令和元年 御大典奉祝の芳名ご記帳を提出いたしました

令和元年11月27日

令和元年、5月1日に改元となり年号が令和とあらたまりまして、上皇陛下への感謝と天皇陛下御即位の奉祝の意を込めて当宮では5月1日よりご参拝者皆さまにご社殿前にてご芳名のご記帳をお願いいたしておりました。

本年5月24日には4000余名の皆様方のご芳名のご記帳を宮城県神社庁に提出いたしており、この度11月27日、再び宮城県神社庁に2000余名の皆様からご芳名頂きましたご記帳を提出してまいりました。

これは宮城県神社庁を通しまして宮内庁まで届けられることとなります。

11月9日東京にて行われました、天皇陛下御即位奉祝の国民祭典も記憶に新しいところです。

令和の新しい御代を国民が挙ってお祝い申し上げ、宮中皇室の深遠なる伝統文化・神事とともに時代を引き継いで日本と世界が安寧に成りまして行きますよう、ここ八幡宮のお宮においても切に祈念いたします。

奉祝 天皇陛下御即位記念境内整備事業御奉賛



(祭儀課 日野)

第108回 定例別表神社会が開催されました

令和元年11月25日

去る令和元年11月25日、竹駒神社において「第108回 定例別表神社会」が開催されました。

神社には、「延喜式内社」など社格という特別な性格を帯びたものもあります。

「別表神社」とは一言でいうと様々な規定から「別表」に掲げられるということで、由緒、境内地の建造物、広く規模、活動状況など厳重に審査されて神社本庁より認定を受けるものです。

宮城県には今現在、「別表神社」は5社ありまして、志波彦神社鹽竈神社、竹駒神社、金華山黄金山神社、宮城縣護國神社、そして大崎八幡宮の5社となっております。

それぞれ当番神社が持ち回りで会場を受け持ち、昨年当番は当宮でしたが、それぞれのお宮を正式参拝して研修し、各議題を話し合い、宮司以下職員の懇親を深める場として定着しており、開催されてから実に108回目となりました。

当宮では宮司、禰宜、日野・石垣両権禰宜が出向し、参加してまいりました。

会議の様子

竹駒神社社殿内において正式参拝の後、参集殿において各神社全25名の参加で議題は多岐に渡り、主にはお正月の警備体制などについて熱心に話し合いがされました。

集合記念写真

その後有意義な懇親の場がもたれ、各神社の交流に花が咲きました。

県内の神社を代表する面々が集まられ、当日は師走も間近にしながらも暖かく穏やかな秋の深まりの日和でした。

(祭儀課 日野)

大嘗祭当日祭を斎行致しました

令和元年11月14日

去る11月14日に「大嘗祭当日祭」を午前10時より斎行致しました。

これに先立つこと、11月12日午後5時より社殿前にて臨時大祓式が齋行されておりました。

これは宮中神事に合わせ、天皇陛下自らが大嘗祭のご奉仕に臨まれるにあたってあらかじめ大祓により身を清められるのと同様に、私たちも大嘗祭当日祭・奉祝祭をご奉仕するにあたり臨時大祓式を執り行うことにより身を清める神事でありました。

水無月の大祓式、年越しの大祓式の式次第と同様に斎行されました。

職員のみの参列で、厳粛に執り行われました。

式の最後には長床前から町内に向かって広く大きくお祓いしておりました。

そして14日大嘗祭当日祭の日は晴天に恵まれ、宮中神事として伝統的に天皇陛下自らがご奉仕されておられます例年の「新嘗祭」(新穀に感謝するお祭り)を、即位後初めてのこの時に限り、特別に「大嘗祭」として御一代一度の祭典神事としてご奉仕されることに併せまして、この日は全国各地の神社で大嘗祭当日祭・奉祝祭が齋行されました。

当宮においては、14日に当日祭、15日に奉祝祭を斎行する運びとなっておりました。

例年の新嘗祭同様に、「横山のごとく」、新穀・新酒・野菜・果物など沢山のご奉献を頂きましたこと感謝いたします。

食べ物への感謝ということが、日本の神道、祭典神事の大きな要の意味でありました。

大祭ですので、宮司以下祭員は正服にて参進いたし、神事を執り行います。

巫女は浦安舞の本装束を着装いたします。

本殿の御扉は開かれ、御簾も掲げられて、神饌は荒稲を始め紅白餅や海魚・川魚、お菓子など10台が献饌されます。

祝詞においては皇室の弥栄と日本の安寧、世界の平和、氏子崇敬者の繁栄をお祈り申し上げました。

参列には崇敬者の方々に含め、職場体験で3日間ご奉仕頂いた仙台市立第一中学校の生徒様7名と先生も並ばれており、玉串奉奠拝礼をして頂きました。

祭典終了の宮司一拝です。

天皇陛下は同日、夕方6時半から翌日未明にかけての神事を滞りなくご奉仕なされ恙無く最大の宮中伝統神事が終了しましたことに一同安堵いたしました。

大神様のご加護をいただきまして、御代替わりに伴う本年の臨時祭典神事の一切も滞りなく終えることができましたことに感謝申し上げます。

令和の御代はまだ始まったばかり、奉祝御大典の事業といたしましてこれから当宮の境内整備事業も行われていきますので、何卒ご理解ご協力のほど併せてお願い申し上げます。



(祭儀課 日野)

奉祝 天皇陛下御即位記念事業~ふるさと文化財の杜構想
国宝大崎八幡宮「文化財漆の杜」植林事業

令和元年11月10日

去る11月10日(日)に岩手県奥州市衣川北股地区にて「文化財漆の杜」植林事業が行われました。国宝や重要文化財などの文化財建造物を、後世に伝えるには定期的な修理が必要です。日本の文化財のほとんどは天然の材料で作られており、漆塗などの補修に使う漆の材料の確保と漆を扱う技能者の育成も進めていかなければいけません。このため、文化庁では平成18年度から文化財の修理に必要な材料のモデル供給林及び研修林となる「文化財の杜」を設定しています。

当宮の御社殿にはご承知の通り、漆が使われておりますが、平成27年度の文化庁の通達により、重要文化財以上の建造物に関しては、国産の漆を使用することが義務付けられました。その理由は、国産の漆は外国産に比べて純度が高く耐久力にすぐれているため。しかしながら、国内で使用される漆のうち、国産漆の生産量は使用量に対して、わずか3%足らずで、数量にして約1.2トンです。文化庁の通達どおりにするには、年間2トン以上の国産漆が必要とされており、社殿全体に漆塗が施されている当宮では、到底必要な量を調達できるものではありませんでした。

そこでこの度、岩手県奥州市衣川有浦の山林約12ヘクタールを買い取り、植林地として整備し不足する、漆の安定供給と技術の確立を目指し「漆の杜植林事業」を着手する運びとなりました。

漆を採取できるまで15年から20年ほどかかる漆の木は、1本から採れる量は約200ミリリットル程度しか採れません。その後、精製の後、顔料などと混ぜて補修に使用されます。

今回行われた植林には、地元住民や大崎八幡宮関係者ら約80人の方が参加し、200本の苗木を植樹しました。

植林事業開会式であいさつする当宮宮司
植林事業開会式の様子
(株)小西美術工藝社二戸支社長福田達胤殿による漆の植え方や漆の特性を説明して頂きました。
今回の漆の苗木は漆の生育に適した、岩手県二戸市に支社を置く(株)小西美術工藝社二戸支社で育てた苗木200本を御提供いただきました。
植樹をする場所をスコップで掘りますが、時々土の中から岩が出てきて参加者は苦戦しておりました。
苗を支える支木も建て苗木と支木とを麻紐で軽く結び固定しました。
秋晴れの青空が広がる天気の中、参加者は皆様、和やかに植樹されておりました。
作業終了予定時刻までに200本の漆の苗を全て無事に植樹することができました。

漆の杜が育つのと一緒に、この秀衡塗の漆の里として知られる奥州市衣川北股地区と大崎八幡宮とのつながりも大きく温かく育っていくことと思います。漆の木は漆の採取までおよそ10年かかりますが、今後はその過程で苗木の育成、下草刈りなどの管理を地域住民皆様の手を借りながら行い、並行して技能者の育成にも取り組んで行く所存でございます。

今回ご参加くださった皆様、本当にありがとうございました。また今回の開催にあたりましてご協力頂きました地元の皆様、そして関係者の皆様に深く感謝申し上げます。

(管理課 高橋)

明治祭斎行

令和元年11月3日

11月となり七五三詣の子どもたちがたくさんお参りに来られております。色とりどりの装束をきた子たちが境内を華やかに、賑やかにしてくれる11月。

七五三詣の子どもたちを見かけましたら「おめでとう」の言葉に載せてお祝いなさってください。

去る11月3日、明治祭を斎行致しました。

暦の上では文化の日(祝日)となっており、自由と平和を愛し、文化をすすめる日となっております。

明治祭とは日本を近代国家として発展せしめられた明治天皇の聖徳大業を景仰し、皇威の隆昌と国運の発展お祈りする祭典です。また永遠の平和繁栄を願います。

献饌

明治祭は中祭で神饌(大神様の召し上がるもの)は8台お供えします。

大祭は10台、月首祭は5台お供えしています。

11月14日、15日には一連の御代替わりの儀式で最も重要とされる「大嘗祭」という宮中神事に併せまして当宮では「大嘗祭当日祭(14日)」「大嘗祭奉祝祭(15日)」を執り行います。どちらも大祭となります。

浦安の舞 中祭は千早という装束を着ます。大祭は十二単のような本装束を着ます。

例年の「新嘗祭」を天皇陛下自らが一世一代の「大嘗祭」としてご奉仕されます。

本年は当宮でもこの日に合わせて祭典を執り行い、例年同様に皆様からの農作物、新酒等の御奉納を受付し、御神前に献備致します。

皆様の御奉納をお待ちしております。

(祭儀課 間々田)

第27回「国旗のある自由画展」表彰式が執り行われました

令和元年10月20日

令和元年度「第27回『国旗のある自由画展』表彰式」が去る10月20日(日)午前11時より宮城県神社庁にて執り行われました。

本年度応募総数は188点、そのうち大崎八幡宮出展作品は107点に及びました。

入選者は全17名、特選1名、準特選3名、入選が13名という内訳になります。厳正に審査されそれぞれの賞が選ばれました。

当日の表彰式には各入選者の児童・保護者が集まられました。

会場の様子

表彰式は開会の言葉の後に神宮遥拝から始まり、続いて国歌斉唱、鍵三夫宮城県神社庁長の挨拶を頂いて、賞状・記念品の伝達へと進行されました。

鍵庁長ご挨拶

入選者の児童はそれぞれに緊張の面持ちで壇上に登りましたが、皆、実に堂々と表彰状を受け取り、記念品が授与されました。

表彰状伝達

各賞のなかでも、大崎八幡宮賞並びに宮城県神社関係スカウト協議会賞、宮城県敬神婦人連合会賞、宮城県婦人神職協議会賞等は当宮の小野目禰宜が表彰状伝達を行いました。

どの作品も国旗を題材にした自由闊達かつ発想力・表現力豊かな作品で、元気にあふれたそれぞれの絵画は今後また全国にて審査されることになります。

鍵庁長、髙橋教化部長より講評を頂いて、全体集合の記念写真撮影を行い、閉会しました。

昼食を頂いている間は審査委員長の畠山信行先生により、各作品について的確で詳しい説明がされ、ユーモアにあふれたとても魅力的な解説でした。

畠山先生は第11回自由画展よりおよそ20年審査委員長を務めて頂いております。

今年の天皇陛下御即位への奉祝も含め、国旗国歌などを基軸に愛国精神を滋養することは国家安泰への地道な道のりでもあります。

今後も継続されることを願います。

(祭儀課 日野)

第九回東北地区婦人神職協議会祭式研修会に参加して参りました

令和元年10月24日

去る10月24日、宮城県岩沼市鎮座の竹駒神社に於いて、祭式研修会が開催されました。

祭式作法とは、神に対する崇敬の念を作法という形に表すことと、神職の挙動を合わせる事で美しく祭典奉仕を行う精神を培うものです。一挙手、一挙動、細部まで意識された祭典は、御祭神の御神慮をお慰めできるものと感じます。

祭式講師には、神社本庁祭式講師、茂木貞純先生をお迎えし、竹駒神社を正式参拝の後、1日をかけて神職の基本である祭式作法を基礎から学び直し、また神事の基本である祭典を其々の所役に分かれて何度も修めました。

また、茂木先生のご挨拶で皇后陛下(現・上皇后陛下)の御歌の紹介がありました。

「神まつる 昔の手ぶり守らんと 旬祭に発(た)たす 大君(きみ)をかしこむ」(平成2年)

