煤払式を執り行いました

令和5年12月13日


中の様子が見えないように几帳で社殿の正面を隠します

令和5年12月13日、煤払式を執り行いました。この行事は今年一年の御社殿の煤(埃、塵)を払う大掃除を隅から隅まで行い、清々しく次の年を迎える行事で、早朝より当宮職員総出で行われました。全国的に12月13日に行われることが多く、まもなく新年を迎えることから、併せて大掃除を行うことも多い年の瀬の行事で、テレビや新聞などでその様子が伝えられる年末の風物詩です。

今回は暖冬のおかげで比較的暖かい中での煤払式でしたが、日本列島で大発生しているカメムシにより、強烈な匂いとの闘いとなりました。

舞良戸の溝の隅まで丁寧に拭います 社殿の装飾品を全て移動して綺麗に掃除します

煤払いのことを、正月迎え、ことはじめ、ええことはじめ、まつならし等と呼ぶ地域もあり、掃除とともにお正月に年神さまをお迎えする、お正月準備のはじめとも言われています。この日に、正月飾りの松を山から切り出す松迎え行事などをする地域などもあります。煤払いが終わった晩には、煤払い祝いといって、煤払いもちや団子などを食べる風習もあるそうです。

近年、ご家庭では大掃除を年末に行うことが多くなりました。しかし、12月13日に、神棚だけでも煤払いをしてみてはいかがでしょうか。お正月に年神様を迎える気持ちが一段と高まり、清々しい新年を迎えることが出来ることでしょう。

祭儀課 浅香

地久祭を斎行致しました

令和5年12月09日


宮司 表参道を参進する祭員

令和5年12月9日午前10時より地久祭を斎行致しました。

地久祭とは皇后陛下の御誕生日をお祝いし、皇室の弥栄を祈る祭典でございます。天皇陛下の御誕生日を祝う祭典が「天長祭」と呼ばれるのに対し、皇后陛下の御誕生日を祝う祭典が地久祭と言われるのは、中国古典の『老子』に出典する「天長地久」という言葉に基づくものとなっているそうです。

「天長地久」は「天は長く、地は久し」と書き下し文にて読むことができ、その意味は「天は永遠に続き、地は悠久の時を経る」となります。この四字熟語のように我が国の永久に繁栄することを願うことからつけられた祭典の名称です。

皇室の伝統は、世界に比類なき万世一系にて受け継がれてきた宮中祭祀、すなわち神事による祈りによって絶え間なく継承されてきました。

今回の地久祭では、天皇皇后両陛下の永久の祈りを仰ぎ、我が国の平安と世界の共存共栄とをお祈りさせて頂きました。御神楽は浦安の舞が奉奏されました。浦安の舞は昭和天皇の御製にて作曲されたもので、日本全国各地の神社にて巫女舞の最高峰に位置付けられています。舞人の執り物である鈴は、平和を願う気持ちが込められている剣鈴と五穀豊穣を願う巻き立ての鈴の2種類があり、当宮では剣鈴を用いて舞の奉仕をしております。

檜扇には様々な模様が描かれています 剣鈴には陰陽五行説に基づいた5色の布が付いています。
遥拝所にて皇居を遥拝しました 当宮の遥拝所

来年2月23日には天皇陛下の御誕生日を祝う祭典である天長祭が斎行されます。皇室の益々の弥栄をご祈念申し上げます。

祭儀課 浅香

師走の月首祭・月次祭が斎行されました

令和5年12月01日


宮司 祝詞奏上の様子

令和5年12月1日午前10時より月首祭、12月15日午前10時より月次祭を御社殿にて斎行致しました。

月首・月次祭は、月ごとの決まった日に行われるお祭りで、神恩感謝と皇室の弥栄、国家の隆昌、氏子崇敬者の益々の繁栄を祈るお祭りで、小祭にあたります。当宮では、毎月1日の月首祭と八幡様の御縁日である15日に月次祭を斎行しております。

また、月首・月次祭では、月々に大神様の御加護を賜われますよう、月参りのお印として御幣束を御頒かちしております。御幣束は大神様への捧げものでもあり、御神霊の依代ともなるものでございます。

当宮の御幣束は、古来より伝わる「襲ね色目」を取り入れ、四季の移ろいを月毎の植物の色にて表現しております。当月は枯野を表す白色と黄色の御幣束でございます。

12月1日 月首祭の様子

木枯らしが吹く中、当宮世話人1名と氏子崇敬者2名、合計3名の参列を頂き、斎行されました。

萬代の舞では季節の花である梅を使用しました 参列者の玉串拝礼

12月15日 月次祭の様子

冷たい雨が降る中、当宮世話人1名と氏子崇敬者2名、合計3名の参列を頂き、令和5年祭後の月次祭が斎行されました。

雨の日は末社巡拝ではなく、長床からの遥拝となります 多種多様な神饌がお供えされました

月首・月次祭はどなたでもご参列頂けます。祭典斎行15分前までに御社殿右側にあります祭儀棟の祈願受付までお申し出下さい。朝の清々しさの中でご神前に参拝することで、ますます大神様のご加護をお受け頂ければと存じます。次回の月首祭は2月1日午前10時斎行の予定でございます。

今後の祭典予定といたしましては、1月1日午前3時より歳旦祭並びに松焚祭採火式、1月3日午前9時より元始祭、1月14日夕刻には松焚祭がございます。皆様のご参列を心よりお待ち致しております。

祭儀課 浅香

11月の本殿挙式

令和5年11月26日


11月26日 田代・髙橋御両家

当宮では9月の例祭期間、12月から2月中旬までの繁忙期を除き、国宝に指定された御社殿での神前挙式を受けつけております。ご予約は半年前から受け付けておりますので、ご興味のある方は電話やメールにてお問い合わせください。

11月に当宮にて挙式を斎行された新郎新婦様には八幡様のご加護のもと、お二人の末永いお幸せと、御両家の皆様方の益々のご多幸とご健勝を心よりご祈念申し上げます。 誠におめでとうございました。

祭儀課 浅香

令和5年新嘗祭を斎行いたしました

令和5年11月23日

境内が紅く彩られた今日この頃、11月23日新嘗祭を斎行いたしました。「新嘗祭」とは、「にいなめさい・にいあえのまつり・しんじょうさい」と呼ばれます。 古くから稲の収穫を祝う神事として伊勢の神宮を始め出雲大社など全国各地の神社で行われ現在に伝わっています。また、宮中行事の一つとして、天皇陛下自らが祭儀を執り行い新穀を神々にお供えし、自らも食して収穫を感謝する神事となっています。
さらに、「新嘗祭」と対をなす「祈年祭(きねんさい)」は、例年二月十七日に執り行われ、五穀豊穣を始め、あらゆる産業、国力の充足を祈念しております。

日本にとって稲とは神話の時代より大切にされてきたもので『日本書紀』には「斎庭の稲穂の神勅」と呼ばれる天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)から瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に託された神勅があり、高天原で育てている稲を日本でも育てなさいと命じました。神勅にあるように稲というのは2000年もの間受け継がれてきたものであります。

社殿前にお供えされた奉献品

本年度も氏子崇敬者の皆様に様々な品を奉献いただきました。

令和5年新嘗祭奉献者一覧〔50音順〕
熱日髙彦神社殿 (株)阿部和工務店殿 一般社団法人海と山と人のみらい殿
大江田 正春殿 (有)大國物流殿 太田 みよの殿
小野 紘一殿 小野 ふみ子殿 (有)木匠殿
木村 知敬殿 (株)くじらもなか本舗殿 弘栄設備工業(株)殿
小林 親一殿 近藤 喜一殿 今野 政宏殿
今野 裕太殿 (株)佐浦殿 (有)佐藤商店殿
佐藤 孝年殿 (株)塩浜工業殿 菅田 重利殿
(学)角川学園殿 遠山 景一殿 萩野酒造(株)殿
花たば殿 福原 仙授殿 (有)マルサン殿
(有)三重電興社殿 御前神社殿 宮城県農業高等学校殿
宮城 康國殿 谷津田 智之殿 (株)ユーカワベ殿
参進 社殿前にて記念撮影を行いました

無事に稔りの秋を迎えられました事は、八幡大神様の御神恩によるものと感じざるを得ません。大神様の御恵により、収穫を迎えられたことを一緒にお祝いし、来る令和六年が良き年となりますようご祈念致しましょう。

祭儀課 浅見

宮城教育大学附属中学校の生徒の職場体験がありました

令和5年11月17日

令和5年11月17日午前9時より、仙台市青葉区上杉にある宮城教育大学附属中学校から3名の生徒が職場体験に来社しました。宮城教育大学附属中学校は宮城県内唯一の国立中学校として中等前期普通教育の実践や宮城教育大学の行う教育研究への協力、宮城教育大学学生・教職大学院生の各学年段階における教育実習の実施、先導的・先進的モデルとしての実践と普及を日々行っている学校です。

午前9時に出社し、上着を着て、最初に御社殿でお祓いを受けます。次に大崎八幡宮の由緒と国宝に指定されている御社殿の説明をしました。その後は境内清掃を予定しておりましたが、生憎の悪天候の為、急遽祭儀棟内での内職を手伝って頂きました。

玉串拝礼をし、大崎八幡大神様に本日の職場体験の旨をお伝えしました 12月1日より新年の神符守札の頒布に向けて、御神像の組み込み作業をして頂きました
職場体験の証として、書置きの御朱印に日付の浄書をしました 職場体験の結びとして、参拝者対応も行いました。慣れない言い回しに四苦八苦されていました

昼食休憩をはさみ、午後は祭儀棟にて参拝者対応等を行いました。神社の仕事は授与者対応がメインと捉えられがちですが、祭典で使用する道具の作成や準備など地味で根気の必要な作業も大変多い職場でございます。

掃除に始まり掃除に終わると言われる神社の生活ですが、細かい事まで気を配りつつ多岐にわたる仕事をする大変さ、また、伝統的な世界の特殊さに触れて頂けたのではないかと思います。今回の職場体験を通して、少しでも神社や伝統文化などに興味を持っていただくきっかけとなり、ひいては、将来の選択の一つに加えてもらえれば幸いと職員一同思っております。

祭儀課 浅香

仙台市立第一中学校職場体験が行われました。

令和5年11月14日

11月14日~11月16日の三日間、当宮で仙台市立第一中学校の生徒5名を職場体験で受け入れました。

仙台市立第一中学校は昭和22年(1947)4月1日に開校して70年余りの伝統ある中学校であります。当宮での職場体験の受け入れは平成28年(2016)より始まり今年で7年目を迎え、神職、仕女の1日の業務を体験してもらいました。

神饌調整 授与所体験
当宮の由緒説明 月次祭斎行後、白衣、白袴にて記念撮影を行いました

八幡宮の職場体験は朝5時30分に集合し、社殿や境内の開門作業から1日が始まりました。学生たちは朝早くとても大変そうでしたが、朝の仕事を終えた後は、清々しい表情で過ごしておりました。

仙台市立第一中学校の学生にとって身近な大崎八幡宮の裏側を体験できる貴重な機会でありました。この体験を活かし、それぞれの道へと歩んでいただきたいです。

祭儀課 浅見

明治祭を斎行致しました

令和5年11月03日


宮司以下祭員は、社務所大玄関前より参進します

令和5年11月3日、午前9時より明治祭を斎行致しました。明治祭は我が国を近代国家として発展せしめられた明治天皇の聖徳大業を景仰し、皇威の隆昌と国運の発展とを祈り、明治維新の大精神を振作して民族の自覚を新たにし、ますます文化を進め産業を興し、永遠の平和繁栄を冀う祭典でございます。

明治天皇は嘉永5(1852)年第121代の孝明天皇の第2皇子として京都でご誕生になられ、御齢16歳で第122代天皇に即位されました。大変学問を好み、一生を通じて熱心に講学に励まれたと伝えられております。また、立派な御体格でも知られ、御仁徳高く博愛の心に富まれ、明治維新という大業を成し遂げられました。そして、その御生涯で詠まれた御製(和歌)は実に9万3千首に及びます。

明治祭は中祭という皇室国家に縁ある祭典に区分されるため、祭員は斎服という装束を着用してご奉仕致します。男性の神職は白絹で作られた白い衣冠を着用します。衣冠は平安時代の貴族の装束で、多種多様な色目のものを着ていたと伝えられていますが、白い衣冠に関しては神職の神事専用とされています。

神饌は米、酒、餅、魚、海菜、野菜、果物、菓子・塩・水の計8台お供えされました。当宮では中祭にてお米をお供えする場合、一度水にて研いだ洗米を用いております。また、旬の果物として柿とリンゴも神前に上げられました。

今回の御神楽は浦安の舞が奉奏されました。当宮では伶楽舎の宮田まゆみ氏を招聘し、舞や雅楽のお稽古をつけて頂き、日々研鑽を積んでおります。

漆塗の三方に乗せてお供えします 宮司 祝詞奏上
二人の心を一つにし、御神楽のご奉仕をしています 剣鈴を手に、四方拝の舞振り

祭典終了後、長床前の遥拝所にて、明治天皇の御陵である京都の伏見桃山陵を遥拝しました。

令和5年も残りわずかとなってまいりました。どんぐりや紅葉に彩られた境内に是非足をお運び頂き、八幡様とのご縁を結ばれてはいかがでしょうか。

祭儀課 浅香

霜月の月首祭・月次祭並びに七五三祈請祭が斎行されました

令和5年11月01日


霜月の月参り幣束

令和5年11月1日午前10時より月首祭、11月15日午前10時より月次祭並びに七五三祈請祭を御社殿にて斎行致しました。

月首・月次祭は、月ごとの決まった日に行われるお祭りで、神恩感謝と皇室の弥栄、国家の隆昌、氏子崇敬者の益々の繁栄を祈るお祭りで、小祭にあたります。当宮では、毎月1日の月首祭と八幡様の御縁日である15日に月次祭を斎行しております。この度の15日の月次祭は七五三の日としても広く親しまれております。その為、恒例の月次祭に併せ、七五三祈請祭も斎行致しました。

また、月首・月次祭では、月々に大神様の御加護を賜われますよう、月参りのお印として御幣束を御頒かちしております。御幣束は大神様への捧げものでもあり、御神霊の依代ともなるものでございます。

当宮の御幣束は、古来より伝わる「襲ね色目」を取り入れ、四季の移ろいを月毎の植物の色にて表現しております。当月は黄紅葉を表す赤色と黄色の御幣束でございます。

11月1日 月首祭の様子

秋空の下、当宮世話人1名と氏子崇敬者3名、合計4名の参列を頂き、斎行されました。

神饌は一台一台、丁寧に伝供されます 宮司 祝詞奏上

11月15日 月次祭並びに七五三祈請祭の様子

突然訪れた冷え込みの中での祭典でございました。氏子崇敬者1名、七五三詣の17名、合計18名の参列を頂きました。また、11月14日から16日まで当宮にて職場体験を行っている仙台市立第一中学校生徒5名も参列をし、神社の祭祀面での仕事を具に見学されていました。

萬代の舞では秋桜を使用しました 参列者の玉串拝礼
仙台市立第一中学校生徒5名は、正座での足のしびれと闘いながら参列してくれました 千歳飴の入った祝袋を手に外拝殿にて記念写真を撮影しました

月首・月次祭はどなたでもご参列頂けます。祭典斎行15分前までに御社殿右側にあります祭儀棟の祈願受付までお申し出下さい。朝の清々しさの中でご神前に参拝することで、ますます大神様のご加護をお受け頂ければと存じます。 皆様のご参列を心よりお待ち致しております。

祭儀課 浅香

聖ウルスラ学院英智高等学校の正式参拝を執り行いました

令和5年10月31日

澄み渡る秋空の下、10月31日聖ウルスラ学院英智高等学校の正式参拝を執り行いました。

聖ウルスラ学院とは創立者であるアンジェラ・メリチが尊敬した聖人の名前聖ウルスラよりとられ、1535年イタリアにて聖ウルスラ学院英智高等学校の母体となった世界最初の女子教育修道会、「聖ウルスラ修道会」を設立し、その後、1951年に「学校法人聖ウルスラ学院」として認可がおり、現在の校名になったのは2005年からです。

今回の正式参拝では生徒、教員含め7名の皆様が神社に来社されました。

初めにお清めのお祓いを執り行います 玉串拝礼
当宮権禰宜による社殿説明 社殿前にて記念撮影

留学生の皆さんには伊達が残した文化に触れ、思い出に残るような体験になったと思います。

また、グローバル化が進む中で海外の方にどのように社殿の説明を行うか。どのようにしたら伝わるか、それらを日々考え、神明奉仕に励んでいく所存であります。

祭儀課 浅見

藥萊神社信心講(敬神婦人講)の皆様の正式参拝がありました

令和5年10月30日


社殿前にて記念撮影をしました

令和5年10月30日午前10時15分より、宮城県加美郡加美町上野目大宮鎮座の藥萊神社信心講(敬神婦人講)30名の皆様の正式参拝が御社殿にて斎行されました。

藥萊神社は天平9(737)年、鎮守府将軍大野東人が軍事輸送の為に色麻柵より出羽国に至る通称「玉野道路」を開いた時、悪疫が流行し多くの兵士や人夫が斃れた為、将軍は薬萊山上に医薬の守護神『大己貴命』『少彦名命』を祀って病気の鎮伏と工事の完成を祈願し無事工事を終えたと伝えられ、これが創建の事となっているそうです。

やがて延暦23(804)年になると征夷大将軍坂上田村麿が東征の折、薬萊山上に日吉二十一社の内より山王・八幡・白山の三社を勧請し、同時に上野目大宮に大宮大明神(現在の里宮)、本郷の地へ八王子一社を奉祀して東国安泰万民康楽を祈りました。爾来、山号を「薬萊山」と称し医薬の守護、病難退散、壽福招幸の守り神として近郷一帯はもちろん関東・北陸・関西地方より信仰されています。貞和2(1346)年に大崎家兼公がこの地を領するに及んで深く尊信され、その庇護を受け大崎鎮護の大神と仰がれました。その後伊達氏版図に入るや一転、采邑所領の全てが没収され社運は衰微しその護持は困窮を極めたと言われていますが、現在にも続く藥萊神社三輪流神楽の継承など、県北地域を代表する神社となっております。

昨年当宮で開催された神楽大会においても藥萊神社三輪流神楽の皆様に奉納演舞をして頂き、当宮とも縁深い神社でございます。この度は、信心講(敬神婦人講)の研修会の一環として当宮にご参拝頂きました。正式参拝の後は、当宮宮司と権禰宜より、当宮の由緒や社殿の説明を申し上げました。

正式参拝の始めは修祓にて皆様をお祓いします 藥萊神社の大宮宮司の玉串拝礼
御社殿の説明に耳を傾ける藥萊神社信心講の皆様 秋晴れの下、境内を散策されていました

神社にとって崇敬会は、神社を守り後世に残していくために、なくてはならない大切な存在でございます。そのような方々の研修の一端を当宮が担えるという事は、大変喜ばしいことでありつつ、大きな責任や遣り甲斐も同時に感じるものです。地域や崇敬者の方々のお支えがあってこその神社であるという事を再確認できた正式参拝でございました。

祭儀課 浅香

例大祭第3回祭典委員会が開催されました

令和5年10月27日


約50名の方にお集まりいただきました

令和5年10月27日午後6時より、社務所大広間にて例大祭第3回祭典委員会が開催されました。

9月1日から17日までの例大祭を無事終え、今回の例大祭第3回祭典委員会は、本年の例大祭期間の報告と反省、来年への申し送りなどが話し合われました。

本年は地域諸団体の方や文教施設担当者にも出席を頂き、例大祭の主に神幸祭についての貴重なご意見を頂戴しました。また、例大祭期間を怪我人や病人なく終えられた事が一番の功績であると皆様口をそろえて仰っておりました。

神幸祭総奉行の早坂役員の挨拶 神幸祭御旅所でお世話になった八幡小学校髙山校長先生の挨拶

例大祭を終えると駆け足で年末年始が近づいてまいります。大崎八幡宮の冬の時期は祭事が目白押しですので、地域の皆様と協力しつつ進めて参りたいと存じます。

祭儀課 浅香

マイナビ仙台レディース必勝祈願祭を斎行致しました

令和5年10月19日

去る10月19日、マイナビ仙台レディース必勝祈願祭を斎行致しました。

マイナビ仙台レディースは仙台市泉区ユアテックスタジアムをホームグラウンドとし、女子サッカープロリーグ(WEリーグ)に所属する女子プロサッカーチームです。
神事では、先ずお祓いを受け、神職による祝詞奏上の後、株式会社マイナビフットボールクラブ 代表取締役社長 本棒陽一殿、マイナビ仙台レディース 監督 須藤茂光殿、そして選手を代表して國武愛実殿が必勝の思いを込めて玉串拝礼を行いました。

必勝祈願祭に先立ち、参列の皆様のお祓いを行いました
選手の皆様にもご拝礼頂きました

WEリーグとは「Women Empowerment League」の略称であり、この名称には日本に“女子プロサッカー選手”という職業が確立され、リーグを核に関わるわたしたちみんな(WE)が主人公として活躍する社会を目指す、という思いが込められており、「女子活躍社会のけん引」「女子プロスポーツの普及」、「日本女子サッカーの発展」そして「なでしこジャパンを再び世界一に」を掲げて活動されております。

女子サッカーといえば、「なでしこジャパン」を思い出す方は多いのではないでしょうか。12年前、FIFAW杯決勝戦において格上アメリカとの対戦、激闘の末にPK戦を制し見事に勝利を収めたことは、多くの人々に感動を与えた事でしょう。

今後マイナビ仙台レディースは、加入した外国人選手を多くチームに起用し、これまでにない積極的なプレーをして行きたいとのこと。試合に臨むための日々の練習では、チームメイト同士コミュニケーションを取り合い、トレーニングに打ち込み、良い雰囲気で鍛錬に励んでいるそうです。

皆様の益々のご多幸、ご活躍を心よりお祈り申し上げます。

祭儀課 浪打

令和5年神嘗奉祝祭が斎行されました

令和5年10月17日

令和5年10月17日午前10時より、御社殿にて神嘗奉祝祭が斎行されました。

神嘗祭(かんなめさい)とは皇室の大祭でもあり、その年に収穫された新穀を天照大神に奉る儀式です。古来より皇室から伊勢の神宮に幣帛と勅使が遣わされ、奉幣の儀が奉仕されています。年間1500回に及ぶ神宮の恒例のお祭りの中でも最も重要な祭典となっており、由貴大御饌と奉幣を中心として、興玉神祭、御卜、御神楽などの諸祭が行われます。

さらに附属のお祭りとして、春に神宮御園で行われる御園祭、神宮神田で行われる神田下種祭、秋の抜穂祭のほか、御酒殿祭、御塩殿祭、大祓があり、神宮の年間の祭典は神嘗祭を中心に行われているといっても過言ではありません。

明治4年以降、皇居の賢所でも神嘗祭の儀式が行われるようになり、これ以後、宮中三殿と伊勢の神宮で神嘗祭が執り行われています。

また全国各地の神社においても神嘗祭の斎行を祝い神嘗奉祝祭が斎行されています。

神嘗祭斎行前に伊勢の神宮では祭器具が一新されることから「神宮の正月」ともいわれています。また、伊勢の人々は神嘗祭のことを「おおまつり」と呼び、各種の奉祝行事を行っています。20年に一度、社殿の御造営を行う式年遷宮は「大神嘗祭」とも呼ばれています。秋晴れの澄み切った空気の中、当宮の神嘗奉祝祭は粛々と斎行されました。

