすることで人形に自身の穢れをうつし、自身を祓い清めます。
⑧⑨祭員、参列された方々の人形が入った紙包を祭員が回収し、唐櫃(からひつ)の中にお納めします。
⑩⑪次に大麻と塩湯で祭員、参列者、神札、唐櫃に納められた人形を祓い清めます。
⑫祭員が茅の輪をくぐります。それに参列された方々も続きます。

次に茅の輪をくぐります。切麻を撒きかけた順序のように、茅の輪も左、右、左の順でくぐり、最後にまっすぐに社殿に直進し、社殿前にて拝礼を行いました。 茅の輪くぐりは蘇民将来の故実に基づき、茅で輪を作りそれをくぐる事で悪疫から守られるとのことで、日本全国で広く親しまれております。

⑬祭典終了後、参列された方には神札をお頒ちし、神酒拝戴を行いました。 ⑭祭典終了後も茅の輪くぐりをされる方が多くいらっしゃいました。

令和2年の水無月大祓は滞る事無く斎行されました。新型コロナウイルスの影響はとどまる事を知らず、未だ猛威をふるっております。大祓で心身の罪穢れを祓われ、大崎八幡大神様のご加護を頂きまして、皆さまに於かれましてはご多幸あられます事をご祈念することとともに、世界に蔓延る悪疫の一日も早い終息を心より祈念しております。

祭儀課 浪打

水無月の大祓式・厄除祈願大祭について(ご案内)

令和2年5月7日

例年6月30日には「無月なづき大祓おおはらえしき」を執り行い、7月1日には昨年より「厄除やくよけ祈願きがん大祭たいさい」を齋行しておりますが、本年は新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、当日の祭典参列はご遠慮いただいております。

併せて直接社頭に祈願に訪れづらい方々のため郵送にての祈願受付も行っておりますので、HP上の「ご祈願ご案内」をご参照くださいますようお願いいたします。

「水無月の大祓式」は『拾遺和しゅういわ歌集かしゅう』にびと知らずで
 「無月なづきの しのはらえ する人は 千歳ちとせの命 のぶというなり」

うたわれておりますように、人が知らず知らずのうちに犯してしまう罪・穢れを半年ごとに祓い浄める、神話に起源を持ち平安時代から恒例として行われています日本の伝統行事であります。

大祓式の行事の後、かやで作ったを順序に従って三度くぐり抜け、無病息災を願う習わしです。

平成30年水無月の大祓式の様子

一方、7月1日の「厄除祈願大祭」は社殿前に設置された祈願串にご参拝された皆さまが願いを込めて書かれたものをお焚き上げすることで災いを祓って福を招く「攘災招じょうさいしょうふく」を中心として諸願成就を祈念する祭典神事でありまして、昨年令和の新しい御代を迎えたことにあたり、社殿前にて大々的に執り行われております。

令和元年厄除祈願大祭の様子

本年は新型コロナウィルスの一日も早い終息を願うとともに、国家安泰・世界平和を始め氏子崇敬者の皆さまの家内安全・身体堅固・無病息災ほか諸願の成就を祈念いたしまして斎行されます。

どちらの祭典も当日参列は出来ませんが、現在社殿前にて祭典日まで「大祓式」・「厄除け祈願大祭」両方の受付のご案内を設置しておりますのでご社頭にてご確認ください。

社殿前特設テントにて受付しております
テント内パネルにて申込み方法を説明しております
大祓式の神札とステッカー 厄除祈願大祭の神札と守護

厄除け祈願大祭について、祈願串ならびに神札・お守りのお申込みの仕方を写真入りで図解して説明しておりますパネルが特設テント内にありますのでそちらもご参照ください。

当宮におきましても毎朝御日祭にて新型コロナウィルスの鎮静祈願を執り行っておりますが、この度の感染症災害は一朝一夕には行かない辛苦を世界にもたらしています。

病める人が治り、悩める人が癒され、苦しむ人の苦が緩和されますように、まるで日本神話の天の岩戸開きのように常世の長鳴鳥が鳴いて太陽の光が訪れますように、平和な暮らしへの展開が訪れますことを願い、また時に神社境内において三密を避けた形で清々しい空気を味わって頂けましたら幸いでございます。

祭儀課 日野

表参道に茅の輪を奉製・設置致しました

令和2年6月1日

去る令和2年5月31日、表参道に茅の輪を設置いたしました。当宮は来たる6月30日に「水無月大祓式」がございます。その祭典準備の一環と致しまして先日かや刈りを行い、を奉製・設置を行いました。

茅の輪くぐりは疫病退散・無病息災を祈願するもので、茅の輪の歴史は神代まで遡り、備後国風土記の一部の記録を要約しますと、『素戔嗚尊すさのおのみことが旅の途中、一晩の宿を求めました。旅先には貧しい農民の蘇民将来(そみんしょうらい)が住んでいて、蘇民将来は素戔嗚尊を快くお泊めしました。その後幾年が過ぎ、素戔嗚尊は再び蘇民将来のもとを訪れました。そして「世界に悪疫が流行したときには、茅をもって輪を作り、それを腰につければ、悪疫から免れることができる。」』といった内容の記述があります(諸説あり)。この故実が茅の輪の起源であり、茅の輪をくぐる事で、自身の体に知らず知らずの間についた罪や穢れを祓い清める神事です。その故実に則り、今年の茅の輪には新型コロナウィルスの悪疫退散の祈願も込められております。

新型コロナウィルスの影響による緊急事態宣言は解除されましたが、6月30日に執り行われる大祓式、7月1日の厄除祈願大祭の当日の祭典参列はご遠慮いただいております。事前のお申込みをされた方をはじめ、より多くの参拝者の方々に茅の輪くぐり、自祓(自分で自身の身を祓い清めること)をしていただきたく考えました。例年ですと、6月中旬より奉製・設置行っていたところを、今年は約1ヶ月早く設置いたしました。

①茅の輪を木枠にしっかりと固定します。 ②茅の輪横の笹も倒れないように結びます。
③茅の輪に紙垂を取り付けます。 ④竹を剪定しています。上から下まで念入りに加工していきます。