天皇陛下は、日本の最高位の司祭者、最高位の神職であり、宮中の祭祀を大切に受け継がれ、常に国民と世界平和への祈りを神に捧げています。祭祀に向かう天皇陛下をお見送りする際のお気持ちを詠まれた歌です。

“神まつる 昔の手ぶり 守らんと”
神に感謝し祈りを捧げる為の方法・祭式作法は古来より形を変えず、宮中祭祀の秘儀として護られてきました。

“旬祭に発たす 大君をかしこむ”
旬祭とは、天皇陛下が御自身による御親拝によって行われる祭典で、その神事に臨む天皇陛下(現・上皇陛下)の後姿を畏みつつお支えする皇后陛下のお気持ちが伝わってきます。

私たち神職は、神を敬い、皇室敬慕を尊び、ご奉仕の精神でお勤めしなければならないことを改めて心に刻む研修となりました。

竹駒神社様での金幣拝戴
禰宜 佐藤様のご挨拶 全国婦人神職協議会会長のご挨拶(代読)
祭式の基本作法の基礎を学びます

東北六県の婦人神職が集い、一年に一度祭式研修を行っています。普段、男性神職とともに、また一人奉仕の機会の多い私たちは、改めて祭式作法の確認ができる大変貴重な機会となりました。

(禰宜 小野目)

令和元年10月17日神嘗奉祝祭斎行

令和元年10月17日

先日の台風19号が過ぎ去りすっかりと冷え込む日が多くなりました。

まだ被害の大きさが明らかになっていない地域などたくさんあると思います。被災した皆様が落ち着いて過ごせる日が一刻も早く来ますようにお祈り申し上げます。

去る、10月17日神嘗奉祝祭を斎行致しました。

夏が終わるこの時期、田んぼに黄金色に実った稲穂の風景をよく目にするかと思います。当宮では2月にその年の豊作を祈る「祈年祭」、11月にはその収穫を感謝する「新嘗祭」を執り行います。

全国の神社が本宗と仰ぐ伊勢の神宮では10月17日に「神嘗祭」が行われます。伊勢神宮では神嘗祭が最も重要な大祭として斎行され、戦前には国民の休日となっていました。

この「神嘗祭」に合わせて、当宮におきましても奉祝の気持ちを込めて神宮を遥拝し、大神様の恵みに感謝する「神嘗奉祝祭」を行います。

献饌 世界の平和を祈る心が表現されている「浦安の舞」

その年に初めて実った稲を始め、穀物・果物などを初穂といいます。神社へ納めるお金などを「初穂料(はつほりょう)」といいますが、初物の稲などを感謝の気持ちを込めて神様にお供えすることに由来する言葉です。

まもなく食欲の秋、神恩に感謝し、自然の恵みと命をいただいて生きることに祈りを捧げながらおいしく食したいものです。

遥拝所(ようはいじょ) 遠く離れたところからお参りをする場所

例年11月23日に収穫を感謝する「新嘗祭」が執り行われますが、今年は御代替わりの年であるため11月14日、15日に「大嘗祭奉祝祭」として天皇陛下一世一代の大祭として斎行いたします。

「新嘗祭」同様に、また格別に皆様からの農産物、新酒等の御奉納を受付しております。

ご参拝お待ちしております。

(祭儀課 間々田)

令和元年度重要文化財建造物管理実務検討会に参加して参りました

令和元年10月11日、12日

去る10月10日11日と、京都市に於いて令和元年度重要文化財建造物管理実務検討会に参加して参りました。

大崎八幡宮では、毎年1月26日に「文化財防火デー」と称し、地域の方々や消防署と連携を図り、消防訓練を行なっています。

しかしながら、近年は防火設備の不具合を確認、設備の老朽化が懸念されていました。これらは全国の国宝・重要文化財の防火設備に共通する問題でもあります。

文化財建造物の殆どは木造であり、可燃性の植物性材料(屋根材が柿、檜皮や茅)などを多用され、また周囲が木造密集地である事も危惧されます。

平成31年 4月、フランスのノートルダム寺院の火災焼損が世界の注目を集めました。石造と思われる建物も、多くの木組みが取り込まれていて、内部から失火したとも、放火とも言われています。

その事例を踏まえ、文化庁は4月に緊急アンケートを実施し、現在の文化財防火管理の実情を調べ検証しました。

火災の原因は、放火・失火が多くありましたが、最近は電気系統の火災も多くなってきているとの事です。設備の老朽化は消火という直接的な設備だけでなく、建物の維持管理による点も注意しなくてはならないと学びました。

また、消火活動について、文化庁調査官の方からお話がありました。

消火活動には2つあり、①文化財への類火を防ぐ為の活動(所有者による放水銃などの消火活動)と②発火した火災の延焼を消すため活動(消防隊員による消火作業)があり、それぞれ役割の違いを説明頂きました。

特に「消防隊が行う消火活動は、文化財の火災を消火するのはもとより、延焼を防ぐ為に行う活動であり、その活動で文化財の損傷も懸念される」「消防士が、文化財の消火活動に携わる機会が、一生のうちに何度あるか。消火対象の材質や存在の役割をどの程度理解しているのか」との指摘があり、確かに通常の火災の消火活動と同じ手順を行うことで破損が生じる可能性を視野に、消防署との連携をより深める必要性を強く感じました。

大崎八幡宮は、日本の宝である御社殿保存の為に、関係機関との情報共有や消防設備の再点検を行い、文化財の維持管理や継承に努めて参ります。

文化庁文化資源活用課の梅津氏による防火対策ガイドラインについて
基調講演では、国立大学方今 京都工芸繊維大学教授 清水重敦氏による京都の近代和風建築について
翌日は、京都東山区にある東福寺の見学会が開催されました。
京都を代表する紅葉の名所であり、日本最古最大の中世から伝わる禅宗建築で有名です。
国宝建造物や重要文化財など多くあり、3班に分かれての見学となりました。
東福寺開山堂の大修理が行われていました。
有名な通天橋を渡り、東福寺境内を散策します
安土桃山時代の三門は15メートル以上の見上げる高さです。

能神楽奉奏

令和元年9月14日

去る9月14日(土)午後6時30分より神楽殿にて能神楽が奉奏されました。

9月1日より稽古が始まり、小さな子供から大人まで毎日の稽古に励んでおりました。今年は、例年と比べると多くの方々が拝観しておりました。

大崎八幡宮能神楽の奉納演目はかつて18番を数えたと伝わっておりますが、現在ではそのうち10番が廃絶し「神拝(じんぱい)」「龍天(りゅうでん)」「摩王(まおう)」「三天(さんてん)」「小弓遊び」「将足(ひょうそく)」「四天(してん)」「獅子取り舞」の8番が演じられており、特徴は足を摺るように静かに舞う所にあり、「能」の所作によく似ている為、「能神楽」と呼ばれております。

「神拝(じんぱい)」は大崎八幡宮能神楽の舞の基本の形となっており、「将足(ひょうそく)」と「獅子取り舞」を除いたすべての舞が同じ所作より始まります。

多くの方々が能神楽を拝観している様子
大崎八幡宮の能神楽の基本の舞「神拝(じんぱい)」
大きな鳥甲に白髭の面をつけ、鉾先を相持ちその下をくぐる舞
「龍天(りゅうでん)」
天岩戸隠れが題材となっており、岩戸を押し開いた天手力男命の舞
「魔王(まおう)」
赤い装束を身に着け、小弓と扇を手にした少年の舞「小弓遊び」
狩衣を着た3人の舞人による舞「三天(さんてん)」
刀を両側でぐるぐる回し、前へ進む所作をする複雑な動きをする舞「将足(ひょうそく)」
この舞は4人舞ですが登場人物は実に6人で最も物語性のある舞「四天」(してん)
平和な里に現れた獅子を大神様より授かった御幣で力を封じた幼い子供による舞で大崎八幡宮能神楽の最終演目「獅子取り舞」

(庶務課 安達)

令和元年例大祭献饌式を執り行いました

令和元年9月14日

令和元年9月14日(土)午後3時、例大祭献饌式が御社殿・仮拝殿にて齋行されました。

本年は9月1日の鳥居祭から8日(日)のどんとロード、そして14日の献饌式、15日の神幸祭とすべて好天に恵まれ、多くの方にご参拝頂き、また多くの方々のお手伝いを頂きました。

深く感謝申し上げます。

例祭のみならず祭典の際に宮司以下祭員が参進してまいります時、傍らに立つ方はお頭をお下げ頂く古式がございます。

仮拝殿に着座いたしました。

奉献の薦樽と、「奉祝天皇陛下御即位」の懸垂幕は祭典がすべて今年の「御大典」奉祝行事の一環であることを彷彿とさせます。

伊達家18代御当主伊達泰宗様の御参列もございました。

宮司の祝詞奏上の後、 巫女による御神楽「浦安の舞」が奉奏されました。

「あめつちの神にぞ祈る あさなぎの 海のごとくに波立たぬ世を」 昭和天皇の御製です。

おかげさまで祭典は恙無く執り行うことが出来ました。

写真撮影を行う頃には雨は上がり、参列者の皆様は宮司以下祭員、役員総代と共にひな壇に並び、不思議な雲模様の空の下で無事撮ることが出来ました。

参列者はおよそ100名近くおられ、ご遠方の方々より頂きました祝電の数々も120件を越えました。

また例大祭に併せ数々の奉納を頂きましたことにも感謝申し上げます。

神輿渡御前日の祭典として、前夜祭に近い意味を持つ例大祭献饌式ですが、前夜祭がかえって重い意義の神事である祭典は地域的にも他にも見受けられます。

献饌式は三柱各座にそれぞれ10台お供えされ、計30台、そのうち10台が手長で神職の手により献饌されますが、黒漆の三方で御前に供わる姿は圧巻です。

翌日の神社本庁より献幣使参向の上の例祭、また神幸祭と併せ、例大祭期間中は祭典神事行事が目白押しで盛沢山のお祭りに包まれ、盛大に執り行われてやがて本格的な秋の季節を迎えて行きます。

祭典のみならず、季節よろしいこの頃、是非お参りに足を運ばれることをお待ち申し上げております。

(祭儀課 日野)

仙台89ERS必勝祈願

令和元年9月11日

去る、9月11日仙台89ERSの必勝祈願を執り行いました。

代表取締役デービット・ホルンさん、ヘッドコーチ桶谷大さんを始め、選手、スタッフ含め総勢29名でお参りをされました。

午前中は大雨でしたが、皆様が大石段を上るころには雨が止み、晴れ間が見えて太陽も応援しているかのような天候でした。

控所にて大絵馬にサインをし、それぞれの目標などを書いておりました。

大絵馬にサインを書いたのち、御社殿にて祈願を執り行いました。
御祈願終了後、社殿前にて集合写真を撮影し、89ERSのキャラクター「ティナ」が刺繍されている開運、必勝の御守りをお渡ししました。

シーズン開幕戦は、9月21日(土)群馬クレインサンダーズ戦
仙台開幕(ホーム開幕)は、9月28日(土)茨城ロボッツ戦となります。 皆様も仙台89ERSを応援しましょう!!

八幡宮の小鳩たちも仙台89ERSを全力で応援しております!