宮司 祝詞奏上 御神楽は浦安の舞が奉奏されました
神嘗奉祝祭は中祭に分類され、装束は斎服という白を基調としたものを着装します 祭典終了後、境内の長床前にある遥拝所にて、神宮を遥拝しました

神社の年間の祭典では、神嘗奉祝祭のように稲作に関係する祭典が多くあります。11月23日には、神社にとって重要な祭典とされる「大祭」である「新嘗祭(にいなめさい)」が執り行われます。これは、2月17日に行われた「祈年祭(としごいのまつり)」と対をなす「秋の収穫祭」となっています。

今年は、夏の酷暑の影響で作物の心配がなされましたが、大神様の御神恩により稔りの秋を迎えることが出来ました。当宮では、大神様へ感謝を込めて、この秋に収穫された新穀、農作物を始め諸製品の御神前への奉納をお願いしております。

どうぞ、皆様のお気持ちを大神様へお伝え頂く機会として、奉納、またご参列頂きたく、お参りをお待ちしております。

祭儀課 浅香

10月の本殿挙式

令和5年10月8日

10月6日 篠田・坂本御両家 10月8日 鈴木・佐藤御両家

当宮では9月の例祭期間、12月から2月中旬の繁忙期を除き、御社殿での挙式を受けつけております。またご予約は半年前から受け付けておりますので、ご興味のある方は電話やメールにてお問い合わせください。
10月に当宮にて挙式を斎行された新郎新婦の皆様には八幡様のご加護のもと、お二人の末永いお幸せと、御両家の皆様方の益々のご多幸とご健勝を心よりご祈念申し上げます。 誠におめでとうございました。

祭儀課 浅香

境内社 鹿島社例祭を斎行いたしました。

令和5年10月6日

去る10月6日、境内社 鹿島社例祭を斎行いたしました。

当日は秋晴れの中、役員・総代・崇敬者が参列のもと宮司一拝から始まり、献饌、宮司による祝詞奏上、仕女による御神楽「浦安の舞」、玉串拝礼と続き、滞りなく斎行することが出来ました。当宮の鹿島社は常陸国(茨城県)一之宮の鹿島神宮より分祀されたと伝わっておりますが、鎮座の由緒、年月日は不明です。また、鹿島神宮は9月1日を例祭日としていますが、当宮の鹿島社は令和元年より約2年かけて行われた天皇陛下御即位御大典記念事業の一環として御社殿の造改築を行い、10月6日に遷座されたためこの日を例祭日と定め、令和3年より例祭を斎行して参りました。

御祭神は「武甕槌神たけみかづちのかみ」で武道の祖神、決断力の神様として篤い崇敬を受けております。

大崎八幡宮には様々な境内社がございます。ご参拝の折には境内社にもお参りください。

献饌 祝詞奏上
御神楽奉奏「浦安の舞」 玉串拝礼
社殿前にて記念撮影を行いました

祭儀課 浅見

神無月の月首祭・月次祭が斎行されました

令和5年10月1日


神無月の月参り幣束

令和5年10月1日午前10時より月首祭、10月15日午前10時より月次祭を御社殿にて斎行致しました。

月首・月次祭は、月ごとの決まった日に行われるお祭りで、神恩感謝と皇室の弥栄、国家の隆昌、氏子崇敬者の益々の繁栄を祈るお祭りで、小祭にあたります。当宮では、毎月1日の月首祭と八幡様の御縁日である15日に月次祭を斎行しております。また、月首・月次祭では、月々に大神様の御加護を賜われますよう、月参りのお印として御幣束を御頒かちしております。御幣束は大神様への捧げものでもあり、御神霊の依代ともなるものでございます。

当宮の御幣束は、古来より伝わる「襲ね色目」を取り入れ、四季の移ろいを月毎の植物の色にて表現しております。当月は月草を表す水色と白の御幣束でございます。

10月1日 月首祭の様子

秋空の下、当宮世話人1名の参列を頂き、斎行されました。

秋らしい果物がお供えされました 御神楽奉奏「萬代の舞」

10月15日 月次祭の様子

生憎の雨模様で、季節外れの冷え込みの中での祭典でした。当宮世話人1名を始め、氏子崇敬者4名の合計5名の参列を頂きました。

雨儀では殿内で修祓を行います 参列者の玉串拝礼

月首・月次祭はどなたでもご参列頂けます。祭典斎行15分前までに御社殿右側にあります祭儀棟の祈願受付までお申し出下さい。朝の清々しさの中でご神前に参拝することで、ますます大神様のご加護をお受け頂ければと存じます。皆様のご参列を心よりお待ち致しております。

祭儀課 浅香

仙台89ERS必勝祈願祭を斎行致しました

令和5年9月30日

去る9月30日、仙台89ERSの選手、関係者の皆様がご来社され当宮にて必勝祈願祭を斎行致しました。

仙台89ERSはB.LEAGUE(以下「Bリーグ」)所属、仙台市太白区あすと長町の“ゼビオアリーナ仙台”に拠点を置き、地域の皆様をはじめ広く親しまれているプロバスケットボールチームです。ユニホーム、ネクタイやポスターなどでおなじみの明るい黄色のことを「ナイナーズイエロー」と呼ばれチームカラーとなっております。

Bリーグとは、「ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボール・リーグ」の略称であり、世界に進出する選手たちを輩出すべく、切磋琢磨できる土俵づくりを行い、また日本国内におけるバスケットボールの競技人口の増加、日本バスケの競技力増強などを目標に掲げ日々活動されております。

表参道には仙台89ERSご奉献の提灯が掲げられています。
ご参拝の際にはご覧ください。

この度の必勝祈願祭に際し、仙台89ERSはそのBリーグで活動する上で2026年に誕生する新たなトップカテゴリー『B.LEAGUE PREMIRE』(以下「B.プレミア」)への参入という大きな目標を達成すべく強い思いを抱き参拝されました。

Bプレミアへの参入にはまずシーズンを通して12万人の入場者の達成、グッズ等様々なものを通した売り上げ12億円の達成、そしてBプレミア基準に対応させるためアリーナの客席数を5000席に増加させる等、非常に高い基準の審査条件が設けられております。

現在チームはB1に所属しておりますが、来る2026年の新シーズンからは現行のB1は「新B2」となり、89ERSはその上に属する「新B1」こと「Bプレミア」にシーズン開幕から参戦する事を目指しています。

『バスケットボールを通じて、豊かな社会づくり・元気な仙台の街づくりに貢献する』の企業理念の下、必勝祈願祭に参列した志村雄彦代表取締役社長、藤田弘輝ヘッドコーチ、青木保憲キャプテンを始め関係の皆様の目には、達成に向けた熱い思いが込められているようでした。「Grind!」(グラインド)をスローガンに掲げたチームの必勝、選手、関係者の皆様のご活躍を心よりご祈念申し上げます。

皆さまの熱い思いが必勝大絵馬に込められました。

祭儀課 浪打

日枝神社 中秋管絃祭に参列して参りました

令和5年9月29日


3年ぶりの斎行という事もあり、ほぼ満席でした

大崎八幡宮では、祭典・8月の御鎮座記念祭・挙式時など、職員が伶人(演奏者)・仕女が舞人となり、雅楽・御神楽を奉奏しております。私たちは年間を通し、雅楽・舞のお稽古の機会を設けており、東京の伶楽舎から講師をお招きしご教授賜わっております。 日々の研鑽は八幡様への神明奉仕であり、また古くから伝わる日本の伝統の継承でもあります。

今回、女子職員4名が日枝神社 中秋管絃祭に参列するため、東京に出向して参りました。中秋管絃祭は中秋の名月が空に浮かぶ頃に斎行される為、祭典参列前には、東京の別表神社である明治神宮・神田神社・乃木神社を参拝し、見聞を広めてまいりました。また、先日の例祭期間に実習生を派遣下さった國學院大學神道研修事務課にも出向き、御礼と年末年始の学生派遣依頼も併せて行って来ました。

写真撮影スポットが設置されていた乃木神社 神田神社では神馬の明号を見ることができました

東京都千代田区永田町に鎮座する日枝神社は、鎌倉時代の江戸氏によって江戸館に、更に太田道灌公により江戸城の鎮守として祀られ、徳川家康公は国家鎮護の祈願所・将軍家産土神(氏神)として山王の神を崇敬し、東京奠都の後は「皇城の鎮」として広く崇敬されている神社でございます。

中秋管絃祭は、昭和43年より小野雅楽会の協力のもと、賑々しく開催されておられます。 毎年中秋の良き日に催される「中秋管絃祭」は、雅楽をはじめ舞楽、神楽を神前にて奏でまつり、万民の和楽を祈りつつ神慮を和めまつる祭典となっております。この度は「山王太鼓」から始まり、「管絃」の双調音取・賀殿急・胡飲酒破、「神楽舞」の「剣の舞」「悠久の舞」「日枝の舞」、「舞楽」の振鉾(左舞)・地久(右舞)・賀殿(左舞)が奉奏されました。

管絃と神楽舞は日枝神社職員、舞楽は小野雅楽会会員の奉仕となっていました。

剣の舞 悠久の舞
日枝の舞 振鉾
地久 賀殿

以下感想です。

【浅香権禰宜】
日枝神社の中秋管絃祭は大學在学時に参列したことがありましたが、神職として奉職して丸2年と半年が経過したことにより、神職としての目線で祭典を見る事ができ、大変勉強になりました。また、雅楽や御神楽に携わる身として、稽古に励み伝統の継承の一端になれるよう努めてまいりたいと思いました。

【川村仕女】
東京の4社の巫女さんを拝見して、神社ごとや舞ごとに髪飾りの奉書を変えているのが印象的でした。いつもご奉仕をしている萬代の舞と同じメロディーで舞振りも似ている悠久の舞を見て、執物の花の使い方がとても参考になりました。

【後藤仕女】
県外の神社を参拝する機会を頂き、他社の授与所の工夫を見ることができました。中秋管絃祭では初めて見る舞や、舞人の動きが揃っていた点がとてもかっこよく感じました。様々な学びを得る事ができ、行って良かったと思いました。

【日野事務員】
明治神宮にて授与所に導入されているレジや授与所での参拝者の捌き方を見る事ができ、大変勉強になりました。コロナ禍を経たことにより、他社での感染症対策は当宮においても参考になるものが多くありました。中秋管絃祭では舞楽独特の雅楽の奏楽を聞くことができ、楽しい一時でございました。

他社の祭典に参列する機会というものはそう多くはありません。また、それに付随して御神楽や舞楽を近くで見ることのできた今回の出向は、祭典での御神楽奉仕や奏楽奉仕回数の多い当宮女子職員において、大変有意義な時間でございました。この出向での学びを祭典奉仕に活かしていきたいと思います。

祭儀課 浅香

一万人のお宮奉仕の方々の清掃奉仕がありました

令和5年9月26日


当宮の神輿半纏を着用して記念写真を撮影しました

令和5年9月26日午前10時30分より午後2時30分まで、一万人のお宮奉仕の12名の来社がありました。

一万人のお宮奉仕とは、「和」の文化と精神を継承していくため発足された「和合友の会 和の道」の事業の一つで、全国の神社で清掃奉仕をされています。

この度は、一万人のお宮奉仕の方々に当宮の御垣内の清掃をお願いすることにしました。大崎八幡大神様のすぐ近くである御垣内は、職員のみ立ち入ることのできる場所ではありますが、他社でも熱心に活動されている方々のご奉仕という事もあり、特別に御垣内での奉仕となりました。当日は過ごしやすい気候という事あり、約90分の清掃奉仕で御垣内の草むしりを全て行って頂きました。

正式参拝の様子 清掃奉仕の様子

清掃の前には、御社殿にて正式参拝を斎行しました。清掃終了後は昼食休憩を挟み、境内や御社殿の説明を当宮権禰宜より行いました。

一万人のお宮奉仕の方々の活動は、清掃奉仕を通して、神社や日本の文化を肌で感じることのできるものだと思います。このような活動によって、斯界に新たな風が吹き、私共職員におきましても、より良い神明奉仕に励んでいけたらと存じます。

祭儀課 浅香

令和5年例大祭 福物抽選会が行われました

令和5年9月17日

令和5年9月17日午後6時30分より、広場特設舞台にて例大祭の締めくくりとなる福物抽選会が行われました。
BOXティッシュや食料品など様々な福物の奉納を頂き、今年も沢山の景品が用意されました。

当宮仕女もアナウンス等で活躍しました 國學院大學指定実習で来社中の実習生もお手伝いしてくれました

この度の特賞は、宮城県角田市鎮座の熱日髙彦神社殿より御奉納頂いた米30㎏4袋でした。
以下御奉納頂いた方一覧でございます。沢山のご奉納、心より御礼申し上げます。

(株)秋江 殿 アッドシステム(株) 殿 熱日髙彦神社 殿
(株)阿部 殿 新本エージェンシー 殿 (株)伊藤園 殿
(株)岩崎石材工業 殿 (株)植耕 殿 大江田工業 殿
(株)大槻装束店 殿 (株)角星 殿 (資)亀兵商店 殿
(株)晃和ディスプレイ 殿 麹屋近野商店 殿 コカ・コーラボトラーズジャパン(株) 殿
(株)佐勘金物店 殿 (有)桜井 殿 (株)櫻井防災 殿
(有)佐藤商店 殿 (株)三愛工芸 殿 (株)三宝社 殿
(株)七十七銀行八幡町支店 殿 (株)庄子屋醤油店 殿 (株)仙台トヨペット 殿
大和蔵酒造(株) 殿 (株)東北永愛友商事 殿 東和奉産(株) 殿
萩野酒造(株) 殿 日野 康子 殿 福興電気(株) 殿
(有)ホズミ 殿 本郷だるま屋 殿 (株)丸井紙店 殿
(株)湊 殿 杜の都信用金庫八幡町支店 殿

生憎の空模様ではありましたが、皆様のご協力の下、沢山の方々に楽しんで頂く事が出来たのではないかと思います。

祭儀課 浅香

令和5年例大祭 流鏑馬神事

令和5年9月17日


300人ほどの人が集まり、流鏑馬神事を見守りました

令和5年9月17日午後3時30分より流鏑馬神事が斎行されました。当宮の流鏑馬神事は、令和元年の斎行の後、新型コロナウィルス感染症拡大の影響や境内の防災工事着工の関係により、中止が続いておりましたが、この度は4年ぶりに流鏑馬神事が斎行されることとなりました。

やぶさめ とは、馬を馳せながら矢を射るところから「 矢馳せ馬(やばせうま) 」と呼ばれ、時代が下るにつれて「やぶさめ」と言われるようになったとされます。

その起源は古代、中世にあり、弓馬礼法は寛平8年(896年)に 宇多天皇が 源能有に命じて制定され、実践的弓術の一つとして平安時代から存在していました。『吾妻鏡』には源頼朝が西行に流鏑馬の教えを受け復活させたと記されており、武士の嗜みとしてまた恒例行事として、盛んになることもあれば、何度か廃れた行事でもありました。

当宮の流鏑馬は遠田郡八幡村に鎮座していたころより9月15日の例祭に執り行われていたと記録されており、創建と同時に、伊達政宗公により再び復活されましたこの例祭祭礼における当宮の流鏑馬奉納神事は、これを奉納する射手は近年まで岩出山出身の者に限られていたそうです。

また古くから流鏑馬行事の後には、その的の奪い合いがあったとも伝えられ、そのさまは、仙台市博物館に展示されている『大崎八幡宮来由記』所載の「御神事之流鏑馬」の図に細やかに描かれております。

神事は、先ず安全祈願を本殿にて斎行し、出陣式を執り行って、その後馬場末において神職が馬を大麻と塩で祓い清め、次に4騎の馬に馬場祓役と射手達が乗り、先ず馬場祓役が祓串を片手に「オーッ」という掛け声とともに馬場を疾走し、馬場元より馬場末までの罪穢を祓い清めます。

神職によるお祓いの様子 勇ましい掛け声が馬場に木霊しました
矢が的に的中すると大歓声が起きました 的が並ぶ姿もこの時にしか見る事が出来ないものです

当宮の馬場は距離が短く、的場間が近いところから、射手にとっては大変難しいとされています。
流鏑馬は伝統行事ですので、的を奉製し、馬場を整備し、馬具の確認などから準備が始まります。本年も50本の的を御奉賛下さりました氏子崇敬者の皆様にこの場をお借りして御礼申し上げます。以下、ご奉賛者ご芳名でございます。

(株)阿部コンクリート工業 殿 医療法人 五葉萌芽会 殿 (株)岩崎石材工業 殿
(株)植耕 殿 (有)うなぎ割烹いとう 殿 遠藤 道夫 殿
大平 常元 殿 川上 良雄 殿 (有)菅武エンジニアリング 殿
菅野 武信 殿 菅野 康博 殿 北田 一浩 殿
木村 陽子 殿 (株)くじらもなか本舗 殿 (有)国見土木 殿
弘栄設備工業(株) 殿 (株)光和自動車 殿 コールテック(株) 殿
(株)斎テント 殿 (株)佐勘金物店 殿 (株)櫻井防災 殿
(有)佐忠電業 殿 佐藤 光太郎 殿 佐藤 順一 殿
(有)佐藤商店 殿 佐藤 雅子 殿 (株)澁一建設 殿
司法書士大江章夫事務所 殿 (有)センエイコーポレーション 殿 (株)草新舎 殿
(有)髙山燃料 殿 竹内 正邦 殿 (有)竹林舎 殿
千田 文彦 殿 (株)東北永愛友商事 殿 東北グレーダー(株) 殿
(株)東北プリント 殿 凸版印刷(株)東日本事業本部 殿 富谷 正雄 殿
とんかつ石亭八幡支店 殿 南部 地洋 殿 西澤 啓文 殿
(株)八幡不動産 殿 早坂 進 殿 美術表装 般若堂 殿
福興電気(株) 殿 八月朔日 幹夫 殿 (株)マルエス技研工業所 殿
宮城交通(株) 殿 (有)ヤマグチ看板工芸社 殿

人類にとって、馬は古来より、現在の車社会になる以前、長距離を移動するための大切な馴染み深い動物でして、戦においても常に重要な役割でした。平和な世にあっても武家の嗜みを忘れず、神事として斎行されることには多くの意義があり、それが400年続いておりますので今後とも引き続き末永く後世に繋がれてほしい祭事でございます。

9月1日から始まりました大崎八幡宮例大祭は、最終日に興たけなわとなり、流鏑馬行事もその一環として祭礼に花を添えた、厳粛な、かつ勇壮な伝統神事でございました。

祭儀課 浅香

令和5年例大祭神幸祭を斎行いたしました

令和5年9月17日

4年振りとなる本年の神輿渡御は、白丁姿の大神輿、半纏姿の御輿(女御輿と称していたものを御輿と名称を変更)、子供御輿の三基、裃姿の奉行、流鏑馬の射手の恰好をした騎射子の方々が行列となり町内を巡幸致しました。

始めに本殿前にて各所役ごとに「召し立て」を行い呼ばれた方から「オー」と発声してから出発します
騎射子・子供御輿に参加の子供たち 出発前に記念撮影しました
鳥居祭で張られた結界を断ち切ります 先達により断ち切られた後、神輿行列は町内へと進みます

大石段を下った後は一の鳥居を抜け八幡町内を進みます。

当宮宮司は馬に乗り八幡町内を進みました

住宅街では御先太鼓の大きな太鼓の音につられ、氏子の皆様が外に出て大神輿を待っている姿が見えました。

笑顔で大神輿を迎えてくれる方が多く居り、とても賑やかな巡行となりました。

八幡小学校では御旅所祭を行い休憩です 大平邸にて休憩 子供達にはアイスが配られました

2回の休憩を行った後、神輿の行列は八幡宮へと帰ってきます。

大神輿が大石段を一気に駆け上がると、拍手喝采が起こりました
仙台雀踊り連盟の皆様が境内を賑やかにして行列をお出迎えです

八幡宮へと戻ってきた後、内陣へと大神様の御分霊を遷す「還御祭」を執り行いました。

9月1日~17日までの期間中、たくさんの方が足を運んでくださり境内がにぎにぎしくなる中、本年度も皆様のおかげで無事に例大祭を終えることができました。

10月、11月は七五三のお参りが増えます。
色とりどりの着物、袴を着た子どもたちがたくさんお参りに来るので境内が華やかに、そして賑やかになります。
七五三のお祝いの子どもを見かけましたら皆様「おめでとう」と一言、声をかけてあげてください。

祭儀課 浅見

令和5年例大祭 民俗芸能大会が開催されました

令和5年9月16日


当宮 宮司の開会の挨拶

令和5年9月16日午前10時30分から午後3時まで、広場特設舞台と外拝殿前にて民俗芸能大会が開催されました。

今回の民俗芸能大会は宮城県内の鹿踊3団体(川前の鹿踊・剣舞保存会、佐沼鹿踊伝承会、早稲谷鹿踊保存会)が一堂に会し、特色ある民俗芸能の魅力を御来社の皆様にご堪能いただきました。昨年は文化庁の後援事業として大崎八幡宮の能神楽保存会主体での開催でしたが、本年は大崎八幡宮例大祭の神賑行事の一環として催される運びとなりました。

各団体は来社の後、外拝殿にて正式参拝を行ってからの演舞の御披露を頂きました。

川前の鹿踊・剣舞保存会と司会進行を担当した大崎八幡宮の能神楽保存会 会員 千田殿 佐沼鹿踊伝承会と早稲谷鹿踊保存会の正式参拝

川前の鹿踊・剣舞保存会の所在地である川前地区は宮城県仙台市青葉区芋沢の広瀬川の上流にあり、八幡堂系の鹿踊と剣舞を一体で伝承されてきました。

これまで幾度と無く中断と復興を繰り返しており、その間に近隣の本木集落より伝授を受けたことが文政10(1827)年の「獅子踊剣配踊万覚書」に記されています。

戦後にも中断していましたが、昭和47(1972)年に20年ぶりに復活し、地域の人々の熱い思いによって伝承されています。今回は400年ぶりに大崎八幡宮にて演舞下さいました。川前の鹿踊に伝わる大崎八幡宮での演舞にしか歌われない歌があり、それらの準備も余念なくされてきたとの事でした。

川前の鹿踊は、天明元(1781)年の「鹿踊之由来」によれば、昔イナゴの大発生があった時、鹿の一群が退治してくれたことから、鹿踊は五穀豊穣を祈る芸能と伝わるが、かつては旧盆に新仏の供養にも踊られていたと言います。

鹿は九頭立てで、中立の頭には「鹿苑」と書かれた前立てと四ツ又の角がつきます。他の牡鹿は「金の山」の立てもので雌鹿には角がありません。

衣装の九曜紋は、仙台藩五代藩主伊達吉村公が城下の芸能を集めて鑑賞した際に、川前の鹿踊の優雅さを賞賛したことから、使用を許可されたと伝わっています。剣舞は舞手10名、笠回し2名、鐘打ち2名によって構成され、地域の青壮年の男性たちによって演じられています。

現在では、仙台市立大沢中学校の生徒の協力や、仙台市立川前小学校の児童が中心となり、川前の鹿踊・剣舞保存会より指導を受けて演じています。

川前の鹿踊 川前の剣舞
川前の鹿踊・剣舞保存会の庄子会長の挨拶 川前の鹿踊を演舞した中学3年生3人のインタビュー

佐沼鹿踊伝承会は大正12年発刊の「登米郡史(上巻)」によると江戸時代初期には、佐沼(現在の登米市迫町佐沼)と南方(登米市南方町)で一組、北方(登米市迫町北方)の日向と北浦で一組、新田(登米市迫町新田)に一組、藤沢(栗原市瀬峰)に一組、併せて四組の踊り組があり、毎年二組ずつ交互に、佐沼城(別名・鹿ケ城)に踊りを奉納する慣習となっていたそうです。