茅の輪は円の中を通り、左、右、左の順番で通りぬけます。この順番は神事の前に行う修祓において祭員、参列者等を祓う大麻おおぬさを振る順番に倣い同じ動きをします。

現在、茅の輪の横にはくぐり方を示した看板を配置しておりますので、ご参拝の際はぜひ参考になさってください。

(祭儀課 浪打)

令和2年6月1日「月首祭並びに本郷だるま屋 大だるま奉納奉告祭」を斎行致しました。

令和2年6月1日

去る令和2年6月1日、毎月恒例の月首祭と併せて、松川だるま奉納奉告祭を斎行致しました。先ず、大崎八幡宮の縁起だるまは、「松川だるま」とよばれ、天保年間(1830-1844)からのからの発祥と歴史は長く、仙台の庶民信仰の中で親しまれてきました。松川だるまは、願掛けをしながら片目を入れる「開眼」を行いません。豊かな海と空の大自然を表現したその青い体と大きく見開かれた目が特徴です。その眼は四方八方を睨み、魔を祓い、無病息災・家内安全を願う縁起物です。今回奉納された大だるまの胴の正面には水飛沫を上げながら進む宝船が、その左右には恵比寿様と大黒天様が描かれております。

現在松川だるまは宮城県指定の伝統工芸に選ばれ、大小さまざまな種類があり多くの方々に親しまれています。この度、特別大きな松川だるまの特別な大きさの大だるまが月首祭に併せて本郷だるま屋本郷久孝氏によって奉納されました。

①手のひらに乗る大きさから抱きかかえるほどの大きさまで、様々な種類があります。 ②月首祭が斎行されます。先ず祓所にて斎主、舞人を祓います。
③祓いの具である茅の輪をくぐり、参進します。 ④本郷だるま屋 本郷久孝氏ご夫妻も参列されました。だるまは仙台市青葉区川平の「本郷だるま屋」にて奉製されました。本郷だるま屋は仙台張子の創始者とされる松川豊之進氏に初代本郷久三郎氏が弟子入りし、江戸時代から受け継がれるその技術は現在10代目で本郷久孝氏が継承しています。
⑤祭典開始にあたり、一同、宮司一拝に合せます。 ⑥宮司が月首祭祝詞に加え、新型コロナウイルス終息祈願並びに松川だるま奉納奉告祭祝詞を御神前に奏上します。本郷久孝氏が願う、世界で蔓延する新型コロナウイルスの早期終息の旨を祝詞に添えて八幡大神様にご祈念申し上げました。
⑦大崎八幡宮 御神楽 萬代の舞 奉奏 ⑧ご夫婦がそろって玉串を奉り、拝礼頂きました。
⑨祭典終了後、奉納された松川だるまを囲んで記念撮影を行いました。 ⑩祭典終了後、濱床前にて記念撮影を行いました。
⑪大きな黒い瞳はあなたを見守り、禍事から守ります。

だるまは、社殿の極彩色のように青くきらびやかな見た目をしており、青色はかつて伊達政宗公をはじめ武将たちが好んだ色とされます。本郷夫妻は、八幡宮のきらびやかな社殿を想像しながら色を付け、ひとつひとつ、だるま達に命を吹き込んでおります。

月首祭は滞りなく斎行されました。奉納されました松川だるまは長床内に納められております。新型コロナウイルスの脅威が早期に終息しますよう、是非お参りください。

(祭儀課 浪打)

小学校へマスクの寄贈

令和2年6月1日

去る5月21日、氏子地域である仙台市立八幡小学校・国見小学校にマスク500枚を寄贈しました。

コロナウイルス感染防止の為に3月から休校を余儀なくされた小学校も、5月下旬の臨時登校を数回重ね、ようやく6月1日から登校が始まります。
 コロナウイルスの第2派・第3派に警戒しながら子供たちが健全な学校生活を送れますよう、皆様に八幡様の御加護がありますように。
http://www2.sendai-c.ed.jp/~hachiman/newhatiblokouchou/ (八幡小学校ブログ 校長室から)

総務課 小野目

八幡小学校校長室にて(左:責任役員 川上殿 中央:八幡宮禰宜 右:小石校長)

水無月の大祓式・厄除祈願大祭について(ご案内)

令和2年5月7日

例年6月30日には「無月なづき大祓おおはらえしき」を執り行い、7月1日には昨年より「厄除やくよけ祈願きがん大祭たいさい」を齋行しておりますが、本年は新型コロナウィルスの感染拡大防止のため、当日の祭典参列はご遠慮いただいております。

併せて直接社頭に祈願に訪れづらい方々のため郵送にての祈願受付も行っておりますので、HP上の「ご祈願ご案内」をご参照くださいますようお願いいたします。

「水無月の大祓式」は『拾遺和しゅういわ歌集かしゅう』にびと知らずで
 「無月なづきの しのはらえ する人は 千歳ちとせの命 のぶというなり」

うたわれておりますように、人が知らず知らずのうちに犯してしまう罪・穢れを半年ごとに祓い浄める、神話に起源を持ち平安時代から恒例として行われています日本の伝統行事であります。

大祓式の行事の後、かやで作ったを順序に従って三度くぐり抜け、無病息災を願う習わしです。

平成30年水無月の大祓式の様子

一方、7月1日の「厄除祈願大祭」は社殿前に設置された祈願串にご参拝された皆さまが願いを込めて書かれたものをお焚き上げすることで災いを祓って福を招く「攘災招じょうさいしょうふく」を中心として諸願成就を祈念する祭典神事でありまして、昨年令和の新しい御代を迎えたことにあたり、社殿前にて大々的に執り行われております。

令和元年厄除祈願大祭の様子

本年は新型コロナウィルスの一日も早い終息を願うとともに、国家安泰・世界平和を始め氏子崇敬者の皆さまの家内安全・身体堅固・無病息災ほか諸願の成就を祈念いたしまして斎行されます。