仙台89ERSの大絵馬は御社殿横にあります西回廊にて展示しておりますのでぜひご覧になって下さい。

(祭儀課 間々田)

春日神社例祭

令和元年9月7日

去る9月7日、午前11時より当宮宮司が兼務する仙台市青葉区八幡2丁目に鎮座する春日神社にて例祭を斎行致しました。

春日神社は、中世に仙台を治めていた国分氏最後の領主・国分盛重の子・玄性坊実永が、仙台藩第2代藩主忠宗公の治世、かつて国分庄にあった覚性院の再興を願い出て、小田原(現・六番丁小学校)の地に覚性院と共に遷座、旧町名・覚性院丁の由来となりましたが、明治の神仏分離により覚性院は廃寺となり、当社は現在氏子による春日講によって護持運営され祭祀を存続し今日に至ります。

祝詞奏上 巫女による浦安の舞
参加者玉串拝礼 神酒拝戴

祭典当日は天候にも恵まれ、神事は滞りなく終えおよそ15名の参列がございました。

春日神社では、毎月9日に月次祭、毎年9月上旬の土曜日に例祭が斎行されています。お近くにお住まいの方に限らず、ご記憶に留められこの機会に合わせまして是非お参り頂きましたら幸いです。

(奉賛課 佐藤)

鳥居祭斎行

令和元年9月1日

去る、9月1日鳥居祭を斎行致しました。

鳥居祭とは当宮における特殊神事です。9月に最も重要な祭典「例大祭」を行うにあたって、外部からの罪穢れを防ぐために結界を張り、例大祭が無事執り行われることを祈念する祭典です。

三之鳥居に張られた縄(結界)は15日の神幸祭神輿渡御の出幣式の祭に先立の手により切断され、神輿が三之鳥居を通過した後に初めて参拝者の通行が許されます。

当日は早朝から作業が始まり、境内各所の注連縄(しめなわ)、紙垂(しで)を新しく張り替えました。

神事の中で「お供えの儀」があります。

例大祭まで清浄をお守り頂く神様に、三之鳥居左右の袴石に「御神酒・鰹の生節・梅干・茄子」を箸で一つ一つお供えします。
これらは伊達家の携帯食(兵糧)とされております。
例大祭までお供えするのが本義とされているので日持ちが良いものをお供えします。

「お供えの儀」 神饌(鰹の生節・御神酒・梅干・茄子)

神事終了後、傳播八幡井組雀踊り保存会の皆様による奉納演舞がございました。
仙台の「雀踊り」は、慶長8年に仙台城移徒式の宴席で、泉洲・堺(現在の大阪府堺市)から来ていた石工たちが、即興で踊りを披露したことが始まりといわれています。

傳播八幡井組は石切町の石工たちから400年の歳月を越えて伝承された、直系の「雀踊り」を継承している数少ない団体です。

テンポの良い曲に合わせて跳ねて踊る姿が餌を啄む雀の姿に似ていることから「雀踊り」と名付けられました。

太鼓や笛の音とともに威勢の良い掛け声が響き渡りとても賑やかな奉納演舞となりました。

(祭儀課 間々田)

令和元年度御社殿維持工事「拝殿外陣彩色補筆工事」「長床屋根補修工事」を行いました

令和元年8月30日

国宝の御社殿を後世に伝える為、毎年御社殿並びに文化財の部分的な修復を行っております。令和元年度は奉祝 天皇陛下御即位記念事業の一環として御社殿の拝殿東側彩色の補筆工事並びに長床屋根の部分補修工事を行いました。

御社殿の彩色補筆工事には(株)小西美術工藝社の方々、長床の屋根工事には(株)児島工務店の職人さんにお願いし、工事に着手頂きました。両社とも平成12年より行いました「御鎮座400年記念事業 平成の大修造」に携わって頂いた方々で、当宮としても安心して工事をお任せしました。

拝殿彩色施工前

彩色が浮いてきているのがわかります

長床屋根施工前

上から見ると腐食箇所がはっきり見受けられます

長床屋根修復状況

腐食箇所を確認しながらきれいに取り除きます
当宮の長床屋根は杮(こけら)葺きです。厚さ3ミリの杉の板を重ねて屋根を葺きます
綺麗に葺きあがりました 最後に既存部分との調和を図るために防腐剤に炭を混ぜて仕上げていきます

拝殿彩色補筆状況

浮いている彩色部分に膠水(にかわ)を差し込みます 既存の彩色部分に膠水を浸透させます
余分な膠水を拭き取ります 彩色剥落箇所を補筆します
剥落止め、補筆の完了です

文化財を後世に残すというのは所有者だけでは到底かないません。氏子崇敬者を始め文化財修理に携われる職人の方々の努力なくしては成し遂げられません。現在も奉祝 天皇陛下御即位記念境内整備事業は継続中でございます。趣旨ご理解の上、ご協力のほど宜しくお願い申し上げます。

令和元年御鎮座記念祭が齋行されました

令和元年8月12日

本年5月1日に御代替わりがなされて以降、新しい年号が「令和」となりまして早3カ月半が過ぎました。

「令和」を英語で直訳すると「ビューティフル・ピース」と言えるそうです。

令和元年、天皇陛下の新しい時代がまさにそのように在る時代となるよう願いをともにします。

8月12日は当宮の御鎮座記念の日に当たり、400年前の1607年(慶長12年)に造営後遷座され竣功された記録に基づく祭礼の日となっております。

午後6時半から祭典が執り行われ、浄闇の中で7時より「雅楽の夕べ」が引き続き齋行されます。

今年は表参道に奉祝の提灯も灯されつつ、七夕飾りにも賑やかに囲まれ、竹行灯と紙行灯の風情の中で宮司以下祭員が参進してまいりました。

祭典は本殿また社殿前特設舞台に於いて斎行されました。

夏至はとうに過ぎ、立秋も過ぎたお盆の入りの前日となると午後6時半からの祭典は斎行中次第に浄闇へ包まれて行く独特の雰囲気となって行きます。

お気づきになられた方も多いでしょうか、今年は御社殿前にて奉献の稲を育てております。

古代米の赤・紫・黒の三種が順調に育生されています。

やがて完全な夜へ、鎮守の杜が包まれてゆく時の流れで神事も進み行きます。
宮司祝詞奏上案の前には鈴虫が備えられ、その鳴き声が情景をさらに醸し出します。

祝詞において創始の御鎮座の感謝に加え御祭神を称え氏子崇敬者の繁栄を祈ります。

そして雅楽演奏と舞奉納が始まりました。

演奏は例年雅楽の演奏団体であります伶楽舎の方々に奉納演奏頂いておりますが、今年7月、創立者の芝祐靖先生が惜しまれまがら他界されていました。

祭典時には芝先生の写真を飾っており、すぐ側でお見守り頂いていらっしゃる御前での意味もある斎行でありました。

演目は今様「白薄様」に始まり、続いて神前神楽「青葉の舞」が奉納されました。

こちらは伊達政宗公の仙台開府にあたりその末永い繁栄を願って詠まれた歌に作曲作舞されて御鎮座400年から当宮独自の舞として奉納されているものです。

作曲は芝祐靖氏、作舞は宮田まゆみ氏によるものです。

今年は令和の年を迎えた「奉祝 天皇陛下御即位」の意味も込められ、天皇陛下の御前に奉祝の奉納された姿も皆さま彷彿とされたのではないでしょうか。

4人舞として神前奉納されました。

伶楽舎の方々は長床・神楽殿にて演奏されておりました。

境内は庭遼のかがり火に照らされ、聞こえる音は時折薪の燃える音と虫の声となり、清らかで厳かな雰囲気の中、神前舞、演奏奉納は続いて行きます。

管弦として「皇麞急(おうじょうのきゅう)」、「老君子(ろうくんし)」が演奏され、御神楽 「其駒 人長舞(そのこま にんちょうまい)」が奉納されました。
 「その駒ぞや 我に 我に 草乞う 草はとりかわん 水はとり 草はとりかわん」
人長の持っている榊につけた輪は、御神鏡を象ったものと云われております。

神前舞として最後には浦安の舞です。

この舞は昭和15年に皇紀2600年を奉祝して元宮内庁楽部多忠麿氏により作曲作舞されたもので、歌詞は昭和天皇の御製「あめつちの 神にぞ祈る 朝凪の 海のごとく 波立たぬ世を」という戦前戦中にありて平和への希求の祈りが込められた詩であり全国的に各神社の神事において奉納されております。

最後には、退出音声(まかでおんじょう)としまして「長慶子(ちょうげいし)」が演奏奉納され、無事納められました。
当日は天候に恵まれ、参列者の方はおよそ200名ほどおられました。
無事納めることができましたこと、感謝申し上げます。

そして翌日、東日本大震災復興祈念、「雅楽の夕に、」が執り行われ、同じ舞台で今度は日中の明るい時間に、奉納演奏・舞が繰り広げられました。

祭儀課 権禰宜 日野

七夕祈願祭

令和元年8月8日

去る8月8日、七夕祈願祭を執り行いました。

仙台では、昔から七夕祭のことを「タナバタサン」と言い、昔は陰暦7月6日の宵に行われていましたが、明治になると陽暦7月6日の宵に行うようになり、さらに近年は8月6日から8日までの3日間行うようになりました。

仙台地方では藩政時代より、仙台をはじめ農村各地において、それぞれ七夕祭りが行われてきましたが、笹に短冊などの七夕飾りを鈴なりにつけることは、秋田竿灯祭りなどと同様に、頭を垂れて稔る稲穂に竹飾りを見立てて豊作を祈ることに由来しています。

当宮においては、7月2日に社殿前に七夕の笹竹を設置してから訪れた方が短冊を書いてかけられただけではなく、全国各地からの短冊の奉納がありました。

皆様が書き上げた願い事が成就しますよう、大神様にご報告申し上げました。
設置してすぐの笹竹 8月現在の笹竹

笹竹は、今年8月下旬まで長床前に飾られ、訪れた方々の願い事でいっぱいになりました。

また、8月8日以降に当宮に奉納いただいた短冊もお祓いを致しました。

皆様の願い事が成就致します様御祈念申し上げます。

奉賛課 佐藤

大崎八幡宮太元社例祭を執り行いました

令和元年8月1日

去る8月1日、太元社の例祭を斎行致しました。

太元社は、創建時期は不明ですが、元禄11年(1698年)の古図に拝殿西側に記載されていることからそれ以前と推測できます。お祀りしているのは「太元帥明王」といい、邪鬼を懲らしめ、福を招く神として崇拝され仙台五代藩主伊達吉村公が武運長久と子孫繁栄を祈念し勧請したとされています。

現社殿は昭和56年に8月に竣工式が行われ、そのことから毎年8月1日に太元社例祭を執り行っています。

本年はさわやかな夏空の下、大崎八幡宮役員総代、また氏子の皆様のご参列を頂き、祭典を執り修めました。

皆様のご参拝、お待ちしております。

しおりはこちらから

宮司以下祭員参進
厨子の前にて、宮司一拝 御神楽「浦安の舞」奉奏
伶人(大崎八幡宮職員)による雅楽の演奏です  
参列者玉串拝礼

総務課 小野目

大崎八幡宮境内社、末社の参拝のしおりを作成いたしました

令和元年8月7日

御存じの方もいらっしゃいますが、境内社の太元社は太元帥明王をお祀りした、全国でも大変珍しい神社です。今回参拝のしおりを作成致しました。太元帥明王の御由緒、また境内社の御祭神の御神徳を授かりますよう、皆様のご参拝をお待ちしております。

しおりはこちらから

宮城県教育庁文化財課主催の「宮城に息づく民俗芸能~異伝の法印神楽編」が開催されました

令和元年8月3日

去る8月3日、仙台国際センターにて宮城県教育庁文化財課主催の「宮城に息づく民俗芸能~異伝の法印神楽編」が開催されました。

会場では200名ほどの聴講者が興味深く基調講演、映像鑑賞や解説を聞き入っていました。

基調講演は東北歴史博物館 館長 笠原先生より「異伝の法印神楽とは何か~」を東北地方の神楽、異伝と浜、県内神楽の演目の比較を解説されていました。

東北地方の神楽と法印神楽があり、その法印神楽も「浜の法印神楽」と「異伝の法印神楽」がある。大崎八幡宮では「異伝の法印神楽」に属し、この違いは「浜の法印神楽」の上演団体が20団体に対し、「異形の法印神楽」の上演団体は4団体と区別する為に分類される。

宮城県内の神楽(浜・異形)の演目を分類すると共通演目や楽器の編制があり、歴史書や縁起、伝聞から派生や系譜を紐解くことができる。

大崎八幡宮の神楽は、法印神楽と分類されるが、「法印(修験)」の人々が伝えていたのではなく、社家の人間が伝えていた、とのお話がありました。(つまり、厳密には法印神楽ではない。)

大崎八幡宮能神楽保存会による、神楽の解説
薬莱神社神楽保存会による、神楽の解説

~大崎八幡宮能神楽の魅力の見どころ~

仙台市教育委員会文化財課 沼田 愛 先生による報告がありました。

最初に会場150名の聴講者に大崎八幡宮の能神楽の観衆の有無を聞いたところ、殆どの方がご覧になった事がないという返答があり、沼田先生は大崎八幡宮能神楽の魅力や見どころの説明に熱が入ったご様子でした。

20分という短い時間の中、仙台城下における大崎八幡宮の位置関係や能神楽の概要、仙台市内の神楽の分布から他団体との関係性を説明された後、①舞台装飾②演目と所作③3世代団結と愛を込めてお話しくださいました。

①舞台

「おだれ」と呼ばれる、神楽舞台の天井の装飾(神様の先導の役割)についての解説がありました。演目開始前は12本に広がった「おだれ」(紙垂)が、終演に向かうにつれ、千切れる様が荒々しくも美しい。

②演目と所作

現存する演目(8種類)と、習得の順の違い(所役や実際の年齢や体格などによる)

③3世代団結

殆どの保存団体は人材不足の為継続の危機の問題があるが、大崎八幡宮の能神楽保存会は3世代で関わりがあり、子供から青年、成年、大人と、子供の頃に演目を習得し、大人になり子供に教えるという昔ながらの循環型人材育成を形成できる珍しく恵まれた環境にある。