装束の幕には、伊達家家臣・津田家(宿老)の紋所の開き扇と鱗、亘理家(一家)の紋所の九曜星があったことから、邑主に許された踊りであったと推測されます。

佐沼鹿踊は社会情勢の変化や後継者不足などにより、昭和初期には姿を消し、長らく幻の郷土芸能となっていましたが、平成7年、財団法人登米文化振興財団が改めて調査に着手し、翌年には、同じ流れをくむと思われる行山流の水戸邊鹿子躍保存会(本吉郡南三陸町)の指導を受けて、復興への第一歩を踏み出されました。

その時指導を受けたメンバーで「佐沼鹿踊伝承会」を設立され、会員を募りながら、踊り演目の習得のため稽古を重ねる一方、太鼓や装束類の購入資金を調達するための活動が動き出します。平成10年7月20日、演目のひとつ「三人舞」を市民の前で披露することにより復活されました。現在の伝承会員は二十一人で、週一回の練習を重ねながら、佐沼夏祭りなど各種行事で披露されております。

佐沼鹿踊保存会は地域の協力を得ながら、育成事業に積極的に取り組んでいて、そのうち、登米市迫町青年会では青年文化祭での披露に向けての指導、登米市立新田小学校での児童への指導により、後継者育成に励んでおられます。

表参道を参進する様子 小学生3人も元気に太鼓を叩いていました
佐沼鹿踊伝承会の大場会長の挨拶 装束の着装体験も行われました

早稲谷鹿踊保存会の始まりは、文政10(1827)年に上八瀬の熊谷林蔵氏が当時十六歳で岩手県大原山口地区の鹿踊師匠又助の子である喜左エ門氏より鹿踊を伝授され、伝授書(巻物と称されるもの)を受けたことでした。

明治15年ごろ、上八瀬地区において鹿踊りが衰退し、熊谷林蔵氏一人年老いて居た為、鹿踊りの消滅するのを憂いで、熊谷林蔵氏を早稲谷地区に招いて当時の若者九名に鹿踊りが伝授されました。以来141年にわたって早稲谷地区に受け継がれています。

八鹿踊は岩手県南から宮城県北にかけ数多くありますが、早稲谷鹿踊は仰山流山口派に属し、この派の特徴として背流しに仙台伊達家の御詠歌が染め抜かれています。また、背負う竹のササラが4メートルと長く良くしなり、そのバランスで踊るという事、さらに化け坊主という先導役が終始加わり、踊りのテンポが速いというのが特徴になっています。

地区民の中より大切な文化を保存するために地区民総参加による保存組織を結成しようという機運が高まり昭和44(1969)年10月7日に保存会が設立されました。その後、昭和46(1971)年3月2日に宮城県指定民俗文化財に指定されました。

4メートルのササラを自由自在に操る保存会の方の技術に脱帽です

民俗芸能はそれぞれの地域の歴史や生活の中から生まれ、世代を越えて現在まで守り伝えられてきた貴重な宝です。近年の社会情勢の急速な変化に伴い、過疎化・少子高齢化の進展による担い手の減少や地域の行事に対する関心の低下などの要因により、継承が危ぶまれている状況も少なくありません。

それぞれの地域の歴史や民俗について知って頂くと共に、皆様がお住まいの地域の民俗芸能についても改めて目を向け、その魅力や価値について考えて頂く機会となれば幸いです。

祭儀課 浅香

令和5年例祭を斎行いたしました

令和5年9月15日

例祭とは神社の祭典の中で最も重要な祭典であり、多くの神社ではその御祭神に縁のある日が例祭日と定められており、当宮では9月15日を例祭日と定めております。
当日は役員・総代の他伊達家第18代当主伊達泰宗殿、献幣使として、宮城県神社庁仙台支部支部長、仙台東照宮宮司である高崎恒晴殿、随員として宮城県神社庁参事宮澤高志殿ご参向のもと、厳粛に祭典が斎行されました。

例祭では神社本庁より幣帛料が御神前にお供えされます。幣帛は唐櫃と呼ばれる木の箱に納められ献幣使と呼ばれる所役によって御神前へとお供えされます。また、今回の例祭では唐櫃を社殿まで捧持する所役を國學院大學の実習生二人にご奉仕して頂きました。

唐櫃から白木の雲脚台に移し本庁幣を奉献しました
御神楽奉奏「浦安の舞」 伊達家第18代当主伊達泰宗殿の玉串拝礼

本年の例大祭におきましても、責任役員・総代・世話人・氏子崇敬者の方々の多大なるお力添えにより例大祭関連行事が滞りなく執り行う事が出来ました。職員一同深謝申し上げると共に、八幡様と皆様の懸け橋として日々のご奉仕に邁進して参ります。

祭儀課 浅見

令和5年例大祭 能神楽奉奏

令和5年9月14日

令和5年9月14日午後6時30分より長床神楽殿にて大崎八幡宮の能神楽が奉奏されました。

大崎八幡宮の能神楽は宮城県無形民俗文化財に指定されています。また、神楽舞台である長床は、寛文年間に建立されたもので、国の重要文化財に指定されています。

大崎八幡宮の能神楽は後に他の神楽の影響を受け十八番を数えたとの記録がありますが、現在までに十二番が失われてしまい、残る六番は「神拝」「小弓遊び」「龍天」「摩応」「将足」「四天」となり、「三天」と「獅子とり」が加えられた8演目が、本年も能神楽保存会の皆様により継承奉奏されました。

大崎八幡宮の能神楽の基本の舞「神拝(じんぱい)」 大きな鳥甲に白髭の面をつけ、鉾先を相持ちその下をくぐる舞「龍天(りゅうでん)」
天岩戸隠岩戸隠れを題材にとり、岩戸を押し開いた天手力男命の舞「魔応(まおう)」 赤い装束を身に着け、小弓と扇を手にした少年の舞 「小弓遊び(こゆみあそび)」
狩衣を着た3人の舞人による舞「三天(さんてん)」 刀を両側でぐるぐる回し、前へ進む所作をする複雑な動きをする舞「将足(ひょうそく)」
この舞は4人舞ですが登場人物は実に6人で最も物語性のある舞「四天」(してん)」 平和な里に現れた獅子を大神様より授かった御幣で力を封じた幼い子供による舞で大崎八幡宮能神楽の最終演目「獅子取り舞(ししとりまい)」

本年も大崎八幡宮の能神楽は、能神楽保存会の会員の皆様による堂々たる舞を披露してくださいました。また、昨年文化庁のからのご支援により装束一式を新調し、本年はそのお披露目の場でもありました。境内にはたくさんの参拝者が見学に足をお運び下さり、大変賑わっていたかと思います。

大崎八幡宮の能神楽についてご興味のある方は、書籍「大前八幡宮の能神楽」(著 千葉雄市)を授与所にて頒布しておりますので、お気軽にお問い合わせください。

祭儀課 浅香

例大祭 献饌式が斎行されました

令和5年9月14日

令和5年9月14日午後3時より例大祭献饌式が斎行されました。
献饌式とは、「御膳上げ」と呼ばれ海川山野の種々な食物をお供えして日々の神恩に感謝し、皇室の安寧と我が国の繁栄・世界平和、また翌15日の例祭が恙なく斎行されます事を願う為の祭典でございます。

食物は自然の恵みであり、神様からの賜り物です。民族の命を繋ぐ食物を先ず神様にお供えし感謝の誠を捧げ、いや益々のご加護を祈りました。この事は私達の社会生活においてもお客様がいらっしゃいますと様々な御馳走を出しておもてなしするのと同じ考え方であり、日本人の社会生活と密接に結びついております。

1台1台丁寧に伝供します 当宮仕女による浦安の舞の奉奏

今回の献饌式では、3座の神様に10台ずつ計30台の神饌を供しました。10台の神饌は、米、酒、餅、海魚、川魚、赤飯、海菜、野菜、果物、菓子・塩・水で構成されています。

当宮では、桐の葉に盛り付けられた赤飯をお供えする故実があります。赤飯は戦の際中の兵糧として用いられておりました。桐は「切り取って名を上げる」という意味があるそうでございます。 また、海魚・川魚・野菜・果物は鰹や鮎、茄子、胡瓜、林檎などの旬の物が取り揃えられ、お供えされました。

そして氏子地域の皆様から初穂料として御奉賛頂きました氏子幣をお供えしました。今回の献饌式には57名の御参列があり、代表者10名に玉串拝礼をして頂きました。

総代代表から祭員に氏子幣が伝供されました 責任役員の玉串拝礼
祭典の後、広場にて直会が行われました 直会では、外拝殿向拝幕を御奉納下さった(株)小西美術工藝社殿に感謝状と記念品が贈呈されました

本年は感染症対策を講じながらも例大祭関連祭典や催しを行って参りました。今後も八幡様への祈りを捧げつつ、氏子崇敬者の皆様に寄り添った神社を目指して参ります。


御参列いただいた皆様との記念写真

祭儀課 浅香

國學院大學指定実習Ⅱが当宮にて行われました

令和5年9月12日

去る9月12日から9月18日までの期間で國學院大學神道文化学部より実習生4名を当宮にて受け入れました。國學院大學では神職養成の一環として神職を志す学生が全国各地の神社で実習を行うもので、神職になるための基礎を神社にて学ぶため行われております。

今回は当宮では初の試みとして例大祭期間での実習となり、神社での実務の他に15日の例祭では「唐櫃所役」、17日の神幸祭では「神輿の担ぎ手」になり町内を巡幸したりとお祭りでしか経験出来ないような事を実際にご奉仕していただきました。実習生全員が神輿を担ぎ終えた後、清々しく、そして安堵の表情を浮かべておりました。

最終日には社殿前にて当宮宮司と記念撮影を行い、無事に全日程を終えることができました。
当宮にて実習を行った学生が神社界に進み、斯界の発展に寄与される事を願っております。

開講奉告祭にて玉串拝礼を執り行いました 朝拝では道彦(先導)奉仕をして頂きました
例祭でお供えする鰹を縛り方も実践 緊張した面持ちで唐櫃所役
御神輿奉仕 実習を終えたことをご奉告した後、宮司と記念撮影しました

祭儀課 浅見

日本宗教史懇話会の皆様の正式参拝がありました

令和5年9月5日


新しく奉製した鈴の緒と共に外拝殿にて記念撮影をしました

令和5年9月5日午前9時より、日本宗教史懇話会の34名の正式参拝が御社殿にて斎行されました。

日本宗教史懇話会とは日本宗教史に関心のある諸氏が、それぞれの専門とする時代や学問分野、世代を超えて自由に参加し、研究報告を通して真摯な議論や交流を行う場として、毎年夏期に合宿形式で開催を重ねられてきました。

この度は、新型コロナウイルスの影響を考慮され、合宿形式ではなく学会形式での対面開催を企画され、3日間のスケジュールで、初日にシンポジウム、2日目に個別報告、3日目に見学会を行ったそうです。当宮には3日目の見学会の行程でご来社下さいました。

正式参拝では代表の方に玉串拝礼をしていただきました。正式参拝後は当宮職員より、大崎八幡宮の由緒と御社殿の説明を行いました。

正式参拝の最初に大麻にてお祓いを受けます 正式参拝詞の奏上
代表の方に合わせて玉串拝礼を行いました 石垣権禰宜による社殿の説明

日本宗教史懇話会の皆様の熱心に政宗公が好んだ伊達な色彩や彫刻をご覧になっている様子が大変印象的でした。1時間弱当宮にご滞在され、お隣の龍寶寺へと移動されました。

国宝の御社殿で参拝しつつ、貴重な文化財を鑑賞できる正式参拝は随時行っております。ご希望の場合は当宮までメールかお電話にてお問い合わせいただければと思います。

祭儀課 浅香

奉行会議が開催されました

令和5年9月3日


経験豊富な奉行方は神幸祭に欠かすことのできない存在です

令和5年9月3日午後5時より、社務所大広間にて奉行会議が開催されました。

今回の奉行会議は、例大祭の中でも特に神幸祭に特化した会議でございます。本年の神幸祭にて奉行を務めて頂く方々にご参集頂き、第二回祭典委員会からの変更点の説明、仕事内容の確認や意見交換等を行いました。町内に神輿が巡幸するのは令和元年以来でございますので、記憶を掘り起こしつつ新たな方法も織り交ぜての神幸祭になろうかと思います。

本年の例大祭日程は以下の通りとなります。

9月9日(土) 午後2時 騎射子説明会 社務所
午後3時 神幸祭奉仕者説明会 社務所
9月10日(日) 午前10時~午後3時 どんとロード八幡すずめ踊り 境内・県道
9月14日(木) 午後3時 献饌式 本殿
午後6時30分 能神楽奉奏 神楽殿
9月15日(金) 午前10時 例祭 本殿
9月16日(土) 午前10時30分~午後3時 民俗芸能大会 外拝殿前・広場特設舞台
午後3時 ちびっこまつり 広場特設舞台
9月17日(日) 午前10時30分 神幸祭出御祭 本殿
午前11時20分 出幣式 三之鳥居
~神輿 町内 巡幸~
午後2時 還御祭 本殿
午後3時30分 流鏑馬神事 馬場
午後5時 神賑演芸大会 広場特設舞台
午後6時 福物抽選会 広場特設舞台

当宮の例大祭は地域の皆様方のご理解ご協力なくして遂行できるものではありません。特に奉行の皆様には会議への出席を賜り、また、職員の行き届かない部分を賄ってくださる事で、円滑な諸行事の実施につなげられております。職員に関しましても皆様方の熱量に負けないよう、粉骨砕身励んで参りたいと思います。

祭儀課 浅香

例大祭 鈴の緒奉納式を行いました

令和5年9月3日


新しく奉製した鈴の緒と共に外拝殿にて記念撮影をしました

鈴の緒は古くより人々の願いを叶えることから「かなお」とも呼ばれます。参拝者の方々の思いを受け止める大切な役割を担っていることから、毎年例大祭前に崇敬篤い方々のご奉賛により新たに奉製されております。令和5年9月3日午前9時頃より、社務所大広間にて18名の奉賛者有志の方々にご参集いただき、賑やかに奉製を行いました。

皆様の願いを浄書いた布を丁寧に畳んでいきます 緩まないように一定の力を込めてねじります
心を一つに作業を進めます 完成した3本の鈴の緒
大麻にて参列者をお祓い 斎主 祝詞奏上

作業中は参加者の心をひとつにして一本一本に皆様の祈念を込めて奉製が進められました。1時間程で三本完成し、御社殿に移動した後、奉納式を斎行致しました。

奉納式では当宮世話人であり鈴の緒の生地を用意して下さる八月朔日幹夫殿と奉賛者を代表して加藤晴美殿に玉串拝礼をしていただきました。
奉納式終了後、社務所大広間にて直会が行われました。


コロナ禍では自粛していた直会の復活に皆さま大変喜んでくださいました

本年は昨年より多くの方々からお申込みいただくことができました。鈴の緒はお申し込みの数が増えれば増えるほど太くなっていきます。来年はまた今年より一回り太い鈴の緒を奉納できますよう、皆様からの御奉賛をお待ちしております。真新しい鈴の緒でのご参拝をしていただき、大神様との縁も結んで行かれる事と皆さまの願いごとが成就致します様ご祈念申し上げます。

祭儀課 浅香

長月月首祭並びに外拝殿向拝幕奉納奉告祭を斎行致しました

令和5年9月1日


真新しい向拝幕の白さが青空に映えます

令和5年9月1日午前10時より、御社殿にて長月月首祭並びに外拝殿向拝幕奉納奉告祭が斎行されました。月次(首)祭は、月ごとの決まった日に行われるお祭りで、神恩感謝と皇室の弥栄、国家の隆昌、氏子崇敬者の益々の繁栄を祈るお祭りで、小祭にあたります。当宮では、毎月1日の月首祭と八幡様の御縁日である15日に月次祭を斎行しております。

御神楽奉奏 萬代の舞 宮司 玉串拝礼

また、月首(次)祭では、月々に大神様の御加護を賜われますよう、月参りのお印として御幣束を御頒かちしております。御幣束は大神様への捧げものでもあり、御神霊の依代ともなるものでございます。当宮の御幣束は、古来より伝わる「襲ね色目」を取り入れ、四季の移ろいを月毎の植物の色にて表現しております。当月は竜胆を表す紫色と白色の御幣束でございます。

(株)小西美術工藝社の佐藤殿の玉串拝礼

そして、今回の月首祭に合わせて外拝殿向拝幕の奉納奉告祭も斎行されました。外拝殿向拝幕は(株)小西美術工藝社代表取締役デービット・アトキンソン氏のご厚意により調製され、御奉納頂きました。現在、御社殿の維持工事も行って頂いており、職人として工事に携わっている(株)小西美術工藝社の佐藤殿がご参列下さいました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

月首(次)祭はどなたでもご参列頂けます。祭典斎行15分前までに御社殿右側にあります祭儀棟の祈願受付までお申し出下さい。朝の清々しさの中でご神前に参拝することで、ますます大神様のご加護をお受け頂ければと存じます。 皆様のご参列を心よりお待ち致しております。

祭儀課 浅香

令和5年 例大祭 鳥居祭が斎行されました

令和5年9月1日

結界が張られた三之鳥居 祭場の様子

9月1日午後4時より、初秋を感じさせる風が心地よく吹く中、三之鳥居前にて鳥居祭を斎行致しました。鳥居祭とは当宮における特殊神事でございます。9月14日・15日に最も重要な祭典「例大祭」を行うにあたり、外部からの罪穢れを防ぐために結界を張ることで、無事の斎行を祈念する祭典です。

1日の早朝より境内各所の注連縄を新しく張り替え、例大祭に向けての準備作業が始まります。特に鳥居祭斎場となる大石段上の三之鳥居は、最も御神前に近い鳥居として縄(結界)が張られ罪穢れを避ける斎戒期間に入ります。この縄は9月17日の神幸祭出幣式の際に裃姿の先達の抜刀によって切断された後、初めて参拝者の通行が許されます。

佐藤隆殿の奉納の注連縄を用い、境内全ての箇所の張り替えを行いました

鳥居祭では通常とは異なる神饌が供えられます。神饌は神酒・鰹の生節・梅の酢漬・茄子の漬物の4種です。これらは伊達家の兵糧と言われており、例大祭までお供えするのが本儀とされているので日持ちの良い物がお供えされています。祭典終了後、社務所前の杉の木の根元と北参道鳥居にもお祓いをして、同じ神饌が奉られます。

当宮の一社の故実に基づく神饌の配置 宮司 祝詞奏上
酒・茄子の漬物・梅・なまり節が6カ所にお供えされました 大麻にて杉の木の根元をお祓い
切麻にて北参道鳥居をお祓い

この度の鳥居祭には当宮の責任役員・総代・伝播八幡井組・八幡町商店街ファンコミュニティから26名の御参列があり、玉串拝礼をして頂きました。
伝播八幡井組はかつて八幡町の石工達が当宮の祭典に奉納していた演舞の形式を継承した由緒ある雀踊り団体です。また、新型コロナウィルス感染症の影響により、中止していた伝播八幡井組の雀踊り奉納演舞も復活し、大崎八幡宮の例大祭らしさが戻ってまいりました。

当宮 責任役員の玉串拝礼 当宮 総代の玉串拝礼
伝播八幡井組の方の玉串拝礼 八幡商店街ファンコミュニティの玉串拝礼
伝播八幡井組雀踊り保存会の奉納演舞

神社にとって最も重要な祭典である例大祭が滞りなく斎行できるよう誠心誠意ご奉仕に励んで参ります。

祭儀課 浅香

令和5年 大崎八幡宮 例大祭

令和5年9月1日~17日

皆様のお陰を持ちまして、令和5年例大祭も恙無く取り納めることができました。本年は新型コロナウイルス感染症との共存した新しい社会様式の中で、令和元年と同規模での例大祭となりました。
本年の例大祭におきましても、責任役員・総代・世話人・氏子崇敬者の方々の多大なるお力添えにより、例大祭関連行事が滞りなく執り行う事が出来ました。職員一同深謝申し上げます。

鳥居祭

9月1日 午後4時斎行

参列者:大崎八幡宮責任役員・総代・伝播八幡井組雀踊り保存会・八幡商店街ファンコミュニティ 計26名 令和5年 例大祭 鳥居祭が斎行されました

鈴の緒奉納式

9月3日 午前9時~12時頃

奉納者 177本 鈴の緒奉納式 18名 奉納有志18名の方に綯い方・奉納式のご参列を頂きました。 例大祭 鈴の緒奉納式を行いました

氏子地域地区初穂料

ご奉納頂いた皆様の御芳名は表参道に掲示しております。

34地区 (一区山上清水、二区八幡会、八幡三区、八幡四区、八幡五区、中島丁、北五十人町、角五郎丁北部、角五郎丁南部、角新会、江戸町、覚性院丁、石切町、十二軒丁、土橋中部、土橋北部、山屋敷国見、国見五丁目、国見中央、宮脇通、国見東部、大崎東部、大崎西部、伊勢堂下、北六西部、半子町、国見一丁目、子平町、新坂南部、北三土橋共栄会、三滝親和会、レキシントンプラザ八幡、グランスイート八幡中央、国宝大崎八幡宮ガイドボランティア会) 556件