どちらの祭典も当日参列は出来ませんが、現在社殿前にて祭典日まで「大祓式」・「厄除け祈願大祭」両方の受付のご案内を設置しておりますのでご社頭にてご確認ください。

社殿前特設テントにて受付しております
テント内パネルにて申込み方法を説明しております
大祓式の神札とステッカー 厄除祈願大祭の神札と守護

厄除け祈願大祭について、祈願串ならびに神札・お守りのお申込みの仕方を写真入りで図解して説明しておりますパネルが特設テント内にありますのでそちらもご参照ください。

当宮におきましても毎朝御日祭にて新型コロナウィルスの鎮静祈願を執り行っておりますが、この度の感染症災害は一朝一夕には行かない辛苦を世界にもたらしています。

病める人が治り、悩める人が癒され、苦しむ人の苦が緩和されますように、まるで日本神話の天の岩戸開きのように常世の長鳴鳥が鳴いて太陽の光が訪れますように、平和な暮らしへの展開が訪れますことを願い、また時に神社境内において三密を避けた形で清々しい空気を味わって頂けましたら幸いでございます。

祭儀課 日野

奉祝天皇陛下御即位記念境内整備事業・境内社改築工事に伴い
「仮遷座祭奉告祭」が齋行されました

令和2年5月25日

大崎八幡宮には太元社を始め諏訪社、鹿島社、北辰社、龍神社、金刀比羅社の境内社があります。令和の御大典にあたり天皇陛下御即位記念事業の一環で、境内整備を行うこととなり、氏子崇敬者の皆さまにご奉賛のお願いをしておりました。この度境内整備としての境内社改築工事の中で、北辰社・龍神社の御社の仮遷座奉告祭を斎行致しました。

移設前の境内社

令和2年5月14日早朝、御日供祭にて北辰社・龍神社の御社移設の奉告祭を本殿にて執り行い、午前10時に両御社前にて清祓式を斎行。

北辰社前にて清祓式 宮司玉串を奉りて拝礼
北辰社 社殿額面 龍神社 覆屋内

北辰社は額面に「北辰稲荷神社」と書かれ、古くから境内社として記録にあり、寛政年間(1789~1801年)には祭祀されていました。 御祭神は「天御中主神あめのみなかぬしのかみで『古事記』冒頭に最初に現れる神です。天地を司る神とされ、「北辰ほくしん 」とは北極星の別名です。星の中心と天地の中心が同一視されました。天地、すなわち大自然を司るところから農業に関わる稲荷信仰に結びついたものと思われます。

龍神社は当宮境内地「四谷用水」の畔に祀られていたもので、新潟県長岡市鎮座金峯神社の御分霊と伝えられます。龍神は雨を降らせ雨水を司る神、海上安全の神ともされます。 「蛇王明神」とも言われるのは「龍」がそもそも水神の「蛇」を神格したことに由来し、龍神は海や川など水のあるところ各地で祀られております。

5月14日、15日と仮遷座に関わる祭典日は、そのような御祭神のご神徳もあってでしょうかとても好い天候に恵まれました。

5月15日 午後二時 北辰社・龍神社仮遷座奉告祭斎行

斎主禰宜、祭員浪打出仕の二人奉仕により宮司以下関係する職人参列のもと斎行されました。

始めに修祓 神饌・奉仕員・参列者をお祓いいたします

一時の仮宮にて正遷座するまでの間こちらにて鎮まり下さるようにと祝詞にて大神様にご奉告申し上げました。

斎主祝詞奏上

その後斎主、宮司、参列者の順に玉串拝礼を行い祭典は滞りなく終えました。

参列者玉串拝礼 宮司 参列者玉串拝礼 奥山殿 職人一同同拝
祭典終了の斎主一拝 一同これに倣います

この後しばらく末社の改築工事は続きます。
ご参拝の折には順路に沿って迂回して頂くことになりますのでご注意下さい。

現在の仮鎮座地においてご参拝ください

引き続き諏訪社、鹿島社の新しい御社の竣功・設置とともに、境内社の正遷座祭を執り行う運びとなっております。
境内社は本殿とともに歴史は古く、由緒があります。
そもそも境内社とは、本殿のご祭神をさらに守護するような形で御縁あって祀られたものです。
こうしたご時世でこそ、ご参拝された際には「境内社 参拝のしおり」をお手に取りご参照されながら、時にゆっくりと散策なされて境内の趣をより深く味わってみてはいかがでしょうか。

諏訪社、鹿島社 現在の様子

祭儀課 日野

筍のご奉納

令和2年5月7日

仙台では筍の季節は5月上旬、ゴールデンウィーク前後です。

今年はコロナの影響で人出も少なく静かな境内ではありますが、地域の方から筍の奉納がありました。八幡様やご参詣でご覧になられた方々は、日々の御加護に感謝を表す奉納に、崇敬の心を感じられた事と存じます。

総務課 小野目

令和2年5月1日 「月首(つきなみ)祭(さい)斎行(浪打出仕初奉仕)」

令和2年5月2日

去る令和2年5月1日、月首祭を斎行致しました。当宮では毎月1日・15日にそれぞれ月首祭・月次祭を斎行し、国の安寧と世界の平和を八幡様へ祈念申し上げております。大崎八幡宮の年間祭典は、日毎、月毎の祭典を含め400回程行われております。今回が過ぎ、新人職員の浪打出仕も國學院大學で培った経験を活かし、先輩神職と同様に奉仕致しました。

祭典開始の号鼓と共に社務所前より祓所で修祓の後、御社殿まで参進する際、末席の神職は前導という所役を行います。前導は祭典中の道案内役として宮司の斜め前を歩きます。(写真①)その際、当然ながら道を間違えてはいけません。その上参進する全員の足並みを揃える必要がある為、前日に浪打出仕は何度も練習と確認を行っておりました。

「① 参進の様子」

祭典中は献饌という神様にお供え物を運ぶ際の手長所役(写真②)や玉串拝礼時の宮司以下神職全員で動きを合わせて参拝する座後列拝など、一生懸命心を込めて八幡様へ奉仕する姿勢や先輩神職へ迷惑を掛けぬよう気を遣う様子がうかがえました。