大崎八幡宮能神楽は、9月14日午後6時30分から奉納されます。

皆様のご参拝、ご参列をお待ちしております。

禰宜 小野目

宮城県神社庁主催 国民精神昂揚研修会が開催されました

令和元年7月23日

国民精神高揚研修会とは、宮城県神社庁教化部が主催となり、神社関係者等(神職、役員総代世話人等)が日本国民としての精神をより奮いお越し研鑽を積む為に開かれる研修会で、宮城県内3会場で開催されました。

今回、会場は宮城県南部に鎮座する竹駒神社崇敬会館(他県内2カ所)において開催され、凡そ200名近い関係者等が、「令和の御代を迎えてー即位の礼・大嘗祭を中心にー」を題材に、國學院大學教授 齋藤 智朗先生を迎えご講演いただき、大崎八幡宮では、宮司以下神職2名、役員総代4名が参加し、聴講いたしました。

本年は10月に即位の礼、11月に大嘗祭を迎えます。その歴史や儀式の意味などを改めて学ぶ事で、皇室敬慕の念が盤石になる機会となりました。

県南、中央の神社関係者の皆様が、竹駒神社崇敬会館へと参集いたしました。
國學院大學教授 齋藤 智朗先生

禰宜 小野目

厄除祈願大祭を斎行致しました

令和元年7月1日

去る7月1日、今年度初めてとなる厄除祈願大祭を斎行致しました。梅雨の時期でもあり、雨の心配がされましたが、降る事無く滞りなく斎行する事ができました。

一昨年、上皇陛下は、御代替りをお申し出されました。そして、本年5月1日を以て新たに天皇陛下が御即位あそばされ、世の中は「平成」の御代を多くの方々に尽くされた上皇陛下への大きな感謝と天皇陛下の御即位ともに「令和」という新たな元号を喜びを以て迎えました。

また、此の度の改元は、新たなるお気持ちでお迎えする正月と同様、清々しいお気持ちとなった事とも思います。

そのため、当宮では「厄除祈願大祭」という、攘災招福や無病息災、厄除け、災難除けの他、あらゆる災い事を祓い、皆様方の家内安全や身体堅固を祈願し、ひいては国家安寧と世界の平和をも御祈願申し上げる祈願祭を斎行致すこととしました。

また、この祭典に併せて、令和元年の残す半ばが皆様方にとって幸多かれと八幡様大前広庭にて御社頭にて受付致しております「祈願串」を御焼納申し上げる「祈願串焼納祭」も併せて執り行いました。

厄除祈願大祭 祝詞奏上
忌火を祈願串へ点火します 御焼納の間は、大祓詞を奏上します
宮司が皆様よりお預かりしている祈願串を忌火へと投じます
御参列の皆様自身の手で、御自身の書いた祈願串を投じて頂きました

引き続き、祈願串は御社頭にて御奉納頂けます。願いを込め「祈願串」を御奉納ください。

祭儀課 石井

大崎八幡宮例大祭第一回祭典委員会が開催されました。

令和元年7月20日

去る7月20日、大崎八幡宮の大広間にて役員総代世話人の皆様にお集まりいただき、世話人会、また9月1日から15日まで行われる例大祭の会議が執り行われました。

本年は、役員総代の改選と報告、新たに神社世話人に推挙された方の委嘱状の伝達が行われました。

また、宮城県神社総代連合会「功労者表彰」総代 星山 己知郎殿、仙台市神社総代会「功労者表彰」(10年以上神社世話人で特に功績が認められた方)菅野新一殿他12名がこの会議において表彰されました。

引き続き、協議事項として8月9月の祭典の日程や募集要項のご案内を行いました。

本年の例祭で、以下の奉賛、奉仕者を募っております。

お神輿を担いでいただき、八幡様の御神威を身体で直に感じてみては如何でしょうか?

ご家族でのご参加もお待ちしております。

御奉賛
①鈴の緒
②祈願幟

神輿奉仕者
①白丁奉仕者(男神輿)
②前衛・後衛(裃着用)
③子供神輿(小学生)
④女御輿(高校生〜成人女性)
⑤騎射子(幼稚園〜小学低学年)

大崎八幡宮大広間にて、会議が開かれました。地域の皆様が大勢お集まりいただき、役員総代改選、 新しい地区世話人就任、また県市の表彰などを報告し、8月9月の祭典案内と会議は進みました。

禰宜 小野目 稲美

宮城県文化財所有者連絡協議会 総会並びに春季研修会が開催されました。

令和元年7月17日

去る7月17日、宮城県岩沼市鎮座の竹駒神社において、宮城県文化財所有者連協議会 総会並びに春季研修会が開催されました。

宮文連(宮城県文化財所有者連協議)とは、宮城県内の神社仏閣、自治体、個人など多岐にわたる所有者の情報交換の場であり、100年200年前の文化財を、100年・200年後に亘る長い歴史を繋ぐ為に「今」何ができるか、何をすべきか、を協議し、文化財所有者の抱える諸問題を解決するようさまざまな事業を行なっています。

今回、宮城県岩沼市鎮座の「竹駒神社」向唐門が宮城県指定有形文化財と言う事で現地研修会の場となり、宮司 村田守広様よりご講義賜り、竹駒神社の由緒・縁起・明治天皇の行在所(天皇陛下の巡幸の宿泊所)、竹駒神社の建造物についてお話しいただきました。

宮城県文化財課の職員の御臨席
竹駒神社宮司 村田様よりご講演並びに境内のご説明
宮城県文化財課職員の方より、向唐門(北)の説明がありました。
県内にある唐門で、これだけ頭が大きく現存しているものは大変珍しい、との事。(天保13年、1862年寄贈)
右の画像の柱は、耐震の為に後から取り付けられた珍しい工作物です。
この補強により、先の東日本大震災では被害がありませんでした。
向唐門(南)は正面に位置し、参詣者を迎え入れます。正面右側柱の飾り金具に、奉納者・奉納年の銘が打ってあります。
天保十三年 壬寅秋九月三日 羽州最上山形銅町禱師~
普段は締まっている馬事博物館。昭和初期木骨コンクリート製の建造物であり、震災の揺れに耐えた強固な建物。
仙台城天守閣跡の青葉公園にある伊達政宗騎馬像のモデルとなった像。

七夕祈願祭の受付が始まりました

令和元年7月1日

七月に入り、七夕祈願祭の受付をしております。境内では、長床に七夕飾りを飾り社殿前には大きな笹竹を設置し、七夕一色になっております。

社殿前の笹竹には皆様に書いて頂きました七夕短冊を結べるようになっております。その際、1,000円以上の初穂料をお納め頂いた方には8月8日七夕祈願祭でお祓い致します御札を送付しております。七夕申込用紙に氏名、ご住所を記入の上社殿向かって右側にあります受付(祭儀棟授与所)までお持ちください。

社殿前の笹竹(脚立を用意してありますのでご自由にお使い下さい)
長床:仙台の伝統的な七夕飾りを飾っています
お好きな色の短冊・ペンでお書き下さい

尚、笹竹に結ばれましたお願い事は8月8日に行われる七夕祈願祭にて御神前にお供え致します。

皆様も是非、八幡様の御神前で「お願い事」をなさっては如何でしょうか。

七夕祈願祭のご案内

奉賛課 三浦

月首祭(つきなみさい)を執り行いました

令和元年7月1日

去る7月1日、大崎八幡宮の月毎のお祭りである「月首祭」を執り行いました。

1日月首祭・15日月次祭とは、安寧とすごせる日々は、神のご加護によるものと感謝申し上げる祭典です。

月参りと申しまして、日々の節目にお参りに来られる方が多くいらっしゃいます。

大崎八幡宮では、この月首祭にご参列いただけます。ご希望の方は、こちらをご覧ください。

皆様のご参拝、ご参列、お待ち申し上げます。

祭典に先立ち、祓戸にてお浄めのお祓いを行います 宮司以下祭員の参進
祭典は宮司一拝により執り行われます 神饌と月参り幣束のお供えです
宮司祝詞奏上。神のご加護に感謝し、安寧を祈ります 拝殿の外から多くの方が祭典を見学されています
神前神楽「萬代の舞」奉奏です 宮司以下祭員の玉串拝礼
どなた様もお申込みいただければ祭典にご参列いただけます。

禰宜 小野目 稲美

神宮崇敬会「第42回神恩感謝祭」に参加して参りました

令和元年6月24日

去る6月24日25日、三重県伊勢神宮において、神宮崇敬会主催の「第42回神恩感謝祭」に、大崎八幡宮禰宜、他仕女2名が参加して参りました。

6月とはいえ梅雨開けぬ伊勢でしたが、其の日は雲間から青空が見える暑い日となりました。時折吹く強い風や流れる雲により、スコールのような雨が降ったりやんだり…。

日本書紀の垂仁紀において、「神風(かむかぜ)の伊勢の国は常世の波の敷浪の帰する国なり。この国に居らむと思ふ」という倭姫命(ヤマトヒメノミコト)が天照大神から受けた神託などに登場するように、伊勢には神風が吹くのだと実感いたしました。

今回、神宮崇敬会主催の神恩感謝祭の参加者は200名ほどで、神宮会館大講堂にて開会式が執り行われた後、國學院大學 名誉教授 大原康男先生による「今次御代替わりの諸儀について」(我が国における皇位継承の歴史、明治以降の御代替わりの諸儀概要、現憲法下における御代替わりの諸儀と課題など)をご講演賜りました。

その後、夕食や潔斎を済ませ、夜10時から倭姫宮で執り行われる「月首祭奉拝 由貴夕大御饌の儀」に参列すべく、バスに乗り込みます。

浄暗の中、松明に照らされた神宮神職の奉仕の姿を遠くに垣間見ながら、境内に張り詰める神気を感じる祭典でした。参列した禰宜、仕女、共に厳かな祭式を心で感じ得た時間でした。

(神聖な神事である為、境内の写真撮影は禁止されております。こちらの画像は、以前参拝した時の写真です)

翌日は、神宮の参拝です。伊勢神宮の参拝は、最初に外宮をお参りします。

大崎八幡宮では、先の御遷宮(平成23年)時、外宮のお白石持行事に参加いたしました。その時に思いを馳せながら外宮を参拝致しました。

次に内宮の参拝です。禰宜は神職研修で数回伊勢に赴きましたが、仕女は初めての内宮参拝です。

初めての宇治橋を渡り、内宮境内を神宮崇敬会の皆様と参進、参拝致しました。

今回の神恩感謝祭の参加は、崇敬者の方がどのような思いで神宮を参拝するか、神宮の職員の奉仕の心など普段からどう意識し、私たちが八幡様をお祀りするかを改めて感じる機会となりました。

禰宜 小野目

水無月大祓式斎行

令和元年6月30日

去る、6月30日(日)15時より水無月大祓式を斎行致しました。

大祓は半年間(1月から6月まで)に、知らず知らずのうちについてしまいました罪や穢れを祓い清める神事です。

古い歌に「水無月の夏越の祓いする人は千歳の命のぶとこそきけ」とあり、6月の夏越の大祓を受けると延命長寿をすると信じられてきました。

年に2度、6月と12月(6月30日、12月31日)の晦日に行っており、6月の大祓を「夏越(なごし)の祓」とも呼びます。

131人の方が参列しました 大きなテントのおかげで雨に濡れませんでした
宮司以下祭員参進 斎場となる広場まで向かいます 開式後「解き縄、切麻、人形(ひとがた)」の入った紙包みをお渡しします

参列者全員が紙包みを受け取ったのち、祓主が大祓詞を奏上します。

大祓詞奏上 木綿を八つに裂き、裂いたときの音で罪穢れを祓う

大祓詞を奏上することによりこの半年間の罪穢れを祓い清め、向う半年の世界の平和 国家の隆盛と安泰を氏子崇敬者の皆様と祈念します。

大祓詞の「八針(やはり)に取り裂きて」の時、祭員が木綿(ゆう)を八つに裂きます。 裂いたときの音で罪穢れを祓い清めると言われております。 その次に皆様にお渡しした「解き縄、切麻、人形」が入っている紙包みを使い祓い清めます。

  1. 大祓詞の「舳(へ)解(と)き放(はな)ち 艪(とも)解(と)き放(はな)ちて」の時、まず「左なえの麻縄」を取り、口でほどき右肩越しに投げる
  2. 次に「右なえの麻縄」を同様に口でほどき、左肩越しに投げる
  3. 次に「切麻」を取り、肩越しに左・右・左と3度撒きかけて祓う
  4. 最後に大祓詞奏上後、「人形」で身体を撫で、息を吹きかけて罪穢れを移し、紙包みに入れて閉じる