どんとロード八幡すずめ踊り

9月10日 午前10時~午後2時

25団体の奉納演舞が境内にてございました。

献饌式

9月14日 午後3時斎行

参列者:大崎八幡宮責任役員、総代、神社関係者他 63名 令和5年 例大祭 献饌式が斎行されました

能神楽奉奏

9月14日 午後6時30分 8番の奉奏がありました。

一、 神拝 一、龍天 一、摩応
一、小弓遊び 一、三天 一、将足
一、四天 一、獅子取り舞
令和5年例大祭 能神楽奉奏

例祭

9月15日 午後10時斎行

参列者:仙台伊達家18代当主伊達泰宗殿、大崎八幡宮責任役員、総代、志波彦神社鹽竈神社 権宮司 大瀧博司殿 10名
御祝電・御祝辞・玉串料を頂戴した方一覧(9月20日現在・五十音順)
愛知縣護國神社 宮司 笠井 剛殿
阿賀神社 宮司 奥田 素之殿
赤間神宮 宮司 水野 大直殿
秋葉山本宮秋葉神社 宮司 河村 基夫殿
淺間神社 宮司 古屋 真弘殿
熱田神宮 宮司 千秋 季賴殿
熱日髙彦神社 宮司 黑須 貫殿
(株)阿部 代表取締役社長 新井 実殿
  参議院議員 有村 治子殿
生島足島神社 宮司代務者 池内 宣裕殿
生田神社 宮司 日置 春文殿
伊佐須美神社 宮司 沼澤 文彦殿
伊弉諾神宮 宮司 本名 孝至殿
石川護國神社 宮司 高井 良直殿
出雲大社 宮司 千家 尊祐殿
伊勢山皇大神宮 宮司 阿久津 裕司殿
石上神宮 宮司 森 正光殿
伊曽乃神社 宮司 堀川 修巧殿
石神社 宮司 千葉 秀司殿
一之宮貫前神社 宮司 小林 冨士夫殿
稲毛神社 宮司 市川 和裕殿
伊奈波神社 宮司 可知 重彦殿
茨城県護国神社 宮司 飯塚 重殿
石清水八幡宮 宮司 田中 恆清殿
(株)植耕 代表取締役 井上 文殿
宇佐神宮 宮司 小野 崇之殿
鵜戸神宮 宮司 黒岩 昭彦殿
近江神宮 宮司 網谷 道弘殿
大縣神社 宮司 牧野 武彦殿
大麻比古神社 宮司 圓藤 恭久殿
大洗磯前神社 宮司 飯塚 重殿
大分縣護国神社 宮司 八坂 秀史殿
大國魂神社 宮司 猿渡 昌盛殿
(有)大國物流 代表取締役 熊谷 廣殿
大阪護國神社 宮司 藤江 正鎭殿
大杉神社 宮司 市川 久仁守殿
大鳥大社 宮司 水無瀬 忠俊殿
大野湊神社 宮司 河﨑 正幸殿
大宮八幡宮 宮司 鎌田 紀彦殿
三輪明神大神神社 宮司 鈴木 寬治殿
大山祇神社 宮司 三島 安詔殿
大和神社 宮司 塩谷 陸男殿
小國神社 宮司 打田 文博殿
帯廣神社 宮司 大野 清徳殿
尾張大國霊神社 宮司 山脇 敏夫殿
    加賀 まさ子殿
鹿兒島神宮 宮司 幸野 珍廣殿
橿原神宮 宮司 久保田 昌孝殿
鹿島神宮 宮司 鹿島 則良殿
月山神社出羽神社湯殿山神社 宮司 阿部 良一殿
香取神宮 宮司 香取 武殿
亀山八幡宮 宮司 竹中 信彦殿
賀茂御祖神社 宮司 新木 直人殿
賀茂別雷神社 宮司 田中 安比呂殿
神柱宮 宮司 前田 瑞国殿
神部神社浅間神社大歳御祖神社 宮司 櫻井 豊彦殿
北野天満宮 宮司 橘 重十九殿
北畠神社 宮司 岡 みどり殿
岐阜護國神社 宮司 宇都宮 幸嗣殿
    木村 知敬殿
(株)くじらもなか本舗 代表取締役 鈴木 昭爾殿
久能山東照宮 宮司 姫岡 恭彦殿
熊野那智大社 宮司 男成 洋三殿
熊野速玉大社 宮司 上野 顯殿
熊野本宮大社 宮司 九鬼 家隆殿
熊本縣護国神社 宮司 坂本 泰彦殿
氣比神宮 宮司 桑原 宏明殿
弘栄設備工業(株) 代表取締役 船橋 吾一殿
護王神社 宮司 本郷 貴弘殿
金刀比羅宮 宮司 琴陵 泰裕殿
高麗神社 宮司 高麗 文康殿
佐嘉神社 宮司 佐野 安正殿
酒列磯前神社 宮司 海後 宗郷殿
坂元神社 宮司 鈴木 美智子殿
(株)佐勘金物店 代表取締役 佐藤 信一殿
櫻山八幡宮 宮司 谷田 吉暢殿
    佐々木 敬殿
佐沼鹿踊伝承会 会長 大場 勘市殿
寒川神社 宮司 利根 康教殿
猿田彦神社 宮司 宇治土公 貞尚殿
靜岡縣護国神社 宮司 芦原 久雄殿
下谷神社 宮司 阿部 明徳殿
白峯神宮 宮司 山田 蓉殿
志波彦神社鹽竈神社 宮司 鍵 三夫殿
神明社 宮司 佐藤 武比古殿
    菅原 修司殿
    菅原 誠殿
    鈴木 賢殿
    須田 京子殿
住吉神社 宮司 鳴瀬 道生殿
住吉大社 宮司 神武 磐彦殿
諏訪神社 宮司 吉村 政德殿
諏訪大社上社本宮 宮司 北島 和孝殿
仙台北地区交通安全協会八幡国見貝ケ森支部 支部長 加藤 達也殿
太平山三吉神社 宮司 田村 泰教殿
多賀大社 宮司 片岡 秀和殿
竹駒神社 宮司 村田 守広殿
龍田大社 宮司 上田 安徳殿
伊達家伯記念會(株) 仙台伊達家十八代当主 伊達 𣳾宗殿
多度大社 宮司 塚原 徳生殿
玉前神社 宮司 栗原 崇次殿
田村神社 宮司 池田 博文殿
樽前山神社 宮司 永井 承邦殿
談山神社 宮司 金子 清作殿
    千田 祥子殿
秩父神社 宮司 薗田 建殿
鳥海山大物忌神社 宮司 高橋 廣晃殿
筑波山神社 宮司 上野 貞茂殿
津島神社 宮司 堀田 正裕殿
津島神社 宮司 遠藤 諭殿
(学)角川学園 理事長 角川 重博殿
椿大神社 宮司 山本 行恭殿
鶴岡八幡宮 宮司 𠮷田 茂穗殿
剱神社 宮司 上坂 省一殿
照國神社 宮司 島津 修久殿
伝播八幡井組雀踊り保存会 会長 伊藤 謙治殿
  衆議院議員 土井 亨殿
東京大神宮 宮司 松山 文彦殿
闘雞神社 宮司 長澤 好晃殿
戸隠神社 宮司 水野 邦樹殿
砥鹿神社 宮司 岩崎 和夫殿
常磐神社 宮司 寺内 義與殿
徳島縣護國神社 宮司 坂田 敏郎殿
富山縣護國神社 宮司 栂野 守雄殿
ナインスターステーブル 代表 杉 秀輝殿
長崎県護国神社 宮司 村田 仁殿
長田神社 宮司 脇 延秀殿
長野縣護國神社 宮司 奥谷 一文殿
長濱八幡宮 宮司 三家 邦明殿
中山神社 宮司 岡本 正弘殿
奈良県護国神社 宮司 宮田 康弘殿
丹生川上神社 宮司 日下 康寬殿
丹生川上神社上社 宮司 望月 康麿殿
西宮神社 宮司 吉井 良昭殿
  衆議院議員 西村 明宏殿
日光二荒山神社 宮司 中麿 輝美殿
新田神社 宮司 種子田 敬殿
若一王子神社 宮司 竹内 直彦殿
乃木神社 宮司 高山 陽充殿
羽黒神社 宮司 菅原 秀紘殿
箱根神社 宮司 小澤 修二殿
八幡朝見神社 宮司 神 日出男殿
日枝神社 宮司 平尾 旨明殿
氷川神社 宮司 東角井 晴臣殿
兵庫縣姫路護國神社 宮司 泉 和慶殿
枚岡神社 宮司 中東 弘殿
広島護國神社 宮司 藤本 武則殿
廣田神社 宮司 西井 璋殿
福井縣護國神社 宮司 宮川 貴文殿
福島縣護國神社 宮司 冨田 好弘殿
福山八幡宮 宮司 𠮷川 通泰殿
藤崎八旛宮 宮司 岩下 通弘殿
富士山本宮浅間大社 宮司 甲田 吉孝殿
藤島神社 宮司 新田 義和殿
藤田神社 宮司 宮澤 高志殿
二見興玉神社 宮司 金子 清郎殿
平安神宮 宮司 鷲尾 隆久殿
穂高神社 宮司代務者 保尊 勉殿
北海道護国神社 宮司 小野 雄一殿
北海道神宮 宮司 間島 誉史秀殿
寶登山神社 宮司 曽根原 正宏殿
本郷だるま屋   本郷 久孝殿
本牧神社 宮司 當麻 洋一殿
真清田神社 宮司 辰 守弘殿
三重縣護國神社 宮司 原 光夫殿
御上神社 宮司 三浦 弘之殿
三峯神社 宮司 中山 高嶺殿
湊川神社 宮司 垣田 宗彦殿
宮城県神社庁 庁長 鍵 三夫殿
宮城県神社庁仙台支部 支部長 高崎 恒晴殿
    宮城 幸子殿
宮崎神宮 宮司 本部 雅裕殿
宗像大社 宮司 葦津 敬之殿
明治神宮 宮司 九條 道成殿
盛岡八幡宮 宮司代務者 藤原 大修殿
八坂神社 宮司 野村 明義殿
    谷津田 智之殿
  参議院議員 山谷 えり子殿
湯島天満宮 宮司 押見 守康殿
四柱神社 宮司 宮坂 信廣殿
靈山神社 宮司 古積 義永殿
早稲谷鹿踊保存会 会長 吉田 弘明殿
海神社 宮司 田中 宗則殿
    渡邊 洋一殿
和霊神社 宮司 三輪田 泰生殿

※印字不可能な書体の文字がある為、一部正式表記でない方がおられます。何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。

令和5年例祭を斎行いたしました

民俗芸能大会

9月16日 午前10時30分~午後3時

県内の鹿踊3団体4演目の競演となりました。 令和5年例大祭 民俗芸能大会が開催されました

ちびっこまつり

9月16日 午後3時~

神幸祭

9月17日 午前10時30分~午後2時

令和元年以来の町内巡幸となりました。 令和5年例大祭神幸祭を斎行いたしました

流鏑馬神事

9月17日 午後3時30分~

令和元年以来の齋行となりました。 令和5年例大祭 流鏑馬神事

神賑演芸大会

9月17日 午後5時30分~

3団体の方に演奏して頂きました

福物抽選会

9月17日 午後6時30分

約300本の景品が用意されました。 令和5年例大祭 福物抽選会が行われました

祭儀課 浅香

御社殿の大掃除を行いました

令和5年8月31日


掃除中は几帳で正面を覆います

毎年、大崎八幡宮では、9月の例祭を清々しく迎えるために8月末日、新年を迎えるための12月13日に行われる煤払式の年に2回大掃除を行っております。

社寺仏閣において、すべての作法は「掃除に始まり、掃除に終わる」とされています。御社殿の隅々まで念入りに清掃し、清々しい状態で神事を迎えるという祭典の心得に基づいた行事でございます。

調度品も一度全て移動させて掃除を行います 畳部分は雑巾がけをしました

例年の祭典を恙なく終えることで神社として新たに甦り、またそこから後世に引き継がれて行く一連の意義があるといわれております。本年の例祭が滞りなく斎行され、八幡大神様の御加護が皆様にありますようお祈り申し上げます。

祭儀課 浅香

第二回祭典委員会が開催されました

令和5年8月25日


気温30度を超える中、お集まりいただきました

令和5年8月25日午後6時より、社務所大広間にて第二回祭典委員会が開催されました。

7月30日に行われた第一回祭典委員会より約1ヶ月が過ぎ、災害級の酷暑も落ち着きを取り戻して参りました。今回の第二回祭典委員会は本年の例大祭期間を目前に控え、諸行事の追加・変更・確認等を祭典委員の皆様方と行いました。

祭典委員長の挨拶 八幡地区町内連合会の後藤会長によるどんとロードの説明

本年の例大祭日程は以下の通りとなります。

9月1日(木) 午後4時 鳥居祭 三之鳥居前
午後6時30分 能神楽稽古始め 神楽殿
9月3日(日) 午前11時 鈴の緒奉納式 外拝殿
9月9日(土) 午後2時 騎射子説明会 社務所
午後3時 神幸祭奉仕者説明会 社務所
9月10日(日) 午前10時~午後3時 どんとロード八幡すずめ踊り 境内・県道
9月14日(木) 午後3時 献饌式 本殿
午後6時30分 能神楽奉奏 神楽殿
9月15日(金) 午前10時 例祭 本殿
9月16日(土) 午前10時30分~午後3時 民俗芸能大会 外拝殿前・広場特設舞台
午後3時 ちびっこまつり 広場特設舞台
9月17日(日) 午前10時30分 神幸祭 境内・氏子地域
午後3時30分 流鏑馬神事 馬場
午後5時 神賑演芸大会 広場特設舞台
午後6時 福物抽選会 広場特設舞台

当宮の例大祭は地域の皆様方のご協力なくして遂行できるものではありません。このように、ご関係の皆様に会議の場にお集まりいただき、活発な情報交換をしてくださる事で円滑な諸行事の実施につなげられております。職員に関しましても皆様方の熱量に負けないよう、粉骨砕身励んで参りたいと思います。

祭儀課 浅香

常盤木学園高等学校の学生の職場体験がありました

令和5年8月21日

令和5年8月21日午前8時より、仙台市青葉区小田原にある常盤木学園高等学校から2名の女子学生が職場体験に来社しました。

午前8時に出社し、上着を着て、午前8時30分からの朝拝に参加してもらいました。朝拝では大祓詞を1巻奏上し、大麻でのお祓いを受け、神拝詞を奏上します。最後に本日の予定を確認し、大崎八幡宮の一日が始まります。

朝拝の後は、大崎八幡宮の由緒と国宝に指定されている御社殿の説明をし、境内の掃除を行いました。9月8日に境内社金刀比羅社の例祭が斎行される予定の為、今回は金刀比羅社周辺を念入りに掃除してもらいました。暑い中での掃除は骨が折れる作業ですので、弱音を吐かず丁寧に掃除してもらい、金刀比羅社の大物主神もさぞお喜びになっておられると思います。


普段は中々できない細かい部分まで掃除して頂きました

昼食休憩をはさみ、午後は祭儀棟にて紙垂の作成や御朱印の組み方、竹神籤での参拝者対応等を行いました。神社の仕事は授与者対応がメインと捉えられがちですが、祭典で使用する道具の作成や準備など地味で根気の必要な作業も大変多い職場でございます。今回は例大祭神幸祭で神輿巡幸地域に配布する紙垂を400枚ほど、御朱印は100組ほど調製してもらいました。


紙垂を折りながら、常に周囲に気を配り、参拝者対応も行いました

夕方になると、一日の締め作業に入ります。明日の八幡大神様にお供えする日供の調製や御社殿の清掃を手伝っていただきました。
掃除に始まり掃除に終わると言われる神社の生活ですが、細かい事まで気を配りつつ多岐にわたる仕事をする大変さ、また、伝統的な世界の特殊さに触れて頂けたのではないかと思います。

綺麗な円錐形を作るのに苦労していました お皿を二枚使って塩を盛っている様子
畳の目に沿って掃除機をかけます 漆塗の部分はモップを使用して埃を拭います

常盤木学園高等学校からは過去に2名の卒業生が仕女として奉職され、熱心にご奉仕を頂いてきました。今回の職場体験を通して、少しでも神社や伝統文化などに興味を持っていただくきっかけとなり、ひいては、将来の選択の一つに加えてもらえれば幸いと職員一同思っております。

祭儀課 浅香

杜の都の音楽祭 みんなで雅楽を楽しむ会 が開催されました

令和5年8月13日


広場特設舞台にて催されました

令和5年8月13日午後1時30分より、伶楽舎の皆さまとともに「杜の都の音楽祭 みんなで雅楽を楽しむ会」を広場特設舞台にて開催致しました。

伶楽舎とは雅楽の合奏研究を目的として、1985年に故 芝祐靖氏(文化勲章受章)が創設し、長らく音楽監督を務めた雅楽演奏団体です。

発足以来、現行の雅楽古典曲以外に、廃絶曲の復曲や正倉院楽器の復元演奏、現代作品の演奏にも積極的に取り組み、国内外で幅広い活動を展開しておられます。特に現代作曲家への委嘱作品や古典雅楽様式の新作の初演には力を入れ、年2回のペースで開催している自主演奏会で度々発表していらっしゃいます。

他に、解説を交えた親しみやすいコンサートを多数企画し、雅楽への理解と普及にも努められていて、文化庁「文化芸術による子供の育成事業」など、小中高校生を対象としたワークショップ、レクチャーコンサートなどの教育プログラムも多く行っておられます。

なお「伶楽舎」の名前は、古代中国の楽人の祖とされる「伶倫」に因んで、現行の雅楽のみならず、廃絶曲や新作など、従来の枠にとらわれない自由な活動を目指してつけられた会名だそうです。

この度の催しは昨年まで行われていた「雅楽の夕に、」の後継でございます。「雅楽の夕に、」は、伶楽舎の音楽監督を現在務めておいでで、当宮にて職員の笙や舞のご指導を頂いている宮田 まゆみ氏の呼びかけにより、東日本大震災の復興支援を目的として平成23年から開催されてきました。

一昨年の開催で10回の節目を迎えた事と、東日本大震災から12年経過し、復興も少しずつ進んでいる現状から、本年よりは、杜の都の音楽祭として、より雅楽に親しみを持っていただけるよう趣旨を変更し、開催する運びとなりました。

雅楽を楽しむ会は二部構成で行われ、第一部は実行委員長で当宮宮司の挨拶から始まり、平調音取、越天楽の演奏、楽器紹介がありました。

実行委員長の当宮宮司の挨拶 平調音取・越天楽の演奏
息を吸っても吐いても音の出る珍しい造りの楽器である笙 琵琶はしゃもじの様な形の撥で音を出します
楽箏は竹で作られた爪を指に付けて演奏されます 鉦鼓は雅楽器の中で、唯一金属でできた楽器です
異国の人がお酒に酔った様子を舞にした胡飲酒破 雅楽の体験がお子様達の夏の思い出になる事を祈ります
総勢22名の演奏は迫力がありました 太食調音取を演奏する一般演奏者の方々
カラ坊は傘屋さんという事で、傘を持っての登場でした 風の音などの効果音を雅楽器で演奏されていました

第二部は、童歌「あんたがたどこさ」、舞楽「胡飲酒破」、そして雅楽愛好の一般の方11名とご一緒に平調音取、越天楽、太食調音取、合歡塩を演奏し、最後は芝祐靖氏作曲の新曲「カラ坊風に乗る」で音楽祭は締めくくられました。

初の試みではありましたが、日曜日という事もあり、300名ほどの方にご来場いただきました。神社の祭典音楽として欠かす事の出来ない雅楽を皆様に触れて頂く良い機会となれば幸いです。

祭儀課 浅香

御鎮座記念祭が斎行されました

令和5年8月12日


篝火で彩られた御社殿

令和5年8月12日御鎮座記念祭が斎行されました。8月12日は慶長12(1607)年に造営後遷座された日と伝えられております。本年の斎行で28回目を迎えることができました。祭典は午後6時半より斎行され、浄闇の中で「雅楽の夕べ」が引き続き行われます。

祭典は、御祓いの修祓から始まります。修祓では祓詞奏上の後、榊で奉製した大麻と塩湯でお祓いを行います。当宮では塩湯の水器を曲げ物で覆う一社の故実があり、御祓いの用具一つひとつにも当宮の慣習を垣間見ることができます。

修祓の後、宮司一拝があり、大神様に神饌を奉る献饌を致します。今回の祭典では、米・酒・餅・海魚・海菜・野菜・果物・菓子・塩・水の計8台の神饌を奉りました。神饌は祭典中の神へのもてなしの3要素の一つとされ、その中においても必要不可欠な物とされています。宮司の祝詞奏上においては、創始の御鎮座の感謝と御祭神への称賛に加え氏子崇敬者の繁栄を祈ります。

また、祭典当日は生憎の雨天ではありましたが、65名と多くの方が御参列くださり、参列者を代表して当宮責任役員の千田文彦殿に玉串拝礼をして頂きました。

雅楽の夕べでは、伶楽舎の方々と当宮職員により、今様「白薄様」、管絃「平調音取」「皇麞急」、神前神楽「青葉の舞」、管絃「陪臚」、御神楽「其駒 人長舞」、神前神楽「萬代の舞」、退出音声「長慶子」が奉奏されました。

この度は4年ぶりに「青葉の舞」を奉奏しました。「青葉の舞」は、当宮宮司が平成18(2006)年の御鎮座四百年記念事業の一環として制作した神前神楽舞です。

当宮責任役員 千田文彦殿の玉串拝礼 宮司 祝詞奏上
伶楽舎の皆様の奏楽の様子 巫女舞の要素と共に、舞楽の左舞の雰囲気も感じられる舞振りとなっています。
この装束は一人では着られない為、装束師2名に着付けていただきました 冠には白い竜胆が飾られています

伊達政宗公の詠んだ「入りそめて 国ゆたかなる みきりとや 千代とかきらし せんたいのまつ」という和歌を歌詞に、作曲は故 芝 祐靖殿、作舞は宮田 まゆみ氏が行いました。

平成20(2008)年の御鎮座記念祭にて初めて奉納されて以降、大崎八幡宮オリジナルの神前神楽として職員により継承されています。

青葉の舞は「音取・破・間奏・道行・急・退出音声」から成ります。従来の神前神楽はゆったりとしたものが定説でしたが、歌詠者である伊達政宗公が武将であることから、青葉の舞の破は荘重に、間奏・道行・急は躍動感ある曲調や舞振となっております。装束は萌黄色の金蘭縁裲襠装束で飛鶴紋が刺繡されており、天冠の挿頭は竜胆、執物は破が榊、急が竜胆となっています。今回は当宮女子職員2名でのご奉仕となりました。

続いての御神楽「其駒 人長舞」は、宮中の御神楽の中に「其駒」という曲があり、神楽人の長が舞うので「人長舞」と言われるようになったと伝えられているものです。

舞人は葦に千鳥模様を青摺にした小忌衣をつけ、手には御鏡を模した白い輪のついている榊を持ち1人で舞います。舞振りは上代的な幽玄さがあり、いわれもめでたい歌舞として尊重されています。

また人長舞の中では舞人の口上に合わせて、司人が庭燎に火を灯します。今回の司人は、当宮の宮司と総代の御令孫が務められました。

生憎の雨天の為、舞台上での奉仕となりました 浄闇に白い千早が映えます
息の合った舞姿は猛特訓の賜物です

次の「萬代の舞」は、平成8年御鎮座390年を記念して作られた神前神楽です。

元々は「悠久の舞」という舞でしたが、歌詞に使用する和歌を故・鶴岡八幡宮名誉宮司白井永二氏が詠まれた「宮城野の 五十枝の神杉 萬代に 御陰垂れます 大崎の宮」に替えて、大崎八幡宮オリジナルの舞として奉奏しております。天冠の挿頭と執物には季節の花である黄色や桃色の小菊を使用しました。装束は緋袴に千早と、巫女の正装とでも言うべき姿でのご奉仕でございました。

この「萬代の舞」は、仕女が入社すると最初に習う神前神楽であり、毎月の月首祭・月次祭でもご奉仕する大崎八幡宮で最も奉奏回数の多い舞でございます。 「萬代の舞」の原型である「悠久の舞」は、皇紀2600年(昭和15年)の記念に、宮城外で紫宸殿に模したものが建てられ、国を挙げて奉祝祭が行われた時に舞われた奉祝舞のひとつです。今回は4月に入社した仕女2名が稽古を重ねご奉仕致しました。

日が陰り、境内に蝉しぐれの鳴き声が響く中、篝火に照らされる御社殿は大変に美しく、厳粛に執り行われる神事と日本古来の音楽である雅楽の音色の神前神楽の奉納は、昔から受け継がれてきた信仰や伝統と、八幡様の御威光を感じられる祭典でございました。

祭儀課 浅香

七夕祈願祭を斎行致しました。

令和5年8月8日

去る8月8日夕刻、七夕祈願祭を斎行致しました。

一般的には、7月7日の印象の強い七夕ですが仙台七夕は1月遅れて8月8日に行われるのが特徴です。その起源は仙台藩々祖伊達政宗公の代より始まり、6代藩主宗村公の代よりより盛んになったとされ芸能上達・文化向上を祈り、旧暦7月6日の宵に行われていたとされております。
当日は全国から依頼を頂きました、各団体様よりお納め頂いた短冊をお供えし、牽牛織姫ふたつの星に祈りを捧げました。

色形様々な短冊が全国からお供えされました。
祈願成就を祈願し、祝詞を奏上いたしました。

長床前におよそ一ヶ月間設置された七夕笹には多くの短冊が提げられ、当日も国内外多くの参拝の方々が思い思いに願いを短冊に込められていました。子供たちはどんな願いを込められたのでしょうか。