「②献饌」 「③玉串拝礼」

新型コロナウィルス感染症の終息を願う祝詞奏上中、外の様子を見てみますと参拝に訪れた方々が自主的に一定の間隔を開けて祭典を見学されておりました。今も昔も疫病の終息を神様にお願いする姿勢は信仰心篤い日本人らしさです。当宮では安心してご参拝頂けるよう感染防止を徹底しておりますが、重ねて各自十分に対策をして頂けますようお願い申し上げます。

「④祭典を見守る参拝者の様子」

祭典後、浪打出仕初奉仕ということで社務所前にて記念撮影を行いました。以下浪打出仕初奉仕の感想です。

祭儀課 出仕 浪打佑介
この度、初めての月首祭をご奉仕させていただきました。前導所役は祭員の方々をお導きする大切な役割を担っているため、終始気を抜けません。

八幡様に失礼のないように、祭典の進行を妨げることのないように気を引き締め、程よい緊張感でご奉仕する事が出来たと振り返ります。その中で、歩き出しの際に足の出し方を間違えるなどの細かい反省点がありました。繰り返すことのないように意識し、これからの祭典奉仕に臨みます。まだまだ未熟な私ではありますが、誠心誠意努めてまいります。

「⑤祭典後、社務所前にて宮司以下奉仕者全員で記念撮影」
「⑥浪打出仕祭典初奉仕後も緊張が中々解けない様子でした」

(奉賛課 石垣)

八幡宮境内での楽しみ

令和2年5月

今年のゴールデンウィークを迎えた八幡宮は、新型コロナウィルス感染防止対策により閑散としています。 ほんの1カ月か2カ月前には予想だにしなかった静寂の令和2年の新年度を迎える事になろうとは。

4月入社の新入職員にも活躍を期待しておりました折り、新型コロナウィイルス感染防止の処置がとられ、全国に緊急事態宣言が発出されました。 「宮城県・仙台は大丈夫だろうか。」と危惧しながら、静寂な境内で毎日お勤めしております。

4月1日の月首祭、4月15日の月次祭と極限られた参列者と職員で御奉仕申し上げ、4月29日には「昭和祭」を御奉仕申し上げました。 4月29日は昭和天皇様のお誕生日で、嘗ては「天長祭」としてお祝いの祭典を斎行しており、国民挙ってお祝いを申し上げておりました。

明治以降の我が国の近代史を紐解くと近代化の歴史の流れの中にあって、先の大戦を迎えざるを得なかった事はご承知の通りであります。 昭和天皇様は、戦中戦後の混乱期を乗り越え、世界的に経済大国の仲間入りする為に尽くされた事もご承知の通りであります。

昭和・平成・令和と引き継がれております「常に国民と共に・・・。」の歴代陛下のお言葉の中に秘められている御心に感銘を受けるのは私共だけではないと思います。

昭和天皇御製
   城あとの 森のこかげにひめしゃがは
       うす紫に いま咲きさかる
           昭和38年5月18日

この御製は、昭和天皇様は、今から60年程ほど前に仙台に行幸啓遊ばされ、青葉山にある東北大学植物園にお立ち寄りになられた時に読まれた御歌ですが、今、八幡宮境内には「ひめしゃが」満開に咲き誇っております。

残念ながら、現在の状況では満足するまでご覧戴けませんが、せめて「鳩子の部屋」で境内の樹木下に咲き誇っている薄紫の「ひめしゃが」の画像をお楽しみ下さい。 また、そんな「ひめしゃが」に見とれていましたら、「筍」が芽を出しているのを発見しました。

皆さん判りでしょうか。

私たちは、この度の新型コロナウィルス禍の中にあって八幡様をお守りする立場ですが、大崎八幡宮の境内だけでも楽しみを見つけることができました。 八幡様に感謝。

(目)

令和2年卯月 月首祭を斎行いたしました。

令和2年4月17日

令和2年4月1日、月首祭を斎行いたしました。
コロナウィルスの猛威が世界を覆い、日本においても連日多数感染者が報道され続けています。昨年中国で発生してより1月感染者が拡大してよりわずか3カ月で世界中の脅威となりました。感染症の危険は科学者が警鐘を鳴らしておりましたが、初動がいかに大切かを私たちは認識を深くいたします。

当宮の4月月首祭においても再度「コロナウィルス鎮静祈願」の言別ことわきて祝詞を奏上いたしました。 例年の四月のこの頃より閑散とした境内でも祭典時は凛とした空気が広がり、引き締まります。

境内参進の様子 表参道を参進して行きます

4月1日より入社いたしました職員3名も通年の例に従って祭典に参列いたしました。

緊張した面持ちで参列した新人職員 献饌 月首祭神饌をお供えします

雅楽の奏楽が流れる中、参拝者の方々も拝殿前から祭典を見守っておられました。

祝詞において大神の御神徳を称え、氏子崇敬者の安泰、国家安泰と世界の平和を祈ります。 併せてコロナウィルスの一日も早い収束を祈願いたします。

宮司祝詞奏上 祝詞奏上の間 諸員平伏

御神楽奉奏は萬代よろずよまいです。
 「宮城野みやぎの五百枝いおえかみすぎ萬代よろずよ御影みかげれます大崎おおさきみや」の和歌に作舞されたものです。

萬代の舞 奉奏 菊の花が天冠に飾られます

玉串奉奠拝礼では神拝歌が流れます。その歌詞は、
「みたまうけて よみがえる 人の世  みいづかしこみ わざはげむ人の世 われひととともに はりしまり 生きぬかん あなとうと あなさやけ あなたのし  とほかみ えみため さきわえたまえ (遠つ神 笑み給え 幸え給え) 」というものです。