最後に祭員が紙包みを集め唐(から)櫃(ひつ)に納めます。

最後にお祓いをし、お祓いをした大麻も唐櫃に納め蓋をします

お祓いが斎行された後は、茅(ち)の輪(わ)くぐりです。

茅の輪くぐりの由来は、『備後風土記』に「蘇民将来」という物語が記されています。素戔嗚(すさのおの)尊(みこと)が旅の途中「蘇民(そみん)」(という名前の村人の家を訪れた際)に一晩泊めさせてくれとお願いしました。蘇民は貧しい身でしたが、快く受け入れてくれました。

年を経て、素戔嗚尊は再び蘇民のところへ行き、悪疫が流行した時には「ちがや(茅)」で輪を作り、これを腰につけていれば悪疫を免れると教えました。

この話から茅の輪をくぐると厄災を免れるという信仰になったものだと言われています。

1.左側へくぐる 2.右側へくぐる
3.再度左側へくぐる

最後に真っ直ぐ、くぐりぬけ社殿前まで進み、お参りをします。

社殿前にてお参り 祭員に続き皆様もお参りをしました

最後に神酒拝戴をし、参列した皆様には御札が受け渡されました。

今年は雨の中の神事となりましたが、多くの方が参列して下さいました。 毎年参列していらっしゃる方はもちろん、今年初めて参列しておられる方も多くいらした気が致しました。

日曜日でしたのでご家族で来ている方も見受けられました。

八幡宮で祈願をされた方には大祓などのご案内を送らせていただいております。 ホームページの方にも祭典のご案内を出しておりますので、それらをご覧になられて興味を持ち、足を運んでくださる方が増えていると思うととても有難く思います。

7月は七夕、8月は御鎮座記念祭、雅楽の夕に、9月は例大祭と行事が続きます。 今の時期は長床通路に七夕飾り、社殿前には竹があり沢山の短冊が揺れていて華やかです。

鳩子たちは8月に向けて舞、雅楽のお稽古に勤しんでおります。

大崎八幡宮では、年間を通じて様々な祭典を執り行っております。皆様のご参拝お待ちしております。

祭儀課 間々田

結婚奉告祭を執り行いました

令和元年6月26日

去る6月26日、結婚奉告祭を執り行いました。

結婚奉告祭とは、神前結婚式を挙げられたことがない方、結婚式を挙げたが神前式ではなかった方、また結婚記念式など節目に当たる年を迎えられた方が、大神様の導きにより結ばれた事の感謝を申し上げるというものです。

此の度、結婚奉告祭を挙げられたお2人も、ご縁によって結ばれたこと、これから仲睦まじく明るい家庭を築き上げる事を「誓詞」に添えて大神様に感謝奉告申し上げました。

お二人の益々のご多幸をご祈念申し上げます。

誓盃の儀(三三九度のお盃事)
玉串拝礼

此の結婚奉告式は、結婚記念式など節目に当たる年の方も御奉仕申し上げております。

結婚記念式は、次の年が当てはまります。

紙婚式 1年目 藁婚式 2年目
革婚式 3年目 花婚式 4年目
木婚式 5年目 鉄婚式 6年目
銅婚式 7年目 青銅婚式 8年目
陶器婚式 9年目 錫婚式 10年目
鋼鉄婚式 11年目 絹婚式 12年目
レース婚式 13年目 象牙婚式 14年目
水晶婚式 15年目 磁器婚式 20年目
銀婚式 25年目 真珠婚式 30年目
珊瑚婚式 35年目 ルビー婚式 40年目
サファイア婚式 45年目 金婚式 50年目
エメラルド婚 55年目 ダイヤモンド婚 60年目

国や時代により異なるようですが、現在わが国で一般的なものは、実はイギリスで使われているもののようです。

古来よりの日本の文化ではなかったのかと思われる方がいるやもしれませんが、日本では春分、立夏など季節の変わり目や、還暦や厄年といった年の変わり目など、さまざまな節目を大切にしてきました。

こういった節目を大切にする文化があったため、異国の文化であった結婚記念式は日本に根付き、今や日本人の人生儀礼の一つとも成りつつあります。

気に留めなければ、通り過ぎてしまうものです。節目、節目にそれまでの事を振り返り、心を1つ併せてお互いに感謝を伝え、大神様に心静かに向き合いこれからのご加護を頂戴する日とされては如何でしょうか。

皆様のお参りをお待ちしております。

祭儀課 石井

櫛引八幡宮の皆さまの正式参拝がありました

令和元年6月22日

去る6月22日、櫛引八幡宮総勢36名の皆さまの正式参拝を執り行いました。

櫛引八幡宮は、鎌倉時代より南部藩総鎮守として青森県八戸市八幡字八幡3に鎮座する神社です。御祭神は、当宮と同じ八幡様(応神天皇)がお祀りされております。

文化財も数多く、国宝赤糸威鎧「菊一文字」・国宝白糸威褄取鎧や国重要文化財などが残っており、鎌倉の昔より厚い崇敬があったことを物語っております。

当宮と同じ御祭神をお祀りしていたり、国宝を後世に伝えていくという立場など似通う点が多いです両宮でございますが、参拝後の御社殿での説明をみなさま熱心に聞かれていました。

宮司の説明を熱心に聞かれる櫛引八幡宮の皆様

祭儀課 石井

大洗磯前神社の皆さまの正式参拝がありました

令和元年6月17日

去る6月17日、研修旅行の一環として大洗磯前神社皆様のお参りがございました。

大洗磯前神社(おおあらいいそさきじんじゃ)は、大己貴命・少彦名命を御祭神とする茨城県東茨城郡大洗町磯浜町6890に鎮座する神社です。

文徳天皇の斉衡3年(856)12月29日に常陸国鹿島郡大洗磯前に御祭神大己貴命・少彦名命が御降臨され、創建されたという由緒を持つ、神話より語られる古社です。

お時間の許される限り、伊達政宗公によって創建され、地域の皆様ひいては仙台の総鎮守としての当宮のあゆみなど多岐に渡りご説明出来ました。

御創建や由緒や御祭神も異なりますが、同じ神明奉仕に努めるものとして、ともに神の道を興していきたいと思います。

正式参拝の様子 社殿内にて当宮の由緒や國寶の社殿について
宮司より説明申し上げました
御社殿の屋根に使われている杮葺き(こけらぶき)についての説明です
最後に記念撮影

祭儀課 石井

月次祭を斎行致しました

令和元年6月15日

去る6月15日、月次祭を斎行致しました。

仙台も6月7日頃に梅雨入りをし、当日は雨の中の祭典となりました。

この度の月次祭では4月から当宮の仕女として奉仕をしている佐藤仕女の初めての祭典奉仕となりました。

雨でしたが比較的参拝の方は多く、皆様足を止めて祭典を見ておられました。

御神楽「萬代の舞」 途中、天冠の菊が折れてしまったけどよく乗り越えました!
無事に祭典を終え、宮司と先輩の安達仕女と

以下、初の祭典奉仕をした佐藤仕女の感想です。

奉賛課 佐藤仕女

初めてのことだらけで、とても不安でしたが、緊張感を持って最後まで舞いきることができました。

今回の月次祭で直すべき点、注意すべき点がわかったので、次へ活かし、今回よりも成長した自分で次も望みたいと思います。

新人仕女たちが社務を終えた後、自主練習をしている姿をよく見受けられました。
初の祭典奉仕をする新人さんたちも緊張するように先輩たちも緊張しながら一緒に奉仕をし、祭典を無事に終えるのを待っています。

月首祭(月次祭)の他にも沢山の祭典があります。
初の祭典奉仕を機にどんどん自信をつけ、八幡様に喜んでもらえるような奉仕をできるように今後も頑張ってほしいな、と思います。

皆様も小さな小鳩たちを応援し、見守っていてください。
ご参拝お待ちしております。

祭儀課 間々田

「大崎八幡宮文化財の杜」育林事業を執り行いました

令和元年6月2日

去る6月2日、「大崎八幡宮文化財の杜」育林事業が行われました。動画はこちらからご覧いただけます。

平成16年4月より、将来の御社殿の修理に備え御用材を育てる「大崎八幡宮文化財の杜」育林事業が始まりました。この植木作業には、1,120名もの方々のご参加を頂き、ブナ、カツラ、ヒバ、ケヤキ、カラマツなど計5,000本の木を植えました。その後、除草作業という軽作業から本格的に育林作業へと作業内容を変更するにあたり、平成26年の10年目という節目を機に、蔵王での育林活動を一旦区切りとさせて頂きました。

この度の育林事業は、現在の樹木の状況などのご報告を兼ねて5年ぶりに育林事業を行った次第です。

此の度は、約200名もの人が5年ぶりに文化財の杜へと足を踏み入れ、下草刈りに参加されました。

当日は、大変良い天気となりました
緑化推進祈願祭を執り行い、緑豊かな杜となるよう、
また、作業の安全を祈念いたしました
続々と参加者が集まってきます。
ボーイスカウトの子供たちを始め、草を刈っていきます
お昼の準備 海鮮焼や豚汁などがふるまわれました

5年ぶりということもあり、育林事業に関わった事がない職員も多数おりました。数十年、数百年とかかる将来を見据えた壮大なスケールの事業を目の当たりにした初参加の職員の感想を紹介いたします。

日野権禰宜

向後100年、200年に残る壮大なプロジェクトでありまして、今度とも末永く継続され、後世の多くの方々にバトンが引き続き受け継がれ、永続見守られて行くことを願います。

爽やかな6月初旬の高山は青葉若葉に杜が包まれ、緑化保全推進祈願の神事、育林の作業、野外での食事と、涼しくて長い一日を心身ともに清々しく御奉仕させて頂きました。

石井権禰宜

神社で使用される木の寸法は、一般市場に出回っているものでは、対応できないものだったりします。また、平成12年より行われた大改修においては、宮城県近郊の木で同じ品質や、同じ太さの物を御用材としたと聞き及んでおりました。そのような事も鑑みると、将来御社殿を守っていくために今このような杜を育て、その流れの中に私が係われたという事は、非常に稀有な事であると感じました。これからも、無事に大きく成長して欲しいと思います。

石垣権禰宜

今回初めて育林事業に係わりました。前回は雨が降り大変だったと伺っておりましたが、今年は、天候に恵まれ、多くの参加者が汗を掻きながら一生懸命草刈りを行い、とん汁などを美味しそうに召し上がっている光景を見て、前日から準備した甲斐があったと思いました。

安達仕女

私は育林事業に初めて参加しました。

当日は、天候にも恵まれ一般の方々や神社関係者など約230名の方々にご参加を頂き、草刈、除草等の作業が行われました。雑草などが結構伸びていて刈るのが大変そうでしたが、皆様の協力により順調に進める事ができました。

自分たちで植えた木々がすくすくと育っていてまるで自分の子供の成長みたいと感じる方もいらっしゃいました

育林事業を通し、たくさんの方々と一緒にこれからも文化財建造物を守っていけたらと感じました。

三浦仕女

始めて育林事業に参加させていただきました。五年前にも開催されていたという事でしたが、いざ育林の杜に着いてみると森が広く、雑草というより枯れ枝や枯れ葉が多くみられました。文化財建造物の修繕に少しでも貢献できていると思うとうれしく思いました。これからも大きく育ってくれたらなと思います。

鹿島仕女

始めての参加となる育林事業はとても天気が良く空気が新鮮でした。また、自然の中での作業は中々機会がないので良い経験になりました。

沢山の方々と協力し合えたこの一日が大崎八幡宮の未来に繋がるのだということを実感しました。

当宮では、平成23年3月11日の東日本大震災により、沿岸部被災地域への支援活動を行って参りました。その最中、歴史的な建造物の傷ましい状況を目の当たりにし、資材確保の難しさや、将来を見据えた文化財建造物保護の必要性を痛感いたしました。

この育林事業が、今後数十年、数百年に渡り守り育て、御用材となるまで、末長く皆様のご協力を賜りたいと思います。

動画の方も公開しておりますので、昔の育林事業と合わせご覧ください。

祭儀課 石井

月首祭斎行

令和元年6月1日

去る6月1日、月首祭を斎行致しました。

元号が「令和」となり1か月が経ち、新たな月が始まりました。

この度の月首祭では4月から当宮の仕女として奉仕をしている鹿島仕女の初めての祭典奉仕となりました。

土曜日ということもあり、多くの参拝者に見守られている祭典になりました。

多くの方が足を止めて祭典を見ていました
6名の方が参列しました
御神楽 「萬代の舞」 祭典初奉仕の鹿島仕女
無事に祭典を終え、宮司と先輩の安達仕女と

以下、初の祭典奉仕をした鹿島仕女の感想です。

祭儀課 鹿島仕女

初となる萬代の舞はとても緊張し、思うように舞うことができなかったのが悔しかったです。

次は、今回よりも良い形で舞えるように努力を続けたいと思いました。

当宮では毎月1日月首祭(つきなみさい)15日月次祭(つきなみさい)を執り行っています。

皆さまのご参列お待ちしております。

祭儀課 間々田

境内林環境保全事業

令和元年5月30日

奉祝 天皇陛下御即位記念境内整備事業の一環として境内林環境保全事業(境内樹木のワイヤー架設、枯損木の伐採)を行いました。

当宮は南北に長い境内を持ち、東西北の三方を境内林としており、この境内林は神社としての尊厳護持だけでなく、風当たりや湿度の変化から文化財建造物保護する環境保全の役割を担っております。また、仙台市保存緑地にも指定され良好な自然環境を有しております。