七夕祈願祭短冊奉納団体一覧(五十音順)
アサヒ飲料(株) 殿 アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・コーポレイテッド 殿 イオンタウンユーカリが丘 殿
イオンモール石巻 殿 (株)Aコープ東日本 殿 エミフルMASAKI 殿
(株)かずさアカデミアパーク 殿 (株)神戸ポートピアホテル 殿 (株)さつまゴルフリゾート 殿
(株)サロンドキミコ 殿 スカイマーク(株) 殿 豊島区立トキワ壮マンガミュージアム 殿
日本航空(株) 殿 新潟県妙高市立妙高高原中学校 殿 バイドゥ(株) 殿
(株)日比谷花壇 殿 (株)ユアエルム京成 殿


アサヒ飲料㈱殿の七夕祈願祭の様子です。

皆さまが込められた願いが成就しますよう、心よりご祈念申し上げます。

祭儀課 浪打

葉月月首祭が斎行されました

令和5年8月1日

令和5年8月1日午前10時より、御社殿にて葉月の月首祭を斎行致しました。

月首(次)祭は、月ごとの決まった日に行われるお祭りで、神恩感謝と皇室の弥栄、国家の隆昌、氏子崇敬者の益々の繁栄を祈るお祭りで、小祭にあたります。当宮では、毎月1日の月首祭と八幡様の御縁日である15日に月次祭を斎行しております。
また、月首(次)祭では、月々に大神様の御加護を賜われますよう、月参りのお印として御幣束を御頒かちしております。御幣束は大神様への捧げものでもあり、御神霊の依代ともなるものでございます。
当宮の御幣束は、古来より伝わる「襲ね色目」を取り入れ、四季の移ろいを月毎の植物の色にて表現しております。当月は百合を表す赤と橙の御幣束でございます。

七夕飾りの賑やかな長床通路を参進します 御神楽奉奏「萬代の舞」
参列者の玉串拝礼 百合をイメージした月参幣束

月首(次)祭はどなたでもご参列頂けます。祭典斎行15分前までに御社殿右側にあります祭儀棟の祈願受付までお申し出下さい。朝の清々しさの中でご神前に参拝することで、ますます大神様のご加護をお受け頂ければと存じます。 皆様のご参列を心よりお待ち致しております。

祭儀課 浅香

例大祭第一回祭典委員会が行われました

令和5年7月30日


祭典委員長の挨拶

令和5年7月30日午後6時より、社務所大広間にて大崎八幡宮世話人会並びに例大祭第一回祭典委員会が行われました。

大崎八幡宮の最も大切な例大祭に関係する、責任役員・総代・世話人の方々と関係諸団体の担当の皆様方と職員での打合せが祭典委員会でございます。今回が令和5年度例大祭の記念すべき第一回の祭典委員会の開催となり、58名の方にお集まりいただきました。

当宮宮司より委嘱状が渡されました

また、この度新たに世話人に就任された方々に委嘱状の伝達も行われ、地域一丸となって大崎八幡宮の例大祭を盛り立てて下さる温かい雰囲気が感じられました。

本年の例大祭は、コロナ禍で中止を余儀なくされていた神幸祭や流鏑馬神事が復活致します。久しぶりに賑やかな例大祭期間を迎えられる予定で、八幡大神様もさぞお喜びであると推測されます。
その他、例大祭に関しましてはホームページ例大祭の項をご参照頂ければと思います。

9月の例大祭に向けて、地域の皆様方のご協力を賜りつつ、職員一同最善を尽くしてまいる所存でございます。

祭儀課 浅香

境内社諏訪社例祭を斎行しました

令和5年7月26日


春日造で建てられた御社殿

令和5年7月26日午前10時より、境内社の諏訪社にて例祭が斎行されました。

当宮の諏訪社は、江戸時代寛永期に信濃国一之宮諏訪大社より分祠されたものと伝っております。御祭神は建御名方神で水の守護神や生命の根源を司る神として知られています。また、剛力をもって知られた武神として、武田信玄をはじめとする甲信地方の戦国大名に篤く崇敬されていました。

また、令和元年より約2年かけて行った奉祝天皇陛下御即位記念境内整備事業において、御社殿の造替が行われ、瑞気麗しい姿に変貌を遂げました。

当宮の諏訪社例祭の御縁日である7月26日は、長野県に鎮座する諏訪大社の御射山祭の旧暦にあたります。
御射山祭は、諏訪上下大社の大祭として古来より伝わる狩猟神事だそうで、上社と下社が御射山と定めた場所で、幣という薄の穂を供え、青萱で葺いた穂屋を建てます。そこで神職や氏子が3日間参籠し、五穀豊穣や天下泰平を祈る神事でございます。

御射山祭は別名「原山様の祭り」とも呼ばれ、「腹を病まない」ご利益があるとされ、人生最初の厄年になる子どもが、「食中毒や寝冷えなどで腹を病まぬように、そして知らぬ間に身についた罪や穢れを鰻や泥鰌に託して川に流す」という風習があり、2歳児の健康祈願の祭礼となっています。子供達はススキの穂のお守りをいただき、「御輿くぐり」をして無病息災を祈るそうです。

この度の例祭は、職員にてご奉仕をしております。また、当宮宮司・責任役員・氏子崇敬者の計6名の方の参列があり、玉串拝礼をして頂きました。

祭典に先立ち、参列者の方をお祓いします 祭員は祓所にて修祓を行います
例祭の時のみ御扉が開かれます 海川山野の産物をお供えします
斎主 祝詞奏上 御神楽奉奏「浦安の舞」
祭員 玉串拝礼 当宮宮司の玉串拝礼
当宮責任役員の玉串拝礼 氏子崇敬者の方の玉串拝礼
左から、境内社のしおり・御朱印・幣束・祭典のしおり

参列の方には撤下品として、御幣と御朱印をお渡しました。この御幣は水の守護神として名高い建御名方神に合わせ、水色を採択しております。

祭典の結びに参列の皆様と祭員で記念撮影を行いました。
当宮には、国宝の御社殿以外にも様々な境内社がございます。ご参拝の折には、境内社にも参拝頂き、多くの神様とのご縁を結ばれて行かれてはいかがでしょうか。

祭儀課 浅香

愛宕神社例祭

令和5年7月22日

令和5年7月22日午前11時より兼務社の愛宕神社例祭が斎行されました。

宮司による祝詞奏上 御神楽奉奏(浦安の舞)
供神輿渡御の様子 子供会の皆さんに愛宕神社の歴史について話す宮司

当日、祭典前に雲が広がり空模様が心配されましたが、雨が降ることもなく山崎責任役員はじめ十二軒町の町内会の皆様やご来賓の皆様、また子供会の児童ご父兄の皆様の参列のもと無事に斎行されました。

また、様々な事情により四年振りとなる子供御輿の渡御が今年の例祭では久しぶりに行われました。子供会の児童の皆様は太鼓を叩いたり、御輿が通る道を塩で清めたり、御輿を担いだりと、それぞれ元気に頑張っていました。

祭儀課 神保

令和5年度 神職・神社関係者研修会

令和5年7月20日


竹駒神社崇敬会館に207名が集まり、研修を受講しました。

令和5年7月20日午後2時より、宮城県岩沼市に鎮座する竹駒神社崇敬会館にて宮城県神社庁主催の令和5年度神職・神社関係者研修会が行われました。

この研修は以前「国民精神昂揚研修会」という名称で開催されていましたが、昨年より名称を変え、より親しみやすく分かりやすいものとなりました。宮城県を3ブロックに分け、3つの会場にて研修が行われたそうです。

当宮からは、宮司以下禰宜、職員3名、責任役員2名、総代2名の計9名が参加致しました。
研修は神宮遥拝、国歌斉唱、敬神生活の綱領の昭和、宮城県神社庁長(代理)の挨拶、当番支部長の挨拶の開講式から始まりました。

国旗を通して神宮を遥拝しました 敬神生活の綱領の唱和
当番支部の仙台支部長 高崎恒晴殿の挨拶 宮城県神社庁 副庁長 村田守広殿の挨拶

今回の講演は、「神社界を襲う過疎化の危機~祭りと鎮守の杜が鍵を握る~」でした。東京都世田谷区瀬田鎮座の瀬田玉川神社禰宜を務められつつ、一般社団法人第二のふるさと創生協会の事務局長もなさっている髙橋知明殿がはるばる東京より来仙され、凡そ70分に渡りご講演下さいました。

講演では、講師の髙橋先生の御実家がある岩手県の陸前高田市の事例を下に、神社の防災拠点としての可能性や交流の場としての利用価値、鎮守の杜が持つ減災効果等を、スライドを利用して、視覚にも分かり易く解説下さいました。

ご自身の幼少期を語られる髙橋先生 陸前高田市の沿岸部の様子のスライドを説明する髙橋先生

また、その大切な鎮守の杜を創り広げるために、地元の神社から在来種の種であるどんぐりを採取し、ポット苗として育てているとのお話もありました。当宮にも毎年、鎮守の杜プロジェクトのボランティアの方が大勢いらっしゃり、どんぐりや榊の種子を採取していかれています。当宮で生まれた小さな種たちが、どこかで緑の力の防災施設や鎮守の杜の一翼になっていると思うと誇らしく、在来種の宝庫である当宮の境内を守っていかなければならないのだと強く実感しました。

講演の最後に髙橋先生は「宗教が違えど、植樹による杜を創る活動は誰でも行うことができる。多様性を尊重し合う考え方や緑の力を利用した環境保全への取り組みというものを、神道を通して世界に発信するのはなかなか難しいが、杜を創る活動を通してであれば可能であると考えている。」とおっしゃられておりました。

世界各地で様々な争いが起きている今、非常に鋭い視点での問題解決の糸口を提示されており、鎮守の杜や神社の持つ新たな可能性を知ることができたと思います。

閉講式では、来年の当番支部長(代理)の挨拶と聖寿万歳をして、散会となりました。

来年の当番支部である仙台宮城支部副支部長の石川隆穂殿の挨拶 聖寿万歳の様子

コロナ禍となり長らくこのような研修会は中止や縮小を余儀なくされて参りましたが、本年度から復活の兆しが顕著となっております。今後とも積極的に研修会に参加し、斯界の発展に寄与できるよう研鑽を積んで参る所存でございます。

祭儀課 浅香

令和5年文月月次祭を斎行いたしました

令和5年7月15日

恵の雨が境内の植物を潤す中、文月月次祭を斎行いたしました。

雨天時は社殿の中で修祓を行います 献饌
祝詞奏上 参列者 玉串拝礼
夕刻の境内にて

この時期は24節気で小暑しょうしょにあたり、梅雨が明け夏の暑さが本格的になってくる頃です。

境内では様々な蝉の声も聞こえてきました。特に日の入り前、日の入り後に鳴くひぐらしは夏の風情を感じる事が出来ます。皆様も八幡宮をお参りの際にはひぐらしの声に耳を澄ませ夏を感じてみてはいかがでしょうか。

祭儀課 浅見

鶴岡八幡宮の皆さまの正式参拝がありました

令和5年7月12・19日

7月12日は御社殿の階にて記念写真を撮りました 7月19日は御社殿廻廊にて記念写真を撮りました

令和5年7月12日・19日の午前10時より、神奈川県鎌倉市鎮座の鶴岡八幡宮の職員の皆様の正式参拝がありました。

鶴岡八幡宮は、鎌倉幕府を築いた源頼朝公の祖先源頼義が、京都の石清水八幡宮を勧請したことに始まります。源頼義は石清水八幡宮を篤く信仰しており、源氏の氏神として八幡神を鎌倉の由比ヶ浜辺に祀られました。その後、源頼朝公が現在の地にお還しし、鶴岡八幡宮の基礎を造られました。

治承4(1180)年、源頼朝公が初の武家政権である鎌倉幕府の拠点を鎌倉の地に構え、同年に先祖ゆかりの八幡宮を現在の場所に遷し祀られます。幕府、鎌倉、ひいては東国社会の守護神として篤い崇敬を寄せられたそうです。

さらに、幕府の重要祭事として、放生会や流鏑馬、相撲、舞楽など今日に継承される祭事を境内でとり行われておりました。鶴岡八幡宮は東国社会の精神的中心、社会的中心だったと言われています。

今回は東日本大震災の復興支援をされた志津川地域の視察を兼ねての研修旅行でいらっしゃったそうです。昨年は名古屋方面に研修旅行に行かれたとの事で、職員の育成にも力を入れられているご様子でした。また、鶴岡八幡宮は当宮宮司が若かりし頃、約4年半の修行をしたという御縁もあり、常日頃からやり取りのある神社でございます。

修祓では大麻のお祓いを受けます 12日は𠮷田宮司、19日は髙橋権宮司に玉串拝礼をして頂きました
社殿外部と長床の説明をする宮司 蟇股の説明をする当宮の宮司

当宮と同じ御祭神をお祀りしており、国宝を後世に伝えていくという立場など似通う点が多い両宮でございますので、お互いに切磋琢磨し合い斯界の発展に寄与してまいりたいと存じます。

祭儀課 浅香

國學院大學第85期専攻科同期会の皆様の正式参拝がありました

令和5年7月10日


御社殿を背景に記念撮影をしました

令和5年7月10日午前11時より、國學院大學第85期専攻科同期会の皆様の正式参拝が御社殿にて、斎行されました。

國學院大學は神職の資格の取得可能な大学として知られています。神職の資格を取得する方法はいくつかあり、國學院大學にて4年間神職になる為の知識を学び、経験を積む方法が一般的とされています。今回参拝された皆様は「専攻科」のご出身の方々で、専攻科とは神職の資格を取得するもう一つの方法ともいうべきものです。

國學院大學の専攻科は、大学(國學院大學以外でも可)を卒業し学士の称号を有し、出身都道府県の神社庁長の推薦書がある人が入ることのできる学科となっています。1年間の修行で神職の階級の一つである、正階が取得できます。

当宮の宮司がこの専攻科にて学びを深め、神職の資格を取得しました。この度は1年間の短い間の濃い学びを共有した学友との同期会でのご参拝でした。

熊本県水俣市 濱八幡宮 宮司の緒方殿に代表して玉串拝礼をして頂きました 当宮宮司の社殿説明は貴重ですので、職員も聞き入ってしましました

同期会の皆様は、当宮にて参拝された後、バスにて山形方面に出発されました。普段は各々重要な地位を務められている方ばかりですので、久々の気の置けない仲間たちとの語らいの時間は、常に笑顔で溢れておりました。

同じ学び舎で学びを共有した仲間は一生ものであることを強く感じた一時でございました。第85期専攻科同期会の皆様のご健康と弥益々のご繁栄を御祈念申し上げます。

祭儀課 浅香

志波彦神社鹽竈神社の流鏑馬神事を見学してまいりました

令和5年7月9日


202段の石段が待ち構える表参道

令和5年7月9日午後2時より、宮城県塩釜市鎮座の志波彦神社鹽竈神社の境内にて流鏑馬神事が斎行されました。当宮から職員2名が見学にお邪魔させていただきました。

志波彦神社鹽竈神社は古くから東北鎮護・陸奥国一之宮として、朝廷を始め庶民の崇敬を集めておられます。創建の年代は詳らかではありませんが、平安時代初期、嵯峨天皇の御代に編纂された「弘仁式」に「鹽竈神を祭る料壱万束」と記され、厚い祭祀料を授かっていたことが知られています。

武家社会となってからは平泉の藤原氏・鎌倉幕府の留守職であった伊沢氏、そして特に伊達氏の崇敬が厚く、歴代藩主は大神主として務められていました。

現在の社殿は伊達家四代綱村公から五代吉村公に亘り9年の歳月をかけ宝永元年(1704)竣工されたものだそうです。平成14年12月、本殿・拝殿・四足門(唐門)・廻廊・随神門以下14棟と、石鳥居1基が、国の重要文化財の指定を受けられました。

当宮とは、また宮城県内の別表神社として日頃より付き合いがあり、祭典や年始の際には互いに参拝や挨拶をしております。

この度、見学させていただいた流鏑馬神事は、室町時代、留守職・伊沢家景が三頭の馬を献じて流鏑馬を行い、部下の士気を高めたのが始まりと伝わるそうです。別宮・左宮・右宮それぞれに一頭の馬をたて、三人の騎手が三つの的を次々と射抜いてゆきます。矢が的に的中することは除災招福の瑞祥だそうです。

大麻で馬場を祓いながら参進します 神職が的を取り付けます
見事、的の中心に命中しました 流鏑馬神事終了後、馬とのふれあいの時間も設けられていました

志波彦神社鹽竈神社の馬場はカーブしており、的と的の距離も短いため、馬と射手の心が合っていないと難しいようです。当日は300人ほどが一目流鏑馬を見ようと境内に集まっていました。

当宮にても9月17日午後4時ごろより馬場にて流鏑馬神事を予定しております。新型コロナウィルス感染症の流行拡大や防災事業工事の関係で、令和元年を最後に斎行できない年が続いておりましたが、本年は4年ぶりの斎行となります。

詳細情報等は当宮ホームページをご確認ください。皆様のご来社を心よりお待ちしております。

祭儀課 浅香

宝地院九州本院の方々の正式参拝がありました

令和5年7月2日


前日までの雨模様とは打って変わって晴天の下での正式参拝となりました

令和5年7月2日午前9時より宝地院九州本院の方々の正式参拝がありました。

宝地院は、京都の聖護院門跡を本山とする末寺として開院され、現在は聖護院門跡の末寺からは離れ、「求菩提山 宝地院」として、古来より連綿と伝えられた求菩提山に伝わる山岳修験の伝統を守られているそうです。

また各地での法話参加者の増大にともなって、九州(行橋)、東京、名古屋、大阪へ各本院を構えておられます。この度参拝にいらっしゃった九州本院では開院当初より、「六峰会修験本坊」として連綿と続く山岳修験を守り続けておられます。1987年には120年ぶりに英彦山峰入修行を復興し、春峰、秋峰、寒行、断食籠行、盂蘭盆会、星供養会などの年中行事も、全国から多くの方々のご参加を受け毎年続けていらっしゃるそうです。

今回、当宮には宝地院の職員と信徒の方々総勢90名が3泊4日の花巻・平泉・仙台を回る研修旅行で参拝下さいました。

事前に当宮について各々調べられていらっしゃったこともあり、短い滞在時間ではありましたが、密度の濃い参拝をされていたのが印象的でした。

90名の参拝者を大麻にてお祓いしました 当宮禰宜より社殿内の説明をしました

我が国の伝統や文化を継承する者同士、お祀りする対象は違えど、互いに学び合い刺激を受けていければと存じます。

祭儀課 浅香

令和5年厄除祈願大祭並びに祈願串焼納祭を斎行いたしました

令和5年7月1日

令和5年7月1日 厄除祈願大祭動画(Youtube)

7月1日厄除祈願大祭を斎行いたしました。厄除祈願大祭並びに祈願串焼納祭は令和の御代を迎えてより、厄除け、災難除けの他、あらゆる災いを祓い福を招く“攘災招福”、また皆様方の家内安全・身体堅固・無病息災・心願成就、ひいては国家の安寧と世界の平和を祈念するために斎行致しております。

当日は50名以上の方々に参列いただきました。 忌火の点火後、皆様の祈りの込められた祈願串を炉にて焼納しました
祈願串を火に焼納している間は神職、参列者の方々と大祓詞を奏上します 可愛いワンちゃんも一緒にお参りしてくれました
参列者には神酒拝戴後、御守り、神札お渡ししました

厄除祈願大祭は令和元年から行われ今年で5回目を迎えました。年々と参列者、申込者の人数は増加しており、大崎八幡宮の夏の祭典行事の始まりとして盛り上がりを見せております。この先、夏の「厄除祈願大祭」冬の「どんと祭」として定着していきたい所存でございます。

来年も皆様の参列、お申込みをお待ちしております。

祭儀課 浅見

文月月首祭を斎行致しました

令和5年7月1日


七夕の笹が設置された境内を参進しました

令和5年7月1日午前10時より、御社殿にて文月月首祭が斎行されました。月次(首)祭は、月ごとの決まった日に行われるお祭りで、神恩感謝と皇室の弥栄、国家の隆昌、氏子崇敬者の益々の繁栄を祈るお祭りで、小祭にあたります。当宮では、毎月1日の月首祭と八幡様の御縁日である15日に月次祭を斎行しております。

鹿島御児神社は延喜式名帳所載の式内社(国史現在社として最も由緒深い神社)で、ご祭神は武甕槌命・鹿島天足別命の親子二柱を祀られています。

また、月首(次)祭では、月々に大神様の御加護を賜われますよう、月参りのお印として御幣束を御頒かちしております。御幣束は大神様への捧げものでもあり、御神霊の依代ともなるものでございます。当宮の御幣束は、古来より伝わる「襲ね色目」を取り入れ、四季の移ろいを月毎の植物の色にて表現しております。当月は藤を表す紫色と桃色の御幣束でございます。

そして、今回の月首祭では、5名の方の参列と6月に入社した神保出仕の初奉仕がありました。

御神楽奉奏「萬代の舞」 宮司 玉串拝礼
今回の舞人の執物は桔梗と手毬草でした 藤をモチーフにした月参幣束

以下、初奉仕の感想です。
【神保出仕】
この度初めて月首祭の祭員となり、祭典中は緊張し完璧な作法での奉仕とはなりませんでした。

今回の経験を次に活かせるよう、宮司をはじめ先輩方の丁寧な御指導のもと努力を重ねてまいる所存です。

献饌での手長の様子 社務所前にて記念撮影をしました

月首(次)祭はどなたでもご参列頂けます。祭典斎行15分前までに御社殿右側にあります祭儀棟の祈願受付までお申し出下さい。朝の清々しさの中でご神前に参拝することで、ますます大神様のご加護をお受け頂ければと存じます。 皆様のご参列を心よりお待ち致しております。

祭儀課 浅香

令和5年水無月大祓式が斎行されました

令和5年6月30日

令和5年6月30日 水無月大祓式動画(Youtube)

去る6月30日、水無月大祓式を執り行いました。

大祓の起源は、素戔嗚尊が罪を犯し高天原を追放された故事によると言われています。また、毎年6月と12月に行われている大祓は、古くは災害疫病等の際にその都度行われていたもので、現在のように定期的に行われるようになったのは、大宝元(701)年からと伝えられています。

一年に二度、半年の節目で行われる大祓式は、知らず知らずのうちに身についた罪・穢れ・禍事などを自分自身でお祓いする儀式です。

儀式では、皆様の穢れが移された形代を唐櫃に納め、参列者全員で大祓詞を奏上し、榊で調製された大麻と塩湯により祓い清められました。

また、境内表参道には茅の輪を設置し、茅の輪をくぐる事でお祓いを受けられます。この茅の輪を目指し、多くの方もご参拝頂きました。

今回の大祓式においては、71名の方に御参列いただきました。特設いたしました斎場で大祓式を行った後、皆で茅の輪をくぐり、大前を参拝し、神酒拝戴・神札の授与を致しました。

職員が調製した茅の輪 祭典開始前に次第の説明を行いました
切麻・解縄・人形の入った紙包みを皆様に配布します 大祓詞奏上
大祓詞の内容に合わせ、白布を8枚に裂きます 榊で調製した大麻と塩湯でお祓いします
祭員を先頭に参列者全員で茅の輪をくぐります 茅の輪をくぐった後は、大前を参拝します
御祓いの証として剣札と車のステッカーが授けられました