萬代の舞の作詞も鶴岡八幡宮・元名誉宮司白井英二様により創られたものですが、こちらの神拝歌の歌詞もまた鶴岡八幡宮・元宮司座田司様により作詞されたものでした。

昭和23年、戦後日本の当時に作詞されたこの歌詞も未だ染み入るものがあります。参列者玉串において新入職員の浪打佑介、松田実弓、渡邊花衣が玉串を捧げ拝礼しました。

新入職員(神職) 浪打佑介
新入職員(仕女)松田実弓 新入職員(仕女)渡邉花衣

祭典は無事終え、宮司以下祭員はその後各末社を巡拝いたしました。

以下、各職員のコメントです。

4月1日より、出仕としてご奉仕させて頂いております、浪打佑介と申します。
宮司より辞令をいただき、神職としての自覚をこれまで以上に強く感じております。
まだまだ至らないところも多くありますが、ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。一日でも早く、皆様のお力添えができる人間になれるように邁進してまいります。

浪打佑介

4月より仕女としてご奉仕させていただくことになりました渡邉花衣と申します。
知らないことばかりで、日々学ぶことばかりです。精一杯頑張りますのでよろしくお願いいたします。

渡邉花衣

4月より仕女として奉職致しました松田実弓と申します。
1日でも早く仕事を覚えられるよう一生懸命頑張りたいと思います。ご指導のほどよろしくお願いいたします。

松田実弓

社殿前にて集合写真を撮りました。

この時代の大変な時の入社ではありますが、是非困難に打ち勝ち、試練を打開する強い気持ちで、しなやかに乗り越えてまた新しい時代を築く力として、ご活躍頂きたいと思います。

祭儀課 日野

チャボと子供達

令和2年4月7日

去る4月7日。
春麗らかな心地よい日差しと陽気に誘われて、大崎八幡宮の境内ではお子様連れの方を多く見かけるようになりました。 コロナウイルスの影響で、部屋に閉じこもりがちなご家庭も多く、気持ちが塞ぎがちかもしれません。そのような時は、是非大崎八幡宮へお参りください。

古来より、人類は感染症との戦いの歴史でもあります。今まで同じような危機に瀕したとき、人は神へ祈りを捧げてきました。 今、私たちが理解している事、出来る事を一つ一つ確実に行い、心の拠り所として神に祈りを捧げる事で、気持ちを清らかに保てます。

今日は境内でチャボと子供達の「コケコッコー」の鳴き声が呼応し、響き渡りました。無邪気な子供達の声に、八幡さまも喜んでいらっしゃるご様子でした。

表参道大石段手摺り改修工事が終了いたしました。

令和2年4月6日

総務課 小野目

去る2月19日、着工奉告祭を斎行いたしました表参道大石段手摺改修工事が終了いたしました。 昭和10年に竣工された手摺りは全て取り除かれ、新しい手摺りは鳥居と同じ朱色に塗られ、とても麗しい装いとなりました。

大石段のこの手摺りが、100段近い階段を上るときの一助となりますよう、この改修工事は天皇陛下御即位記念 境内整備事業の一環として、執り行われました。

二之鳥居を覆うような枝垂れ桜のその奥に、大石段が見えます
朱色が美し直線の手摺は、まるで鳥居の延長のようです 昭和10年の取次の石碑が残っています。是非ご覧ください。

境内の桜が満開となりました

令和2年4月6日

令和2年4月5日、境内の桜が満開となり、多くの参拝の皆様も愛でていらっしゃいました。

大崎八幡宮の二之鳥居近くには枝垂れ桜が寄り添うように立ち、情緒を醸しています。

総務課 小野目

二之鳥居(寛文八年、1668年。宮城県指定有形文化財)
太鼓橋にかかる桜のトンネルです 社殿の瑞垣にある桜も風情を醸し出します。この時期だけの見ごたえある桜です。

大崎八幡宮「文化財漆の杜」食害防止ネット設置

令和2年3月27日

去る3月26日、岩手県奥州市衣川字有浦の大崎八幡宮「文化財漆の杜」の漆の苗木に日本鹿による「食害防止」のため「ネット」を設置してきました。
 大崎八幡宮「文化財漆の杜」については、既に「鳩子の部屋」(令和元年11月掲載)にてお知らせしておりましたがその後、暖冬の影響もあり例年にも増して雪解けが早く既に2~3㌔ほど先で日本鹿が確認されたとの情報もあり、「食害防止ネット」の敷設が急がれておりました。

今回も、大崎八幡宮職方会のメンバーである㈱植耕(境内植栽管理)、㈱マルエス技研工業所(鉄鋼溶接工事担当)の全面的な協力を頂き、地元有浦地区の有志の皆様方、当宮若手職員の合計20名程で設置してまいりました。現場に到着するとネット作成係・運搬係・ネット設置係・鉄筋係・固定係の五班に分かれ、前回植林した苗木に高さ約1.5メートルの害獣ネットを設置し、ネットの内側に鉄筋を打込み、害獣ネットと鉄筋を結束バンドで固定しました。

食害防止ネットは、自家製で土木工事用のネット(トリカルネット:タイプラ㈱製)を活用しました。
この製品は土砂崩れ防止用に開発されたプラスチック製のものでサイズや形が何種類かありましたが、漆の苗木に十分な日光が当たるように幅124センチのロール状のネットを1メートル程に切断、直径30センチ程の円筒形となる様に結束バンドで成形し苗の上から被せる要領で設置、強風で飛ばされたり鹿に押し倒されたりするのを避けるため12ミリの鉄棒2本で固定する方法で設置しました。

現在のところ昨年11月に植栽した「漆の苗木」は順調に冬を乗り越え、新芽は未だ顔を出しては居りませんでしたが根元はしっかりと立っており衣川字有浦の山々に桜の花が咲く頃に合せて芽吹いてくれるものと信じ、夏に向けて順調に育ってくれることを願い衣川の地を後にしました。

また今回は4月より新入神職として研修中の浪打佑介殿が参加いたしました。

「浪打佑介 感想」

本年3月に國學院大學を卒業し、4月1日より出仕としてご奉仕させていただく予定の浪打佑介と申します。
現在は研修期間ではありますが、今回参加させていただきました。昨年植樹された漆の苗木たちは、まだまだ小さいままでしたが、根を伸ばして、これから2.3年もすれば腰丈それ以上に成長すると宮司さんや地元の方々からお伺いしました。この小さな命がどんどん大きくなり、緑の葉を付けるのが今から楽しみです。 この苗木たちのように、私が神職として成長して行くさまを、温かい目で見守っていただけると幸いです。