境内林は、樹高30m以上のスギやマツを中心とする林であり、強風時や樹勢衰退による倒木により文化財建造物や参拝者に被害を与える事が懸念されたために今般の工事に着手しました。

平成15年頃に架設した倒木予防のワイヤー
樹木の幹回りを養生して新たにワイヤーの架設を行いました
松喰い虫の被害を受けた枯損木伐採の様子

今回の事業では当宮の職方で植栽や境内管理をお願いしている(株)植耕さんが工事を受注されました。境内の状況をよく理解されており滞りなく工事を完遂されました。

今後も御社殿の維持管理を始め、ご参拝の皆様が安心してお参りできる環境を整えるように努めて参ります。引き続き「奉祝 天皇陛下御即位記念事業」の趣旨をご理解頂きたく宜しくお願い申し上げます。

大崎市立古川東中学校の自主研修を行いました

令和元年5月14日

去る5月14日、大崎市立古川東中学校の生徒5名が当宮にて自主研修を行いました。

大崎八幡宮の御由緒や社殿の造りを間近で見学し、普段の生活ではなかなか触れることのない神前での作法や玉串拝礼を体験して頂きました。

境内の説明では長床や末社についても学ばれその説明を受けて興味を持たれ末社の方もゆっくりとお参りされていました。

また、生徒の皆さんより「何故、“大崎”八幡宮という名前なのですか?」などの質問を頂きました。質問の答えが気になる方は是非、神社に足をお運びになり職員へ声をかけてください。

1時間程の滞在でしたが、特に玉串拝礼が心に残ったようです。あたたかいお言葉の添えられた御礼状も頂きました。

貴重な体験だったことと思います。皆様の将来の御活躍をお祈り申し上げます。

大崎八幡宮の御由緒を説明しました 社殿内での玉串拝礼を行いました
奉献された品々を見て驚く生徒たち 末社の説明をしました

祭儀課 鹿島

「藤見の会」開催

令和元年5月14日

今般、令和元年5月14日(火)に「藤見の会」並びに移動役員総代会が当宮責任役員でもある千田文彦役員宅にて行われました。

毎年、5月の連休明けの時期に千田家の藤棚を鑑賞しながら役員総代会が開催されております。

千田家の「子平町の藤」は、藩祖伊達政宗公が、豊臣秀吉の「朝鮮出兵」(文禄・慶長の役)の折、朝鮮半島より持ち帰ったものを、千田家の祖先が拝領したと伝えられ、以来、代々手入れを怠ることなく育て守ってきたもので、樹齢は400年を越え、仙台市保存樹木に指定されています。

今年は暖かい日々が続いた事もあり、藤の花房が90cm~1500cmと見ごたえのある藤棚でした。

普段は花より団子の役員総代も、甘く上品な香りが漂う満開の美しい藤棚に感嘆の声を洩らしていました。

この藤棚は、今年も5月8日から14日までの一週間、一般の方に公開され、約3000人が訪れ観賞されていました。

千田役員によれば、樹木に養分を蓄える為、散花後は花房を全て摘み取り、追肥を行い、冬には棚の補修をし、来年の開花に備えるそうです。

こうした細やかな手入れにより、毎年花の美しさが最大限に引き出されている見事な藤棚を観賞することが出来ることに頭が下がるばかりです。

仙台市保存樹木指定看板
満開に咲く藤の花
千田家庭園内に咲く金魚草
千田役員ご令孫によるピアノ演奏 直会風景

5月月次祭を執り行いました

令和元年5月15日

去る5月15日、月次祭を執り行いました。この度の祭典では、月次祭の祝詞に添えて大嘗祭が恙なく執り行われるよう申し上げました。

その祝詞の中では、「大嘗祭」で大きな役割を果たす悠紀田(ゆきでん)・主基田(すきでん)の稲が良く育つようにといったことも含まれておりました。

「大嘗祭」とは、“おおにえのみまつり”或いは、“だいじょうさい”といい、新たに御即位された天皇陛下が、皇祖や神々に感謝し、国、民の安寧と五穀豊穣を祈念する祭祀となっています。例年は、新嘗祭として11月23日に行われていますが、御即位後に初めて行われる祭祀は、「大嘗祭」となります。天皇御一代に一度のみ行われる祭祀であり、最高の重儀であります。

新穀を神前に供えるということは、古く高天原にて皇祖神である天照大御神が行っていたことでした。このことは、『古事記』『日本書紀』という書物にも書かれています。つまり、『大嘗祭』とは神々が行ってきた祭祀を天皇陛下が同じように行うことなのです。このことは、日本の長い歴史の中で、変わる事無く行われてきたことで、天照大御神の豊かな国にせよというご意志を受け継ぎ、その手振りを今の世に再現していることであります。

また、そのような大嘗祭にて供される稲も特別なものであります。お供えする稲を取るために日本を東方と西方に分けたそれぞれの田んぼの事を悠紀田(ゆきでん)・主基田(すきでん)と言います。平成の時は、悠紀田が秋田県五城目町、主基田は大分県玖珠町が選ばれておりました。此度は、栃木県と京都府に設けられることになりました。

悠紀田(ゆきでん)主基田(すきでん)を決める祭典は、5月13日に執り行われた「齋田点定の儀(さいでんてんていのぎ)」というものです。報道等でも流れており、ご覧になった方も多いかと思います。亀卜(きぼく)という亀の甲羅のひび割れを見て宣託を受けるという古来よりの占いによって決まりました。

ちなみに、古来よりの占いとしては、

太占ふとまに (鹿の肩甲骨のひび割れをみるもの)、

湯立ゆたて (湯を煮立たせるもの、湯を煮立たせたのち、どのような手順を行うかはさまざまな方法が伝えられている)、

粥占かゆうら (お粥を作り、その中に竹筒などを入れそこについた米粒の良で良し悪しを占うもの)

など様々な占いが各地の神社、地方に伝えられています。

祭典の様子 御神楽「萬代の舞」
祭典終了後の舞人 サツキの花で奉製した執り物

当宮の御神楽「萬代の舞」は、季節の花を使用し、舞をご奉仕致します。この度は、ツツジの花にて奉製しました執り物と天冠(てんかん:舞の時に額に身に付けるもの)で奉仕いたしました。

境内では、ツツジそしてサツキが咲き、赤、ピンク、白と彩りがあります。また、連日快晴が続き木々の木漏れ日が気持ちがよく、参拝にお越しいただくにはよい日和となっております。

また、今月26日には、令和元年奉祝の意も込めて音楽祭が開かれます。是非お参りを頂き、楽しんでいただければと思います。

祭儀課 石井

践祚改元奉告祭並びに月首祭を執り行いました

令和元年5月1日

去る5月1日践祚改元奉告祭並びに月首祭を執り行いました。

4月30日にご退位された平成の御代の天皇陛下は、上皇陛下(じょうこうへいか)と呼ばれるようになりました。

そしていよいよ5月1日は、新たに天皇陛下御即位され、その御代が「令和」となったその始まりの日として世の中がお祝いのムードに包まれました。

御即位された陛下は、そのお名前を徳仁(なるひと)様、お誕生日が昭和35年2月23日となります。皇室の方々は、お一人お一人を象徴するマークがあり、それを「お印」と言いますが、陛下のお印は、「梓(あずさ)」となっています。

また、皇后陛下は、そのお名前を雅子(まさこ)様、お誕生日が昭和38年12月9日、お印は「ハマナス」でとなっています。一般的にハマナスは、北海道の道の花としても有名です。

当宮では、大変多くのご参拝を頂き、御社殿前の参拝はもちろんのこと、奉祝のご記帳、御朱印のご記帳と多くの人が列をなし、大変賑々しい境内となりました。当宮が鎮座する八幡町も賑っていたようです。

祭典の様子
御神楽奉奏「浦安の舞」
責任役員、総代を始め参列者の皆さまにお参りを頂きました
祭典終了後、皇居へ向かって遥拝いたしました 多くの方のお参りがありました

今月末まで、社殿右側にご記帳所を設営しております。皆様より頂きましたご芳名は、宮城県神社庁を通じ宮内庁へと届けられます。お参りされた折には、是非ご芳名ください。

祭儀課 石井

天皇陛下御譲位御安泰祈願祭を斎行いたしました

平成31年4月18日

去る4月18日、天皇陛下御譲位御安泰祈願祭を斎行致しました。

この祭典では、天皇陛下の御譲位が滞りなく行われることを祈願するものでした。

当日、天皇、皇后両陛下は、伊勢の神宮にて御譲位を奉告する「神宮親謁の儀」に臨まれました。(親謁とは、天皇が自ら参拝する事を言います)

この時に、三種の神器のうち剣、勾玉も天皇陛下と共に伊勢の神宮に来ており、報道等で大きく映し出されていました。

三種の神器とは、八咫鏡(やたのかがみ)・八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)・草薙剣(くさなぎのつるぎ:或いは天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ))をさします。

八咫鏡は、神話の時代、天孫(天照大神の御孫)である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が高天原よりお下りになる際、天照大神より、「これを私と思って奉りなさい」と神勅をくだし鏡を渡されました。これが、八咫鏡であり現在伊勢の神宮にご神体として祀られています。なお、今回皇居より持ち出されたのは此れの形代(写し)となります。

次に八坂瓊曲玉も同じく天孫瓊瓊杵尊に授けられたものとなります。こちらは、皇居に奉安されています。

最後に草薙剣ですが、最初この剣は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)という名前でした。この剣は、素戔嗚尊がヤマタノオロチを討伐した際に、その尾から自身の剣が欠けるほど固く鋭い剣が見つかったとして、姉である天照大神に献上したことから始まります。天孫瓊瓊杵尊へ同様に授けられ、その後時代は下り、日本武尊が火に囲まれた際に草を薙ぎ払って無事難を逃れたことから草薙剣というようになりました。

現在は、熱田神宮にご神体として祀られており、皇居にあるものは、形代となります。

斎主一拝 献饌
御神楽 浦安の舞
皇居に向かって遥拝いたしました

祭儀課 石井

春日神社のお花見会

平成31年4月14日

去る4月14日に当宮の兼務社で覚性院丁(八幡2丁目)に鎮座する春日神社でお花見が行われました。当日は、天候と満開の桜に恵まれ、春日神社奉賛会の皆さんは存分に花見を楽しんでおられました。

八幡杜の館のさくらまつり

また、中島丁公園(旧天賞苑)では、八幡杜の館運営委員会によるさくらまつりが開催されました。この祭りは、八幡杜の館落成後毎年行われているもので、当宮でもテントやイスの貸し出しをご協力させて頂いています。近隣の中学生、高校生の演奏会が開催され、来場者には抹茶や御餅が振舞われておりました。

桜が満開の頃となり、本当の意味で(さくらまつり)となっておりました。

八幡杜の館について

八幡杜の館の元は八幡町の街道に面して立つ天賞酒造の店舗で、アンティークな外見とモノトーンの板塀が美しく、八幡地区の歴史的風情のシンボルとなっていました。

創業以来200年以上の長きにわたって、地域の人々に親しまれてきた天賞酒造が、平成16年(2004)に宮城県柴田郡川崎町に移転することになり、これらの風格ある建物が取り壊されるのを惜しみ、公園と建物の買上げ、それらの管理、運営は地域住民が自主的に行うことを合意され、中島丁公園については「中島丁公園愛護協会」、八幡杜の館については「八幡杜の館運営委員会」が結成されて管理されています。

表参道より御社殿を望む 御社殿正面
春の風を受けて翻る国旗「日の丸」
ご挨拶をする宮司

庶務課 安達

4月 月次祭を執り行いました

平成31年4月15日

去る4月15日、月次祭を執り行いました。

当宮では、御神楽の採り物には季節の花を使用しておりますが、此の度は、見ごろを迎えた境内の桜用いました。

また、来月5月には御譲位に伴い新元号となる為、平成最後の月次祭ということを意識せざるを得ません。

そのような最後の祭典は、4月らしい春麗らかな陽気の中執り行われたものとなりました。

穏やかな日差しの中の参進 献饌
御神楽「萬代の舞」桜の採り物にて舞っています
玉串拝礼 1名の御参列がありました  
祭典終了後 宮司と舞人
季節感を添えた舞となりました
   