 皆様の穢れが祓い清められ、残り半年においても禍事に障ることなく、清々しく健やかに過ごされます事をお祈り申し上げます。

また、茅の輪は8月頃まで設置の予定でございます。ご参拝の際には、茅の輪くぐりにて半年分の罪穢れを祓い、我が国古来の信仰文化である「浄明正直」に立ち返り、大前を詣でて頂ければと存じます。

祭儀課 浅香

鹿島御児神社の正式参拝がありました

令和5年6月25日


国宝の社殿前にて記念写真を撮りました

令和5年6月25日午後2時より、宮城県石巻市日和が丘に鎮座する鹿島御児神社の窪木宮司以下11名の正式参拝がございました。

鹿島御児神社は延喜式名帳所載の式内社(国史現在社として最も由緒深い神社)で、ご祭神は武甕槌命・鹿島天足別命の親子二柱を祀られています。

創建の由来縁起について記載された史料は現存しないそうですが、従前の調査及史蹟、口碑、伝説、社蔵文書の調べによると、往古関東の鹿島、香取の両神宮祖神の御子が共に命をうけて海路奥州へ下向し、東夷の征伐と辺土開拓の経営に当たることになったのが始まりといわれるそうです。

石巻に上陸された両御子は、先住蛮族地帯であった奥州において最初の史跡を印した大和民族の大先達であり、開拓の先駆者として偉大な勲績を残された地方開発の祖神とされます。

また、勝利の神として職業繁栄を守り、また悪疫除けの神、安産の神、鬼門除けの神、海上安全の守護神や、交通安全祈願と霊験著しいことで大変有名な神社です。

近年では、石巻復興のシンボルである大鳥居の再建など、精力的に活動されていることも記憶に新しいところでございます。

正式参拝の初めに修祓を受けます 窪木宮司に合わせて玉串拝礼をしていただきました
当宮禰宜より社殿の説明がありました 拝殿の彫刻「睨み猫」に興味津々の皆さまでした

この度は、新型コロナウィルス感染症の影響も落ち着いたことから、関係者の皆様との研修旅行で当宮に参拝をしてくださいました。当宮の国宝の御社殿に入る事はそう多くはありませんので皆さま大変喜んでくださったのが印象的でした。

他の神社を参拝すること、また、他の神社関係者の方の参拝があることは、職員として日頃忘れてしまう目線や新たな発見を見つけることができます。様々な神社に参拝し、良いところを吸収して日々の社務に投影していけたらと存じます。

祭儀課 浅香

6月の本殿挙式

令和5年6月24日


小野寺・小野寺 御両家

6月に当宮にて挙式を斎行されたご夫婦には八幡様のご加護のもと、お二人の末永いお幸せと、御両家の皆様方の益々のご多幸とご健勝を心よりご祈念申し上げます。 誠におめでとうございました。

祭儀課 浅香

令和5年例大祭神幸祭神輿渡御打合会が開催されました

令和5年6月23日


当宮宮司の挨拶に耳を傾ける出席者の皆さま方

令和5年6月23日午後6時より社務所大広間にて、例大祭神幸祭神輿渡御打合会が開催されました。

本年の例大祭神幸祭神輿渡御は、令和5年9月17日を予定しております。今回の打合会は、ここ数年の新型コロナウィルス感染症蔓延の影響や高齢化により、神輿の担ぎ手が減少している状況にあることから本年より設けられました。

当宮の神輿渡御の歴史は波瀾万丈で、昭和39年より20年間断絶の期間もありました。昭和59年に最少の供回りで神輿渡御が復活して以来、当宮職方会の皆様や、責任役員・総代・世話人・氏子崇敬者の方々の多大なるご協力を以て綿々と神輿渡御が伝承されて参りました。令和元年に神輿渡御を斎行してより、令和2年・3年の2年間は新型コロナウィルス感染症の影響により中止を余儀なくされました。昨年は、神輿渡御斎行には漕ぎ着けましたが、新型コロナウィルス感染症の影響も色濃く残り、一之鳥居までの縮小版となってしまいました。本年は、令和元年の規模での神輿渡御を行い、八幡様に氏子地域の様子をご覧いただきたく考えております。

この度の打合会では、地域諸団体の会長方や、文教施設の担当者の方にご出席いただき、活発な意見交換が行われました。神輿渡御という神事に対し、どのように関係を持ち協力して行けるのかという点を、お集まりいただいた団体の担当者の方々は熟慮下さっている様子がひしひしと伝わってまいりました。

地域の伝統文化として、様々な方に体験して頂き、八幡様とのご縁を結ばれて行かれ、職員一同も新たな方策を提案できますよう精進してゆきたいと存じます。

祭儀課 浅香

國學院大學院友会宮城県支部総会に参加してまいりました

令和5年6月17日

令和5年6月17日午後5時より、ホテルJALシティ仙台にて國學院大學院友会宮城県支部令和5年度総会が開催されました。当宮からは、宮司以下5名の職員が参加してまいりました。

院友会とは、今年創立141周年を迎える國學院大學とともに、136年にわたり歩みをともにしてきた國學院大學卒業生の会となります。現在は全ての都道府県に支部があり、その数は59支部になります。各支部にはさまざまな部会や地区部会、職域の会があり、また院友経済会、マスコミ院友会、院友学術振興会、法学部OB・OG会の4団体が協力団体という位置付けで志を同じく活動をされております。

この度は4年ぶりの対面開催の支部総会となりました。支部総会の中では、会務報告や決算・予算報告の議事の後、院友の三遊亭遊吉師匠による「井戸の茶碗」の口演がございました。三遊亭遊吉師匠は、現在國學院大學の兼任講師も務められておいでで、講師としての大学での仕事状況等も軽妙な語り口でお噺されていました。

参加者全員に手拭いをプレゼントして下さった三遊亭遊吉師匠 総勢46名の参加となりました

また、総会の最後には参加者全員で記念撮影をしました。
総会終了後はお待ちかねの懇親会となりました。4年ぶりの開催ということもあり、各々会話に花が咲いている様子でした。

副支部長を務めている当宮宮司の乾杯の発声 初参加の院友の自己紹介
特等は楽天の野球観戦チケットでした 和やかな雰囲気の下進められました
当宮若手職員2名も頑張りました

懇親会では、恒例の福引も行われ、各神社から提供された福物が参加者全員の手元に届けられました。最後に初参加の若手によるエールと参加者全員で校歌を斉唱してお開きとなりました。

一人の院友として、また神職として、母校の名に恥じぬような日々を過ごしていき、母校と斯界の発展に寄与して参りたいと存じます。

祭儀課 浅香

地区世話人会が開催されました

令和5年6月9日


沢山の方々にお集まりいただきました

令和5年6月9日午後5時30分より、社務所大広間にて地区世話人会が開催されました。

地区世話人会は、大崎八幡宮責任役員・総代・世話人の皆さまにお集まりいただき、前回の地区世話人会から現在までの行事・祭典報告や、今後の神社の予定等について話し合われる重要な場でございます。

この度、地区世話人の名簿刷新に伴い、委嘱状の伝達を行いました。また、先日の仙台市神社総代会総会にて表彰を受けた総代並びに世話人の方々に、表彰状と記念品の授与も行われました。

角五郎南部の加賀世話人の委嘱状伝達 表彰状は小林総代に代表でお渡ししました

そして4月1日並びに6月1日付けで入社した新入職員の紹介がありました。

仕女として奉職し早2カ月が経ち、袴姿も板についてきました 経験豊富な元仕女の西城 雇が戻ってきたことにより、各所の社務が捗っています


他の神社での奉務経験が数多ある神保出仕
祭儀棟の「生き物係」として矮鶏や鉄魚の世話も担当しています

大崎八幡宮の夏の時期は、水無月大祓式・厄除祈願大祭・御鎮座記念祭の祭典が責任役員・総代・地区世話人の方々のご協力の下斎行されます。その後は9月の例大祭に向けての準備が本格的に始まりますので、地域の皆様と協力しつつ、進めて参りたいと存じます。

祭儀課 浅香

「第63回宮城県神社総代連合会大会並びに宮城県神社関係者大会出席」

令和5年6月7日

去る令和5年6月7日午前10時より電力ホールにて「第63回宮城県神社総代連合会大会並びに宮城県神社関係者大会」が開催され、当宮より責任役員3名、総代2名、職員1名が出席。また当宮宮司が宮城県神社関係スカウト協議会理事長として来賓出席しました。


「1、大会の様子」

当日は午前10時より大会に先立ち本吉太々法印神楽保存会(宮城県気仙沼市)による神楽「大和 武やまと たける」の演舞が行われました。この神楽は日本武尊やまとたけるのみことに恨みを抱く悪鬼が熱田神宮に奉納されていた草薙剣くさなぎのつるぎを盗み出すとことからはじまり、激闘の末悪鬼を捻じ伏せた日本武尊やまとたけるのみことが再び熱田神宮に奉納する内容となっております。乙女に扮した悪鬼の優雅な舞から徐々に悪鬼へと変化していく様や、激闘中に草薙(くさなぎ)剣(のつるぎ)を奪い合う荒々しい動き、そして最後の場面では草薙剣くさなぎのつるぎを取り戻し、世の安寧を願う力強い太刀神楽にて舞い納めるという時間を忘れるほど素晴らしい神楽でした。

「2、正体を現す前の姿で姫舞を行う悪鬼」 「3、正体を現した悪鬼と日本武尊やまとたけるのみことによる激闘」
「4、荒々しく激闘を繰りひろげる様は圧巻です」 「5、功労者表彰」

その後大会式典では宮城県神社総代連合会相澤光哉会長、宮城県神社庁鍵三夫庁長、よりコロナの影響や世界情勢が不安定な中、世界の平和を祈り、各地域の神社祭礼、神賑行事の厳修を願うと挨拶。引続き功労者表彰が行われました。表彰式の後、神社本庁田中恆清総長、神宮大宮司代理葦津健次郎神宮禰宜、神道政治連盟打田文博会長より来賓祝辞を賜りました。

毎年様々な分野の方をお招きして行われる記念講演ではサントリーホールディングス所属パラトライアスロン選手の谷真海講師による「限界のふたを外す生き方」という演題でご講演頂きました。谷真海講師は気仙沼市出身で幼少より様々なスポーツに取り組んでいましたが、大学生の時に骨肉腫という病気により右足膝下を切断されました。その後はリハビリを経てパラリンピックの走り幅跳び選手として、また2020東京パラリンピックではトライアスロン選手として活躍されました。谷真海講師のあきらめず限界のふたを外して前に進む生き方に会場の出席者は聞き入っておりました。

「6、壇上にて講演を行う谷真海講師」 「7、出席者一同による聖壽万歳」

講演後は宮城県神道青年協議会髙橋廣行会長による大会宣言、出席者一同による聖壽万歳、宮城県神社庁小松勝麿副庁長による閉会の辞をもって解散となりました。

庶務課 石垣

宮城県神道青年協議会 新執行部の方々の正式参拝がありました

令和5年5月31日


初夏の快晴の下、御社殿前にて記念撮影をしました

令和5年5月31日午前10時より、御本殿にて宮城県神道青年協議会の新執行部の方々の正式参拝がございました。

宮城県神道青年協議会は昭和22(1947)年に立ち上げられ、来年で75周年を迎える宮城県の40歳以下の神職で構成される組織でございます。各種研修や特別事業など精力的な活動を行っており、横の繋がりを作る事の出来る貴重な場となっています。先日の総会にて会長の改選があり今年度より2年間、玉造支部の荒雄川神社 髙橋禰宜が会長を務められ、執行部の方々も新たな面々となりました。

今回は、就任の挨拶として御社殿での正式参拝の後、社務所大広間にて当宮の宮司と懇談されました。

玉串拝礼 懇談の様子

7月13・14日には宮城県神道青年協議会が当番県となり気仙沼市大島の田中浜で開催する東北六県神道青年協議会禊錬成会も予定されています。宮城県神道青年協議会の活動を通して同世代の神職との交流を深め、日々の社務に活かしていけるようにして参りたいと存じます。

祭儀課 浅香

5月の本殿挙式

令和5年5月27日

5月4日大野・榊原御両家 5月6日井形・茂和泉御両家
5月21日千葉・山内御両家 5月27日齋藤・田村御両家

当宮では9月の例祭期間、12月から2月中旬の繁忙期を除き、御社殿での挙式を受けつけております。またご予約は半年前から受け付けておりますので、ご興味のある方は電話やメールにてお問い合わせください。

5月に当宮にて挙式を斎行された4組のご夫婦には八幡様のご加護のもと、お二人の末永いお幸せと、御両家の皆様方の益々のご多幸とご健勝を心よりご祈念申し上げます。 誠におめでとうございました。

祭儀課 浅香

宮城縣護國神社 新宮司 田中直彦殿の正式参拝がありました

令和5年5月26日

令和5年5月26日午前11時より、御社殿にて宮城縣護國神社 田中直彦 新宮司の正式参拝が執り行われました。

去る令和5年3月19日に逝去された田中於莵彦前宮司の後を受けて、この度権宮司を務めていらっしゃった田中直彦殿が新しく宮司に就任される運びとなりました。今回は、宮司就任の挨拶に当宮を参拝され、玉串拝礼をして頂きました。

修祓 皆斎主 正式参拝詞 奏上
玉串拝礼

宮城縣護國神社は、明治天皇の思し召しにより明治維新から大東亜戦争に至るまで、幾多の戦役でわが国の平和と繁栄を念じつつ、尊い生命を御国に捧げられた郷土出身者の御霊を祀られています。明治37年8月27日に仙台城(青葉城)本丸城址を招魂社として創建され、昭和14年内務大臣指定護國神社となり、昭和20年7月仙台大空襲の戦火により社殿施設を全焼しましたが、戦後多くの困難を乗り越えて現在の姿に復興されました。現在、宮城県出身戦歿者をはじめ、元第二師団管区(福島、新潟、山形の一部)戦歿の御祭神五万六千余柱を御祀りされています。先日の地震で損壊した伊達政宗公の騎馬像も修復され、境内は修学旅行生で賑わいを見せているそうです。

当宮とは、同じ支部に所属する神社として、また宮城県内の別表神社として日頃より付き合いがあり、祭典や年始の際には互いに参拝や挨拶をしております。ご祭神や社殿の造りなど、同じ神社といえど違いはたくさんありますが、お互いの良いところを真似しつつ切磋琢磨し、斯界の発展に寄与していければと存じます。

祭儀課 浅香

令和5年皐月月次祭並に新型コロナウイルス感染症衰勢奉告祭を斎行致しました。

令和5年5月15日

去る皐月15日、月次祭を斎行致しました。この祭典は毎月15日に行われ、国の安寧、皇室の繁栄、世界の平和とを祈念する祭典です。

立夏が過ぎましたので衣替えを行い、夏の装束で参進しました。

また、今回は去る5月8日をもって宣言された、新型コロナウイルス感染症の位置づけが、季節性のインフルエンザと同様の「5類感染症」へと変更され、コロナウイルスの脅威が落ち着いたこととなりました。突如として世界中を混乱の渦に陥れ、3年の長きにわたり猛威を振るった疫病の鎮静を祝詞に添えご奉告、またその御礼を申し上げました。

舞人の執物(手にしているもの)には撫子の花、紅葉を用いました。
新緑を感じるこの草花の組み合わせは、当宮仕女の考えによるものです。
祭員の拝礼の後に参列者の玉串拝礼が行われました。
境内にてご参拝中の皆様にもご拝礼頂きました。

当宮の玉串はすべて境内で自生しているもので奉製されております。最近は気温が徐々に上がり、榊の新芽がひょっこりと顔を出し始めました。八幡宮の杜にも初夏の訪れをいたるところに感じる今日この頃であります。新緑豊かな八幡宮へどうぞお越しください。

祭儀課 浪打

植樹20年記念「大崎八幡宮 文化財の杜 見学会」が開催されました

令和5年5月14日

横断幕が掲げられた文化財の杜の正面入り口 皆様のおかげで、立派な杜になりました

去る6月2日、大崎八幡宮文化財の杜見学会が宮城県白石市福岡八宮にある大崎八幡宮文化財の杜にて行われました。天候に一抹の不安を抱えながらのスタートにはなりましたが、皆様から寄せられる文化財の杜への強い思いが天に伝わったのか、雨に降られる事無く、初夏の柔らかな日差しの中での催しとなりました。

「大崎八幡宮文化財の杜」の育林事業は、平成16年4月より、将来の御社殿の修理に備え御用材を育てる為に始まりました。この植樹作業には、1,120名もの方々のご参加を頂き、ブナ、カツラ、ヒバ、ケヤキ、カラマツなど計5,000本の苗木を植えました。その後、除草作業という軽作業から本格的に育林作業へと作業内容を変更するにあたり、平成26年の10年目という節目を機に、現地での育林活動を一旦区切りとさせて頂きました。

令和元年の作業と杜の木々の様子

令和5年4月17日に宮司以下職員にて視察を行った結果、現在の樹木の状況などのご報告を兼ねて令和元年より5年ぶりに見学会を行なおうという運びとなり、この度の見学会が開催されました。

当日の午前10時には緑化保全推進祈願祭を職員の奉仕にて執り行い、緑豊かな杜となるよう、祈念いたしました。祈願祭には当宮宮司を始め、白石蔵王森林組合の皆様や、大崎八幡宮職方会の方々に御参列があり、玉串拝礼をして頂きました。

修祓 参列者を大麻にて御祓い 斎主 祝詞奏上
大麻と切麻で祭場をお祓い 参列者玉串拝礼 当宮宮司
参列者玉串拝礼 白石蔵王森林組合 太斎殿 参列者玉串拝礼 アイル重文防災(株) 柳澤殿

午前11時頃に約120名の一般参加者の方々が大崎八幡宮文化財の杜に到着され、5年ぶりに文化財の杜へと足を踏み入れ、成長した木々と共に思い出を分かち合いました。

受付の様子 宮司の挨拶

今回、敷地内に成長した木々と共に、過去の育林事業の写真が掲載されたパネルを見て散策ができる遊歩道を設けました。中には、その遊歩道内でウルイや蕗などの山菜を見つけられ、摘み取ってお土産にされる方もいらっしゃいました。前回、敷地内奥手に設けた祭場を今回は入り口正面に舗設しました。お参りをされる方や間近で神饌をご覧になる方など、各々見学を楽しんでいらっしゃるご様子でございました。

遊歩道で散策される参加者の皆様 祭壇に参拝するボーイスカウト仙台第27団の団員方

また、当宮で復興支援を行った宮城県石巻市雄勝の葉山神社関係者様から新鮮な牡蠣とホヤを提供して頂きました。5月8日から新型コロナウイルス感染症も感染症法上の「5類」に段階が引き下げられたこともあり、手指の消毒や食事前の手洗いの励行も行いつつ、参加者全員で久々のバーベキューを楽しむことができました。

焼肉 エプロン持参でお手伝いして下さりました
ホヤ 蒸し牡蠣
ボーイスカウトのお母様方調理の豚汁は、あっという間に完売でした 当宮仕女2名も八面六臂の活躍でした
20年前の杜を知る責任役員の方々 旧職員の方もご家族と参加下さいました
フランクフルトをほおばる当宮総代のお孫さんたち 片付けまでお手伝い頂いた皆様、ありがとうございました

文化財の杜の見学会ですが、次回は5年後を予定しております。この文化財の杜が、今後数十年、数百年に渡り守り育て、文化財建造物の御用材となるまで、末長く皆様のご協力を賜れればと思います。

祭儀課 浅香

ヴォスクオーレ仙台の必勝祈願が斎行されました

令和5年5月11日

社殿前にて記念撮影をしました チームエンブレム

令和5年5月11日午前10時より、御社殿にてヴォスクオーレ仙台の必勝祈願祭を斎行致しました。

ヴォスクオーレ仙台は、日本フットサルリーグ(日本フットサルトップリーグが運営するフットサルの全国リーグで、愛称はFリーグ)に所属し、仙台市をホームタウンとするフットサルクラブです。

チーム名のヴォスクオーレ仙台は、伊達政宗の時代から仙台に縁の深いイタリア語で、杜(森)を表す「BOSCO」勇気や志を表す「CUORE」。「BOSCO」の頭文字を勝利の象徴である「V」に変えて、かけ合わせた造語となっています。「VOS」はラテン語で「あなた達の」という意味だそうで、地域に根ざすクラブを表現されています。

チームエンブレムですが、左上の枠内は日本で初めて太平洋と大西洋の横断したサンファンバウティスタ号の船旗であった卍(まんじ)をあしらい、未知の旅にチャレンジするスピリットだそうです。右上の枠内の六つの星は東北地方の光りを輝く未来で、下の枠内は仙台市の木である「欅の木」の根のように地域に根ざすクラブを表されているそうです。

チームカラーは黄・緑を指定されています。水際に咲く先代萩の黄と「杜」の象徴である欅の木を表す緑は大いなる自然とやさしさに溢れる東北を象徴する2色です。

令和4(2022)年2月5日にFリーグからFリーグクラブライセンスが交付されて、2022-23シーズンからのFリーグ復帰が認められたこともあり、新緑豊かな当宮にて必勝祈願が斎行される運びとなりました。

代表・監督・選手・関係者の方々は、当宮の一之鳥居に集合され参進、祈願控所にて大絵馬を揮毫された後、御社殿にてご祈願を受けられました。

粛々と境内を進みます 代表2人が何を書くか、皆、興味津々でした
修祓 祝詞奏上
本間・髙橋両代表の玉串拝礼 清水監督の玉串拝礼
平沢主将の玉串拝礼 神酒拝戴
一本締めで今日の参拝を〆ていました 揮毫いただいた大絵馬は神楽殿に飾ってあります

必勝祈願後のインタビューでは、平沢主将から「ギアアップのスローガンのように、昨シーズンよりもギアを上げてF1昇格を目指したい。」という意気ごみや、清水監督から「仙台の街を含め、より一体感を出していきたい。」というお話がありました。

ヴォスクオーレ仙台はFリーグ オーシャンカップ(日本フットサルリーグのリーグカップ戦で、毎年夏季に開催されている。)に出場されるそうです。初戦は5月16日午後3時30分より東京都八王子市にあるエスフォルタアリーナ八王子でボルクバレット北九州と対戦されます。

選手の方々が怪我なく最高のプレーが出来るよう、また関係各所の皆様方におかれましてもご健康並びにご多幸がありますようご祈念申し上げます。

祭儀課 浅香

矮鶏ちゃぼの雛がやってまいりました

令和5年5月1日


元気な声で鳴き、たくさんご飯を食べて日々大きくなっています

境内を自由に歩き回り、参拝にいらした皆様方に愛されております矮鶏(チャボ)の雛が、今年もやってまいりました。当宮では、数年前から境内に矮鶏を数羽放し飼いにしております。境内にいる矮鶏は、当宮の製材所(仙台市太白区茂庭)出身の矮鶏たちで、今回の雛も同様です。この雛たちはもう少し大きくなると製材所に戻る為、今しか見られない貴重な存在です。

現在は、成長した矮鶏2羽が境内で自由気ままな生活を送っております。昼間は御社殿前や長床前で日向ぼっこをして過ごし、夜は表参道の木の上で寝るという生活サイクルのようです。

片時も離れる事はありません 木に登って寝るのは、外敵から身を守る智恵のようです
お外が気になるご様子の雛たち 早朝は保温器の下で温まっていました

雛の方は、ぴよぴよと元気に鳴き、身を寄せ合い、餌をついばむ姿に職員も癒されております。日々の成長著しく、少しずつ親鳥のように羽が生え揃ってまいりましたが、まだまだ遊び盛りです。