尚、大崎八幡宮では引き続き今年の秋にも新たに200本の「漆の苗木」を植栽する予定でおり、将来の文化財建造物保護を目的に実施しております大崎八幡宮「ふるさと文化財の杜」構想に格別のご理解とご支援を頂きたくお願い申し上げます。(目)

「お宮から輸送してきた軽ダンプを注意して降ろします」 「トラックに満載して輸送してきた獣害ネットを降ろします」
「現場が急斜面の先にある為、通常の車両では進めません。安全面を考慮して軽ダンプで輸送します」 「成長した苗木に引っかからないように、注意して設置し、鉄筋を打込みます」
「各自作業内容を確認しながら、ネットと鉄筋を結束バンドで固定します」 「無事に全ての苗木に設置することが出来ました。これからの季節、太陽の光を浴び素晴らしい漆となるよう、今後は追加の植樹や下草刈りを継続的に行ってまいります。」

(奉賛課 石垣仁孝)

仙台・江戸学叢書19巻が刊行されました。

令和2年3月25日

大崎八幡宮 仙台・江戸学叢書19巻 平川 新著(宮城学院女子大学長・東北大学名誉教授)刊行されました。

お問い合わせはこちらまで

河北新報(令和2年3月15日掲載)

境内社移設改修工事に伴う整地作業の清祓式を斎行しました

令和2年3月6日

去る、3月6日に「奉祝 天皇陛下御即位記念境内整備事業」の一つであります境内社移設改修に先立ちましての整地作業の清祓式を斎行しました。当宮の境内社は「太元社」「諏訪社」「鹿島社」「北辰社」「龍神社」「金刀比羅社」と六社の末社が祀られておりますが、今般の整備事業では諏訪社、鹿島社、北辰社、龍神社の四社を移設並びに改修を行う予定です。

近年の参拝者増加に伴い御社殿は基より太元社以下境内社(末社)をお参りされる方も多くなり、境内社正面が狭小に見受けられた為、今回の奉祝事業にて境内社の整備を行う事となりました。

当日は整地作業を担当する(株)阿部コンクリート工業の方々が清祓式に参列し作業の安全を祈念しました。

当直職員が御日供に合わせ祈願祭斎行 工事関係者のお祓い
作業重機もお祓い致しました 整地場所のお祓い

工事関係者が安心して作業を進められます様に日々御祈願を厳修して参ります。ご参拝の皆様には工事作業中ご迷惑をおかけすることもあるかと存じますが、ご了承下さいます様お願い申し上げます。

尚、「奉祝 天皇陛下御即位記念境内整備事業」の御奉賛も引き続き承っておりますので、重ねてお願い申し上げます。

弥生 月首祭を斎行致しました

令和2年3月1日

去る3月1日、月毎の祭典である月首祭を斎行致しました。

今回の祭典において、猛威を振るう新型コロナウイルスの蔓延が迅速に収束すべく祝詞を奏上し、神に祈りを捧げました。

古来より、神道では御祭神の御神徳(和魂)を寿ぐことほぐとともに、天変地異や疫病(荒魂)などの災いが沈静するよう祈りを捧げてきました。

悠久の長い歴史の中で、日本人は有事から平時に至るまで常に神と共にありました。今回の世界情勢では心が荒み不安に駆られる方も多くいらっしゃるかと存じます。しかしながら、神の存在を心で感じ、共に祈りを捧げる事でそのご加護を頂戴する事が叶うのではないでしょうか。

大崎八幡宮境内社には、太元社というお社がございます。御祭神は「太元帥明王」とおっしゃいまして、憤怒の形相で邪気を払う武運長久の御神徳があります。 今回の疫病(新型コロナウイルス)の影響が速やかに終息し、平和な世となりますよう、職員一同強い気持ちでお祈り申し上げました。

総務課 小野目

弥生月の月参り幣束(紅梅)

本日も参拝者の皆様がご覧になっておりました 宮司一拝により祭典が始まります
献饌(神饌と幣束をお供えします) 宮司祝詞奏上
チャボたちも大人しく祭典を見守ります
境内社 太元社を巡拝し、疫病退散の祈りを捧げます

令和2年 天長祭を斎行致しました

令和2年2月23日

令和2年、2月23日(祝)午前10時より、宮司以下祭員により天長祭を斎行致しました。

昨年5月、令和の御代となりましてから初めての天皇陛下の御誕生日を祝する天長祭でした。

還暦を迎えられた天皇陛下の一般参賀は新型コロナウイルスの感染拡大への懸念の情勢から中止となってしましましたが、常に先ず国内の安寧を祈られる陛下のお気持ちは如何ばかりかと案じます。

当宮においても新型肺炎の感染拡大防止策は講じております。
控え所内手指の消毒などご参拝の皆さま方にはご協力お願い申し上げます。

当日は晴れ間が見えつつもやがて雨からみぞれ、雪模様の天候のため修祓は拝殿において執り行われ、宮司一拝、献饌、宮司祝詞奏上と進みました。

「あめつちの 神にぞ祈る 朝凪の 海の如くに 波立たぬ世を」と詠まれた昭和天皇御製に作舞された浦安の舞が奉奏されました。  
如何なる時代にあっても平和を祈る心が表現されています。
正月期間からご奉仕されております國學院生も参列されました。

祭典後、長床通路において遥拝所を通し皇居を遥拝いたしました。

皇室の弥栄とご安泰を始め、氏子崇敬者皆様方、ひいては世界の平和と発展、安寧を祈る祭典を滞りなく終え、まずは国内・世界を動揺させております新型肺炎感染の鎮静化することを願います。  
そして落ち着いた平和な生活の日々の中で、また賑々しく祭典や国民の行事、催事等々が安全安心に執り行われますことを。