境内各所に、枝垂れ桜、ソメイヨシノなど様々な桜があります。これから見ごろを迎える桜もございますので、参拝の折にはぜひご覧ください。

祭儀課 石井

「奥州・仙台おもてなし集団伊達武将隊」出陣式を執り行いました

平成31年4月14日

去る4月14日、今年度で9年目となり、仙台を盛り上げ、おもてなしをしてくれる存在となった伊達武将隊の出陣式を執り行いました。

伊達武将隊とは、仙台城跡を拠点し観光案内、殺陣、演舞などで宮城を訪れた人をもてなし、また仙台、宮城の観光を盛り上げるPR活動を行っています。

午後1時頃大石段より表参道を通り、御社殿へと到着されました。出陣式が御社殿前にて、執り行われたのち、大絵馬に皆様の花押が揮毫されました。

大石段にて
ダミー
参拝の前の修祓(お清めのお祓い)
玉串拝礼 伊達政宗公を代表に皆様がお参りされました
今後の皆さまのご活躍を祈念したお守りを御分かちしました
出陣式の最後に大絵馬に揮毫されました
伊達政宗公 伊達成実公
片倉小十郎景綱公 茂庭綱元公
片倉小十郎重綱公 支倉六衛門常長公
松尾芭蕉殿
畑殿
書きあがった大絵馬と共に

八幡様のお力を頂戴されまして、今年度のみなさまの益々のご活躍をご祈念申し上げます。

祭儀課 石井

4月月首祭を斎行致しました

平成31年4月1日

去る4月1日、月首祭を斎行致しました。新年度が始まるという事もあり、多くのご参列を頂きました。

また、4月より新入職員として入社致しました、2名の仕女も参列しております。

此の度の祭典の舞人は、今年2年目を迎えた仕女2名が奉仕致しました。参列した新人職員は、緊張の中、来年の自分たちの姿を重ねた事と思います。

御神楽「萬代の舞」
玉串拝礼 御参列の方 玉串拝礼 佐藤仕女
玉串拝礼 小野仕女

今年度の新入職員の意気込みを紹介いたします。

仕女 鹿島 莉菜

昨年の11月より助勢として奉仕し、今年度3月より正式に奉仕させていただく鹿島莉菜です。

4月より奉仕する2人より1ヶ月早く3月の月首祭に参列をし、神様の御前での玉串拝礼はとても緊張しました。

巫女舞や雅楽と、去年から教えていただいた仕事の他にも覚えることが沢山あります。1日でも早く仕事に慣れて神社に貢献できるように努力を続けていきたいです。

仕女 佐藤 茜

4月から新しく仕女として奉仕させて頂くことになりました佐藤茜です。

1日でも早く仕事を覚え、精一杯頑張っていきたいと思います。これから、舞のお稽古など初めて経験することが沢山あると思いますが、周りの方々への感謝の気持ちを忘れずに日々過ごしていきたいと思います。

まだまだ至らない点が多々ありますが、宜しくお願い致します。

仕女 小野 愛実紗

4月から仕女として奉仕をさせて頂くこととなりました小野愛実紗です。

私の抱負は、教えてもらった事をできるだけ早く覚える事です。私は覚えるのがあまり得意ではありません。巫女になって今まで以上に覚える事が一気に増え、なかなか覚えられず大変な事もまだまだあります。ですが、自ら好きで就いた職なので、しっかりと早く覚えて貢献できるようになりたいと思いました。

まだまだ至らない部分もありますが、いつまでも初心を忘れず努力し、来年は新たに入ってくる方たちにきちんと教えられるようにしたいです。

此の4月1日という日は、世の中では「新元号」が発表された日でもありました。ニュースでは、花見の中この発表を見る人の姿もあり、まさに春の訪れとともに、「令和」という次の時代の訪れを感じさせました。

皆様もご存じの通り「令和」の典拠は、万葉集の梅花の歌三十二首の序文より取られたものと説明がありました。この万葉集が編纂されたのは、奈良時代とされこの時は、花と言えば、「梅」でありました。

現在のように、花見といえば桜を見るというように、「花=桜」となったのは、平安時代以降の事です。

境内では梅の花が咲き、社殿の脇にある桜の木も蕾が膨らんできました。

先祖たちが感じた思いが纏められている万葉集と併せ、梅と桜を始め様々な草花を愛してきた日本の文化を大切にしていきたいものです。

祭儀課 石井

東北楽天ゴールデンイーグルス必勝祈願斎行

平成31年4月1日

去る4月1日、午前11時頃「東北楽天ゴールデンイーグルス」必勝祈願を斎行致しました。

今年は、立花陽三社長、平石洋介監督、お二方が選手職員など関係者を代表して必勝祈願を受けられました。

絵馬の奉納
(左:立花陽三社長サイン 右:平石洋介監督サイン)
お祓いの様子
玉串拝礼の様子
(左:平石洋介監督 右:立花陽三社長)

絵馬は、社殿向かって左側西回廊側にて奉納、展示してあります。絵馬には「日本-Restart」という言葉が揮毫され、勝利への強い決意を表されました。ご参拝の際にご覧いただき、応援頂ければと思います。

今年は、3月29日にプロ野球が開幕し、ロッテとの開幕戦は2勝1敗の結果でしたが若手新人の活躍には目を見張るものがありました。

東北楽天ゴールデンイーグルスの皆様には大崎八幡大神様の御加護の下、更なるご活躍をお祈り申し上げます。

奉賛課 三浦

宮内庁楽部『天皇陛下御即位30年記念春季雅楽特別演奏会』を拝聴してまいりました

平成31年3月16日~18日

平成31年3月16日、17日、18日と行われました、宮内庁楽部による「天皇陛下御即位30年記念春季雅楽特別演奏会」の3日間のうち、17日午後の部に当宮より職員3名が参加する機会を頂き、およそ二時間にわたって優雅な雅楽を拝聴するひとときを堪能させていただきました。

皇居大手門より皇居敷地内に入ると、それだけですでに厳かな雰囲気がありました。

雅楽演奏会場所は、普段宮内庁楽部の方々が練習してらっしゃる皇居内雅楽堂です。

混みあわないよう宮内庁職員により厳重に人数制限されて入場いたしました。

演奏中は写真撮影禁止なので写真はこれまでです。 演奏会プログラム

演目は管弦かんげん(音楽の曲のみの演奏)として、平調音取ひょうじょうねとり催馬楽さいばら伊勢海いせのうみ五常楽急ごしょうらくのきゅう鶏徳けいとく舞楽ぶがく(演奏に舞がつきます)として左方さほう萬歳楽まんざいらく右方うほう 延喜楽えんぎらくという対の舞が奉奏されました。

この度の演奏会の名称にもあるように、天皇陛下の御即位30年を記念しているため、すべて祝賀の意味を込められた慶賀、祝福の演目となっていました。

雅楽演奏会場 1階より 雅楽演奏会場 2階より
パンフレットより掲載

宮内庁楽部の雅楽演奏は、大変に素晴らしく、雅楽がおよそ千年、口伝で伝承されている世界最古のオーケストラであることをあらためて思わせ、そうしてこれからもまたずっと伝統が絶え間なく伝承されていくであろうことを感じ受けました。

神事・行事の場面で、神社やお寺で演奏され、また公演会なども行われている雅楽ですが、当宮では主に8月の御鎮座記念祭の祭典で特に稽古を重ねた雅楽演奏・舞が神前において奉納されます。

神前において神様を喜ばせるための奉納を、恥じないよう研鑽を重ねてまいりたいことを再認識いたしましたこの度の拝聴の機会でございました。

雅楽演奏会は、午後の部の演奏会のため、早朝仙台を出発し演奏会に先立って午前中に皇居近隣に鎮座する東京大神宮と靖国神社の二社を合わせてお参りさせていただきました。

休日で賑わう東京大神宮のご社頭です

東京大神宮は東京のお伊勢様と呼ばれ、もともと東京における神宮の遥拝殿として創建された経緯がありました。神前結婚式で有名となり、良縁祈願でも多くの方が訪れておられます。

当日も日曜日で神前挙式も行われている最中、穏やかな日和のご神気を充分に浴しました。

続いて徒歩で靖国神社まで移動いたしました。

こちらもご承知の通り、明治の近代国家設立の過程で起きた戊辰戦争以降、世界大戦を経て国家のために一命を捧げられた英霊が御祭神のお社です。

創建当初は「招魂社」と呼ばれておりました。

英霊の遺書や書簡を記した「英霊の言の葉」は現代でも我々の胸を打つものがあります。

東京都の中心部にこうした神社があられることは、それ自体が日本人の精神性を示しています。

参拝当日は春麗らかな日差しで、標本木もある桜の開花も間近でした。

春の穏やかな季節の中、天皇陛下御即位30年の節目の雅楽演奏会を拝聴する機会に恵まれ、感謝と癒しの余韻に浸れた心地の中、東京を後にし帰仙いたしました。

明治神宮崇敬会加須支部の皆様の正式参拝を執り行いました

平成31年3月10日

去る3月10日、明治神宮崇敬会 埼玉県加須支部の皆様の正式参拝を執り行いました。

皆様は東日本大震災の沿岸部視察・慰問の中で大崎八幡宮へお立ち寄り頂きました。

修祓、祝詞奏上、御神楽「浦安の舞」奉奏、玉串拝礼と執り行った後は、当宮職員からの説明に耳を傾け、400年以上の歴史や、震災当時の状況、当宮の様子など熱心に心を寄せて下さいました。

また、埼玉県には権現造りの寺院「妻沼 聖天山 歓喜院」があり、権現造りという日本建築の歴史的移行に興味を示されていました。

皆様はその後、震災地慰問の為、宮城県沿岸部へ移動されました。

このように震災から8年が経ち各地でも災害が起きている中で、皆様がお心を寄せて下さいます事、感謝申し上げます。

御社殿内にて修祓、浦安の舞の奉奏
玉串拝礼は支部長以下4名の代表者に合わせて

総務課 小野目

天皇陛下御在位三十年奉祝奉告祭を執り行われました

平成31年2月24日

去る2月24日、臨時祭「天皇陛下御在位三十年奉祝奉告祭」を斎行しました。

天皇陛下におかせられましては、御在位30年の節目をお迎えになられ、当日のニュースでも多く報道されました。

政府主催の在位30年記念式典は国立劇場にて行われ、生中継をご覧になった方もいるのではないでしょうか。

式典でのお言葉では、平成の30年間を振り返られ、天皇という象徴としての模索と共に平和への祈りを述べられました。これを読んでいる皆様の中には、自身の30年を振り返った方も多いのではと思います。

また、お言葉の中で

平成が始まって間もなく、皇后は感慨のこもった一首の歌を記しています。

ともどもにたひらけきを築かむと諸人もろひとのことば国うちに

平成は昭和天皇の崩御と共に、深い悲しみに沈む諒闇りょうあんの中に歩みを始めました。そのような時でしたから、この歌にある「言葉」は、決して声高に語られたものではありませんでした。

しかしこの頃、全国各地より寄せられた「私たちも皇室と共に平和な日本をつくっていく」という静かな中にも決意に満ちた言葉、私どもは今も大切に心にとどめています。(原文まま)

と述べられた場面がありました。

天皇陛下は、我が国を始め、世界の平和、人々が安らかであれと祈り、手を差し伸べられてこられた御姿に多くの国民が感銘を受け、畏敬の念を抱いてきました。

全国各地より寄せられたという“「私たちも」”という言葉は、平成の30年間を通し、陛下のその御姿をみて国民一人一人が“自らも”と奮い立たせた言葉でしょう。

同じ国土に住むものとして思いを一つにして、繰り返しにはなりますが、“「私たちも皇室と共に平和な日本をつくっていく」”と心に持ち続けていたいものです。

清々しい空気の中、社殿へ参進します 修祓 お清めのお祓いです
浦安の舞
天地あめつちの 神にぞ祈る 朝なぎの 海のごとくに 波たたぬ世を
昭和天皇御製

祭儀課 石井

祈年祭が斎行されました

平成31年2月17日

去る2月17日、祈年祭を執り行いました。

この祈年祭というものは、古来より五穀豊穣とともに皇室の御隆昌、国家万民の安泰を祈る祭儀とされており、その由来は極めて古いものになります。

旧暦では2月4日に行われていましたが、明治の改暦後は2月17日に行われるようになりました。

祈年祭は神事で最も重要な「大祭」に位置付けられているため、巫女装束は白地に植物や鳥、 白砂 はくしゃ 青松 せいしょう などが描かれた裳を棚引かせた本装束で「浦安の舞」を奉奏致します。