参拝の折には御社殿東側祭儀棟の雛、また境内を闊歩している矮鶏2羽に会いに来ていただければと思います。

祭儀課 浅香

皐月 月首祭が斎行されました

令和5年5月1日


新緑豊かな時期となりました

去る5月1日、皐月の月首祭が斎行されました。日々の大神様のご加護に感謝し、世界の安寧を祈念する月首(次)祭は、毎月1日と15日に斎行しております。月首(次)祭は、どなたでも参列できますので、祭典開始15分前までに社殿右側の祭儀棟までお越しください。参列された方には撤下品として、月参り幣束をお渡ししております。月参り幣束は毎月異なる色目にて奉製されており、季節の草花をモチーフとしております。皐月は花山吹の色目でございます。

花山吹の色目の月参幣束 宮司 祝詞奏上
参列者 玉串拝礼 祭員による末社巡拝

今回の月首祭では、4名の方の参列と4月に入社した新人の川村仕女と後藤仕女の初奉仕がありました。約1ヶ月半の間、社務の合間を縫って一生懸命稽古に励んで参りました。

堂々とした舞姿でした 宮司と社務所大玄関にて記念撮影

以下、初奉仕の感想です。
【川村仕女】
ハプニングに見舞われましたが、無事にやり抜くことができて安心しました。次回は今回の反省を踏まえ、舞の振り以外の面にも意識を向けていきたいと思います。
【後藤仕女】
沢山の方に見られながら舞うのが初めてだったので、緊張して足が震えてしまい、振付の細かい部分まで気を遣うことができませんでした。次回はゆっくりと大きく動き、自信を持って舞うようにしたいと思います。

月次祭を始め当宮の祭典では、仕女の御神楽にて生花を用いております。この度の月首祭においては境内に咲くつつじの花を複数種用いました。祭典終了後は花瓶等に活けて境内の各所に飾っておりますので、ご参拝の折には是非ご覧ください。

どこかおしとやかな印象のあるつつじの花。「慎み」などの花言葉はぴったりです。

当宮では、祭典のご奉仕に上がる為に日々舞や雅楽の稽古に職員一同励んでおります。また、8月12日御鎮座記念祭・雅楽の夕べ、13日雅楽の夕に、におきましても職員の舞奉仕がございます。小さな積み重ねを大切にし、より美しいご奉仕ができるよう努めて参る所存です。

祭儀課 浅香

令和5年昭和祭を斎行いたしました。

令和5年4月29日

4月29日昭和祭を斎行いたしました。

昭和祭は未曽有の大戦を経て我が国を復興、発展へと導かせられた昭和天皇の聖徳大業を景仰し、皇威の隆昌と国運の発展とを祈り、昭和の御代を顕彰して民族の自覚を新たにし、益々文化を進め産業を興し永遠の平和繁栄を冀こいねがう祭典でございます。

平成19年に4月29日が「緑の日」という祝日から「昭和の日」と改称されたことが契機となり斎行されるようになりました。昭和の御代においては、「天皇誕生日」という祝日でした。

社務所前にて国旗を掲げます 昭和祭祝詞奏上
祭典斎行後、遥拝所にて昭和天皇陵墓があります武蔵野陵を遥拝いたしました。

また、社務所前にて当宮職員によりツツジの花手水が奉製されました。ぜひ社務所前にて仙台の緑を感じてみてはいかがでしょうか。

祭儀課 浅見

令和5年 敬神功労章授与式に参列してまいりました。

令和5年4月28日

去る4月28日、神社本庁(東京都)で行われた春の敬神功労章授与式において、当宮責任役員2名がその誉を授けられました。

敬神功労章とは、神社の護持運営に深くかかわり、長年勤められた功績を称えられ受章されます。令和2年から4年にかけては、コロナウイルス感染拡大を鑑み授与式自体は中止とされていましたが、令和5年春においては感染拡大防止策を講じながら慎重にかつ細心の注意を払い、目出度く開催されました。

敬神功労賞授与奉告祭では、全国で19名の受章がご祭神に奉告され、表彰状の授与にすすみ、最後に受章者謝辞として当宮役員である千田 文彦殿が御礼のご挨拶を申し上げました。

その言葉の中で、「日々のご奉仕を通じ様々なことを学び実践できた事は、今生においてご祭神とのご縁をより深く結べたこと心に刻み、今日の私があるのはそのお蔭だと、その御導きに深甚な感謝の念で胸がいっぱいです。」と仰られていました。

神社護持には地域皆様の御理解とご尽力を欠かすことができず、その勤労を称え表章頂ける事は氏子崇敬者のみならず、神社職員の励みにもなります。

このような機会を与えて頂き改めて日々のお勤めに邁進致したく、誠に感謝申し上げます。

神社本庁講堂において敬神功労章授与奉告祭 斎行
当宮役員がそれぞれ功労賞、有功章を授与されました
受章者を代表し、当宮役員が謝辞を申し上げます

総務課 小野目

宮城県神道青年協議会総会に出席してきました

令和5年4月19日

敬神生活の綱領の唱和 総会の最後に聖壽万歳をしました

令和5年4月19日午後3時より、仙台市青葉区本町にある宮城県神社庁にて令和5年度宮城県神道青年協議会総会が開催され、当宮から3名の権禰宜が出席しました。

宮城県神道青年協議会は昭和22(1947)年に立ち上げられ、来年で75周年を迎える宮城県の40歳以下の神職で構成される組織でございます。各種研修や特別事業など精力的な活動を行っており、横の繋がりを作る事の出来る貴重な場となっています。

この度の総会では、7名の来賓の方々の臨席を賜り、昨年度の決算や今年度の予算、事業報告や今後の予定などが議題としてあげられておりました。

また、会長の改選があり今年度より2年間、玉造支部の荒雄川神社 髙橋禰宜が会長を務められることとなりました。髙橋会長は当宮に助勤神職として、祭典での笙の奏楽や祈願奉仕などのご奉仕を頂いています。飾らない人柄と丁寧で適切な社務をされる髙橋会長の姿は、斯界に入り日が浅い神職や職員にとって見本であり、目標となっております。


挨拶をされる髙橋会長と執行部の方々

同じ年代・地域の神職の活躍する姿を目の当たりにし、奉務神社の日々の社務はもちろんのこと、斯界の発展に寄与できるような人材になるべく勉強を重ねて行かなければならないと痛感する総会でございました。

祭儀課 浅香

刈田嶺神社雪かき奉仕が行われました

令和5年4月17日


靄(もや)と強風で霞む刈田嶺神社の奥宮

令和5年4月17日、毎年恒例の蔵王刈田嶺の山頂にある刈田嶺神社の奥宮へ雪かき奉仕に行って参りました。今回は宮司以下職員7名に加え、当宮に助勤神職として奉仕頂いている熱日髙彦神社禰宜の黑須殿、過去に参加経験のある佐藤殿、今井殿の合計11名でのご奉仕となりました。

刈田嶺神社は遠刈田温泉と蔵王刈田岳山頂の二箇所に御社殿があり、前者は「里宮」、後者は「奥宮」と呼ばれております。
まず、里宮にてお参りをしました。

元々は朱塗りの鳥居だったそうです 桜や椿の花が満開でした

今回雪かきを行ったのは「奥宮」で、冬期間閉鎖となっている、刈田岳山頂を経て山形県米沢市に続く山岳道路「蔵王エコーライン」がゴールデンウィークに開通するのに合わせて、参拝者が不便をきたさない様にと毎年この時期に実施しております。

例年よりも雪は少ないということでしたが、雪は氷に姿を変えており、鶴嘴やスコップで砕きながら作業を進めました。当日の山頂は雪や雨は降らなかったものの、物凄い強風が吹き荒び、前が見えない状態でマイナス4度の極寒でございました。

初めて参加した仕女2名の感想です。
【川村仕女】
強風での雪かきはどちらかと言うと氷割の形でしたが、普段とは違う経験ができて良かったです。改めて自然を体験する良い機会となりました。
【後藤仕女】
山頂の天候が悪く、まともに立てない中での雪かきでした。雪は少なかったのですが氷になっていたので、工具で砕いて社殿の周りを綺麗にしました。
文化財の杜にも足を運び、若い木々が真っ直ぐに伸びている様子に生命力を感じました。とても良い経験になりました。

山頂に向けての登山は暴風との戦いでした 本来であれば美しい山岳風景を見ることができます
気を抜くと飛ばされそうな強風の中での作業 声を掛けあい作業を進めました

その後は、毎年のことながら刈田嶺神社の金峯宮司のご厚意により、蔵王の秘湯である峩々(がが)温泉にて一休みをしました。これは私たちの楽しみの一つでもあり、除雪作業の原動力でもあります。

今回は雪かきに加え当宮の飛び地である「文化財の杜」の視察も行われました。

当宮宮司の解説を聞きながらの視察 2メートル置きに植えられた木々

平成16年4月に植樹された檜や桂、落葉松等の木々が約20年の年月を経て立派な杜へと変貌を遂げました。5月14日には文化財の杜の事業開始より20年の節目の催しも計画されておりますので、当宮からの案内に注目頂ければと存じます。

エコーラインが4月21日に開通することもあり、皆様も刈田嶺神社の参拝を始め、蔵王の雄大な自然を見に行かれてはいかがでしょうか。

祭儀課 浅香

卯月月次祭が斎行されました

令和5年4月15日

令和5年4月15日午前10時より、御社殿にて月次祭を斎行致しました。

月次(首)祭は、月ごとの決まった日に行われるお祭りで、神恩感謝と皇室の弥栄、国家の隆昌、氏子崇敬者の益々の繁栄を祈るお祭りで、小祭にあたります。当宮では、毎月1日の月首祭と八幡様の御縁日である15日に月次祭を斎行しております。

また、月次(首)祭では、月々に大神様の御加護を賜われますよう、月参りのお印として御幣束を御頒かちしております。御幣束は大神様への捧げものでもあり、御神霊の依代ともなるものでございます。

当宮の御幣束は、古来より伝わる「襲ね色目」を取り入れ、四季の移ろいを月毎の植物の色にて表現しております。当月は桜襲を表す赤と白の御幣束でございます。桜襲は陰暦11月から3月の季春に用いられる色合わせです。

祭員は祭典開始の前に修祓を受けます 宮司 祝詞奏上
参列者の玉串拝礼 桜襲の色目の月参幣束

月次(首)祭はどなたでもご参列頂けます。祭典斎行15分前までに御社殿右側にあります祭儀棟の祈願受付までお申し出下さい。朝の清々しさの中でご神前に参拝することで、ますます大神様のご加護をお受け頂ければと存じます。 皆様のご参列を心よりお待ち致しております。

祭儀課 浅香

津島神社正遷座祭に参列して参りました

令和5年4月7日


修復工事が終了した御社殿

令和5年4月6日午後6時より、宮城県登米市迫町佐沼西に鎮座する津島神社の正遷座祭に、宮司以下職員3名の計4名で参列して参りました。

津島神社は御祭神に素盞嗚尊を祀り、疫病災難除の守護神として、天正19(1591)年のご鎮座と伝わる神社です。また、津島神社の遠藤宮司は、大學卒業後に当宮にて修行されたという経緯もあり、当宮宮司・職員とも親交のある神社でございます。

縁起によれば、豊臣秀吉の日本統一に抵抗をした葛西大崎両氏が大一揆を起こし佐沼城に篭城した際、秀吉の命で伊達政宗はこれを包囲しました。しかしながら、沼川深田である佐沼水域の難攻不落に万策尽き、津島神社に祈願したところ、忽然と白鷺の群れが飛来したことが契機となり城を落とすことができました。慶長19(1614)年政宗は領主の津田民部景康に城の鎮護を命じて、津島神社を佐沼城下である現在の地に遷座し、城下に今後謀反が起こらぬよう御社殿は佐沼城に向け北向きに建立したと伝わります。

以後佐沼郷の守護神として400余年にわたり幾度もの修復が重ねられ護持されてきましたが、明治45年、佐沼大火にて御社殿を焼失し、大正12(1923)年11月に再建されました。再建以来、適時維持管理されてきましたが、御社殿の老朽化も進み、先般の東日本大震災の損害により、大規模な改修工事を要する状況になったことから「津島神社奉賛会」を組織し、御社殿修築工事計画に着手されたそうです。

今回はその工事の修了に伴い、仮殿に奉斎されていた御神霊を本殿にお遷しする正遷座祭が厳粛に斎行されました。真新しい幣殿や修復工事にて甦った御社殿を蔭灯と自然の明かりが優しく包み込み、修築工事に関係した方々の安堵と今後の津島神社への期待の気持ちが表れているようでした。

この度、昨年度権禰宜になった2名の神職が勉強と見聞を広めるために参列の機会を頂戴しました。以下、感想です。
【浪打権禰宜】
今回は正遷座祭という滅多にない機会に参列させていただきました。地域の方々と共に盛大に祭典が斎行される様子に大変感動いたしました。今後も津島神社の益々の御社頭の発展をお祈り申し上げます。
【浅香権禰宜】
この度は、貴重な祭典の参列、また他の神社での祭典を見学する機会を頂き、当日を大変楽しみにしておりました。祭場の舗設の方法や職員から助勢者への指示だしのやり方など勉強になる点が多く、新たな発見を得ることができたので、今後の社務に活かして参りたいと存じます。

大人数の列立は壮観でした 遷座祭は諒闇に行われるため、雪洞の明かりが境内に良く映えます


春らしい彩が美しい花手水

先人が地域の氏神様として信仰一途に建立した御社殿を修築することによって、後の世代の心のよりどころとして引き継いでいきつつ、氏神様と氏子崇敬者の仲執り持ちとして、神職並びに職員は日々神明奉仕に励んで参りたいと思う遷座祭の祭典参列でございました。

祭儀課 浅香

卯月月首祭並びに防災施設整備工事竣功奉告祭が斎行されました

令和5年4月1日


満開の桜が美しい境内となりました

令和5年4月1日午前10時より御社殿にて卯月月首祭並びに国宝大崎八幡宮他一棟防災施設整備(建造物)事業工事竣功奉告祭を斎行致しました。この度の月首祭は、毎月恒例の祭典に併せて国宝大崎八幡宮他一棟防災施設整備(建造物)事業工事竣功奉告祭も斎行となりました。

国宝大崎八幡宮他一棟防災施設整備(建造物)事業工事は、文化財保護法の制定以来、その都度時代に沿った防災事業を実施して参りましたが、平成23年に発生した東日本大震災の二次災害となる県北部・気仙沼地区での海上火災や、平成31年に立て続けに発生したフランスのノートルダム大聖堂の火災、沖縄県の首里城の火災による文化財の焼失を受けて、更なる防災設備の更新が望まれるようになったため、令和元年より着手した事業でございます。

今回の防災施設整備事業は、それまでの消防施設の更新のみならず、文化庁が新たに策定した防火対策ガイドラインに基づいた境内全体を対象とした防災計画となっております。また、御社殿周辺に新たに設置された六基の自動放水銃は、東北初の設置となりました。

国・県・市からの補助もあり、令和4年度をもちまして工事工程全てが終了となりましたため、大神様に事業終了を奉告すると共に、今後の氏子崇敬者の皆様や地域の安寧を御祈念申し上げました。
祭典には、当宮責任役員2名、氏子崇敬者4名、今年度入社の仕女2名の合計8名の参列があり、玉串拝礼をして頂きました。

放水銃の㔟いに圧倒されました 御社殿や長床にまんべんなく放水されていることがわかります
参列者は社殿にて修祓を受けます 献饌では色鮮やかな果物がお供えされました
宮司 祝詞奏上 当宮 責任役員の玉串拝礼
氏子崇敬者の玉串拝礼 当宮 祭典の最後は一礼で締められます

以下、新入職員より一言御挨拶申し上げます。
【川村仕女】
この度奉職しました川村と申します。初心を忘れず、得意不得意関係なく前向きに取り組んで参ります。宜しくお願い致します。
【後藤仕女】
今年から奉職した後藤と申します。今までとは違う環境での奉仕で思い通りに運ばない事もあるかと思いますが、一つひとつきちんと覚えてこなせるように頑張ります。宜しくお願い致します。

作法の稽古に励んだ玉串拝礼 真新しい袴が初々しく感じられます

日々の大神様のご加護に感謝し、世界の安寧を祈念する月首(次)祭は、毎月1日と15日に斎行しております。月首(次)祭は、どなたでも参列できますので、祭典開始15分前までに社殿右側の祭儀棟までお越しください。参列された方には撤下品として、月参り幣束をお渡ししております。月参り幣束は毎月異なる色目にて奉製されており、季節の草花をモチーフとしていて、卯月は桜重の色目でございます。


(左)祭典のしおり (右)卯月の月参り幣束

新年度を迎え、新たな心持で生活をするにあたり、八幡様への月参りを皆様も始められてはいかがでしょうか。

祭儀課 浅香

東北楽天ゴールデンイーグルスの必勝祈願がございました

令和5年3月28日


桜も開花し、春らしい陽気の中での必勝祈願となりました

令和5年3月28日午前11時より、(株)楽天野球団・東北楽天ゴールデンイーグルスの必勝祈願が当宮御社殿にて斎行されました。

東北楽天ゴールデンイーグルスは2004年9月24日に設立された現存のプロ野球球団の中で最も若いチームでございます。
設立経緯としましては2004年のシーズン中、大阪近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併が公になり、いわゆる「プロ野球再編問題」によって日本のプロ野球球団が11球団となってしまうことを受け、プロ野球機構(NPB)と選手会が交渉した結果、「2リーグ制・12球団維持」で合意し、新規参入が受け入れることとなりました。

そして新規参入にあたっては、かねてから近鉄買収に名乗りをあげ野球界への参入を狙っていたライブドアと、次ぐ二番手として楽天が競う形となり、経営の健全性などから楽天が加入を認められたと言われています。

これによって加盟申請していた宮城県をフランチャイズ(地域保護権)とする新球団として、東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生することになりました。

チーム名の由来は東北地方の世界遺産・白神山地に棲息するイヌワシに因んでいるそうです。そのため、楽天イーグルスの選手を「犬鷲戦士」、二軍の若手選手を「若鷲」、球団公認応援団を「荒鷲連合会」、そして地元仙台以外に住んでいるファンを「関東鷲」「関西鷲」と呼ぶなど、チーム名に密接した愛称が浸透しています。

球団マスコットは東北の杜出身のイヌワシの男の子の『クラッチ』、イヌワシの女の子『クラッチーナ』、いたずら好きのオウギワシの男の子『スイッチ』の3キャラクターが仲良く活動しています。

今回の必勝祈願では、(株)楽天野球団の米田代表取締役社長に玉串拝礼をして頂きました。

祈願の開始を告げる号鼓 大麻でのお祓いを受ける球団幹部の皆様
熱い思いを記入いただきました ショーケース内に飾っております

その後、当宮授与所にて頒布している楽天絵馬に、今シーズンの意気込みを記入して頂き、社殿前にて記念写真を撮影しました。記入して頂きました絵馬は、祭儀棟祈願控所のショーケースに飾っておりますので、ご来社の際は是非ご覧ください。また、授与所では、楽天絵馬と楽天守護を頒布しております。どちらも必勝祈願の授与品となっております。

3月30日のプロ野球開幕戦では、新球場のエスコンフィールドHOKKAIDOにて北海道日本ハムファイターズと対戦され、見事勝利を収められました。東北楽天ゴールデンイーグルスの勝利はもちろんですが、選手の皆様を始め、関係者すべての方々が健康で充実したシーズンを過ごせます事をお祈り申し上げます。


(左)楽天絵馬 500円 (右)楽天守護 1000円

祭儀課 浅香

弥生月次祭が斎行されました

令和5年3月15日

令和5年3月15日午前10時より、御社殿にて月次祭を斎行致しました。

 月次(首)祭は、月ごとの決まった日に行われるお祭りで、神恩感謝と皇室の弥栄、国家の隆昌、氏子崇敬者の益々の繁栄を祈るお祭りで、小祭にあたります。当宮では、毎月1日の月首祭と八幡様の御縁日である15日に月次祭を斎行しております。

また、月次(首)祭では、月々に大神様の御加護を賜われますよう、月参りのお印として御幣束を御頒かちしております。御幣束は大神様への捧げものでもあり、御神霊の依代ともなるものでございます。

当宮の御幣束は、古来より伝わる「襲ね色目」を取り入れ、四季の移ろいを月毎の植物の色にて表現しております。当月は紅梅を表す赤と紫の御幣束でございます。

『源氏物語』の中でも登場する色合わせです 御神楽「萬代の舞」奉奏
宮司の玉串拝礼に合わせ、祭員も同拝します 平日ではありましたが、境内には多くの方がいらっしゃっていました

月次(首)祭はどなたでもご参列頂けます。祭典斎行15分前までに御社殿右側にあります祭儀棟の祈願受付までお申し出下さい。朝の清々しさの中でご神前に参拝することで、ますます大神様のご加護をお受け頂ければと存じます。 皆様のご参列を心よりお待ち致しております。

祭儀課 浅香

東日本大震災復興祈願祭が斎行されました。

令和5年3月11日

去る令和5年3月11日、東日本大震災復興祈願祭が斎行されました。

12年前の3月11日午後2時46分ころ、未曽有の大地震が発生し、M9.0最大震度7という観測史上類を見ない揺れが凡そ3分間にわたり続きました。特に東北地方太平洋側では津波による甚大な被害に見舞われ、多くの尊い命と人々の生活とを奪っていきました。

亡くなられた方々を偲び、更なる復興を祈り、当宮では毎年3月11日午後2時より「東日本大震災復興祈願祭」を斎行しております。

当日は穏やかな日差しの下、祭典は斎行されました。 献饌ではご神前にお米を始め合計8台の神饌をお供えしました。
祝詞奏上では、宮司がご神前にて震災復興の祈りを捧げました。
御社殿前にて御参拝の皆様も共に祈念されました。
御神楽奉奏 浦安の舞
被災地の益々の復興を祈り、巫女が舞を奉仕します。
祭典後には遥拝所へ進み、地震発生の午後2時46分に合わせて黙祷を捧げたのち、被災地を遥拝しました。

我々人間は遥か昔から自然の生み出す恵み、また自然の脅威と共存共生してきました。祖先の教えである「自然と共に生きている」ことを忘れず、震災の記憶が後世に語り継がれることを切に願います。

庶務課 浪打

令和5年弥生月首祭を斎行いたしました

令和5年3月1日

東風こち吹き抜ける中、宮司以下祭員は社殿にて月首祭を斎行いたしました。

「つきなみさい」は毎月1日と15日に執り行っている祭典であり、1日は「月首祭」15日は「月次祭」と書きます。
「つきなみさい」は神饌として米、酒、海菜、季節ごとの野菜や果物、菓子、塩、水がお供えされ、宮司による祝詞奏上のあと「萬代の舞」が奉奏されます。

献饌 御神楽奉奏「萬代の舞」
玉串拝礼

また、当宮では月毎に「月参り幣束」を頒布しております。月参り幣束は月毎の季節の植物を着物の重ね着を基本とした「襲(かさ)ね色目」を取り入れております。今月弥生では赤と紫の色を使い「紅梅」を表しています。

「梅」は奈良時代より渡来したと言われ、古来より日本に親しまれている花であり、東風こちが吹くころ「梅」の花が咲くと言われております。
冬の寒さも終わり温かな春の日差しの中、参拝の折には境内を散策し春の訪れを感じてみてはいかがでしょうか。