祭儀課 日野

表参道大石段手摺り改修工事着工奉告祭を斎行しました

令和2年2月19日

去る、2月19日に「奉祝 天皇陛下御即位記念境内整備事業」の一つであります表参道大石段改修工事の着工奉告祭を斎行しました。既存の手摺りは昭和10年に改修工事が施され、現在に至るまでに部分補修や補色工事を行ってきましたが、近年支柱部分の経年劣化が見受けられるようになり、手摺りを必要とする参拝者の方々も安心してお参り出来る環境整備の為に今回の改修工事の運びとなった。

当日は施工を担当する(株)岩崎石材工業、大江田工業、(株)ナガセの方々が参列し御社殿にて祈願祭を斎行、工事関係者各々が玉串奉奠し工事の安全を祈念した。次に現場となる大石段前に移動し、大石段の清祓いを執り行いました。

庶務課 及川

社殿内にて祈願祭斎行 参列者による玉串拝礼
大石段に移動し清祓いを行いました 大麻での清祓い
切麻での清祓い  ご参拝の方々がお参りできるよう片側ずつ工事を行います

 竣工の予定は4月頃となっております。新しく改修された手摺りを使いながら桜が舞う中、八幡様へのお参りを心よりお待ちしております。

尚、「奉祝 天皇陛下御即位記念境内整備事業」の御奉賛も引き続き承っておりますので、重ねてお願い申し上げます。

令和2年 祈年祭を斎行いたしました

令和2年2月17日

令和2年2月17日(月)、午前10時より当宮において祈年祭が齋行されました。

祈年祭とは、古くは「としごいのまつり」とも呼ばれ、その年の豊作を願う祭典で、11月の新嘗祭と対をなし、最も古い祭祀のため重儀の大祭として奉仕されております。

「年(とし)」とはそもそも稲作の実りを示す言葉が語源であり、その実りそのものが「一年」として数えられることに基づいておりました。今では広く国力の充実を祈る祭典として奉仕されます。

令和の御大典奉祝の提灯の下、表参道を参進してまいります。

 御本殿の御扉が開かれ、御簾も掲げられて神饌が米・酒・塩・水、海川山野のもの餅、菓子に至るまで10台伝供されお供えされます。
皇室のご安泰とわが国の安寧、国力の充実、氏子崇敬者の繁栄を祈る祝詞が奏上されました。
御神楽奉奏は浦安の舞が奉納され、本装束にて奉仕されました。
祭典後、太元社以下末社を巡拝し、神恩に感謝し今年一年の無事の豊作、充実を祈念申し上げました。

祭儀課 日野

松焚祭懇談会

令和2年2月11日

去る令和2年2月11日、江陽グランドホテルにて松焚祭懇談会を開催致しました。松焚祭懇談会は松焚祭(どんと祭)にて誘導助勢を頂いた松焚祭連絡協議会を始め大崎八幡宮世話人会、職方会、地域諸団体、東北福祉大学まごのてくらぶの皆様方など総勢100名を超える出席のもと開催されました。

当日は当宮宮司の御礼の挨拶に始まり、連絡協議会会長 川上良雄殿の挨拶、仙台北警察署副署長 富士正義殿のご祝辞を賜り、東北福祉大学まごのてくらぶ 室長補佐 金 義信殿の乾杯の後、懇談会が始まりました。懇談の中盤には文化庁監修の多言語整備事業にて作成中の八幡宮祭事の動画上映などもあり、そして恒例行事の福物の抽選会が盛大に執り行われ、出席者の皆様と親睦を深めました。

庶務課 及川

宮司による挨拶 富士副署長の御祝辞
 東北福祉大学金先生の発声による乾杯の様子
大崎八幡宮の1年間祭典動画の上映
福物抽選会の様子
当選者の方々から東北福祉大学まごのてくらぶへ景品が寄贈されておりました

八幡宮は皆様のご協力の下に護られていることを再確認させて頂く会となりました。これからも氏子・崇敬者の方々が気持ちよくお参り頂けるよう護り伝えるべく、皆様と一丸となり努めていきたいと思います。ご協力いただきました皆様ありがとうございました。

令和2年 紀元祭を斎行いたしました

令和2年2月11日

令和2年2月11日(祝)、午前9時より紀元祭を斎行いたしました。

当日は朝より雪が積もっており、御社殿・境内は雪化粧となりました。

 祭典斎行の為に早朝より総出で雪かきから始まり、建国記念の日の祝祭日にあたり大広間玄関前にも国旗を掲揚して祭典開始を待ちます。
令和御大典奉祝の提灯の真紅は雪で真っ白になった境内と対照をなして鮮やかに映え、その掲揚の下、表参道を参進いたしました。
 神饌は8台お供えされ、神武天皇建国の鴻業を仰ぎ、古くは紀元節と申しました、日本の建国記念の日をお祝いいたします。
神前御神楽は浦安の舞が奉奏されました。
 御祭り結びの宮司一拝により祭典は終了し、皇室のご安泰ご安寧をお祈り申し上げました。
 引き続き、遥拝所にて神武天皇がお祀りされております橿原神宮を遥拝いたしました。

建国を祝う記念式典が各地で執り行われましたこの日、松焚祭懇親会も盛大に行われ、まさに大御心を頂きて睦び和らぎ、国の隆昌と世界の共存共栄をお祈り申し上げました一日となりました。

祭儀課 日野

令和2年 節分祭が執り行われました

令和2年2月3日

令和2年2月3日(月)、午後3時より節分祭が執り行われました。

福物撒豆式は今年は表参道において行われることとなり、舗設が進められておりました。

神事は御社殿で斎行されるため、まずは表参道を参進し修祓を経てから御社殿へと真っ直ぐ向います。

宮司祝詞奏上の後に「鳴弦式(めいげんしき)」という儀式が入ります。中の間において北東、北西へ三度、また拝殿を出て廻廊において南東、南西へ三度、衣冠の正服をまとった神職が弓と鏑矢を用いて弓を引き、弦を鳴らして鬼を払う神事です。
御神楽奉奏は萬代の舞が奉納されました。
「みやぎのの 五百枝神杉 萬代に 御影たれます 大崎の宮」
という故・鶴岡八幡宮名誉宮司白井永二氏の詞に作舞された御鎮座三百九十年奉祝記念の舞です。
引き続き、息長鈴による振り鈴の儀を執り行いました。
裃を着た参列者による社殿前撒豆式において、その掛け声は「福は内、福は内、鬼は外、鬼は外、天打ち地打ち、四方打ち、鬼の目ん玉ぶっつぶせー」と習わし通りに唱和され、威勢よく福豆が撒かれました。
そして表参道特設舞台に移り、福物撒豆式が行われて盛況に今年の節分祭を執り行うことができました。
戦後間もない頃の混乱期から「子どもたちに野球ボールの一つでも配れれば」という思いから昭和33年戌歳より斎行されております当宮の節分祭は、開催当初より一番町四丁目商店街振興組合の皆さまに支えられておりました。
多くの皆さまのお力を頂いて祭典が齋行されます。