また、当宮では祈年祭に併せ、新年度採用の女子職員(仕女)に参列していただいた後、4月1日に向けてご奉仕のための装束(袴、白衣、足袋)などの採寸を行いました。

祓所にてお祓いし社殿へ進みます
献饌 祝詞奏上
御神楽「浦安の舞」奉奏
新年度採用仕女3名 玉串拝礼

本年も御代替わりの節目の年となりますが、この祭典の意義通り豊かな年となりますよう祈念いたします。

祭儀課 三浦

紀元祭を執り行いました

平成31年2月11日

去る2月11日、紀元祭を執り行いました。

この日は「建国記念の日」として祝日となっていますが、戦前は「紀元節」という名前で、国民に広く親しまれていました。その由来は、遥か昔にまで遡り、初代天皇である神武天皇の御即位の日(紀元前660年2月11日)が“日本国 建国記念の日”となっております。

献饌(日本国誕生と神武天皇の御即位を祝う膳ともいうべき、餅を含めた10台の神饌がお供えされます)
宮司 祝詞奏上(今後の日本国の繁栄、世界との共存共栄を祈り奏上されました)
御神楽 浦安の舞
皇紀2600年の奉祝に伴い新たに作られた舞で、昭和天皇御製「天地(あめつち)の神にぞ祈る朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を」 という我が国と世界が平安であるように祈るという内容の歌詞に合わせ舞が奉仕されます

現在、わが国では、和暦・西暦が一般的には使用されていますが、西暦がイエスキリストの誕生を始まりとして数えられているのに対し、同じように“あることを始まりとして数えられている暦”があります。それは、神武天皇の御即位の日を元旦として数える「皇紀(こうき)」です。今年は、皇紀2679年となり、これが日本国の年齢とも言えるでしょう。

この御即位に関しては日本書紀に書かれております。しかし、日本書紀が編纂された時代と現在では暦法が異なっており、それを解き明かしたのは、江戸時代の神道学者・渋川春海(しぶかわ はるみ)です。この人物が編纂した「日本長暦」という書物に基づいて西暦に当てはめ直したものが、現在いわれる紀元前660年2月11日という日にちなのです。

ちなみに、渋川春海という人物は天文学者であり、その一面は、2012年に「小説 天地明察」が映画化されてもおり、こちらもご覧になると当時の暦に対しての考え方など理解が深まるものと思います。

祭儀課 石井

2月3日節分祭を斎行いたしました

平成31年2月3日

平成31年2月3日、本年は節分の日が日曜日に当たりまして、例年執り行っております一番町4丁目商店街振興組合の節分祭も節分祭祭典と日取りが重なり、こちらは午後零時半より宮司、石井権禰宜により奉仕されました。

神事には伊達武将隊の参列もあり、その後一番町のメイン通りを山車に乗り豆撒きで行進しました。

恒例の行事は人出も多く、壮観で賑いを見せました。

さて、当宮においての節分祭は午後3時より、宮司以下6名の奉仕員により斎行されました。

祭典中、宮司祝詞奏上の後、鳴弦式(めいげんしき)が執り行われましたのは、衣冠正服を着装した神職が、東西に向けて三度ずつ弓を引いて弦を鳴らし、鬼を払う神事です。

引き続き御神楽、萬代(よろずよ)の舞が奉奏され、

続いて振り鈴の儀が執り行われて参列者がお清めされました。

参列者玉串奉奠拝礼では川上責任役員他、年男、年女も加わって10名ほどが代表で拝礼され、神事の参列は80名ほどおられました。

参列の方は全員裃を着装され、撒豆式(さんとうしき)に参加されます。

御社殿前の撒豆式は無病息災を願う豆を求めてご参拝者が賑いました。

引き続き、馬場特設祭場にて、福物撒豆式が執り行われ、こちらも盛況でした。

「福は内、福は内、鬼は外、鬼は外、天打ち、地打ち、四方打ち、鬼の目ん玉ぶっつぶせー」とかけ声が掛けられて撒かれる当宮の習わしです。

当宮の節分祭では、福物としてお菓子や大当たり景品の他、ボールやあんぱんも投げられますが、これは昭和33年、戦後間もない頃から執り行われていた際の、「こども達に野球ボールの一つでも配れれば」という創始当時の方々の思いが引き継がれているものです。

節分とは、雑節の一つで立春の前日に当たり、立春正月を原点とする易の暦の読み解きに従っても、節分の日は大晦日に当たることを意味し、鬼やらいは大祓でもあります。

長かった冬が暦の上では春を迎えて終わり、魔(ま)を滅(め)すると云われますように、豆の力で鬼を払って新年を迎えます。

このため、いわゆる厄祓いはこの前後に行うことが本義とされていました。

平成31年己亥(つちのとゐ)歳が幕を開けました。

やがて迎える春とともに、ご参拝お待ちいたしております。

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

マイナビベガルタ仙台レディースの必勝祈願を執り行いました

平成31年1月23日

去る1月23日マイナビベガルタ仙台レディースの必勝祈願を執り行いました。

株式会社ベガルタ仙台代表取締役社長西川善久殿、監督辛島啓珠殿、選手安本沙和子殿以下47名のご参列がありました。

2017年に株式会社マイナビとタイトルパートナーシップを締結したことにより「マイナビベガルタ仙台レディース」とチーム名を新たにしました。

スローガン・目標として「One HEART 心を熱く」をかかげており、ホームタウンとする仙台より世界一に臨む熱い心を持ったチームです。

絵馬に今年の意気込みを表明しました
株式会社ベガルタ仙台代表取締役社長西川善久殿の玉串拝礼 監督辛島啓珠殿の玉串拝礼
選手安本沙和子殿の玉串拝礼

当宮に祀られております八幡様(応神天皇)は、勝負事に霊験あらたかであると広く知られております。相殿(あいどの:主祭神(当宮の場合、八幡様)と一緒に祀られる神様のこと)としてご両親である仲哀天皇、神功皇后の2柱の神様をお祀りしており、母君であります神功皇后(じんぐうこうごう)も又勝負事、必勝の神様として篤い信仰を集めています。

神功皇后は、その昔応神天皇を身ごもったまま戦へ向かい、勝利し、さらに無事故郷へ戻り出産されたという神話が残る頼もしい女性の神様です。

ベガルタ仙台が「武士・ますらお」としたら、マイベガルタ仙台レディースはやはり「なでしこ」でしょうか。強靭なしなやかさで戦いに臨む女子軍団は、現代社会において戦う会社人にも希望を与えます。

八幡様を始め、女性の味方であります神功皇后のお力を頂戴されまして、マイベガルタ仙台レディースの今シーズンのご活躍をご祈念申し上げます。

御社殿前にてお参りをしました
こちらの大絵馬は、現在神楽殿にてご覧いただけます。
左:マイナビ仙台ベガルタレディースの大絵馬
右:ベガルタ仙台の大絵馬

祭儀課 石井

ベガルタ仙台 必勝祈願を執り行いました

平成31年1月11日

去る1月11日、ベガルタ仙台の必勝祈願を執り行いました。

ベガルタ仙台は、仙台市をホームタウンとするプロサッカーチームとなります。また、チーム名の由来は、仙台の風物詩である七夕より、織姫(ベガ)と彦星(アルタイル)が出会うが如く、「県民・市民と融合し、ともに夢を実現する」という願いが込められています。

その名のごとく、現在ではホームグラウンドの仙台市民を始め多くの人より親しまれるチームと成長しています。

一の鳥居より大石段を上り、御社殿へと向かう選手たち 選手たちが今年一年の抱負を胸に絵馬に揮毫しました

当宮の御祭神は、応神天皇といい、地域の皆さまには八幡様というお名前で親しまれております。その八幡様は、昔より源氏、平氏を始めとする武家より戦いの神として崇敬を集めておりました。現在でも、戦いの神、必勝の神として崇敬されております。

また、当宮は、元は坂上田村麻呂という平安時代の武将が武運長久を祈念すべく創祀されたことから始まり、現在の御社殿をご造営された伊達政宗公の御威光を慕い、多くのスポーツチームがご参拝されております。

かつて武将達が戦の前にゆかりある神社で勝利を祈願して臨んだように、平和な現代ではスポーツにおいて、各選手、選手団がそれぞれにゆかりある神社に必勝・成功を祈願して立ち向かいます。

神前において、勝利を願うことは、古い言葉では「天地神明に誓って」戦いに臨むことでありまして、それは良く言われるように「身の引き締まる思い」となり、その緊張感と一致団結の在り方が、ますます勝利へと近づけて下さります。

代表取締役社長 西川善久殿の玉串拝礼 監督 渡邉晋殿の玉串拝礼
選手を代表し、椎橋慧也殿の玉串拝礼
揮毫した絵馬は、現在神楽殿にてご覧いただけます

昨年は、天皇盃決勝まで勝ち進み仙台を盛り上げてくれました。今年度も更なるご活躍をご祈念申し上げます。

祭儀課 石井

平成31年松焚祭点火式を執り行いました

平成31年1月14日

去る平成31年1月14日、仙台市無形文化財「松焚祭」を執り行いました。当日は、天気が良く多くの参拝者が参道を埋め尽くす中、午後4時の祝砲と共に祭典が始まりました。

この神事は、1月1日の歳旦祭にて「火打石」を用い宮司の手により鑽り出された「忌火」を、斎場に集められ堆(うずたか)く積み上げられた門松や古神札、正月中に玄関等に掲げられていた注連縄などに移し、神々に元の場所へと御帰り頂くという正月締め括りの神事です。

また、当宮の松焚祭は県内各地で行われている“どんと祭”の原形とされ、仙台市無形民俗文化財となっており、この御神火にあたると1年間無病息災でくらせると言われています。

斯し、当宮では、“裸参り”も行われる習わしがあり、今年は、130団体3700名に皆さま方の参拝を頂きました。

一般の参拝者は、早朝より夜にかけて141,000名のご参拝を頂きました。

参進 御神火を伴い斎場へと向かいます
斎場清祓
積み上げられた古神札等をお祓いします
忌火が松明へ移されいよいよ点火となります
祭典終了後の勢いよく燃え上がる御神火です。
この火にあたると1年間家内安全、無病息災で暮らせるといいます。

「裸まいり」とは、古くはこの冬の寒さが厳しい時期に仕込みに入る酒杜氏が、醸造安全、吟醸祈願の為に参拝したのが始まりとされ、江戸中期にはすでに定着していたといわれています。

現在は、仙台市内外より老若男女問わず白鉢巻、白さらしの姿で多くの方がこの「裸まいり」に臨みます。

御社殿前でのお参り
境内の様子 国道の様子
御神火を巡ります

皆様の今年1年の無業息災・家内安全をご祈念申し上げます。

祭儀課 石井

新年チャリティー餅つき大会開催

平成31年1月6日

1月6日午前10時より当宮の育成団体となっているボーイスカウト仙台27団による毎年恒例「新年チャリティー餅つき大会」を開催しました。

古来より日本人は「年神様」(お正月の神様)が宿るとされる餅を食すことで、一年分の力をいただいてきました。現代では手軽に餅を用意することができますが、蒸したもち米を臼に入れ、杵で何度もつく大変な作業を経て出来上がった餅。振る舞われた参拝者の顔を見ていると、つきたての餅の美味さが伝わってきました。

来年も開催予定ですので、事前に日程を確認されてからお腹を空かせて参拝されてみてはいかがでしょうか。

もち米を蒸しています つく前によくこねます
大勢の参拝者が見守る中、宮司自ら力強くつき始めました
餅になるまで何度もつきます 職員も参加してつきます
東北学院大学自転車競技部もつきます 晴れ着で記念に餅つき
子供用の杵もございます 大人に手伝ってもらって楽しく餅つき

奉賛課 石垣仁孝

歳旦祭並びに松焚祭採火式を執り行いました

平成31年1月1日

去る1月1日午前8時より、平成31年の新たな年を迎え最初の祭典となる「歳旦祭並びに松焚祭採火式」が執り行われました。

歳旦祭とは、全国の神社にて行われ、1年が始まるにあたり皇室ならびに国民の繁栄、農作物の豊穣を皇祖・大崎八幡宮の御祭神と伴に天神地祇に祈る祭典となります。

当宮では、この「歳旦祭」に加え、祭典中に「松焚祭採火の儀」を執り行います。

これは、仙台市無形民俗文化財に指定されている松焚祭(まつたきさい・どんとさい)で御神火となる「忌火(清浄な火)」を宮司が火打石を用いて鑽り出す儀を併せて執り行います。

この「忌火」は、1月14日に斎行される松焚祭に使用される種火となります。

宮司が忌火を鑽りだします 忌火が御神前にお供えされます
御神楽 浦安の舞
祭典中も多くのお詣りがありました

祭儀課 石井