祭儀課 浅見

天長祭を斎行致しました

令和5年2月23日


祝日は社務所に国旗が掲げられます

令和5年2月23日午前10時より天長祭が斎行されました。

2月23日は今上天皇陛下の誕生日ということで、国民の祝日になっております。戦前の天皇誕生日は、「天長節」として制定されていました。

天皇陛下の御誕生日を祝う祭典が天長祭と呼ばれるのは、中国古典の『老子』に出典する「天長地久」という言葉に基づくものとなっているそうです。「天長地久」は「天は長く、地は久し」と書き下し文にて読むことができ、その意味は「天は永遠に続き、地は悠久の時を経る」となります。この四字熟語のように我が国の永久に繁栄することを願うことからつけられた祭典の名称です。天とは日本においては天皇を指す言葉として古くから使われてきました。

天皇誕生日に際しては以下の行事が行われています。宮中では、祝賀の儀、宴会の儀、茶会の儀、一般参賀を、伊勢神宮を始めとする各地の神社では天長祭を、海上自衛隊では、基地・一般港湾等に停泊している自衛艦において満艦飾(満艦飾とは、軍艦が祝祭日・記念日・式典等に際して祝意を表すために、艦首からマストを通して艦尾までの旗線に信号旗などの旗を連ねて掲揚して飾ること。)が行われています。また、外務省や在外公館では慣行的に日本の国家の日とされ祝賀行事などを行っているそうですが、いつ頃から開始されたかは不明だそうです。

その中でも、令和になり、コロナウイルス感染症の影響により中止を余儀なくされていた皇居における一般参賀が今上天皇即位後初めて行われました。天皇皇后両陛下、秋篠宮皇嗣同妃両殿下、愛子内親王殿下及び佳子内親王殿下が、3回長和殿ベランダにお出ましになり、事前抽選に当選した約4800名が参加されたようです。

当宮の天長祭では、天皇皇后両陛下の永久の祈りを仰ぎ、我が国の平安と世界の共存共栄とをお祈りさせて頂きました。

8台の神饌がお供えされます 宮司 祝詞奏上
御神楽「浦安の舞」奉奏 遥拝所にて皇居を遥拝しました

御神楽は浦安の舞が奉奏されました。浦安の舞は昭和天皇の御製にて作曲されたもので、日本全国各地の神社にて巫女舞の最高峰に位置付けられています。

舞人の執り物である檜扇と鈴ですが当宮では剣鈴を用いております。

剣鈴は、鉾が草薙の剣、鈴のついている面が八咫の鏡、鈴が八尺瓊の勾玉を象徴しており、三種の神器を表す「浦安の舞」のために作られた神楽鈴です。
また、檜扇は鶴松絵等が描かれており、扇の端には松・梅・橘の造花の装飾と陰陽五行説に基づいた長い6本の紐がつけられています。

皇室の益々の弥栄と国家の安泰をご祈念致しますとともに、陛下の御言葉にもありましたように、国民一人一人にとって穏やかな春を迎えられますようお祈り申し上げます。

祭儀課 浅香

令和5年ロイヤルパーク神殿例祭を斎行いたしました。

令和5年2月22日

令和5年2月22日、仙台ロイヤルパークホテル内の神殿にて例祭を斎行致しました。

仙台ロイヤルパークホテルは、平成7年に開業され今年で28年目を迎え、天皇や皇族の方々も仙台にお越しになる際は利用されるホテルであり、また、2002年のFIFAワールドカップではイタリア代表が宿泊施設として話題となり、国内外問わず親しまれているホテルであります。

ホテル内の神殿は、平成7年2月28日に遷座祭を斎行し、大崎八幡宮の御分霊がお祀りされて以降挙式奉仕等の際には当宮職員が出向し、ご奉仕をしてまいりました。

献饌 御神楽奉奏「萬代の舞」
祝詞奏上 神酒拝戴
宮司 挨拶

宮司挨拶の後、神酒拝戴を受け、本年の例祭は滞りなく斎行いたしました。2年後には仙台ロイヤルパークホテルを開業して30周年を迎えます。

これからも仙台を訪れる人々にとってロイヤルパークが安らぎの地となりますよう、また、社運隆昌、社員一同のご健康とご多幸をお祈りいたします。

祭儀課 浅見

令和5年祈年祭を斎行いたしました。

令和5年2月17日

去る2月17日祈年祭が斎行されました。祈年祭の起源は極めて古く、天武天皇4年(675)に成立されたと言われています。

『日本書紀』に天照大御神が斎庭ゆにわの稲穂を天孫瓊瓊杵尊ににぎのみことに授けられたことが記されており春に豊作を祈り、秋の収穫に感謝する稲作を中心とした営みを、日本人は2000年以上繰り返しており、「米」はとても重要なものでありました。

また、祈年祭は春の耕作始めにあたり、五穀豊穣を祈るお祭りで、「としごいのまつり」とも呼ばれます。「とし」とは稲であり、「こい」は祈り、お米を始めとする五穀の豊かな稔りを祈ることを意味しております。


玉串拝礼

農耕が生活の中心であった時代、豊作を祈ることは国家の安泰、国民の繁栄を祈ることでした。そのため祈年祭は国家規模で執り行われており、現在でも全国各地の神社で祈年祭は行われており、五穀豊穣。そして国家の安寧、国民の繁栄を祈願しております。

また、当宮では祈年祭にて新年度採用の仕女二名に参列して頂きました。緊張した面持ちで先輩仕女の舞を憧れの眼差しで見つめておりました。また、祭典終了後は装束の採寸を執り行いました。
この年が祭典の意義通り五穀豊穣、産業発展いたしますよう祈念いたします。

祭儀課 浅見

紀元祭を斎行致しました

令和5年2月11日


雪化粧が施された御社殿

令和5年2月11日午前9時より御社殿にて紀元祭が斎行されました。

この日は「建国記念の日」として祝日となっていますが、戦前は「紀元節」という名前で、四大節の一つとして「国民の祝日」に制定されていました。

四大節とは、1月1日四方拝しほうはい(宮中行事で宝祚ほうその無窮・天下泰平・万民安寧を祈る儀式)、2月11日紀元節(現在の建国記念の日)、天長節(今上天皇の誕生日)、11月3日明治節(明治天皇の誕生日)の4つの総称でございます。

紀元祭の斎行される2月11日は、初代天皇である神武天皇の御即位の日(紀元前660年2月11日)であると伝えられております。

現在、わが国では、和暦・西暦が一般的には使用されていますが、西暦がイエスキリストの誕生を始まりとして数えられているのに対し、同じように“あることを始まりとして数えられている暦”が存在します。それは、神武天皇の御即位の日を元旦として数える「皇紀こうき」です。今年は、皇紀2683年となり、これが我が国の年齢とも言えるでしょう。

この御即位に関しては日本書紀に書かれていますが、日本書紀が編纂された時代と現在では暦法が異なっており、それを解き明かしたのは、江戸時代の神道学者・渋川 春海しぶかわ はるみです。

この人物が編纂した「日本長暦」という書物に基づいて西暦に当てはめ直したものが、現在いわれる紀元前660年2月11日という日にちになるとされています。

祭典当日は、仙台地方で8年ぶりとなる20センチメートル以上の積雪となり、早朝より職員総出で雪掻きをしました。しかしながら、祭典斎行時間には、太陽も顔を出し、雪解けの雫が春を予感させる陽気となりました。

当宮社殿前は17.5cmの積雪でした 湿り気を多く含み、重い雪でした
祝日は社務所に国旗があげられます 修祓は殿内で行われました
御神楽奉奏「浦安の舞」 宮司 玉串拝礼
遥拝所にて神武天皇を御祭神として祀られている橿原神宮を遥拝しました

まだまだ寒い日が続きますので、御来社の際は参拝の折には暖かな服装で足をお運び頂けたらと存じます。

祭儀課 浅香

節分祭・福物撒豆式が斎行されました

令和5年2月3日


令和2年以来の鬼の登場となりました

令和5年2月3日午後3時から御社殿にて節分祭の神事、神事終了後には社殿前にて撒豆式、午後4時から馬場の特設舞台より福物撒豆式を斎行致しました。

節分祭とは、厄を祓い新春を迎える神事でございます。現代では立春の前日を指し、本年は2月3日がその日となりました。

また、節分と言えば豆撒きが連想されますが、それは大祓の日の夜に、災厄の元凶となる鬼を祓う為に宮中で行われていた「追儺ついな」という儀式からきております。

豆を撒くようになったのは、宮中より民衆に広まった室町時代といわれています。日本人は古来より穀物を尊ぶ傾向にあり、特に大豆はその利便性の良さから米と共に重要な穀物とされてきました。

大豆の豊かな生命力が鬼を追い払うという信仰に繋がり、豆(炒り豆)を撒くようになったそうです。生の豆を撒かないのは、豆の芽が出ると災いが広がるという考えからと伝えられています。

そしてその豆(炒り豆)の活力を頂戴し、歳の数だけ食べると一年間無病息災であるという意識が浸透して、厄年のお祓いと新春を迎える神事として定着しました。

当宮での節分祭の始まりは、東一北振会(現:一番町四丁目商店街振興組合)の皆様の存在でした。八幡町出身の加藤英三郎氏は商店会役員様の多くが戌年生まれという事で商店会の皆様に声掛けを行い、昭和22、23年ごろより戌年生まれの守護神且つ仙台総鎮守の当宮へ、毎年参拝されておりました。

時がたち戦後の混乱期も落ち着いたとはいえ、青少年育成の機運も未熟な時代に「子ども達に野球ボールの一つでも配れれば」との思いから当宮及び氏子総代との協議の末、昭和33年(戌歳)より「大崎八幡宮節分祭」を斎行することとなりました。

当日は午後3時より御社殿にて神事が斎行されました。神事の中では、弓と鏑矢を用いて弦を鳴らし、鬼を追い払う鳴弦式や、御神楽「萬代の舞」の奉奏、振り鈴の儀などが行われました。

福豆も神饌としてお供えされました 宮司 祝詞奏上
鳴弦式 御神楽奉奏「萬代の舞」
振り鈴の儀 当宮 責任役員の玉串拝礼
地域諸団体の方の玉串拝礼 奉納者代表の方の玉串拝礼
一番町四丁目商店街振興組合の方の玉串拝礼 職方代表の方の玉串拝礼
年男・年女の方の玉串拝礼 崇敬者の方の玉串拝礼

引き続き、社殿前にて撒豆式を執り行いました。祭典に参列された54名の方々と宮司以下祭員6名が当宮の焼印が入った一升枡から福豆を撒きました。

加藤義永刃物店 加藤義靖殿の掛け声にて福豆が撒かれました

その後、馬場特設祭場にて、福物撒豆式が執り行われ、こちらも大盛況でございました。「福は内、福は内、鬼は外、鬼は外、天打ち、地打ち、四方打ち、鬼の目ん玉ぶっつぶせー」とかけ声が掛けられて撒かれる当宮の習わしです。

馬場の特設舞台前には多くの人が集まりました
皆さんのお目当ては大当たりのボールのようです 皆さん福物を見て喜んで下さいました

伝統文化の継承が我が国の更なる発展につながりますことをご祈念申し上げます。

祭儀課 浅香

如月月首祭を斎行致しました

令和5年2月1日


正月の仮設賽銭箱が撤去され、節分に向けて準備が進む御社殿

令和5年2月1日午前10時より御社殿にて月首祭を斎行致しました。

日々の大神様のご加護に感謝し、世界の安寧を祈念する月首(次)祭は、毎月1日と15日に斎行しております。以下、祭典の様子でございます。

祓所にて修祓 宮司一拝
御神楽「萬代の舞」 宮司 玉串拝礼

月首(次)祭は、どなたでも参列できますので、祭典開始15分前までに社殿右側の祭儀棟までお越しください。参列された方には撤下品として、月参り幣束をお渡ししております。月参り幣束は毎月異なる色目にて奉製されており、季節の草花をモチーフとしております。如月は柊(緑・白)の色目でございます。


柊の花言葉は「先見の明」「用心深さ」だそうです

今回の月首祭には今月より奉職となります新人仕女1名と一般参列者2名が参列し、玉串拝礼をしていただきました。

参列者の玉串拝礼 森仕女の玉串拝礼

以下、新人職員より一言ご挨拶申し上げます。

森仕女
令和5年2月1日より仕女としてご奉仕させて頂きます、森と申します。まだまだ慣れない事も多くありますが、一生懸命努力して参ります。何卒、宜しくお願い致します。

新たな鳩子の仲間入りでございます。あたたかいご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。

祭儀課 浅香

令和5年新年の雀踊り奉納演舞がありました

令和5年1月22日


最後に参加者全員で記念写真を撮影しました

令和5年1月22日午前11時より、仙臺雀踊り連盟「ハネコ・はねこ」「伊達雀」の2祭連による奉納演舞が執り行われました。

仙臺の伝統芸能である雀踊りは八幡宮のお膝元、石切町が発祥といわれ、その系譜を辿るのが「ハネコ・はねこ」です。江戸時代から舞われる雀踊りは、今では幼稚園、小学校の授業でも取り入れられており、仙台市民にとってはそのお囃子を聞くと体がつい踊ってしまうものだそうです。

このお囃子は仙台駅仙山線の発車メロディーにも採用されているため、知らず知らずのうちに耳にしたことのある方も多いかと思われます。

当日は天候にも恵まれ、多くの参拝者が見守る中、元気一杯に雀踊りを舞われておりました。

最初に修祓を受けます ハネコ・はねこ 代表 加藤晴美殿の玉串拝礼
伊達雀 代表 清本多恵子殿の玉串拝礼 拍子木の音が雀踊りの開始を知らせます
伊達雀の演舞 ハネコ・はねこの演舞
沢山の方が御観覧下さいました お囃子部隊も雀踊りの大事な一翼です

昨年は毎年9月に行われる「どんとロード八幡雀踊り」を3年ぶりに当宮にて開催する事ができました。「ハネコ・はねこ」や「伊達雀」の皆さんもコロナと共生しつつ、伝統の継承に邁進されている様子が伝わってまいりました。八幡様もさぞお喜びの事と存じます。

本年も「ハネコ・はねこ」、「伊達雀」の皆様、また、雀踊りご関係の皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

祭儀課 浅香

令和5年古神札焼納祭を斎行いたしました

令和5年1月21日

去る1月21日古神札焼納祭を斎行いたしました。古神札焼納祭はコロナウイルス蔓延の影響を受け、松焚祭の混雑を避ける参拝者が多くなったことにより、臨時の祭典として一昨年より職員のみで行われてきました。

松焚祭と同様の「忌火」を用いました 斎主 祝詞奏上
斎主 玉串拝礼 参列者 玉串拝礼
点火の儀

皆様の参拝を心よりお待ちしております。

祭儀課 浅見

新年正式参拝がございました

令和5年1月16日・17日

令和5年1月16日、宮城県塩竃市に鎮座する志波彦神社鹽竈神社宮司の鍵三夫殿、1月17日、宮城県岩沼市に鎮座する竹駒神社宮司の村田守広殿による新年の正式参拝がございました。

志波彦神社鹽竈神社宮司の鍵三夫殿の玉串拝礼 竹駒神社宮司の村田守広殿の玉串拝礼

例年、県内別表神社への新年のご挨拶としてお参り頂いております。

本年は久しぶりに、新型コロナウイルスによる各種規制の無い正月となりました。お陰様を持ちまして大きな混乱もなく過ごせました事を各社が報告し、これからも皆様に安心してお参り頂きますよう、御祭神のご加護に祈りを捧げて頂きました。

本年は、新型コロナウイルスとの共存が進む中で、3年ぶりに御祈願を御社殿内で斎行する形式を採ることができました。また、神酒拝戴の盃は、コロナ禍に際し調製した素焼きの単盃を用いるなど、従来に倣う部分と新たな基準を採用した部分があった年末年始となりました。

参拝者の人数計測もできる長床通路のサーマルカメラ 八幡宮の扁額が刻印された単盃。
伊勢の地で作られたものです

皆様が安心してお参り頂けますよう、ご案内申し上げます。

祭儀課 浅香

令和5年松焚祭を斎行いたしました。

令和5年1月14日

令和5年1月14日 松焚祭動画(Youtube)

1月14日、夕刻より仙台無形文化財「松焚祭」を斎行致しました。

松焚祭(通称どんと祭)は一年間お祀りされたお札や御守り、お正月様、しめ縄、松飾りなどをお焚き上げする神事であり、東北地方で盛んに行われているお祭りで地域よっては「左義長」「どんど焼き」などと呼ばれています。大崎八幡宮は日本一と呼ばれるほど盛大に行われており、江戸時代中期より始まったとされています。

当日、一之鳥居前にて
初めに参列者の皆様をお祓い致しました 宮司 祝詞奏上
古神札を清祓致しました 宮司 玉串拝礼

「松焚祭」の最後に行われる「点火の儀」は一月一日に宮司よりり出された「忌火」を松明に移して点火します。ここで用いられる松明は、麻がらの芯を束ねたものに松やにをつけたもので、昔ながらの方法で変わることなく現在に伝えられております。

この焚き上げられた炎は「御神火ごじんか」と言います。この火に当たると一年間無病息災であると言われており、その御神火は天まで届くと言われております。

松明に「忌火」を灯したものを古神札へと点火致しました
御神火が燃え上がる様子

また、当宮では「御神火」を目指して参拝する人々の中に高張提灯を揚げ、鈴を鳴らしながら褌姿でお参りする「裸参り」が行われます。今年は66団体909名の皆様に参加頂きました。「裸参り」はこの厳寒の時期に日本酒を仕込む杜氏が醸造安全、吟醸祈願を願って始めたものと伝えられ、今の裸参りの原型となりました。

高張提灯を持ち参拝します 御神火の周りも進みます
社殿前にて裸参りの皆様をお祓い致しました

この一年、皆様が無病息災でいられますように心よりお祈り申し上げます。

祭儀課 浅見

ベガルタ仙台の必勝祈願を斎行しました

令和5年1月9日

令和5年1月9日午後3時から、御社殿にてベガルタ仙台の必勝祈願が斎行されました。
ベガルタ仙台は、日本の宮城県仙台市を中心とする宮城県全県をホームタウンとする、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブです。

1988年創部の東北電力サッカー部が前身であり、1999年にJリーグへ加盟されました。ホームタウンは仙台市を中心とする宮城県全県となっています。ホームスタジアムはユアテックスタジアム仙台で、練習場は泉サッカー場および泉パークタウンスポーツガーデン・サッカー場だそうです。

チーム名の「ベガルタ」は、仙台七夕にちなんで七夕の「織り姫」と「彦星」とされる星の名前、「ベガ (Vega)」と「アルタイル (Altair)」を合わせた造語となっています。

チームカラーはゴールド(ベガルタゴールド)だそうです。これは流星の色であると共に、宮城県が日本最初の黄金の産地である事が理由となっているそうです。

当日は快晴に恵まれ、新春の清々しい空気の中での必勝祈願となりました。

表参道を粛々と進みます 控所にて大絵馬に揮毫して頂きました
修祓 斎主 必勝祈願祝詞 奏上
代表取締役社長の玉串拝礼 監督の玉串拝礼
代表選手の玉串拝礼 仮設賽銭箱の前でお参りをしました
特大の熊手と祈願木札を持ったベガッ太とルターナ 絵馬を選ぶ代表取締役社長とベガッ太
最後に社殿前にて記念撮影をしました

本シーズンの初戦は、2月18日もしくは19日に行われるFC町田ゼルビアとの対戦になる模様です。選手の方々が怪我なく最高のプレーが出来るよう、また関係各所の皆様方におかれましてもご健康並びにご多幸ありますようご祈念申し上げます。

また、ベガルタ仙台の皆様にご記入いただいた大絵馬は長床通路にて展示しておりますので、ご来社の際は是非ご覧ください。

祭儀課 浅香

元始祭並びに本殿向拝幕奉納奉告祭が斎行されました

令和5年1月3日

令和5年1月3日 元始祭斎行動画(Youtube)


久々に雪の無い正月となりました

令和5年1月3日午前9時より元始祭並びに本殿向拝幕奉納奉告祭を斎行致しました。

元始祭は年の初めに当たり、天津日嗣の高御座の大元を寿ぎ奉り、宝祚の無窮と国運の隆昌とを祈る祭典でございます。皇室では明治3年に神祇官八神殿に歴代の皇霊を御鎮祭したのに始まり、皇室祭祀の中でも親祭とされ戦前までは祝祭日にも指定されておりました。戦後の制定により国民の祝日からは外されましたが、現在でも宮中では天皇陛下自ら宮中三殿(賢所・皇霊殿・神殿)において、天津日嗣(皇統)の元始を祝い奉る祭典をご奉仕されております。

また、以前より新調を検討していた本殿の向拝幕が、当宮責任役員・総代の皆様のお力によって昨年の末に完成したことを受け、元始祭に併せて奉納奉告祭も斎行の運びとなりました。

新調された本殿向拝幕 向拝幕奉納の祝詞も併せて奏上されました
御神楽奉奏 浦安の舞

今回の元始祭では、当宮の責任役員・総代・崇敬者の13名の御参列があり、玉串拝礼をして頂きました。

祓所にて参列者も修祓を受けました 当宮 責任役員の玉串拝礼
当宮 総代の玉串拝礼 崇敬者の玉串拝礼

直会では、お屠蘇と洗米が振る舞われました。洗米は神職が榊の一葉で数粒掬い、直会参列者の掌に乗せるのが作法とされ、受け継がれてきました。

左上から時計回りに洗米、お屠蘇、榊の葉 宮司と副斎主が最初に直会を受けます
1人1人順々に洗米とお屠蘇が振る舞われてゆきます 独特の作法は代々引き継がれているものです

祭典の結びには記念写真を撮影致しました。例年は拝殿前に設置された仮設賽銭箱の前での写真を撮影しておりましたが、本年は真新しい向拝幕の背景にした写真となりました。


向拝幕には当宮の神紋である三つ巴が染め抜かれています

令和5年癸卯歳も感染症対策を講じつつ、昨年より多くのご参拝の方をお迎えし八幡様とのご縁を結んで行かれますよう、職員一同精進して参ります。

祭儀課 浅香

令和5年歳旦祭並びに松焚祭採火式を斎行いたしました

令和5年1月1日

令和5年1月1日 歳旦祭動画(Youtube)

あけましておめでとうございます。謹んで新年のお慶び申し上げます。
また、本年も「鳩子の部屋」をよろしくお願いいたします。

境内が温かみのある提灯で灯される中、令和5年癸卯歳 歳旦祭並びに松焚祭採火式を斎行致しました。

歳旦祭とは一年の初めに行われる祭典であり、新年を迎えた事をお祝いし、皇室の弥栄と我が国の永遠の繁栄をお祈りする祭典でございます。

祭典では旬の野菜や果物、野鳥、海魚、川魚など様々な神饌が供えられ、1座10台計30台の神饌が供えられます。

又、今回の祭典の中に「採火の儀」が行われました。この神事は1月14日松焚祭(どんと祭)の御神火(ごじんか)となるものであり、この火は「忌火(いみび)」と呼ばれます。この「忌火」は穢れのない火という意味で、「火打ち石」と「火打ち金」を用いて火花を飛ばし、火口(ほくち)で受けてその火種より「つけ木」にて蝋燭に移され、松焚祭当日に使用されます。

採火は写真の道具を用いて行われました。 「採火の儀」

歳旦祭では「振り鈴の儀」という神事も行われます。

「息長鈴」と呼ばれる鈴を用いて皆様の一年間のご多幸をお祈り申し上げました。ご祭神であります神功皇后様が息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと)とも称えられそれにちなみ「息長鈴」と名付けられました。その音色は厄災を払い、幸福を授けるものとされております。

令和5年が氏子崇敬者の皆様にとって干支の「卯」のように飛躍の年となりますよう心よりお祈り申し上げます。

祭儀課 浅見