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます

祭儀課 日野

『文化財防火デー』消防訓練

令和2年1月26日

去る1月26日(日)『文化財防火デー』に伴う消防訓練を行いました。

『文化財防火デー』は、1949(昭和24)年1月26日、日本最古の壁画が描かれていた奈良県の法隆寺金堂が火災により焼損した事がきっかけに文化財を火災や震災から守ると共に文化財愛護思想の普及高揚を図る目的で、1955(昭和30)年文化庁と消防庁により制定し、全国で文化財の消防訓練が行われております。

今回の訓練では、社殿北西杉林から火災が発生した事を想定し、職員は火災発見時の連絡対応、初期消火、初期消火失敗後の参拝者誘導、本殿から『御神体』を搬出等の訓練を行いました。また、氏子の方々にはバケツリレー等の訓練に参加して頂きました。多くの方々にご協力を頂きまして、消防訓練は無事終了する事ができ、これからも文化財を大切に思い守っていければと再認識致しました

社殿北西杉林から火災が発生した事を想定し第一発見者は、「祭儀棟」「社務所」へ報告

職員による初期消火 本殿から御神体を搬出
氏子の方々もバケツリレーで消火訓練
青葉消防署八幡国見分団による放水訓練


(庶務課 安達)

令和2年 松焚祭(まつたきまつり)が齋行されました

令和2年1月14日

令和2年1月14日、今年は平日となりました松焚祭(通称どんと祭)も数多くの人出の中、盛大裡に斎行されました。

松焚祭当日は早朝から本殿に三座各10台、計30台の神饌がお供えされます。

平成17年に仙台市より無形民俗文化財に指定されました「裸まいり」も今年は約100団体、2700名の参拝がありました。

午後3時頃から夜9時頃まで続く裸まいりは、原形が厳寒の時期に日本酒を仕込む杜氏が醸造安全を祈願して行われたことに基づいて発展し、広く無病息災や商売繁盛、祈願成就を祈る行事となっております。

松焚祭点火式は大広間玄関前から参進して拝殿前に至り、蔭灯を棒持して高張提灯に先導され南下し、馬場南端の斎場へと向かいます。  
「奉祝 天皇陛下御大典」の提灯に照らされた下、裸まいりの行列と露店に囲まれた参拝者の中を縫って参進いたします。

神事は修祓、宮司一拝に始まり祝詞奏上、斎場清祓と進行し、玉串拝礼を行い古神札・御守りに感謝申し上げて宮司一拝の後に点火の儀を行います。

正月を迎えることが出来ました依り代としての門松を始めとするお正月飾りに加え、また一年を無事過ごすことが出来ました御神符、御守り、縁起物に感謝いたし、「元つ御座(もとつみくら)」と呼ばれる神さま方のそれぞれの場所へお戻りいただくようお祈り申し上げるのがこの松焚祭です。

歳旦祭において火打石から鑚り出された忌火が25本の松明に灯されどんと祭斎場の四方八方の場所から一斉に点火されました。

火の手は瞬時に大きく燃え広がり、熱さを伴ってやがて天高く日没に近い夕暮れの空を照らします。神々が煙とともに元つ御座へ戻られるご様子を参拝者の皆様が見守ります。

御神火に当たると今年一年の無病息災がもたらされると云われます。
今年のどんと祭は、およそ17万人のご参拝がありました。

小正月前日のこの神事は江戸時代中期より行われており、その大きな準備にもまた実に多くの方々のお手をお借りいたしまして無事斎行でき、またおかげさまをもちまして無事終了することができましたこと、ご関係者皆さま方に深謝し、厚く御礼申し上げます。
有り難うございました。



(祭儀課 日野)

令和2年 歳旦祭が齋行されました

令和2年1月1日

新年明けましておめでとうございます。 令和2年、庚子(かのえね)歳の新春を迎えまして、先ずもって皇室の弥栄とご安寧、氏子崇敬者皆さま方のご繁栄とご多幸を祈念申し上げます。

当宮の歳旦祭は今年午前3時に斎行されました。  
本殿三座の御前に、紅白餅、山鳥を始め神饌各10台、計30台がお供えされます。

昨年の平成31年は天皇陛下(現上皇陛下)御即位30年を奉祝する歳旦祭でありましたが、今年は令和2年となり今上陛下の御大典を奉祝する歳旦祭となりました。

一年の始まりにあたり、神社に詣でその年の佳きことを祈願する初詣は言うまでもなく国民行事となっており、神事においても大祭という重要な節目の重儀となっています。

当宮においては、歳旦祭の神事の中で、14日の松焚祭で使用する忌火を火打ち石で鑚り出す採火式の儀式が行われるのが特長となっております。

無事に忌火は熾され、蔭灯へと灯されました。

正月3が日の参拝者数は年々増加しており、今年は合計約20万人の人出が境内を賑わせました。

警備体制、参拝者誘導、駐車場整備など各方面でご協力頂きました役員総代世話人の皆様を始め、ご助勢いただき、おかげさまで無事お正月を迎え、過ごすことができましたご関係者皆さまに深く御礼申し上げます。

令和2年が始まりました。
世界平和と復興を願う東京オリンピックを始め、国民の祭典が無事盛大に執り行われ、皆さまの生活の営みが隅々まで健康で精励されますことを祈念いたしまして、新年のご挨拶とさせていただきます。



(祭儀課 日野)